第20話 師のお守り
「くっ、これではきりがないぞ」
もう何度目の攻撃だろうか、自分の渾身の一撃が金属の体に跳ね返され、ミズキが声を上げた。
巨人のパワーは圧倒的ではあったが、しょせん動作が緩慢であり、また五対一ということもあって、前衛のグレンとミズキを始め、誰も大きなケガを負ってはいなかった。
また、巨人はルティを狙っても大した効果がないと判断したのか、今は比較的ランダムに攻撃をしている。
巨人はこちらの攻撃を避けるそぶりは一切見せていない。剣による攻撃も魔法による攻撃も一つ残らず巨人には当たっている。だが、体が金属で出来ているためか、こちらの攻撃はまったくといっていいほど効果がなく、せいぜい、グレンの剛剣で多少の凹みが見られる程度である。
そして、巨人の体力は底なしであった。戦闘が始まってから、一切休まず、ひたすら絶え間なく攻撃を仕掛けている。全く防御に回ることなく、攻撃させるだけさせておいて、その代わりに自らも攻撃の手を緩めない巨人のスタイルは、通常の戦闘よりも、おそろしく気力と体力を消耗させる。
通常の戦いはそれほど長く続くわけではない。たいていは互いに数回ずつ攻撃すれば片がつく。
そのため、クリスたちの疲労度が徐々に蓄積していき、かなり息が上がった状態になってきた。それにともない、クリスたちの動きも緩慢になってきた。
途中から、体力を温存すべく、全員で攻撃することをやめ交代で巨人の攻撃を受け流すことに戦術を変えたが、それでも限度があった。
『そろそろ、限界のようですね』
ケフェウスの声が響いてきた。
「いちいちうるさいわね。黙ってなさい」
言い返すパルフィも疲労の色が濃い。
「しかし、これはまずいぞ。どうする?」
「このままだと、体力切れで負けるぜ……」
「か、回復呪文も、そう何回も撃てませんし……」
まだ少年であるルティは後衛に下がり、すでに片膝をつき、あえいでいた。
「これじゃ、昨日のオークのほうがよっぽどラクだったわよ」
「そ、そうだ。誰か、回復ポーション持ってる?」
クリスの問いに、四人とも一様に首を振った。
「ポーションぐらい買い足しておけばよかったわね。ルティが来てくれるからって、すっかり安心しきってたわ」
「そうですね……」
回復ポーションを使い切った直後に、オークと戦い、そのままになっていたのだ。だが、後悔しても手遅れだった。
「だが、何か策を考えねば、最後には全滅するぞ。おっと……」
巨人が殴りかかって来たところを、ミズキが軽いステップでかわし、注意を自分に向けたままにするべく、軽い一撃を撃ちこむ。巨人は、ミズキを追った。
そのとき、パルフィが何かを思いついたように、声を上げた。
「そうだわ! 雷よ」
「雷だと?」
「雷は金属にひきつけられるのよ。前に、鉄のよろいをつけた騎士に雷が落ちたのを見たことがあるんだけど、よろいはなんともなかったのに騎士は瀕死の重傷だったわ。あいつの中身がどうなってるのかわかんないけど、きっと、雷系の呪文なら、ダメージを与えられるはずよ」
「なるほど、それなら効くかもしれないね」
「よし、誰か、雷系の呪文か技が使えるか?」
ミズキに代わって前に出たグレンは、巨人の攻撃を裁きながら呼びかける。
「……」
「ランク3で習得できる技はあるが、まだ先の話だ」
「あたしも、当分ムリ」
「わ、私はもともと攻撃呪文は使えませんので……」
「ちっ、これだからランク1の新人パーティってやつは……」
「あんたもムリなんでしょうよ。えらそうなこと言ってんじゃないわよ」
グレンの後ろから、巨人に火の玉を投げつけ、次の詠唱に入る前にパルフィが早口で文句を言う。
もう打つ手がないのか、とあきらめかけたとき、クリスに考えが浮かんだ。
(いや、もしかするとやってみる価値はあるかもしれない……)
「ちょっと待って、僕に考えがある」
「なに?」
「まだちゃんと習得したわけじゃないんだけど、ランク2の雷呪文があって、すこし前に発動寸前まで練習したことがあるんだ。だから、もしかしたら撃てるかもしれない」
「ランク2だと?」
「うん」
呪文はそれぞれ難度によって適正ランクが決められており、高度な呪文ほど術者の能力が要求される。しかし、だからといって、自分のランクよりも高い難度の呪文が発動できない、というわけではない。能力的には、多少上の呪文でもそれほど困難もなく唱えられることが多い。
呪文に適正ランクが決められているのは、難度の問題よりも、その呪文を唱えるだけのマナがあるかどうか、そして、術者が呪文が発する力に耐えられるかどうかにかかわっている。
高度な呪文ほど強力な力を持つが、同時に術者に対する負担も飛躍的に増大する。そのために、適正ランクより強力な呪文を使うと、体がその負担に耐え切れなくなるのだ。
「そんなもん撃って大丈夫なのか?」
「いや、まあ、ただではすまないと思うんだけど……」
クリスが、このランク2相当の雷呪文を覚えたのは、見習い修行中に師匠の出した課題の一つとしてだった。たとえ高度な呪文でも、発生原理を理解して、ある程度の訓練さえつめば発動できること、そして、身の丈に合わない呪文がどのような負担を体にかけるのかを身をもって体験するのが目的だった。そのときは、実際にこの術を発動したわけではなく、単に、発動の準備段階まで行っただけだったが、それだけでも体中がバラバラになると思うぐらいの激痛と、命を吸い取られるような錯覚に見舞われるくらいの猛烈なマナの消耗、それに続く意識の混濁があった。
『どうじゃな、クリスよ。自分より高ランクの呪文は?』
『も、ものすごい苦痛でした』
『そうじゃろう。おぬしは研究熱心じゃから、高度な呪文も学ぼうとするじゃろうが、あくまでも机上の学習にとどめておくのじゃぞ』
『はい』
それが二ヶ月前。
しかし、その師の言いつけを守れず、ランクの高い呪文を使おうとしている。
発動準備だけであの有様なら、実際に発動してしまったらどうなるのか、クリスには想像もつかなかった。しかし、こういう状況になった以上、他に選択肢がないことも分かっていた。
それと同時に、クリスにはひとつの目算があった。
(もし僕の思ったとおりなら、なんとかなるかもしれない……)
「ランク2の呪文なんて……」
パルフィがそばで心配そうにクリスに見を向ける。
「でも、何もせずここで死ぬよりはましだよ。それに、ルティもいるから何かあっても、回復を頼めるし」
「マナは? そんな高度な術を使うほど残ってないんじゃないの?」
呪文の詠唱は体内に蓄積されるマナを消費する。何度も呪文を唱えていたクリスは、すでに底をつきかけていた。
「ほとんどないけど、これがある」
クリスはポケットからお守りを出し、その中からマナ回復剤を取り出した。村を出るときに師からもらったものだ。
(まさか、こんなに早くこれを飲むとはな……)
自分はあくまでお守りとして受け取ったのであって、これを使わなければならないようなことになるなど夢にも思っていなかった。しかも、これほど早くに。
(先生、申し訳ありません……。あれだけ言われておきながら、無茶をします)
クリスは一瞬の間、回復剤の小瓶を見つめたあと、心を決めてふたを取り、口に流し込んだ。
液体を飲むと、体が一瞬緑色に発光し、さわやかな感じが体全体に広がる。そしてマナが完全に回復したことが感じられる。
「これで、大丈夫」
「……いたしかたないだろう、クリスには負担を強いることになるが、もはや他に手立てがない」
「たしかに、そうね……」
「よし、ルティは、クリスが雷呪文を打つタイミングにあわせて、回復呪文をかけてやってくれ」
「わかりました」
「じゃあ、いくよ。何が起こるかわからないから、注意して」
そう言って、クリスは雷呪文の詠唱を始めた。
同時に残りの四人がクリスをかばうために前に出る。
呪文を唱え始めるとすぐに、クリスの体中が白黄色に発光し、やがていたるところからバチバチと音を立てて放電が始まる。しかし、そのとたんに体が引き裂かれるような痛みがクリスの体中を駆け巡った。
雷であれ、火炎、氷結呪文であれ、どの攻撃呪文を唱える場合でもまず重要なのは、自分の呪文から自分を守ることである。
体内で雷を発生させる場合、そのままだと外に放出する前に体内の器官や内臓にダメージを与えることになる。そこで、魔道エネルギーのバリアを体内に張り、術者の体内が傷つかないようにする。
ところが、高ランクの呪文を唱えると、自分が張ることの出来るバリアの強度が呪文の攻撃力より劣ることになる。その結果、術者の体内が傷つけられ、激痛を生むのだ。
「ぐぅぅぅぅ」
詠唱の途中に、時折、クリスの口から苦悶の呻きが漏れる。激しい苦痛に顔もゆがんでいた。しかし、その表情とは裏腹に、クリスは少しだけ安堵を感じていた。
(やっぱりだ。僕がランク1になったぶんだけ、この間よりも負担が少ない……)
師の指導の下で練習したときは、見習い魔道士だった。修行を積んでランク1となった今、おそらくあのときよりは体に対する負担を抑えられるのではないかと当たりをつけていたのだった。
とはいっても、やはり高度な呪文を唱えているので、苦痛は半端なものではない。
やがて、クリスを包む光の強さがだんだんと強くなり、放電も激しくなってきた。しかし、それとともにクリスの体もだんだんふらつき始め、時折、ガクンとひざが折れ、それをなんとか直立の姿勢に戻すということを繰り返していた。さらに、発生させた雷エネルギーが体内に逆流し始めた。意識が混濁し始めて、視界が狭まり、しかもぐるぐると回り始める。
(じゅ、充填完了まで、あと少し……)
この雷の呪文は、雷エネルギーを体内に必要量溜めて、それを一気に放出するという原理から成り立っている。しかし、術者であるクリスは能力の基準を満たさないため、エネルギーを発生させる速度も遅く、そのために必要量まで溜めるのに時間がかかる。しかも、その間は、適正ランクなら感じることのない激痛に耐えなければならない。
本人にとっては永劫の間とも思える時が過ぎ、そして、ようやくエネルギーが体内に溜まったことが感じられる。クリスは、意識が薄れていくのをありったけの精神力で耐える。
そして、
『雷撃!』
呪文の名前を叫んで、両手を重ねて前に突き出した。
その瞬間、激しい雷鳴の音とともに、クリスの手からまばゆいばかりの稲妻が放出された。そして、前衛で戦っているグレンとミズキの間を通り抜け、激しい音と光ともに巨人を貫く。巨人の体が激しく発光した。
ミズキとグレンは、その瞬間に後ろに飛びずさる。
同時に
『ヒール!』
ルティの回復呪文の光がクリスを覆った。
「ガーッ」
巨人の絶叫と雷の激しい音、そして放電と回復呪文の光が辺りを突き刺す。手をかざして目をかばうメンバーたち。
やがて光が収まったとき、巨人は動きを止め棒立ちになっていた。そして、
ギ、ギ、ギィ
という金属がきしむような音を出しながら、崩れ落ちるように両ひざをつき、そのまま自らを支えることなくうつぶせに倒れた。その衝撃に床が震える。
呪文の光と音が完全に消え、また辺りには静寂が戻ったが、まだ巨人の体中から小さい稲妻のような光がビリビリと発せられ、あちこちから気体の漏れるような音がして、腕や足の間接部分から白い煙もでている。そして、本当に鉄の塊になったかのようにピクリとも動かない。
「おおっ、やりやがった」
「やったわよ、クリス!」
四人が、喜び勇んでクリスのところへ駆け出す。
そのときだった。巨人の目がいきなり不気味に赤く光ったかと思うと、体をムリに動かすような、ギシギシ言う音が巨人の関節から聞こえてきた。
慌てて立ち止まり、不安な目で振り返るパルフィたち。
そんな一同をあざ笑うかのように、体のあちこちを軋ませながらも巨人はゆっくりと立ち上がり始めたのだった。




