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カクセイキョウ5

 王都のスラムにほど近い位置にある一角。

 その中で比較的清潔そうな、しかし少しの威圧感を感じさせる大きさの建物が、覚醒教の本部という事になっている建物だった。


「状況確認」

<感覚同調良好。状態監視に遅延や異常なし。疑似皮膚装甲は機能中。金枝銀葉スキル【偽装名刺】の発動済みを確認。コンディションはオール・グリーン>

 建物を前にして、小さな声でレオと通信で連絡を取り、施している偽装や防護策を確認する。

 当然ながら、レオの声はヒナタにしか聞こえない。


「それじゃ、入信しに行こうか」

<いいか? ムリはするなよ。緊急切断は最後の手段だからな。潜入用の中級者装備で普段の鎧も武装もないんだ。危険に飛び込むようなマネは絶対によせ>

「レオこそ大丈夫? 【完全同調】って気持ち悪いって聞くけど」

<長く続けたいものじゃないな。だから、引き返してくれていいんだぜ?>

 スキル制とレベル制を併用しているレイズでは、<共感>のスキルを成長させる事で、感覚同調のアーツを習得する事ができる。

 とはいっても、基本的には使い魔の視界や嗅覚、聴覚などを部分共有するだけだが、一定にまで達すれば、許可がある相手の感覚を共有する事もできるようになる。

 レオとの完全同調は今回の潜入任務に当たり、ヒナタの緊急事態に即応するための措置だ。


「一度受け入れたんだから、文句言わないで」

 往生際悪く引き返すようにいうレオに、苦笑を通り越して食傷気味だという態度をにじませながら、ヒナタはさっさと歩き始める。

 あと十分ほどで、体験入信ができ説明会兼集会があると覚醒教のサイトで確認してきたのだが、受付らしき場所も人も見当たらない。

 しばらく見回してから中に踏み込んで、ようやく奥から小走りでやってきた女性が声をかけてきた。


「すみません、他の方のご案内をしていたものでして、体験入信の方でしょうか?」

「はい、よろしくお願いします」

 ヒナタは頭を下げてからシステムメニューを呼び出し、ネームプレートの形になっている部分をはぎ取って、目の前の女性に渡す。これがこの世界における名刺だ。

 フレンド登録などをすれば文章で通信をする事も出来るが、そこまででもないような相手には、基本的に挨拶の時に名刺を渡す。

 日本らしさがあふれすぎるシステムで、サービス開始当初は大きく議論されたシステムなのは余談だろう。それでも、便利だという人も多く、この世界の習慣としてなじんでいる。


「ギルド"トーキョーレイブン"所属、ヒニャ、様ですか」

 サポートマスター専用のアーツ【偽装名刺】を使えば、他のサポートマスターの許可を得ることで、名前や所属、称号を偽る事が出来る。

 だが、あまりにもいい加減な偽名に、呼ばれた名前にヒナタの笑顔の片頬が引きつった。


<取得直後の初期設定で、面倒だからって適当な入力したろ、お前>

「あー、あぁはい、そうですっ、ヒニャっていうんですよ。ヒナって登録するつもりだったの、間違えちゃてね。呼び捨てで気楽に呼んでください」

 偽装名刺を使うためには他のサポートマスターの許可が必要なので、基本的にソロで行動するヒナタは今までまったく使っていなかったのだ。


「では、ヒニャさんと。ご案内させていただきます」

 ヒナタの動揺にいぶかしげな顔をしながら流し、受付係の女性はしとやかに奥へと案内する。

 途中でいくつか、瞑想のための部屋などがあるとは言われたモノの、時間が差し迫っていたためか寄り道する事無く奥へと向かい、一際立派な扉のある部屋の前へと案内される。

 

「そしてこの大教堂にて、これから教主様のご指導を賜る事になります。むずかしい事はありませんので、気楽に周りの方々と同じように、指示に従ってお話を聞いてください」

 連れて来られたのは、高校の教室より一回り大きい程度の部屋だった。

 分厚い扉によって外部と隔てられており、一歩踏み込むだけで蒸し暑さに眉が寄るような温度と湿度が保たれている。


「我慢大会でもしてるのかってくらい」

「はい?」

「あ、いえ、何でも無いです」

 つい口に出た感想を慌ててしまいこみ、ヒナタは出来る限り目立たないようにかがみながら、身を潜めて壁際に身を寄せる。

 クエストで火竜王に捧げ物を持って火山の中に入るという物があったが、あれの方がよほどマシだったなと、ヒナタは過去の経験を思い出す。

 体感すら暑さや湿度だけでなく、そんな状態の部屋に男女がみっしりとならんでいる光景が、精神的に圧迫感と暑苦しさを感じさせるのだ。


<ゲームとしてはこの体感だけで問題だな。おそらく熱感知制御系統にクラッキングが施されている。この環境に長くさらされれば、温度を誤解した脳が発汗を促してリアルの肉体が干上がるぞ>

「目が覚めたらミイラでした、なんて想像したら、ちょっと涼しくなったよ」

<無駄口をきいていると、怪しまれるぞ>

 ヒナタの身がかかっているからだろう、普段ならば気軽に冗談を口にするようなレオが、今に限っては随分口数が少ない。

 そうしてしばらく待たされた頃になってようやく、壇上に幹部らしい――いかにも宗教家という人間が着るような服を着た女性が現れ、周囲から導師様という声が上がる。


「皆様、本日はよくお越しくださいました。教主様はまもなくご光臨されます。お待ちいただく間に、教主様が『現実』へと帰るための気づきの話しをさせていただきますね」

「おお……」

「教主様の気づき……」

「覚醒のきっかけ……」

 ヒナタにはよく分からないが、ありがたい話しのたぐいなのだろうと思い、眠くなりそうな自分を制しながら目と耳を壇上に向ける。


「古く、自然科学者は観察と推論によって、現実の現象を科学へと落とし込みました。

 たとえば、ガリレオは故郷であるピサの聖堂で、シャンデリアがいつまでも揺れ続けているところを見て、慣性の法則と振り子の法則を思いついたそうです。

 たとえば、ケプラーは星の観測を重ねる事で、星々は距離の二乗に反比例する引力で結ばれた楕円軌道の運動体であることを、見つけ出したそうです。

 人々は観測によって新しい見地を得て、既存の『そのように思われる』法則を否定してきました」

 十七世紀になって、人々はそれまで信じていたアリストテレスが主張する物理から、現代的な数式によって整合性を確かめる物理へと変る。

 神への信仰と自分の信じる常識、そして実際に見つけてしまった整合性について、多くの大科学者が頭を抱えていた葛藤の時代だと、ヒナタの学校の先生は言っていた。

 会場では強く頷く人と、トリビアのボタンを押しそうな人で分かれている。

 これがどう覚醒教につながるのかがわからず、戸惑っているらしい。


「そして教主様もまた、ひとつの気づきを得たのです。それは学会を経て、学説として取り扱われるべき物でしたが、政府によって発表した事実すら秘匿されてしまいまいました。

 そこで教主様は、宗教という、政府が非介入を謳う立場を便宜的に使うことで、この気づきをより広く知らしめる事を考え出されたのです」

 ガリレオにしても、ケプラーにしても、当時の学会とも言える教会に否定され、考えを撤回された経験を持つ人達だ。共通点はそこらしい。

 ただ、彼らは新興宗教など作らず、それでも地球は回っていると、真理が真理であることを良しとしていたあたりが違いだろうか。


「ですから皆様、教主様は、教主様、とお呼びください。博士などと呼んではいけませんよ」

 導師と呼ばれる女性が壇上から少し身を乗り出して、いたずらっぽい顔で人差し指を唇にあてながら笑ってお願いをする。


「さて、皆様、fpsという単位をご存じでしょうか。フレーム・パー・セコンド。映像を動かすために、一秒間セコンドにどれだけの画像フレームを表示するかという事を表す単位です。

 現代のゲームやアニメーションは一秒間に60枚の画像を表示するため、60fpsですね。

 本当は動いていない物が動いているように感じるのは、写真に写っている物が『移動したのだろう』と脳がその間を補完するから発生する現象です」

「あー、今のアニメなんかは、実際は60fpsじゃないんですけどね。二十枚位をコンピューター処理で水増しして、60枚にしてるんですよ。枚数少ないと画面がチラつくんで」

「あら、情報ありがとうございます」

 会話に合いの手を入れるのは許されているのだろう、気軽な雰囲気で一人の男性が横から補足をいれて、導師はそれに笑顔で答えている。


「さて、ここからが重要です。早送りというのは、この画像を表示する速度を変える事ですね。

 一秒間に60枚表示する予定の画像を、同じ一秒で120枚表示すればそれは倍速で見えます。投げたボールは倍速で飛んで、会話も倍速で交わされて、悩み事の決断も仕事も倍速で再現されます。

 逆に、秒間30枚で表示すれば、5分で済んでしまう会話が10分かかり、1時間かけて考える決断は2時間かかります。当たり前ですよね」

 導師の言葉に、会場にいた人々がその通りだと頷く。


「そして、人間の脳も同じように、目を通じて撮影された写真を、一秒間におよそ80枚の速度で処理する事で、動いているように見ることが出来ます。ですが……しかし、本当は人間の脳は480枚ほどの画像を一秒間に認識できるそうです」

「今より早く考えたりできるのに、そうしないんですよね?」

 導師の言葉を受けて一人の女性が手をあげて問いかけると、導師は深く頷いて答える。


「そうです。人はその思考を制限されている。時間は有限で、人生は短く、短い時間に多くの思考ができるならそれをしない理由はないのに。

 特に、人間のように、他の生物に捕食される側の生き物にとって、目の前の相手から逃げるべきかどうかなど、物事を判断するためにかかる時間は短ければ短いほど良いですよね?

 秒間480枚で動かすべき思考を、たった80枚に抑えて行う……これは、生きる上で、どう考えてもおかしな事ではありませんか?」

「そりゃ、確かにおかしい……」

「なんで俺達はわざわざ能力を使わないようにしているんだ……?」

 導師の問いかけに合わせて、周囲から次々に疑問の声が上がる。


<ヒナタ>

「大丈夫、飲まれてない」

 盛り上がった場の空気に流されないように、レオがヒナタに呼びかける。


「教主様は、その答えを見つけ出されたのです。それが、このレイズにありました」

「レイズに?」

「レイズでは、リアルの一日と同じ感覚で、六日間を過ごすことができますね。

 これは他のゲームにはない特徴として、時間を有効に使いたい人が、ゲームに興味がなくてもレイズの世界に入る理由になっています。たとえば、テスト前の学生さんは」

「はいはーい、うちの学校だと、テスト前はみんなレイズで勉強します!」

「普段から勉強しないとダメなのよ?」

 まじめになっていた空気が、誰かの冗談によって一気に和む。

 だが、そんな中でひとり、ヒナタは笑わない。ヒナタは視界の端で、その声を上げたのがヒナタを案内した覚醒教の関係者だと確認していたからだ。

 おそらく、コレまでに合いの手を入れたのも関係者なのだろうと、ヒナタは確信を強くする。


「人間は一秒間に80枚の思考をする。言い換えれば『80枚の思考をする時間があれば一秒間だと認識する』のです。これが重要ですよ。一秒に160枚の思考をすると、実際は一秒でも、人は2秒だと感じるのだそうです」

 明るい空気に合わせたように、この場だけの秘密ですよという仕草をしながら、導師が壇上からおちそうなほど身を乗り出して話しを続ける。


「この世界では、機械の力を借りることで現実の一秒で480枚の思考が行われるそうです。これが、一日を六日間にする、レイズの技術だということです。ならば、その技術を利用して、現実の一秒間で、40枚の思考をするように設定すればどうでしょうか」

「まさか、現実では二日間たってても、一日しか経っていないように感じてしまう?」

「その通りです! その場合、人間の性能は実際の半分に落ちている事は分かってもらえますね?」

「まあ、そうですね」

「さて、では……なぜ、人間の脳は、本来発揮できる性能の6分の1の性能で動いているのか」

 くるりと、かかとを軸に回転させ、導師は背中を向ける。

 答えを与えるつもりはない、自力で考えてたどりついてくださいと言うように。


「……もしかして、最初から、六日間を一日だと感じるように設定された機械を付けられてる?」

 そしてしばらく壇の下でざわめいていた人々から、意を決したような一人が導師に答えをなげる。

 導師の答えは、満面の笑顔だった。


「そうです、それが、教主様の気づいてしまった秘匿された真実です」

 芝居がかった仕草で大きく頷き、導師は声を潜めて人々の耳を集める。


「私も、そしてあなたも、誰かによって脳の機能を抑制されている。そして政府はその真実を知りながら、我々に隠しているのです。不都合な真実だからこそ、教主様の学説を隠蔽したのです」

 そろそろ終わりかとヒナタが思った所で、壇の袖から一人の男が現れて導師の女に耳打ちをする。


「お待たせしました、教主様のご光臨です。みなさん、ちゃんと宗教にお付き合いくださいね」

 ドライアイスのような煙の演出と共に、涼しい風と甘い匂いが、部屋の不快指数を一気に下げる。


<甘ったるい臭いだな……>

「だね……」

 ささやきあう声ごと、口と鼻を隠すように袖を当てる。

 例えるならば、ラフレシアか。

 肉厚で巨大な、毒々しい色をした花の匂いのような物が、辺り一帯に立ちこめる。

 それに合わせて壇を下りた導師の前にある床が開き、ゆっくりと枯れ木のような老人が結跏趺坐を組んだ姿で現れ、静かながらよく通る声で、集まった人々に呼びかける。


「目を覚ませ、人類よ」

「「目を覚ませ、人類よ」」

 かけられた教主の声に応えて、壁際に立っていた関係者から唱和し、波のように中央に座る人まで順に声を上げていく。


「我々が見ているこの世界は、監獄のようなものだ。感じた事はないだろうか、ここは本当に自分のいるべき場所なのかという疑問を」

 折れそうなほどに骨と皮だけで作られた右手を持ち上げ、ゆらりと、空気をかき回すように持ち上げる。


「その問いは正しい」

 そして、骨が皮を突き破りそうなほど力強く、怒りを表すようにその手が握られる。


「世界は欺瞞を隠している。我々の居場所だとされているこの世界は、現実という場所も含めて仮想なのだ。本来の豊かなる世界から切り離され、我々は搾取されている」

 我々の居るべき場所に帰りたくはないかと、教主が慈悲を込めた声でささやく。


「目を覚ませ、人類よ」

「「目を覚ませ、人類よ」」

 多くの声が唱和する。

 ただ、ヒナタはそんな様子に目を向けるどころでは無くなっていた。


<おい、ヒナタ、大丈夫か? 状態監視の心拍数と体温が上昇しているんだが>

「まだ、大丈夫」

 ヒナタはぐっと、奥歯をかんでこらえながら舞台の上に目を向ける。

 何があったのかはわからないが、急に体調が代わり始めたのだ。


<この空気か?>

「多分、そのものじゃなくて、匂い」

<緊急切断するか?>

「するとき、言うよ」

 集会の最中ということもあって、ヒナタはできる限り抑え気味に話すのだが、壁際にいた関係者らしい一人と目が会ってしまう。


<マズいな、なにか勘づかれた可能性がある。以降はコチラに反応しなくていい>

 事前に決めて有ったハンドサインを使って、ヒナタはレオに了解と伝えると、口元を抑えていた手を下ろす。

 これで少しでも不審感を解いてくれるといいと思っての行動だったが、次の瞬間にまた、自分の心臓が強く打った事に気がつく。

 やはり、匂いが原因なのだろう。

 心の中で舌打ちしても、早く集会が終わるのを待つしか、いま出来ることはない。


「私は本来の肉体が存在する、本来の現実への導き手である。そこには、君たちを本当に必要とする世界が存在する。作られた世界では無い、真の、価値ある世界が、君たちを望んでいるのだ」

 その場にいる全員を抱きしめるように、教主の腕が広げられる。


「目を覚まして欲しい。私と共に、現実へと帰ろうでは無いか」

 そこで初めて、教主の目が一人一人に向けられる。

 黒い瞳が一人一人に語りかけているのだと納得させるように、端から順に見つめていく。

 ゆっくりと、ゆっくりと。

 そしてヒナタにも向けられるが、体調的にも心情的にも、どこか挑戦的な、にらみつけるような見つめ合いになったのは仕方がない。

 そんな目に気付いていないのか、教主は次に目を向けて、やがて次の言葉を口にする。


「君たちの、今までとは違う明日へと踏み出す勇気を、待っている」

 深く染み入るのを待ってから、教主の体は上ってきた時と同じように、ゆっくりと地下へと沈んで降りていった。


「それでは、今日はここまでです。皆様が真実に向かって踏み出せる日を、お待ちしています」

「入信される方はこちらでーす」

「一緒に覚醒を目指しましょう!」

 集会の流れとしてはそれで終わりなのだろう、どこかのアトラクションや映画館のように退場口が開かれて、順番に外に導かれる。

 違うのはその出口に、積極的な勧誘の係員がいることか。


「ごめんなさい、気分が悪くて」

「医務室にお連れしましょうか」

「大丈夫、持病があって、いつも見せてるお医者様がいるから」

「でも、休んで行かれた方が」

 人々の合間を抜けて外にすり抜けようとするヒナタにも、遠慮無く係員がよってきて手を取ろうとする。たしかに一休みすれば楽になりそうな気はするが、はたして大人しく休ませてもらえるかは激しく疑問視するところだ。


 押し問答に近い形で外に出るのを防がれているヒナタは、いっそスキルを使って横をすりぬけようかとまで思い始める。なまじ、善意の形を取られているだけに強く出にくい。

 一体なにを盛られたらこうなるのか。頭が茫としてうまく働かず、ただ意識だけは鮮明にその事を自覚しながら、吐き気に近い感覚にさいなまれている。

 そんなヒナタの後ろから現れた影に、ヒナタの前に立っていた係員が一歩後ずさった。


「まあまあ、そう頑なにならないで」

 先ほど導師と言われた女性と同じような服装の少年だった。

 それだけで関係者の中でも深い立ち位置の人間だと分かるが、この潜入作戦にあたって、そんな内部の協力を得られたとは聞いていない。

 そもそも、そうした協力者がいるなら、ヒナタが体験入信なんて危険なマネをする必要はない。


「ぼくの知り合いだからさ、つれて行くけどいいよね?」

 導師服の少年に気圧されるようにして係員は体を引き、少年はヒナタに肘を差し出す。頼りたければどうぞと、言葉を添えながら。

 気持ち悪さはあっても平衡感覚を失うような症状ではないので、そうした介助が必要な状態ではないのだが、ヒナタは流れに従ってその少年の肘に抱きつくように身を寄せる。


「どうなの?」

「は、はい、イェル様。どうぞ、お連れ様もお大事に」

「ありがと」

 引きつった笑みの係員を残し、ヒナタは少年としばらく連れ立って歩いてから裏道で腰を下ろす。


「体調は大丈夫かな? ヒナタさん」

「……」

「あまり、関わらない方が良いよ。体にも、心にも」

 半ば脅すような、しかし残り半分は心配するような調子で、少年は言葉を重ねる。

 ヒナタも何か言うべきだとは思うが、知り合いでもないのに助けられて、さらに偽装していない名前まで知られていたのだ。

 どう接するべきかと悩んでいる内に、少年が背中を向けて歩き出す。


「これで、貸し借りは無しってことで」

 導師服をひるがえしながら、少年はヒナタの前で教団の建物へと入る。

 その背中に、ヒナタは届くか分からないながら、ありがとうと言って、這うような足取りで金の樹へと向かった。

 向けられた背は、他がいい振り返ること無くそれぞれの立つべき場所へと向かう。

 空は、分厚い雲に覆われていた。


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