第三章・第二幕:宿敵の片鱗
「おじいちゃん、ただいま」
「おう、両親には会えたか?」
「どうだろうね。すぐそばにいたかもしれないし、どこか遠くにいるかもしれない」
「そうか。とりあえず座れ。茶菓子を出そう」
「うん、ありがとう」
「そこのお嬢さんの分も出さなくちゃな」
老人は、部屋の奥に行ってしまった。
「......懐かしいなぁ。ここでよく、本を読んでたっけ」
フィルは本を一つ手に取る。
ページはどれも黄ばんでいて、表紙も色落ちしていた。
「母さんがくれた植物の本......」
一ページ、また一ページめくる。
育て方や毒の成分、花言葉まで事細かに記載されていた。
「ユズリハも、それを幼いころから読んでいたんだよ。やっぱり親子っていうのは似るものだな」
老人はお盆にコップと白い塊を五つ乗せて戻ってきた。
「ほれ、食べな。ここにあっても食べるのは俺一人だけだからな」
「お饅頭......買ってきてくれたの?」
「いや、俺のこと心配した奴が持ってくるんだよ。一人だってのに大量に買ってくるもんだからさ」
「そっか。じゃあ、いただきます。ナディエも食べな?」
「うん......」
僕は白い塊を口に運ぶ。
クッキーとは違い、もちもちしていて、美味しい。
「そこのお嬢さんはナディエというのかい」
「はい、ナディエといいます」
「そうか。フィル、この子とはどういうつながりで?」
「街でぶつかったくらいの縁だよ。その時、妙に汚れてて瘦せてたから家に連れて帰ったんだ」
「ほう......」
「ナディエの話曰く、地下から来たらしいけど......」
「ほう......?」
「それがどこ調べても地下の街『オブスクラシティ』の情報がなくて―」
「お嬢さん、いや......ナディエと呼ぼうか。ちょっとこっちへ来てくれるか?」
「え、うん......」
僕は老人の前に立つ。
「すまんの、年のせいか目が悪くての」
老人は眼鏡をかけると、僕の顔をまじまじと見始めた。
「これは―?!」
「ナディエの目、綺麗でしょ?星空みたいでさ」
「......お前、どこに隠れておった!」
「......え?」
「俺たちはお前らを全員殺したはずだ!莫大な犠牲を払ってな!それを今になってのこのこと......何をする気だ!」
「ちょっとおじいちゃん!」
「貴様のせいで何人死んだと思っている!恥を知れ!」
「ちが、僕は―」
頬に鈍い衝撃が走る。
痛い。なんで......、またこんなことに......。
......また?
「おじいちゃん!」
「お前らのせいで、俺は仲間を、友達を、妻を失ったんだぞ!」
「おじいちゃん!待って!」
痛くて立ち上がれない。
恐怖で目を開けられない。
あの老人の顔......怖い。
激しい憎悪と、復讐心に囚われた顔。
あれ......なんでそんなことがわかる?
僕は一度見たことがある?いや、ないはずだ。
「どけ、フィル」
苦しい、視界もぼやける、痛い。
おかしい、おかしい、おかしいおかしいおかしい。
「待ってよおじいちゃん、ナディエはそんな人じゃない!」
「......どうやってそれを証明できる?」
「ナディエはずっと僕が見ていた。僕は知ってる。彼女はそんな人じゃないはずだ!」
「......だがその目。それはアストリルの証だ。俺たちはその眼をしたやつらに殺されかけたんだ!」
「目はそうかもしれない。でも、誰かを傷つけるような人じゃないはずだ。信じられないなら......っせ、僕を殺せ!」
「―?!」
一瞬の静寂が訪れる。
「だが―」
「信じてよ、おじいちゃん。ナディエはそんな人じゃない。ナディエは他のアストリルとは違う!僕が証明する」
「ふざけるな!お前にこの感情はわからないだろう!何もかもこいつの仲間に殺されたんだぞ!!」
「わかるわけないでしょ!でも、ナディエはそんなことしない!僕は知ってる、ナディエがどんな人か。信じてよ」
「......フィルの顔を立てる、だが忘れるな。そこに座れ」
「わかった。ナディエ、座って」
違う、あの顔、見たことはなかったはずだ。
この記憶、この映像、知らない。
これは......、違う、やめて......わか、らない...。
「......ナディエ?」
「はぁっ、はぁっ、はぁっ」
「そっちに行ったぞ!」
「眼を破壊しろ!」
包帯でぐるぐる巻きになった腕を見る。
「ここに来るまで......いくつ被弾したか...わかんねえな」
腕の力を抜く。
いや、抜けた......のほうが近いな。
いや、そこじゃない。なんだ、この映像は?
「しばらく...ここで休もう......」
声を発しているのは僕じゃない。
「俺は......―認めない。絶対に間違って―」
目の前には、鋭い目つきをした男がいた。
老人と、同じ目。
「あ......、あ......」
男は銃口を向ける。
「あああああああ!!!!!」
「あああああああ!!!!!」
......知らない天井だ。
「ナディエ!良かった......、ホントに......」
「フィル......」
「お前......いや、ナディエと呼ぼう。俺はお前を信用していない。そしてお前はこれからフィルを傷つけないという未来の保証もない。ただ、今は殺さないってだけだ」
「あ......うん、ありがとうございます」
「そしてフィル。これを渡そう」
老人は棚から何かが入った巾着を取り出した。
「フィル、いざとなったときは、この巾着の中身を使え。お前を助けてくれるだろう」
「うん、わかった。ありがとう」
「さ、帰れ。このままだとナディエを殺しかねん。まだ電車は残っているはずだ」
「わかった。また来るね」




