29話 母、襲来
周りの視線が痛い。
僕の事を詮索する暇があるなら、負けるのが目的らしいけどもっと有意義に時間を使えばいいのに。
巣立ってから日向ぼっこと水浴びしかしてない僕が言う事でもないか。
しかし、僕がここに居る理由はどう答えよう。
そうだ!
鞄をポンポンと叩き、それっぽく言ってみる。
「僕は旅のお団子屋さんです。 おひとついかが?」
「あんな燃え上がる木々の中で、どうやって団子なんて売ってたんだよ。 てか、団子屋が腹が裂けて死に掛ける程の大怪我をあっという間に治せる魔法を使えるわけ無いだろ」
アレックスさんから直ぐに否定が返って来た。
一番引っ掛かりそうな人が否定してくるとは、折角お団子あげたのに。
居るかもしれないじゃないですか、回復魔法の使えるお団子屋さん。
「それによ、本来なら本国に帰る為の移転魔法の魔法石を、緊急事態だったから細かい座標の調整が出来なくて【この戦場で一番安全な所】って設定して使ったんだよ」
「はぁ?」
移転の魔法は勉強した事無かったけどそんなアバウトな設定で使える物なの?
移転の神様でも居てここかな~、とか調べてくれるのだろうか。
「一番安全な所って指定して飛んだら、普通は第一軍団かアルミリア軍のどこかと思ってたらお前の所だったんだよな。 結果的には助かったから文句は言えねぇけどよ、何でクリスの場所が一番安全なんだ?」
また余計な事を……
そりゃあ、この戦場で一番危険な存在と二番目に危険な存在に襲われる必要が無いわけですし、必然的に一番安全な所なってしまうのは仕方が無いと思いますけど。
ほら、周りの視線がどんどん厳しくなってきちゃったじゃないですか。
アレックスさんの話を無視して強引にお団子屋さん説を通すは無理そうだし、逃げるのも厳しそうだし。
竜になって大暴れするのも怖いし、どうしよう。
ボキャブラリーが無い自分が恨めしい。
「う~ん……」
「話し難い事なら、無理しなくてもそこまで詳しく聞くつもりは無いんだが?」
兄さんが何か呟いてるが、頭の中に入ってこない。
そもそも僕は何でこんな所で、自分の正体を偽ってオロオロしなくてはならないのだろう。
戦争で負けたいって言う事は、兄さんを含めここに居る偉そうな人達は母さんに殺されなくても、それ相応の処罰を受けるはず。
たとえ処刑を免れても、貴族としての権利や発言権も剥奪されるだろうし、場合によっては遠くへ追いやられてしまう事だってある。
となれば、お団子の入ったカバンを肩に掛けた魔法の使える小娘の話なんか誰も気に留めないだろう。
それならば、無駄にすぐばれる様な噓を付くよりいっその事……
「分かりました。 お話しましょう」
「そこまで無理をしなくても良いぞ、君の正体が戦局を左右するわけでもないだろうし」
「何を仰います。 僕の事を聞いたのはルインさん、貴方でしょう!」
手に持ったカップの中身を一気に飲み干す。
飲み込んだお茶は先程と同じく、喉を通る時に独特の熱を帯びるような刺激を与えて来る。
だけど、今は何故かそれが心地よく感じる。
「僕は……実は竜なのですよ」
「クリス、別に無理に話を作らなくても良いよ。 君は竜人族なんだから、子供でもそれくらいの実力を持っている子も居ると思うし」
周りを見ると、みんな苦笑いをしている。
何を持って僕が冗談を話していると考えているのですか?
兜に隠れて顔は見えないけど苦笑しているアレックスさんに近づき鎧の襟を掴み顔を近づける。
「ぐぇっ!」
「アレックスさん、僕の髪を、僕の瞳をよく見てください」
「お、おう……てかお前……」
「アレックスさんのお腹を裂いた竜の……女王の躰は何色でしたか? 瞳の色は何色でしたか?」
アレックスさんに詰め寄っている僕を兄さんが羽交い絞めにして引き離して来る。
何をするんですか、今僕はアレックスさんと話しているのに。
「落ち着くんだ、急にどうしたんだ?」
「ルイン! こいつ……酒くせぇ」
「何だと!」
僕の手に持っている空のコップを、アレックスさんが強引に奪って匂いを嗅ぐ。
僕の口を付けたカップの匂いを嗅ぐなんて、アレックスさんは特殊な癖もお持ちなのですね。
「酒だ……多分、俺が酒をくれって言った時に、片方だけ酒を茶で割ったのを準備してたんだ」
「おい、じゃあこの子は……」
「俺の飲んだ果実茶を本来は…… カップ一杯は飲んじまった訳だし……」
何訳の分からない話をしているんですか、僕の話は終わってないんですよ。
身を捩っても足が地面から離れているせいで拘束から抜け出せない。
「クリス、落ち着くんだ。 君は酔っているんだ」
「何を言っているんです。 お茶で酔う程、僕は特殊な体質じゃないです」
「君のお茶はお酒で割ってあったんだ」
「知りませんそんな事。 それよりも僕の話を信じてませんね、それなら竜に戻りますので離して下さい」
羽交い絞めから解放されようと振り回した脚をアレックスさんに掴まれた時、突風が吹き天幕が吹き飛ぶ。
天幕が吹き飛ぶほどの突風なんて、誰かが意図的に発生でもさせない限りいきなり発生するわけがない。
突然の事で誰も対応出来ずに固まっている中、天幕が吹き飛んで行った逆の方向、突風が発生した方へ顔を向けると想像した通り。
「遅かったじゃないですかぁ、母さん」
「「母さん? ……ひっ」」
突然の事で固まっていた周りの人達が、僕の一言で我に返ったように動きだし、僕と同じ方へ視線を向け再び固まる。
皆の視線の先には月の光に照らされた白い躰、赤く光る瞳、そしてさっきよりも遥かに殺気をはらんだ気配を帯びた母さんがゆっくりとこちらに降りて来た。




