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World of Utopia ―万種界―  作者: 鯱島
第1章 始まりの世界
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第1話 新しい世界への招待

 ――何かに夢中になれる時間は、いつからなくなってしまったのだろう。


 窓から差し込む夕暮れの光を眺めながら、笹木夜はぼんやりとそんなことを考えていた。


 高校二年生。十七歳。


 かつての夜は、毎日のように走っていた。


 朝早くから学校へ向かい、授業を受け、放課後になれば陸上部の仲間たちとグラウンドを駆け回る。大会が近づけば練習量を増やし、少しでも速く走れるようにと努力を重ねた。


 苦しい練習もあった。

 思うような結果が出ず、悔しくて眠れない夜もあった。


 それでも、走ることが好きだった。


 目標に向かって努力することが好きだった。


 昨日の自分よりも少しでも速くなれたとき、その小さな成長が何よりも嬉しかった。


 だが、そんな日々は突然終わりを迎えた。


 大会に向けた練習中の事故。


 脚に負った怪我は、選手として競技を続けることを難しくした。


 治療とリハビリを重ね、日常生活に支障がない程度には回復したものの、以前と同じように走ることはできなくなった。


 医師から競技への復帰は勧められないと言われたとき、夜は何も言えなかった。


 怒りも、悲しみも、悔しさもあった。


 けれど、それらの感情は時間が経つにつれて薄れていき、最後には何も残らなくなった。


 陸上部を辞めてから、夜の生活は大きく変わった。


 放課後はまっすぐ家に帰り、適当に食事を済ませ、スマートフォンを眺める。特に興味のあることもなく、時間を潰すように毎日を過ごしていた。


 何かを始めようという気にもならない。


 何かを頑張ろうという気にもならない。


 ただ、時間が過ぎるのを待っている。


「……暇だな」


 小さく呟き、夜はスマートフォンをベッドの上に放り投げた。


 時計を見ると、午後五時を少し過ぎたところだった。


 今日も特に予定はない。


 明日も、その次の日も。


 そんなことを考えていると、不意にスマートフォンが震えた。


 画面に表示された名前は、堺皐月。


 幼い頃からの付き合いである幼馴染だ。


 家も近く、学校も同じ。小学生の頃からずっと一緒に過ごしてきた相手であり、今でも頻繁に連絡を取り合っている。


 夜は画面を操作し、メッセージを開いた。


『今からそっち行っていい?』


 短い文章だった。


『別にいいぞ』


 そう返信すると、すぐに既読がついた。


『じゃあ五分で行く!』


「五分って……」


 夜は苦笑した。


 彼女の言う五分は、実際には十分程度かかることが多い。


 それでも、昔から変わらないやり取りだった。


 スマートフォンを置き、夜はベッドから起き上がる。


 特に片付けるものもない部屋を軽く見回し、机の上に置いてあった飲みかけのペットボトルを端に寄せた。


 それから数分後。


 ピンポーン。


 玄関のチャイムが鳴った。


「来たか」


 夜が玄関へ向かうと、扉の向こうから聞き慣れた声が聞こえてきた。


「夜ー! 開けてー!」


「はいはい」


 扉を開けると、そこには茶色のショートヘアを揺らした少女が立っていた。


 堺皐月。


 十七歳。夜と同じ高校に通う女子高校生で、剣道部に所属している。


 明るく活発な性格で、昔から何かと行動力がある。思い立ったらすぐに行動するタイプで、夜が何かに悩んでいるときも、遠慮なく首を突っ込んでくる。


 今日もいつもと変わらない笑顔を浮かべていた。


「お邪魔しまーす!」


「まだ何も言ってないんだけど」


「いいじゃん。いつものことだし」


「まあ、そうだけど」


 皐月は慣れた様子で靴を脱ぎ、部屋へと入っていく。


 夜もその後に続いた。


「それで、今日はどうしたんだ?」


「ふふふ……」


 皐月は意味ありげに笑った。


「実はね、夜に紹介したいものがあるんだ!」


「紹介したいもの?」


「そう!」


 彼女は持ってきたバッグを机の上に置くと、スマートフォンを取り出した。


「これ、知ってる?」


 画面には、ひとつのゲームの広告が表示されていた。


 そこに書かれていたタイトルを、夜は読み上げる。


「World of Utopia……?」


「そう! 正式名称は『World of Utopia ―万種界―』! 今、ものすごく話題になってるVRMMORPGだよ!」


「VRMMORPG?」


「そうそう!」


 皐月は待ってましたと言わんばかりに身を乗り出した。


「VRっていうのは知ってるよね?」


「まあ、一応」


「専用の機器を使って、仮想空間を現実みたいに体験できる技術のこと。で、MMORPGは大勢のプレイヤーが同じ世界に集まって冒険するオンラインゲーム!」


「つまり、仮想空間の中で遊ぶオンラインゲーム?」


「その通り!」


 皐月は満足そうに頷いた。


「しかも、このゲームは今までのVRゲームとは全然違うんだよ!」


「どう違うんだ?」


「まず、世界の広さ!」


 皐月はスマートフォンを操作し、ゲームの公式映像を見せてきた。


 そこには、見渡す限り広がる草原が映し出されていた。


 風に揺れる草花。

 遠くにそびえる巨大な山々。

 青く澄み渡る空を飛ぶ鳥たち。


 やがて映像は切り替わり、巨大な森や雪に覆われた山脈、砂漠、海、さらには空に浮かぶ島々まで映し出される。


 どれも現実と見間違えるほど精巧に作られていた。


「これ全部、ゲームの中なのか?」


「そうだよ! しかも、ただの背景じゃないんだよ。全部実際に探索できる場所なんだって!」


「へえ……」


「それだけじゃないよ!」


 皐月はさらに映像を進める。


 今度は、様々な姿をした人々が映し出された。


 人間。

 長い耳を持つエルフ。

 小柄で頑丈そうなドワーフ。

 獣の耳や尻尾を持つ獣人。

 透き通るような身体を持つ精霊のような存在。


 そして、人間とはまるで異なる姿をした種族たち。


「このゲームには、ものすごくたくさんの種族がいるんだよ。人間だけじゃなくて、エルフやドワーフ、獣人、精霊種とかね。ほかにも、いろんな種族が実装されてるの!」


「そんなにいるのか」


「うん! それぞれに特徴や種族特性があって、選ぶ種族によって冒険の仕方も変わってくるんだって!」


「結構自由なんだな」


「それがこのゲームの魅力なの!」


 皐月の目が輝いている。


 彼女は昔からゲームが好きだった。


 特にオンラインゲームには詳しく、休日には何時間もゲームを遊んでいることがある。


 夜自身はゲームに詳しいわけではないが、皐月がゲームの話を始めると止まらなくなることはよく知っていた。


「それで、夜にお願いがあるんだけど」


「……何?」


「私と一緒に、このゲームを始めてほしい!」


「俺と?」


「そう!」


 皐月は両手を合わせ、期待するような目で夜を見つめた。


「一緒に遊ぼうよ!」


「なんで俺なんだ?」


「なんでって……」


 皐月は少しだけ言葉を詰まらせた。


「一緒に遊んだら、絶対楽しいと思ったから」


「ほかにゲーム仲間はいないのか?」


「いるよ。でも、夜と一緒にやりたいの!」


「……そうか」


 夜は少し考えた。


 ゲーム自体に興味がないわけではない。


 ただ、今の自分が新しいことを始める理由が見つからなかった。


 かつては陸上に夢中になっていた。


 けれど、今はもう違う。


 何かに熱中しても、また失うだけなのではないか。


 そんな考えが、頭の片隅に残っていた。


「俺、ゲームとかあんまりやらないぞ」


「知ってる」


「操作とかも分からないし」


「最初はみんな初心者だよ!」


「それに、途中で飽きるかもしれない」


「そのときはそのとき!」


 皐月は即答した。


「とりあえず一緒に始めてみようよ。合わなかったらやめればいいし!」


「……随分と簡単に言うな」


「難しく考えすぎなんだって!」


 皐月は笑った。


 その笑顔を見て、夜は小さく息を吐く。


 彼女は昔からこうだった。


 夜が何かを諦めようとすると、いつもこうして手を差し伸べてくる。


 無理やり引っ張ることもあれば、ただ隣にいてくれることもある。


 今回もきっと、そうなのだろう。


「分かったよ」


「えっ?」


「一緒にやればいいんだろ?」


 一瞬、皐月の表情が固まった。


 そして次の瞬間。


「本当!?」


「ああ」


「やったー!」


 皐月は嬉しそうに両手を上げた。


「よし! これで決まり!」


「そんなに嬉しいのか?」


「もちろん! 夜と一緒にゲームができるんだよ? 嬉しいに決まってるじゃん!」


 あまりにも迷いのない言葉に、夜は少しだけ目を逸らした。


「……そうか」


 皐月はそんな夜の様子を見て、楽しそうに笑った。


「じゃあ、早速説明するね!」


「まだあるのか?」


「あるよ! むしろここからが本番!」


 皐月はスマートフォンを机の上に置き、ゲームの公式サイトを開いた。


 そこには、ゲームの基本情報が詳しく掲載されていた。


 ゲームの舞台となるのは、万種界《ユートピア》。


 剣と魔法が存在する、広大なファンタジー世界。


 その世界には、数え切れないほどの種族が暮らしている。


 人間やエルフ、ドワーフといった一般的な種族だけではない。


 獣人、魔人、精霊種、妖精種、龍種など、様々な種族が存在している。


 さらに、世界そのものもひとつではない。


 異なる次元や領域が複雑に混じり合い、それぞれが独自の環境や法則を持っているという。


 ある場所には広大な大森林があり、別の場所には灼熱の火山地帯が広がる。


 空に浮かぶ島々や、海の底に広がる都市、果てには常識の通じない異空間まで存在するらしい。


「すごい世界だな」


「でしょ! しかも、これだけ広いのに、まだ発見されていない場所がたくさんあるんだって!」


「未発見の場所?」


「そう! プレイヤーが実際に探索して、新しい場所を見つけたり、隠されたクエストを発見したりすることもあるらしいよ!」


「なるほどな」


 夜は画面を眺めながら、説明に耳を傾けていた。


「あと、職業もあるんだよ!」


「職業?」


「うん。剣士とか魔法使いとか、騎士とか。戦闘系だけじゃなくて、生産系や採集系のジョブもあるんだって!」


「生産系?」


「鍛冶師とか錬金術師とか、料理人とか! ほかにもいろいろあるみたい」


「戦わなくても遊べるのか」


「そういうこと! 自分の好きなスタイルで冒険できるんだよ!」


 皐月は指を折りながら説明を続ける。


「それに、スキルもあるの。剣術や魔法、身体能力を強化するものとか、生活系のスキルもあるみたい」


「それはどうやって覚えるんだ?」


「基本的にはスキルポイントを使って取得したり、実際に何度も練習して身につけたり、ジョブレベルを上げて取得したりするんだって。あとはスキルオーブっていうアイテムを使う方法もあるらしいよ」


「練習でも覚えられるのか」


「うん! だから、同じジョブでも育て方によって全然違うキャラクターになるんだって!」


 説明を聞く限り、かなり自由度の高いゲームらしい。


 ただ敵を倒してレベルを上げるだけではない。


 自分で何かを見つけ、学び、成長していく。


 その世界でどんな生き方をするのかは、プレイヤー次第ということだろう。


「それでね、ゲームのキャッチコピーがこれ!」


 皐月は公式サイトのトップページを見せた。


 そこには、大きな文字でこう書かれていた。


『まだ誰も知らない世界へ。まだ誰も見たことのない景色へ。』


 夜はその言葉をしばらく眺めていた。


 まだ誰も知らない世界。


 まだ誰も見たことのない景色。


 その言葉が、妙に印象に残った。


「……いい言葉だな」


「でしょ! 私もこのキャッチコピーがすごく好きなんだ!」


 皐月は嬉しそうに頷いた。


「ねえ、夜」


「ん?」


「せっかく始めるんだから、二人で何か目標を決めない?」


「目標?」


「うん!」


 皐月は少し考えるように視線を上に向けた。


「最初は一緒に冒険して、いろんな場所を探索して、強くなって……」


「うん」


「それで、いつか自分たちのギルドを作るの!」


「ギルド?」


「そう! 仲間を集めて、自分たちのギルドを作るの! 大きなギルドにして、いろんな冒険をするんだよ!」


「二人だけじゃないのか?」


「最初は二人でも、あとから仲間が増えていけばいいじゃん!」


「まあ、それもそうか」


「そして、目指すはトッププレイヤー! 最強ギルド!」


 皐月は両手を握りしめ、力強く宣言した。


「……いきなり大きく出たな」


「目標は大きいほうがいいんだよ!」


「そういうものか?」


「そういうもの!」


 夜は彼女の言葉に苦笑した。


 トッププレイヤー。


 最強ギルド。


 今の自分には、少し遠い世界の話に聞こえる。


 けれど、皐月が本気で楽しそうに話しているのを見ると、少しだけ興味が湧いてきた。


「まあ、やるからには頑張るよ」


「うん! 一緒に頑張ろうね!」


 皐月は満面の笑みを浮かべた。


 その笑顔を見て、夜はほんの少しだけ口元を緩めた。


 それから二人は、ゲームについてさらに詳しい話をした。


 種族の選択。

 ジョブの選択。

 ステータスの仕組み。

 スキルや称号の存在。

 冒険者としての活動。


 皐月の説明は細かく、時折専門用語が飛び出すこともあったが、夜は一つずつ理解していった。


 そうして話をしているうちに、気がつけば外はすっかり暗くなっていた。


「そろそろ帰るね」


「もうそんな時間か」


「うん。明日は学校もあるし」


 皐月はバッグを肩に掛けると、玄関へ向かった。


「ゲーム機器のことは心配しなくていいよ。私が用意するから!」


「いや、自分で買うよ」


「いいのいいの! 最初に必要なものは貸してあげる。気に入ったら自分で買えばいいし!」


「そこまでしてもらうのは悪いだろ」


「じゃあ、今度一緒に買いに行こうよ!」


「……分かった」


「約束だからね!」


 皐月は指を一本立てて念を押した。


「それじゃあ、また明日!」


「ああ。また明日」


 玄関の扉が閉まる。


 足音が遠ざかっていくのを聞きながら、夜はしばらくその場に立っていた。


 そして部屋に戻ると、机の上に置かれたスマートフォンを手に取った。


 画面には、先ほど見ていたゲームの公式サイトが表示されたままだった。


 World of Utopia ―万種界―。


 夜はその名前をもう一度確認する。


「……VRMMORPGか」


 今まで、ゲームに興味を持ったことはほとんどなかった。


 ましてや、自分が誰かと一緒にオンラインゲームを始めるなど、少し前の自分なら考えもしなかっただろう。


 それでも。


 ほんの少しだけ、胸の奥に何かが引っかかっていた。


 興味なのか、期待なのか。


 自分でもよく分からない。


 ただ、皐月と一緒に遊ぶというのは、悪くないと思った。


 夜は公式サイトを開き、ゲームの紹介映像を再生する。


 そこには、先ほど見た景色が次々と映し出されていく。


 果てしなく広がる草原。


 巨大な樹木が空を覆い尽くす森林。


 赤く燃え上がる溶岩の大地。


 透き通るような青い海。


 そして、空を悠々と飛ぶ巨大な龍。


 現実では決して見ることのできない景色。


 そこに暮らす、様々な種族たち。


 その光景を眺めながら、夜は小さく呟いた。


「……面白そう、かもな」


 その言葉を口にしたのは、いつ以来だっただろう。


 少なくとも、ここ最近は何かに対して面白そうだと思った記憶がなかった。


 夜は映像を最後まで見届けると、スマートフォンを机に置いた。


 そして、久しぶりに自分から何かを調べようと思った。


 ゲームの公式サイトを開き、初心者向けの情報を読み始める。


 気がつけば、時計の針は午後九時を回っていた。


 いつもなら、ただ時間を潰すようにスマートフォンを眺めているだけの時間。


 しかし、その日は少し違っていた。


 知らない世界の情報を読み進めるうちに、ほんのわずかではあるが、胸の奥に小さな期待が生まれていた。


 それが何なのか、夜にはまだ分からない。


 ただ、その小さな変化が、これから始まる日々の最初の一歩だった。


     * * *


 翌日。


 放課後の教室。


 帰り支度をしていた夜のもとへ、皐月がやってきた。


「夜!」


「ん?」


「昨日の話、覚えてるよね?」


「ゲームのことだろ?」


「そう! それで、今日から始められるように準備してきたよ!」


 皐月は自分のバッグを開き、中から見慣れない機器を取り出した。


 白を基調とした、頭部に装着するタイプのVR機器。


 左右の側面には精密なセンサーが取り付けられており、後頭部には装着時の負担を軽減するためのパーツが備わっている。


「これがゲームを遊ぶためのVRギア。最新型のフルダイブ対応モデルだよ!」


「これでゲームの中に入れるのか?」


「正確には、意識を仮想空間に接続するんだよ。視覚や聴覚だけじゃなくて、触覚や身体の動きなんかも再現できるの!」


「すごいな」


「でしょ! しかも、このゲームは五感の再現度がかなり高いんだって!」


 皐月は機器を大切そうに持ち上げた。


「今日はこれを夜に貸してあげる。私も自分のを持ってるから、一緒にログインできるよ!」


「本当にいいのか?」


「もちろん!」


「ありがとう」


「どういたしまして!」


 皐月は笑顔で答えた。


 その後、二人は放課後の予定を確認し、夜の家でゲームを始めることにした。


 帰宅後、夜は皐月と一緒にゲームを始めるための準備を進めた。


 VRギアの装着方法や接続方法、ゲームへのログイン方法など、必要な説明を受ける。


 初めて扱う機器ばかりだったが、皐月が丁寧に教えてくれたおかげで、問題なく準備を終えることができた。


「よし! これで準備完了!」


 皐月は自分のVRギアを手に取り、ベッドの端に腰掛けた。


「夜も準備できた?」


「ああ」


「じゃあ、始めよう!」


「もう始めるのか?」


「もちろん! せっかく準備したんだから!」


 皐月は楽しそうに笑う。


 夜は手元にあるVRギアを見つめた。


 これを装着すれば、ゲームの世界へ入ることができる。


 それがどんな感覚なのか、夜には想像もつかなかった。


「……なんか緊張するな」


「大丈夫だよ! 最初は私も一緒にいるから!」


「頼りにしてる」


「任せて!」


 皐月は胸を張った。


 二人はベッドに横になり、それぞれVRギアを装着する。


 後頭部のパーツを調整し、位置を合わせる。


 視界が暗くなり、機器の起動音が聞こえた。


《VRシステム起動》


《生体認証を開始します》


《認証完了》


《神経接続を開始します》


 機械的な音声が頭の中に響く。


 夜は少しだけ身体に力が入った。


《接続完了》


《World of Utopia ―万種界―を起動します》


 その瞬間。


 視界が白く染まった。


 身体の感覚が遠のき、意識がどこかへ引き込まれていくような不思議な感覚。


 そして――


 目の前に、広大な空間が広がった。


 夜はゆっくりと目を開ける。


 そこは、真っ白な空間だった。


 床も壁も天井も存在しない。


 ただ、どこまでも白い世界が広がっている。


「……ここがゲームの中?」


 自分の声が聞こえた。


 手を動かしてみる。


 指先が動く。


 腕を持ち上げる。


 違和感はない。


 足を動かしてみても、まるで現実の身体を動かしているかのようだった。


「すごいな……」


 そのとき、隣から声がした。


「夜ー!」


 振り向くと、そこには皐月が立っていた。


 現実の姿と同じではない。


 彼女はゲーム内で使用するアバターをまだ設定していないらしく、簡素な初期状態の姿をしていた。


「皐月?」


「うん! ちゃんと会えたね!」


「本当にゲームの中に入ったんだな」


「そうだよ! ここが『World of Utopia』の始まりの場所!」


 皐月は周囲を見回しながら、嬉しそうに笑った。


 やがて、二人の前に半透明のウィンドウが現れた。


《World of Utopia ―万種界―へようこそ》


《プレイヤーの登録を開始します》


《まずは利用規約をご確認ください》


 ウィンドウには、ゲームの利用規約や基本的な説明が表示されていた。


 夜は内容を確認し、承諾する。


 続いて、初期設定の画面が表示された。


《プレイヤー情報を設定してください》


《名前》

《種族》

《ジョブ》

《外見》


「おお……」


 夜は目の前に表示された項目を眺めた。


「ここで自分のキャラクターを作るんだよ!」


「なるほど」


「種族もジョブも、いろいろ選べるからね!」


 皐月は楽しそうに説明を始めた。


「ちなみに、私はもう決めてあるよ!」


「何にするんだ?」


「剣士!」


「剣士か」


「うん! やっぱり私は剣を使いたいからね!」


 剣道部に所属する皐月らしい選択だった。


「夜は?」


「まだ決めてない」


「じゃあ、ゆっくり考えよう!」


 夜は再びウィンドウに目を向けた。


 種族。

 ジョブ。

 名前。


 ここから、自分のキャラクターを作る。


 ゲームの世界での、もう一人の自分。


 その選択がどんな未来につながるのか、今の夜には分からない。


 けれど、少なくとも今は、少しだけ楽しみだった。


 皐月が隣で笑っている。


 目の前には、まだ何も知らない世界が広がっている。


 そして、その世界へ進むための扉が、目の前に用意されていた。


「……さて」


 夜は一度、深呼吸をした。


「始めるか」


「うん!」


 二人の冒険が、今まさに始まろうとしていた。


 まだ誰も知らない世界へ。


 まだ誰も見たことのない景色へ。


 これは、一人の少年が再び何かに夢中になり、仲間たちとともに世界の頂点を目指していく物語。


 その最初の一歩が、ここから始まる。


――World of Utopia ―万種界―。


新しい世界への冒険が、始まる。

私が初めて書く作品を最後まで読んでいただきありがとうございます。今後も続きを書いていくつもりなので、よろしくお願いします。

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