挿話:ラッキースケベ属性
僕が最初にイーリスさんと出会ったのは【ノッケ大森林】と呼ばれる広大な森林地帯だった。
ここは、ゴナイの街にもっとも近い場所にあるギルド指定の魔獣発生地域なので、僕達も含めたゴナイの冒険者達がもっとも多く利用する狩場だ。
帝都や他の都市に続く街道が魔獣発生地域を貫いているのだが、定期的に狩ることで発生を抑制している。
その為、一定の安全を確保されている上にCランク以上の強力な魔獣は餌が豊富な奥地から出る意味が薄いので人の前に出ることも少ない…はずだった。
その日、僕達はいつものように街道近くから森林地帯に侵入し、いつものように狩りなれた魔獣を討伐した後に「さて、帰ろうか。」と話していたまさにその時だった…
索敵役のイーダが大きな魔獣の反応があると言ったのだ。ここら辺で出る魔獣の中で一番大きいのは先程まで狩っていた【フォレストウルフ】だが、その群れを統率するボス狼は一回りくらい大きくなる。しかし、そのボス狼よりも更に大きい反応だというのだ。
ある程度の安全が保障される街道の比較的近場で、そのような大きな魔獣を見つけた場合は、Dランク以上の冒険者達はなんらかの方法で魔獣を確認した後に、ギルドに報告しなければいけない義務が課せられている。
その為無視する訳にもいかなかった僕達は最大限の警戒をしながら、その魔獣の確認に向かった。
…しかし今思えばあの時の異常性に気が付くべきだったのだ。この周囲では頂点に君臨するはずのフォレストウルフ達が傷だらけであったことに…しかし僕達は楽に稼げて幸運だったな。としか考えていなかったせいでその規則に従って確認にいってしまったのだ。
そう…そこに居たのは本来ここにいるはずのないフォレストベアーだった。見た目だけはただの緑色の熊だ。しかし、毛皮は生半可な攻撃を受け付けず、その強靭な爪と肉体から放たれるパワーとスピードは、僕達のようなレベルの低い人間など容易く切り裂き、潰してしまうだろう。
目視で確認した瞬間、叫びそうになる口を手で無理矢理押さえつけて、すぐさま撤退のハンドサインを後ろの3人に出す。後ろ足で慎重に慎重にその場から離れる最中に、僕は一番先頭だったからもっとも警戒していたせいで、足元の確認が疎かになっていたのが仇となり、間抜けにも、石に躓いて思いっきり尻餅を付いてしまった。
慌てて起き上がりフォレストベアーの方に目を向けると、奴はこちらをじっと見つめていた…目と目が合ったその瞬間、僕達は脇目も振らずに街道へ向けて走り出していた。
後ろを振り返れば、あのフォレストベアーも同じく大きな巨体に似合わない速度で、周りの木々をなぎ倒しながらこちらに向かってきていたので、僕達は荷物を投げ捨ててとにかく逃げるしかなかった。
ようやく森を抜けて、街道に辿り着いても、フォレストベアーはまだ追ってきていた。当然途中で、魔法や矢も放ったがそんな攻撃が通じるわけもなく、けん制にすらならなかったので、死に物狂いでひたすら逃げ続けていた。
何時間経ったか…実際には数分であろう逃走も長くは続かず、ついに、アイナが石に躓いて転んでしまった。
「アイナ!大丈夫か?立てるか?」
「ご、こめん転んだ拍子に足を捻ったみたい…もう無理だわ…私が足止めするからその間にハンス達は逃げて!」
なにをいっているんだ!そもそも僕が転ぶという無様な真似をしなければこんな事にはなってなかったんだぞ!それなのに仲間を置いていくなんて事できるわけがないだろう!
他の二人も同じ考えのようでアイナを置いていく気は全く無かった。だがしかし、アイナを担いでフォレストベアーから逃げ切るのはまず無理だろう。
…ならば戦うしかない!剣を抜き、気合の一言を入れて、臨戦態勢に入った瞬間だった。
見たこともない魔法陣が、フォレストベアーを囲んだかと思うと、魔法適正がないはずの僕ですらハッキリと感じる膨大な魔力が発生していた。すぐさまアイナの忠告通り伏せて目と耳を覆い、衝撃に備えたはずだというのにその体にはとてつもない衝撃が伝わってくる。
ようやく収まった頃になり、慌てて頭を上げてフォレストベアーを確認すると、なんと魔獣の核でもあり、同時に高い魔法耐性を持つはずの魔石すら消滅させて、骨格のみになっていた。
魔道士のアイナですら見たこともないような魔法を放った張本人はいったいどこにいるのだろうか?と周囲を見渡すが、全く人影が見当たらない。不審に思っていると、視界の上から何かが降りてきて着地する。そしてその美しさに僕は完全に見惚れてしまった。
特徴的な瞳の色、整った目鼻、鈴の音を鳴らしたような声…そして大きな純白の翼。今までに生きてきた中でも見たことのないほどに美しい女性だった。
アイナに、二回名前を呼ばれてからようやく気が付いた僕は、慌てて自己紹介と、助けてくれた感謝を述べる。
すると、女性も自己紹介を返してくれた為、パーティーメンバー全員も紹介していく。
その女性は「イーリス」と言うらしい。イーリスさんは素人目からみても高そうな生地、シンプルな刺繍の装飾でありながら、職人の拘りを感じるデザイン。そんな服を着ていたから、どこかの貴族様なのだろうか?と思ったが、どうやら違うらしい。天人族の暮らしというのはそれほど豊かなのだろうか?
イーリスさんはこの辺りには疎いらしく、共に街へと向かうことになったので、談笑しながら、ゴナイの警備室長と報告をしたあとに、ギルドにも報告、イーリスさんが隣の大陸から転移してきた事に驚きつつも、あの森林に居たことに納得した僕は、隣の大陸から来たゆえに、金銭面に困っていた彼女への恩返しの一つとして、僕達の宿屋に招待することになった。
途中、席を外し出て行くイーリスさんを目で追い、いつ戻ってくるのだろうかと何度もドアを見ていたら、何やら3人にニヤニヤと気持ちの悪い顔を浮かべながら納得していた。何がそんなに面白いのか問いただしても、はぐらかされるだけであり、ますますわけが分からなくなるばかりだった。
イーリスさんが戻ってきたので、いきつけの酒場に行きワイワイと5人で談笑をしているとあっという間に12時を知らせる鐘の音がなった為、そのまま解散となった。
後日、イーリスさんは調べ物をするそうなので、僕達は明日受ける依頼を物色したのちに準備を整えて、明日に備えて身体を休めることにした。
それから数時間、イーリスさんが戻ってきたので再び、行きつけの酒場に行き、タイミングを見計らって休憩していたときに考えていた話題を切り出す。
「ところでイーリスさん、この街にしばらく滞在するのならその…よかったら僕達のパーティに入り…ませんか?」
しかし、そのお願いは受け入れられることはなく、断られてしまった。
その返答を聞いた僕は、まるで何か金槌で頭を叩かれたかのような、感じたことのないほどの非常に大きな衝撃が体中を駆け巡っていく。
どうして、パーティーの勧誘を断られただけで、ここまでショックを受けてしまったのだろうか?自分の事なのに訳もわからず、その場で倒れ付したい気持ちを押さえつけて、イーリスさんの前で無様な真似を晒すまいと必死に押さえつける。
……と、そんなとき何故か3人が同時に深いため息をつく。
そして、そこで3人に言われたことを最初こそ否定しようとしたのだが、その時になって初めて僕は、イーリスさんの事を好きになっていたことに、気が付いたのだ。
言われてから思い返してみれば、確かに僕は、イーリスさんを見るたびに胸が高鳴り、気が付けば僕はイーリスさんが居ないか探していたな…。
冒険者に憧れていた僕は村を出た後もひたすら修練に打ち込んでいたせいでそういった事に全く経験がなかったから、好きになっていたことにすら気が付いていなかったようだ。
その時、イーダがおせっかいにも返答を促すので、思わず、生唾を飲み込んでその先の言葉を絶対に聞き漏らさぬよう神経を研ぎ澄ましたのだが、それが仇となってしまった…その見事なまでの切れ味に、僕は成すすべなく真っ二つに両断されてしまったのだ…
しかも落ち込んでいるのを必死に隠していたのに「他の女性からならモテる」と言われ「がんばってください!」と更に、切り刻まれてしまった僕は、もうただただ力なく返事をするしかなかった…
翌日、初めての恋と初めての失恋から、なんとか立ち直り、市場から戻ってきたイーリスさんと一緒に、魔獣討伐に行かないか誘ってみることにした。
冒険者ではないうえに護衛対象でもない一般人であるイーリスさんが、DランクPTに入ることはできないので、ギルドに内緒で討伐に出かけた。
書類的には一般人とはいえ、Cランク魔獣を一撃で消し飛ばした実力からフォレストウルフを狩るだけならば串焼きによくされるピィを狩るのと同然だろう。
案の定、魔獣の索敵範囲すら狩人のイーダ以上にあるようで、次々とフォレストウルフを見つけては楽々と討伐したことで、今までにない以上の戦利品を得る事が出来た。
つい熱中して夜がふけてしまったので、野営の準備をしている間に僕は周囲に魔獣が居ないかどうか警戒に出た。フォレストウルフ数体程度ならばともかく、大規模な群れのねぐらがあっては危険だからだ。
そうしてしばらく警戒していると、湖の辺りから水音と共に何かが聴こえてきた。魔獣が、水を飲みに来たのだろうか?警戒を強めながら、様子を見に行くことにしたが、その音はどうやら誰かの歌声のようだった。聴こえてくる歌は聴いた事はなかったが美しくも儚さを感じる歌だった。
いったい誰が歌っているのだろうか?気になった僕は湖に向かうと、そこには女神が居た。
キメ細やかな白磁のような肌にぴったりとくっついた髪を鬱陶しそうに振り払うことで舞う銀糸は昼間とは違った幻想的な印象を感じさせ、背中から伸びた大きな白翼をバサバサと羽ばたかせれば、水滴が舞い踊り、その水しぶきが月明かりに照らされることでキラキラと輝くその光景はまさに女神が舞い降りた瞬間のようであった。
そんな、女神のような女性と目線が合ってしまい、およそ人間とは思えぬほどに整った顔に見つめられてしまった僕は思わず、視線を下に逸らすと、芸術家が作り上げたかのような形のいい豊かな双丘と桜色の突起が一瞬視界に入ると同時に「あっ…」という声に僕はようやく我に返り、それと同時に甲高い悲鳴が森に響き渡るのだった……




