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公認魔幻語使い(マジスタ)の日常生活  作者: ハル
◆第一巻 プロミッシング・ルーキーズ(有望な新人たち)
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第24話 命の重さ

「はい、結構です。どこか痛いところはありませんか?」


 エミリアは回復呪文をかけたあと、気遣うようにクリスにたずねた。


 ここは、ルティの家の一室。

 クリスは、エミリアに治療を受けているところであった。

 ベッドから起き上がり、端に座りなおして、体を動かしてみたが、もうほとんど痛むところはなかった。


「はい、大丈夫です」

「そうですか、それはよかった。でも、あと数日は無理しないでくださいね。高度な呪文を使って、内臓が大分痛めつけられたのですから」

「わかりました」


 五人が旧文明遺跡から帰還してからすでに丸二日が経とうとしていた。

 全員、命に別状はなかったが、ランク2の呪文を二度使ったクリスと、その呪文をまともに受けた上に、ランク3の技を出したミズキはかなりの重症で、ポーションを飲むだけでは回復せず、一日数回にわたって、エミリアから高度な回復呪文を受けていたのだ。


「本当に、体の中が大変なことになっていたのですよ」

「すみません……」


 優しい微笑を浮かべながらも少し心配そうな表情のエミリアを見て、クリスは頭を下げた。


 あの日、クリスたちがカーミラのテレポートで村に戻ったとき、エミリアはすでにある程度事情を聞いていたらしく、泣き叫ばんばかりに、ルティにすがりついたのだった。


「ああぁ、ルティ、よかった。本当によかった……」

「姉さん、ごめんなさい。心配かけてごめんなさい」


 エミリアに抱きしめられ、胸に顔をうずめてルティも泣いていた。

 その様子を見て、クリスたちはルティを無事にエミリアの下に連れ帰ることが出来たことに安堵する思いと、そして、二人きりの姉弟をこのような目に遭わせたことに対しての罪悪感で、ただうちひしがれて二人の様子を見ているだけだった。

 クリードたちは、エミリアの気持ちが落ち着いた後、彼女とひとしきり何やら話をして、ギルドに報告があるからと去っていった。


(ちゃんとお礼も言ってなかったな……)


 もしかして、クリードに見限られたのかもしれない。せっかく、彼には認定試験の時に、「期待している」とまで言ってもらえたのに、その期待を大きく裏切ってしまった。あまりも軽率な行動に自分でも嫌気がさす。


『愛する人を失った者の気持ちを考えたことがあるのか』


 クリードが言った言葉が今もクリスの心に突き刺さっている。

 ギルドから頼まれる公式のものではないしろ、パーティを組んで初めてのミッション。

 結果だけを見れば、成功といえるかもしれない。ミッションの目的であったケフェウスを倒すことはできなかったものの、追い払うことができた。あの旧文明の遺跡は、魔幻府の管轄下に置かれるとのことで、もうケフェウスは戻ってこないだろうというのがクリードの見立てであり、これで村人も襲われなくなるはずだった。そして、依頼にはなかったが、未発見の旧文明遺跡を発見して、探索も行った。

 しかし、実際は、自分たちでは何一つ達成していない。ケフェウスを撃退したのはクリードたちであり、旧文明遺跡を発見したのは、そのケフェウスである。おまけに、自分たちは何も考えずノコノコと遺跡におびき寄せられたあげく、全滅しそうになったところを高ランクの救援部隊に助けられたのだ。しかも、その救援部隊を呼んだのが依頼者であるエミリアときている。途中経過を見れば、これ以上ないぐらいの大失態であった。

 結果的に、エミリアの依頼は果たせたものの、あくまで自分たちはその場にいただけであり、何の役にも立っていない。これで、自分たちのパーティを認めてくれだの、ルティを参加させてくれだのとはとうてい言えたものではなかった。


(僕たちは、きっと調子に乗っていたんだ……)


 先日の、戦闘の練習を兼ねた魔物との戦いはどれも楽勝だった。そして、自分たちよりもランクの高いオークにも勝ったことで、どこか甘く考えていたところがあったのかもしれない。確かに、グレンもミズキも優れた剣士であり、パルフィの呪文も強力である。クリス自身もそれほど出来の悪い魔道士だとは思っていない。それに、ヒーラーのルティを加えれば、相当に「できる」パーティであることは、客観的に見ても間違いない。ただし、それは「ランク1にしては」という但し書きが付くことを全員が忘れていたのだ。そしてその油断のために、準備もろくにせず、ポーションさえも用意せず、もう少しで全滅するところまでいったのだった。


 帰還してからこの二日、エミリアは何事もなかったかのように振舞っている。それはクリスたちが気に病まないようにと気を遣ってくれているからだとはよく分かっていたが、それだけに申し訳なさと罪悪感でいっぱいだった。

 もう二度とルティを危険な目に遭わせて、エミリアに悲しい顔はさせたくない。それは、二人のいないところで、四人で相談して決めたことだった。中でもグレンは、召喚士を倒したらルティの参加を認めるようにと、エミリアに持ちかけた本人であり、そのこともあって、よけいに責任を感じているようであった。


 その一方で、クリスたちはルティ以外のヒーラーをパーティに入れるつもりはなかった。今回の一件でともに生死の境をさまようような戦いを生き延びたルティは、自分たちにはもう強い絆で結ばれた仲間でしかなかったのだ。


 ヒーラーなしで修行を続けて強くなり、エミリアに認めてもらう。それが、四人で出した結論だった。ただ、それが一体どれくらいかかるのかは、分からなかったし、かなり先の話のようにも思えていた。ヒーラーがいなければ、基本的には一切傷を負わずに戦わなければならない。そのために、引き受けられるミッションに制限が課されることになるのだ。


「はあ」


 今後の事を考えると、見通しの暗い思いにがっくりうなだれて、ため息をつくクリス。

 その様子を見て、エミリアも少し思案顔になった。


「クリスさん」

「は、はいっ」


 不意に呼びかけられて、クリスはあわてて顔を上げた。


「みなさんに少しお話があります。グレンさんたちも居間に呼んで来ていただけますか?」


 やや表情を改めて、エミリアが言った。


「は、はい」


 クリスはベッドから立ち上がり、客室を出て、みなを呼びに行った。





「みなさんにお話というのは他でもありません。ルティのことです」


 居間のテーブルに全員が着席したのを見て、エミリアが話し出した。

 その瞬間、クリスたちの顔がこわばり、みな一様に視線を落とした。もちろん、ここに全員呼び出されたからには、この話しかないことは分かっていたのだが、まさにこれから、審判が下される思いと、そして、いまだに引きずっている罪悪感でまともに彼女の顔を見ることが出来なかったのだ。

 そして、エミリアが話を続けようと口を開こうとした瞬間、いたたまれなくなったかのようにグレンが割って入った。


「エミリアさん、今回の件についちゃ、本当に申し訳なかった。ルティをあんな目にあわせようなんざ、これっぽっちも思っちゃいなかったんだ、信じてくれ」

「えっ?」


 エミリアは意外なことを言われたかのように、少し驚いた顔をしてグレンを見た。

 グレンは、その様子を見て、自分を信じてもらえなかったと受け取ったらしく、焦った様子でさらに言い募った。


「い、いや、本当なんだ。別になめてたわけじゃねえが、確かにオレたちはドジをやらかしちまった。そのせいで、全滅しかかったし、ルティにも危ない目に合わせてしまった。それについては、何にも言い訳できねえ。本当にすまなかった、このとおりだ」


 グレンはテーブルの上に両手をつき、額をぶつけるぐらいにまで頭を下げた。

 パルフィもグレンに加勢するかのように、横から口を出す。


「そうそう、ちょっと調子に乗っちゃってこんなことになったけど、こんなことになるなんて思っても見なかったわよ。ゴメンって言ってすむ話じゃないけど、ホントに反省してる。ごめんなさい」


 グレンの横でパルフィも申し訳なさそうに頭を下げた。


「パルフィ……」


 あれほど気の強いパルフィが頭を下げて謝るなど、よっぽどのことだと、クリスは驚いてパルフィを見詰めた。

 パルフィは、クリスの視線に気がついたように、顔を少し赤らめて、


「ほら、何ボーっとしてんのよ。あんたたちも謝んなさいよ」


 そう言って、クリスとミズキにも促した。

 クリスは我に返り、


「あ、ああ。エミリアさん、本当にすみませんでした」


 と謝る。

 ミズキも、


「エミリア殿、こたびの一件、誠に申し訳ない」


 と深々と頭を下げた。


「まあ」


 クリスたちが一様に頭を下げて謝るのを見て、エミリアはますます驚いたようだった。


「だが、頼む。オレたちは今回、とてつもない失態をやらかしたが、必ず修行して戻ってくる。そんときは、ルティを参加させてやってくれ。こんな有様で、こんなことを頼める立場じゃねえってことはよくわかってる。しかし、オレたちにはルティが必要なんだ。今回の件で、もうルティはオレたちの仲間になっちまったんだ」


 グレンは頭を上げて、エミリアを見て必死の様子で懇願する。

 それを聞いて、クリスも後に続いた。


「僕からもお願いします。今回のことは僕たちが弱いのに無茶したせいなんです。これからもっと修行して、強くなってきます。ルティを任せても大丈夫だって思えるようになってきます。そのときには、どうかルティを参加させてやってください」

「姉さん、僕ももっともっとがんばって修行するから、そうしたらクリスたちのパーティに参加させてほしいんだ」

「エミリア殿、この通りお願い申しあげる」

「エミリアさん、おねがい」


 ミズキとパルフィも深く下げていた頭をさらに下げた。


「みなさん……」


 エミリアは、クリスたちが必死な様子で懇願するのを目を丸くして見ていたが、やがて優しい微笑みに変わり、それからしばらくして


「うふふ」


 と、笑った。


「へ?」


 一体何がおかしかったのか見当がつかず、顔を上げて半ば呆然とエミリアを見つめる一同。なにしろ、この部屋に呼ばれたときから、ルティを危ない目に遭わせたことや、ふがいない結果に終わったことを責められると覚悟していたのだ。


「あら、ごめんなさい。みなさん何か勘違いなさっているようなので……」


 エミリアはそう言って、また微笑んだ。


「勘違い?」

「ええ。ここにお集まりいただいたのは、ルティのことをお願いしますと言うためだったのですよ」

「えっ?」

「は?」

「ね、姉さん?」


 あまりに予想外の言葉に、クリスたちは言われたことを瞬時に理解できず。しばらくの間硬直していた。


「そ、それって、もしかして、ルティをパーティに入れてもかまわないってこと?」


 驚きから立ち直ったパルフィが勢い込んでたずねる。


「ええ」

「ええっ? ほ、本当ですか」

「はい」


 エミリアが優しくうなずく。


「で、でも、オレたちはルティを危険な目にあわせたんだぜ」

「それは、そうですわね」

「それではなぜ」

「姉さん……」

「まあまあ、みなさん、落ち着いてくださいな」


 半ば腰を浮かしていたグレンたちは座り直した。


「確かに今回、みなさんは全滅の憂き目に遭うところでしたし、ルティも危ないところでした」


 そう言って、エミリアはみなを見渡した。

 クリスたちは真剣な表情で彼女の言うことを聞いている。


「ただ、クリードさんたちの助けがあったにしろ、こうやって無事に戻ってこられました。もちろん、今回のことは未熟さが招いた結果といえます。しかし、逆に、この経験のために、他のパーティが時間をかけて学ぶことをたくさん学ばれたように思います。ここまでひどい目に遭って無事に帰還することはあまりありませんからね」

「それって、こないだ言ってた、強くなること以外の大切なこと?」


 パルフィが何だろうという表情で尋ねた。


「ええ、そうです」

「それは……」

「私がみなさんに判っていただきたかったのが、自分の命の重さです」

「自分の命の重さ……」


 クリスたちはエミリアの言葉の真意を測るようにつぶやく。


「そうです。皆さんの武勇伝や、ルティを助けていただいたときの話を伺ったとき、もしかして、みなさんはご自分を大切になさっていないのではないか、そして、自分の命を軽んじているのではないかと感じました」

「……」

「でも、私は思うのです。自分の命を軽んずるのと、命を捨てる覚悟があるのとは大きく違います。何かあれば自分が犠牲になりさえすればいいというのは、自己犠牲ではなく命を粗末にしているに過ぎないのです。そして、みなさんが誰かの命を大切だと思うのと同じように、誰かが皆さんの命を大切だと思っているのですよ。クリードさんの弟さんの話はお聞きになったのでしょう?」

「はい……」

「大切な人を亡くすというのは、遺された人には本当に大きな心の傷になるのです。弟さんが亡くなられてからかなり経ちますが、今でもクリードさんとご両親は、辛い気持ちをお持ちなのですよ」

「……」


 クリスたちはうなだれていたが、ふと、何かに気がついたようにグレンが声を上げた。


「……え、ちょっと待った。なんで、エミリアさんがクリードの弟の話を知ってるんだ?」

「あ、ホントよ」

「そう言えば、そうだね……」


 確かに、あの日、クリードたちはすぐに帰ったのだから、こんな込み入った話をする暇もなかったはずである。

 それだけではない。エミリアの口調には、クリードからの伝聞というよりも、どこか当事者らしい響きがあったのだ。


「それは……」


 グレンの問いかけに、エミリアが言いよどんだ。

 エミリアが表情を曇らせ、目を伏せたのを見て、クリスは話題を変えた方がいいのか、それとも先を促してもいいのか迷っていたが、先にエミリアが答えた。


「……それは、アランさん、……クリードさんの弟さんですが、アランさんが亡くなったとき、最後の治療をしていたのは私だからです」

「なんだって?」


 グレンが驚いた声を上げる。


「ね、姉さん?」


 ルティもこのことは知らなかったらしい、驚いた表情を見せている、


「そういえば、クリードがエミリアさんに大きな恩があるって言ってましたが、このことですか?」

「そうそう、そんなこと言ってたわよね。他のパーティが来るはずだったけど、エミリアさんに恩があるから、自分たちが来たって……」

「クリードさんが、そんなことを……。そうですね。おそらくこのことだと思います。結局、私は力になれませんでしたので、そんなふうに言っていただくのは申し訳ない気持ちで一杯ですが……」


 悲しげな表情でエミリアが微笑んだ。


「何があったんですか?」


 エミリアは話すべきかどうか迷っているようにクリスたちを見渡して、大きくため息をついた。


「やはりみなさんにはお話しておくべきかもしれませんね。実は、必要ならみなさんにも話すように、クリードさんにも言われてますし……」

「え、そうなんですか」

「ええ。先日、みなさんを送ってから帰り際に」

「何でだろう」

「それは、たぶん私の話を聞けば分かります」

「では、ぜひお願いします」


 クリスがそういうと、グレンたちも身を乗り出して聞く姿勢になる。


「……わかりました」


 そう言って、エミリアは居住まいを正した。


「あれは、もう数年前の話です」


 エミリアは遠くを見るように、話し出した。



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