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第三話 花子と太郎と骸骨模型


 「花子ちゃんは三日月と満月どっちが好きですか?」

 「う……うー、どっちでもいい……」

 「ふふ、そうなのですか。私は満月のほうが好きです。何故って、そのほうが君の美しい顔が見られるじゃないですか」

 「う……」

 「そう……まるで君は、月から来たかぐや姫のように美しい。私は今すぐにでも伝説の珍宝を持って君の元に参上したいところです」

 「う……うー……」

 「今日私が花子ちゃんとお会い出来たのは、これは運命なのでしょうか?噂にしか聞くことの無かった、女子トイレという城に囚われた姫とでも言うべき君が、この場に姿を現し、私の前にやってきたのは」

 「うー……」

 「花子ちゃん、君は苦く笑うかも知れませんが、私はとても嬉しいのです。君という可憐な少女にお目にかかれて、こんなに嬉しいことはありません。私は今感激しているのですよ。何度これを夢かと疑ったことでしょうかわかりません」

 「う……」

 「だからこの夢のような時を君と……花子ちゃんと一時でも多く私は過ごしていたい」

 「うぅー……」

 「今宵は君と歌って笑って、遊び明かそう。ねぇ?花子ちゃん」

 「……うぅー」

 「くす。それでは一曲。肋骨協奏曲第一番第一楽章Allegro 『駒鳥の囁き』」

 「うぅあぁっ!!やめろやめろっ!なんでそうなるっ!?私はこんな所まで遊びに来たのではないのだがっ?本題はどうなった本題はっ?」

 「えぇーっ!?僕肋骨協奏曲聞きたいーっ!このね、骸骨先輩の肋骨の音色すっごく綺麗なんだよ?ねぇー、聞こうよぉー」

 「君の瞳に語りかけるように奏でて見せましょう。きっと君の心に響く曲を弾いて見せます。だから、ね?」

 「ねじゃないだろっ!?だから、引っ越しの件は何処へ行ったんだっ!?私はそれ以外にここに用はないのだっ!早く本題に入れっ」

 「「えーっ!?」」

 「えーじゃないっ!」

 骸骨が私の前に登場してから早数分。何故か話は頭から脱線し、知らぬ間に私は骸骨の肋骨の音色を聴かされそうになっていた。

 私としては早く引っ越しの件について話して一刻も早くこの場を去りたいところであるが、本題に入ろうとしない骸骨に苛つきが募っていた。

 「はぁ。花子ちゃんがそう言うなら仕方ありませんね。肋骨協奏曲はまた今度にしましょうか、太郎くん」

 「はぁーい」

 「やっと本題か……」

 私がそう溜息を吐くと、骸骨はそんな私を見てクスリと笑った。

 私はそんな骸骨のことを訝しそうに睨んでみる。すると、骸骨は脚を組み替えて私の顔を見つめながら話し始めた。

 「そう睨まないで。花子ちゃんの可愛い顔が台無しになってしまうでしょう?君にはやはりムッツリ顔は似合いませんよ。君は笑顔が一番似合うのだから」

 そう言われて私は骸骨に微笑みをかけられた。何故だろう、自然と顔が引きつる。

 そんな私を見て骸骨はまたクスリと微笑んで、ウインク(ふりだけ)を飛ばしてきた。私はそれを全力で避けて、恐怖にぞっとした。

 「ところで、本題に入りたいのでしたね。ならばお望み通り始めましょうか。まず、花子ちゃんの意見から聞かせて貰いましょう」

 私はそう話しかけられると、先ほどの恐怖を振り落として同意をした。

 「あぁ。まず、最初に断っておくが、見学して申し訳ないが私はここ以外がいい。なのに大家のお前にまで出向いて貰って大変申し訳なかった。すまない。そこで、出向いて貰ってなんだし、もし他に良いところを知っていたら教えて欲しいのだが、何処か知っているだろうか?」

 「……ないよ」 

 「……はぁ?」

 私がそう尋ねると、何故か骸骨は急に機嫌が悪くなったように、素っ気ない態度を取り始めた。私は思わずそんな骸骨の態度に頭を傾げる。

 「この業界は何処も手厳しくてね。もう何処も埃だらけさ」

 骸骨はそう呟くと立ち上がって、私の前に膝を突いた。そしてその固く細い手で私の顎を取る。私は怖気に襲われて背筋を強張らせた。

 「何処がそんなに気にくわなかったんだ。言ってくれ。我々の仕事は君のような可憐な女性を喜ばせること。それが出来ないとあれば、我々の心が許さないんだ。言ってくれたら、君の気に召すように我々は努力しよう。さぁ、その艶やかな口を開いて。言ってごらん。我々の何処が気にくわないんだ?」

 「ちょっ、ちょっと待てっ!これは何の話だっ!?何の脅迫だっ!?」

 私がそう叫ぶと、骸骨は不思議そうに頭を傾いだ。

 「何って、ホストクラブの話だろう?」

 「違うぞっ!!」

 私がそう全力で叫ぶと、骸骨はキョトンとした顔で尋ね返した。

 「はぁ?ホストクラブ年間契約の話じゃ無いのか?ホストクラブに通いたいが何処にしようか迷ってるって言う……」

 「違うぞっ!!何処からどうその話になったっ!?引っ越しの話だっ!引っ越しっ!!」

 私が怒りながらそう叫ぶと、骸骨は合点がいったように手を叩いて顔を明るくした。そそくさと椅子に座り直す。

 「なんだ、その話でしたか。すみません。他のお客様の話と間違えておりました。……あぁ、そうだ、あれはテケテケ様のご用件でしたね。いやはや、お見苦しい所を見せてしまいました。申し訳ありません……」

 「……何やってるんだ、テケテケのやつ。そしてお前も間違えるな。驚いたじゃないかっ。突然性格変わったり……」

 「申し訳ございません。性格の件は、いろんなお客様に合わせて変えさせてもらっていたり、その状況に合わせて変えさせてもらっていたりしています。ほら、世の中には『ギャップ萌え』という言葉があると伺いましたので……」

 「お前にそんなギャップは望んでいない。しかもその言葉の使い道何か違うと思うぞ?」

 「申し訳ございませんでした。以後気をつけます。では、本題に入りましょう。……さて、何の話だったでしょうか?」

 「だから引っ越しの話だっ!!」

 私は業を煮やしながらそう叫んだ。


 「さて、引っ越しの件でしたね。今うちの寮である理科準備室は空きがございましたよ。特典と致しましては、現在引っ越して頂けると、顕微鏡、ミジンコ、ミドリムシプレパラート、酢酸カーミン、ヨウ素液、朝顔、メダカがついてきます。どうでしょうか?家賃は我がホストクラブで週4で働いて頂けましたらタダとなっております。大変お買い得ですよ?」 

 「……なぁ、お前私の話聞いてたのか?ここ以外と言ったはずだぞ?」

 「しょうがない。では今だけ、塩酸をつけましょう!」 

 「人の話を聞けっ!!」

 私がそう怒鳴ると、骸骨は私に微笑みかけた。

 「ふふ。冗談ですよ。君の怒った顔もやっぱり可愛いですね」

 「……おい骸骨。骨を折ってやろうか」

 「花子ちゃん怖いよーっ。怖い花子ちゃんは僕嫌いだなぁー」

 「たっ、太郎がそう言うなら……止めておくか」

 「……なんだ。そういう事でしたか。私の入る枠はないということなのですね」

 「そっ、そんなんじゃないぞっ!何を勘違いしてるんだっ!たっ、太郎とは只の腐れ縁というか、とっ、友達というか……。そっ、そう、只の友達だ……」

 「花子ちゃん、ファイトっ!」

 「……何処の骨を折ってやろうか」

 「花子ちゃん?キャラクター壊れてるよ?」

 私は目に妙な光りを宿していた。


 「まぁ、冗談はさておいて、本題に入りましょうか」

 「……半ば冗談じゃないのだが?まぁいい。本題に入ろう。何か良いところを知っていないか?」

 骸骨がそう言うので、私は骸骨を睨み付けることを止めて溜息を吐き、本題に入ることにした。

 骸骨は暫く考え込むと、口を開いた。

 「うーん。私はホストクラブには詳しいですが、その他にはてんで素人ですからね……。あぁ、あそこなんてどうでしょう?夜景が綺麗ですよ。風が気持ちよくて私のお気に入りの場所です」

 「何処だ?」

 「屋上です」

 「すまん。屋根のあるところで頼む」

 私は骸骨の提案を直ぐさま却下した。野外はないだろ、野外は。夏は暑くて冬は寒すぎるだろ。雨風にはどうしたら良いんだ。お化けと言えど、身体が持たない。

 私がそう言うと、骸骨は納得したように頷いてまた考え込み始めた。そして思いついたようにあっと声を出す。

 「なら、あそこはどうでしょう。屋根があるし、風通りは良いし、一戸建て。しかも屋上付きです」 

 「いっ、一戸建て?学校なのにそんな所があるのか?それは何処だ?」

 「ドーム型滑り台です」

 「すまん。校舎内で頼む」

 私はまた骸骨の提案を直ぐさま却下した。だから野外はないだろ、野外は。屋根があっても雨風しか防げないぞ。私はホームレスか。

 するとまた骸骨は考え込み始めた。

 ……今度こそまともな案が出るだろうな?

 暫く骸骨は考えていたが、ある時あっと思いついたような顔をして私にまた提案してきた。

 「では、あそこはどうでしょう?冬は暖かくて良いですよ。頻繁に人は立ち入らないので、騒がしくありません。セキュリティーもしっかりしてます」

 「そんな良いところがあるのか?いいな、そこっ。それは何処なんだ?」

 「ボイラー室です」

 「夏は地獄だろうがっ!!あんな汚くて機械に囲まれたところ住めるかっ!!」

 私は全力で却下した。

 たった今知った事実。この骸骨、馬鹿だ。


   

 



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