30話 優先すべき事は……
突風で吹き上げられた天幕等の残骸が落下して来る音が止むと、途端に静かになる。
上空に軍の大半を崩壊させた元凶が……母さんが飛んでいるから誰も動かないし、誰も声を上げない。
違う、誰も動けないし、声も上げられないのだろう。
ここにある音は、母さんの羽ばたき位なものだ。
姉さん居ると思われる場所も、気が付けば静かになっている様な気がする。
白い躰を月の光に照らされ、なみなみと殺気を放ちゆっくりと時間を掛け地面に着地する姿は、見紛う事無く悪役のそれに近いとか思っても口に出すのは控えよう。
しかし、今までにない程のピリピリした空間に僕も声が出ない。
「し、白の女王……」
この場に居た人間の中で初めての音が、僕を羽交い絞めにしている兄さんが絞り出した声。
さっきまで聞いていたのと比べると、嘘のようにか細い。
「貴様が、奴の子孫か。 何とも弱々しいものだ」
その声を聴いて、赤く光った瞳で見降ろす様に首をこちらに曲げ、つぶきながらこちらに歩いて来る。
戦場だから仕方が無いのだろうけど、迫力が桁違いです。
僕たちの目の前で立ち止まった母さんが更に殺気を放つ。
人は、頭で処理できない程の恐怖を味わうと躰の力が抜けてしまうか、逆に硬直してしまうという事を聞いた事がある。
ちなみに、腕を羽交い絞めしている兄さんは力が抜け、足を抱えているアレックスさんは硬直するという事を身を持って経験。
そう、二人によって宙に浮いている状態の僕は足は抱えられたまま、羽交い絞めしている力が抜けた兄さんの腕からするりと抜け、そのまま後頭部から……
ゴチン! 「「「あっ」」」
受け身も獲れないまま地面に落ちると同時に、母さんを含めその場に居た人たちが全員同じ言葉が口から洩れた。
そしてそのまま、先程まで恐ろしい程に張りつめていた緊張感が霧散して行く。
雷に打たれたり、火の海の中で佇んで居たり、木に叩きつけられたり、後頭部から地面に落ちたり……
戦場に居るのに、戦闘行為じゃない所でダメージを受けてばっかいる気がする。
「………」
「………」
「………」
殺気を放つのを止めて僕を見ていた母さんも、僕を落としてしまった兄さんも、気まずそうに僕の足をそっと降ろしたアレックスさんも、そのほかの周りの人達も、僕を見つめつつ誰一人として次の言葉が出て来ない。
頑丈な体のおかげで後頭部は全く痛くないですけど、突き刺さる視線が痛いです。
とにかく何か一言口に出して、この何とも言えない空気を払拭せねば。
「えっと。 特に怪我はありません」
「そうか」
一言現状を報告すると、返事をしてきた母さんの顔が近づいて来てそのまま襟を咥えられ持ち上げられる。
そのまま、後ろを向いて着地した場所に戻って翼を広げて……
「まっ待て女王! 何処へ行くっ」
「興が冷めた、見逃してやる」
「なっ?!」
すみません、多分僕のゴチンのせいですよね。
本当にすみません。
「そもそもだ、暫く上で話を聞かせて貰っていたが、貴様はまともに戦う気が無いのであろう?」
「それはっ」
「理由など聞く気も起きん。 戦う気の無い者を殺す程、我は気が触れておらん」
ゆっくりと兄さんの方を振り返りる母さんに咥えられつつ、ふと疑問が沸いて来る。
僕を咥えながら、どうやって喋っているんだろう?
あと、上で話を聞いていたなら早く助けに来てくれると嬉しかったです。
そんな事を考えつつ兄さんを見ると、ゆっくりと剣を抜き構え始める。
「この状況で我に剣を向けるとは、気が触れているのは貴様の方だったか」
「女王よ! 話を聞いていたと言うなら考え違いをしている様だな! 我らがここに居る意味を!」
構えた剣から光が迸る。
勇者が使う魔法剣の中でも初歩、僕はその初歩すら使えなかったけど兄さんならもっと強い魔法剣を使えるはず。
やはり兄さんは本気で戦おうとは考えていないのか。
その魔力が迸る剣を構えて切り込んで来る兄さんに向かって母さんの取った行動は、地面に向かって強く前脚を踏み込む、ただそれだけだった。
ただそれだけのはずなのに、その衝撃波は凄まじく兄さんが吹き飛んでいく。
後、僕の方にもすごい衝撃が……絶対に咥えている事を忘れていますよね、これ?
「かはっ」
「ずいぶんと気の抜けた事をしてくれるな」
「殺せっ、その爪で切り裂いても、踏みつぶしても構わない……何なら、俺を腹の足しにしたって構わないぞ」
「ふんっ、男の肉など筋張ってて食えたものでは無い。 だが、そんなに死にたいと言うのなら……」
立ち上がれず、口から血を吐きながら挑発する様に呟く兄さんに、母さんが爪の先を向けるとその先に魔力の光が篭る。
あっ! さっき兄さんが使った魔法剣と一緒の奴だ!
僕と同じく、魔法……爪?を見た兄さんが驚愕の表情を浮かべる。
「なっ何故、その魔法剣を使える?!」
「時が経つのは悲しいものだ、本当に誰も覚えていないのだな…… これから死にゆく者が、知る必要などないだろう」
振りかざした前足が頂点に差し掛かり、後は降ろすだけ。
結局、兄さんは母さんの爪で裂かれて死ぬのか、まぁ食べられるよりは名誉は残るような……ん?
食べる?
「すみません母さん、ちょっとよろしいでしょうか?」
「何だ? 殺すのはやめておくか?」
「いえ、そこは母さんの裁量にお任せいたします。 先ほど、男は筋張ってて食べれたものでは無いとか言ってましたよね?」
「ああ、不味いな」
「………」
「どうした?」
ふむ、筋張ってて不味いのか。
食感も、味も知っているのか。
「母さんって、人間を食べた事があるんですね」
「?! そ、それはだな……」
「反応で何となく答えは感じ取れましたので無理に口に出さなくても。 さっ続きを」
「まて、母の話を聞きなさい」
「いえいえ、大丈夫です。 母さんも竜ですし人間の千人や二千人、腹の足しにする事なんて当然の事ですよ。 ハハッ……」
お肉はお肉ですし。
うん。
「どうした女王! 貴様の爪は飾りか! さっさと振り下ろせっ!!」
「黙れ小僧! 今は貴様の事などどうでもよい!」
振りかざされた爪が何時までも降りてこない事に催促する兄さんに、珍しく母さんが取り乱して答える。
そして振りかざられた前脚も、兄さんなど目もくれず地面へ。
「娘よ、母の話を聞きなさい」
「変な質問をしてしまった僕が言う事ではないと思いますが、今はこの場を収める方が先かと?」
「そんな事捨て置け、今は家族の話が先だ」
この状況がそんな事だったり、捨て置く扱いですか。
「そもそもだな、最近は殆ど無くなってしまったが我に物事を頼むときに、贄と言う風習があってだな」
「にえ? 生贄ですか?」
「そうだ、人の力ではどうにもならない事を、対価も無しに安請け合いする訳にもいかないのだ。 それをしてしまっては、人は竜の力を当てにして己が成長を止めてしまうし、ほいほいと竜に頼みごとをするようになってしまう。 我とて好き好んで人を喰らったわけではない、けじめと言う物はしっかりとつけねばならないのだ」
今まで聞いた事も無い程、饒舌になっている母さんにどう対応して良いべきか。
そこまで慌てる様な事を聞いた覚えは無いのだけど。




