第十一話 花子と太郎と生首サッカー
「真之様ぁーっ!」
左之助がそう叫ぶと、生首が思いっきり蹴り飛ばされた。遠くにいた真之のもとに綺麗な弧を描いて生首が飛んでゆく。
「おうっ!」
真之はそう返事をすると硬い鎧に覆われた胸で上手く受け取り、ゴールへと向かって走り出した。
「すごいねっ!左之助おじさんっ!」
「やるじゃないかっ!左之助!かっこよかったぞっ」
私と太郎はそんな左之助に向かって感嘆の声を上げた。
「はっ、なめてもらっちゃあ困るぞ、童っ!これでも一応戦国武者だっ。真之様にお仕えしてた身。死んでからもこの身は真之様のために尽くそうぞ」
左之助はそう言うと真之の方を真剣な眼差しで、しかし口元に笑みを浮かべながら見つめた。
「さぁ、行け!童!俺がゴール付近を守るっ。だからお前らは真之様の下へ行ってやれっ!」
「うんっ!」
「あぁっ!」
私たちは左之助にそう告げられて真之の下へと走り出した。
月がぼんやりと輝き、闇に沈んだ夜の世界を静かに照らしている。
空にはこの世界は我が物だと主張するように烏が旋回し、それを嘲るかのように梟が静かに鳴いた。
時折悲しげな風が吹き、木々がカラカラと音を立てる。そんな風に吹かれて、地面に佇んでいた落ち葉が闇の中を転がっていった。
そんな夜に、ある学校の校庭にて。
頭に矢の刺さった戦国武者や小さな小学生たちが校庭を駆け回っていた。
見るとその影は何故か不気味な生首を奪い合うように蹴り合っている。
そのうちの一人である少女――花子こと私は、太郎とともに真之のもとへと走っていった。
上へと上がっていくと、そこには生首を足でころころと転がしながら唸っている真之の姿が見えた。小学生に囲まれ、身動きが取れなくなっている。
「真ちゃんっ、パスっ!」
太郎がそう言って走りながら手を振ると、真之がそれに気づいて後ろを向いた。
「おうっ、頼むぞ、太郎っ!」
真之はそう言うと後ろに向かってパスをした。太郎はそれを受け取ると、ゴールへと駆け出す。それを見ると小学生たちも太郎を追いかけた。
太郎が生首を懸命に蹴っていく。心なしか、いや確実に、太郎は試合開始時よりも上手くなっていた。少し覚束なかった足取りも今はしっかりとしている。どうやら飲み込みが早いらしい。
その時小学生の一人が太郎の生首を取りにかかった。太郎の行く手を阻む。
しかし太郎は少し慌てながらも上手くターンを決めて小学生を交わしていった。
「やるねっ、太郎もっ!」
「ありがとっ!」
小学生がすれ違いざまにそう太郎に嬉しそうに告げる。
すると太郎も嬉しそうに笑顔でお礼をいった。
「花子ちゃんっ!」
その時、太郎が私に生首をパスしてきた。太郎の周りには小学生がたくさんいて動きにくいが、私の周りには誰もいない。そして太郎よりもゴールの近くだ。賢明なパスだろう。
「あぁっ!」
私は返事をすると、なんとか生首を受け取った。そして馴れない足取りで生首を蹴っていく。しかし運動自体未経験の私にはゴールまでは遠い道のりだった。先ほどの場所よりは少し進んだといっても、私の脚力でシュートをするには少し遠い。しかし小学生たちは私から生首を奪おうと段々と近づいてくる。私は焦り始めた。
「花子ちゃんっ!後ろっ!」
その時、太郎がそう私に叫ぶ声が聞こえた。
焦る私はとっさに後ろを振り返る。するとそこには、こちらに向かって駆けてくる真之の姿が見えた。
「ま、まーさっ!パスだっ!」
私はそう言うと、駆けてくる真之の前に生首を蹴った。
しかししっかりと真之の前に蹴ったはずが、コントロールが出来ずにだいぶ真之の前、しかも上へと高く上がってしまった。私はそれを見て、しまったというふうに表情を歪ませる。
「あっ!す、すまない……っ」
「心配無用じゃっ!」
するとその時、真之は走る速度を早めていった。さすが武者なだけあって足は早い。真之はあっという間に生首へと近づいていった。
「真ちゃんっ、シュートだっ!」
その時、太郎が真之に向かって叫んだ。見ると生首はちょうどゴールの真ん前に上がっている。
「おうっ!」
真之はそう威勢良く返事をすると、――刀をしゃっと抜いてボールへと走っていった。
私は少し疑問を感じたが、しかし真之に何か策があるのかもしれないと思い直ぐにその疑問を取り払った。真之は性別こそ女だが、しかし武者たちの大将をやっていた器だ。体力も腕前も、そして戦略も秀でているに違いない。
「おああぁぁぁっ!!」
真之はそう叫び声を上げながら、刀を構えて生首へと近づいてゆく。それは何処か、遠い昔に起きていた戦を目の当たりにしたようで、その場には緊迫感が漂っていた。
その時、真之が生首のもとへとたどり着いた。生首は重力で段々と地面へと向かっていく。
真之はそれを鋭い目つきで凝視した。
「ああぁぁぁぁっ!!」
刹那、真之が刀を思いっきり振る。すると綺麗な軌跡を描きながら――刀が生首へと当たり、そしてゴールへと向かって生首が打ち込まれた。
ものすごい勢いで生首がゴールへと猛進してゆく。それをみて、怖くなった小学生たちは思わず生首を避けた。すると、綺麗にまっすぐと打ち込まれた生首は、ゴールの中へとすごい勢いで入り、ネットにめり込んだ。しばらくして、やっと生首が勢いを無くして地面に落ちる。
しかしゴールに入ったにもかかわらず、何故かその場はしんと静まり返るのだった。
「はっ、入ったぞっ!見たかっ、私のシュートをっ!どうだ、すごいだろうっ!」
状況のわかってないらしい真之が一人ではしゃいでいる。それを見て、どうしようと慌てていると、その時後ろの方から叫び声が聞こえた。
「ほ、ホームランっ!!」
「それは言ってはいけないだろうっ!?」
左之助がこの状況をなんとか打開し、真之を持ち上げようとしてそう叫んだ。しかしそれを聞いて私が突っ込む。
「ん?どうしたのじゃ?ゴールだぞ?皆の者」
するとそこでやっと周囲の異変に気づいた真之が首を傾げた。
すると、それを見兼ねた太郎が真之に近寄っていき声を掛けた。
「……真ちゃんっ、確かにサッカーはボールをゴールに入れればいいんだけど……。シュートは足でしないとー……。刀で打っちゃったら、それはサッカーっていうより、野球だよ……」
「なっ、なんだとっ!足でなくてはだめなのか……。すまぬ」
それを聞いた真之はしょんぼりと落ち込んで、悲しそうな顔で謝った。
「大丈夫だよっ!次から頑張ろうよっ、真ちゃんっ!」
太郎がそう笑顔で語りかける。しかし真之は愚図る子供のように首を振った。
「いいや……、私はあまりに申し訳ないことをしてしまった。せっかくいい機会であったのに……。皆の役に立ちたいだけなのに、肝心なところで私はいつも失敗してしまうのじゃ……。無念じゃ……」
真之はそう悲しそうに語ると、その時きっと目を細めて決意を示したように叫んだ。
「だから私は償いに腹を斬るっ!切腹じゃあっ!!」
そう言うと真之はしゃっと刀を抜いて自らの腹に刀を突き立てた。
決心を固めた目に見えたが、しかしよく見るとただ自暴自棄のようにも見える。
「だ、だめだよ真ちゃんっ!!やけになっちゃっ!!」
「まっ、真之様ぁっ!!」
そんな真之を近くにいた太郎と武者が止めにかかった。必死に抑え宥めるが、しかし真之は全く聞かずに暴れる。
「切腹じゃあっ!!」
ついにはとうとう真之が刀で己の腹を突き刺した。しかし案の定、幽霊なので真之の体は全く息絶える様子はない。赤い血一滴も垂れることはなく、真之はただ己の腹に刀を刺したまま暴れる。
「切腹さえも私には出来んのかっ!うわあぁんっ!もういやじゃあ――っ!私はどこまで無能なのじゃ――っ」
そんな真之は涙目で暫く暴れた。
真之が平常を取り戻すには少し時間がかかった。
「真ちゃん大丈夫?」
「あぁ、すまぬ……。取り乱した……」
生首ホームラン騒動から少し経ち。周囲の慰めと励ましと暫しの時を得て、真之が平常を取り戻した。我に戻ってから、少し顔を赤らめてもじもじとしている。
「よかったっ!じゃあ今度こそ頑張ろうよ、真ちゃんっ!」
「おっ、おうっ!次こそ頑張るぞっ!」
太郎に笑顔でそう言われると、真之は拳を握って気合を入れた。
「……やっと収まったかっ。全く、どいつもこいつもめんどくさい奴ばかりだな」
私はそう言って真之を呆れた顔で見たが、しかし太郎と真之がなんだか仲が良くなったように見えて、少しむっとするのだった。
「いっくよーっ!」
「うんっ!!」
試合はゴールキックからの再開となった。キーパーの小学生がそう叫ぶと、他の小学生たちも元気よく返事をする。
「そーれぇっ!!」
その返事を聞くと、キーパーが少し勢いをつけて思いっきり生首を蹴った。
綺麗な放物線状の弧を描いて生首が飛んでゆく。するとそれを眺めながら8番がジャンプし、綺麗にその生首を胸で受け止めた。そして上手く着地をすると、ドリブルをついてゴールへと駆け上がってゆく。
「みんな下がってっ!ゴールを守るんだーっ!」
「おうっ!!」
太郎の指示で武者達が下がり始め、守りへとまわってゆく。私もそれを見て武者たちと共に下がり始めた。
8番が華麗なドリブルで守りの武者たちを交わしてゆく。迷うことなき、しかし正確なドリブルは見る者阻む者を圧倒していった。
やはり経験者は強い。今日やそこらサッカーを始めたばかりの太郎や武者には到底適わない様なプレイで守りを抜いてゆき、ゴールへと突き進んでゆく。
「みんなーっ!8番くんの動きを止めて、ゴールに近づかせないでっ!」
「おうっ!!」
その見事な8番のドリブルに焦りを感じ始めたらしい太郎がそう武者たちに指示を出した。現在試合は0対1。ここで一点取られると私達の勝利はかなり厳しいものとなる。守りに徹するのはいい判断だろう。
そう指示を受けた武者たちは8番の行く手を阻むように8番の周囲に群がった。8番はとうとう逃げ場を無くし、動きを止める。
「いっけーっ!そこでボールを取るんだーっ!」
太郎がそう叫ぶと、武者達が8番を取り囲み、そして生首を奪いにかかる。
しかしその苦境に立たされている筈の8番は――口元に笑みを浮かべた。
「な、なんだいまのは……」
誰か武者の一人がそう不思議そうに首を傾げた刹那、8番が突然声をあげる。
「いっくよ―っ!」
そう呼び声が上がると、他の小学生たちが頷いてそれぞれの場所へと移動し、そして姿を消した。
「なっ、何が起こるのっ!?」
太郎がその行動に驚いて声をあげる。
すると直後、苦境に立たされた8番が声を上げた。
「必殺っ!!」
「「「稲妻閃光っ!!」」」
小学生たちが8番のあとに続いてそう叫び声をあげる。
するとその掛け声とともに8番が生首を蹴って走り出し――姿を消した。
「消えただとっ!?」
私がその光景に吃驚していると、太郎がそんな私の声を聞いて叫んだ。
「違うっ!!あっちだよっ!」
太郎がとっさに指差した方向を見ると、そこには生首を蹴ってゆく小学生の姿が見えた。いつの間にか瞬間移動したようだ。
「はっ!?なんでそっちにいるんだっ!?いくら幽霊でもそんなこと出来るわけ……」
私が驚いているのも束の間、その小学生の姿を把握した武者たちがまたその小学生の動きを止めようとそちらに走り出す。しかしその瞬間、また小学生の姿が消えた。
「まっ、またかっ!?」
「今度はあっちだっ!!」
しかし消えたと思いきや今度はまた別の場所に現れ、ドリブルをしながらゴールへと進んでゆく。
「これはどうゆうことだ……?」
私が目の前で起きている光景に驚いていると、その時太郎が何かに気づいたようにあっと叫んだ。
「わかったよっ!これは瞬間移動してるんじゃないっ!ただパスしてるだけだよっ!姿を消してみんながびっくりしてる間に、ボールを他の姿を消してる小学生にパスをして、パスをもらった小学生が姿を現す。それを繰り返してるだけだよっ!」
「なるほどっ!それで瞬間移動しているように見せていたのかっ!」
私がそう感心していると、その時太郎がしまったというふうに表情を歪めてそして叫んだ。
「きっ、気をつけて!!そろそろシュートが来るっ!!」
「なんだとっ!!」
その叫び声に、ゴールの手前にいた左之助が驚き叫んだ。
するとその声に少し驚いたように小学生が口を開く。
「あれっ、ばれちゃったっ?でももう遅いよ太郎っ!!」
刹那、ゴール前に生首を持った小学生が現れた。私たちは驚いて瞠目する。
「いっけぇっ!鬼火シュートっ!!」
生首を持った小学生がそう叫ぶと、その時思いっきり生首を蹴った。青い炎が生首を包み込み、ゴールへと直進してゆく。
「あっ、危ないっ!!」
太郎が驚いてそう叫んだ。私もその青い炎の行方に目が釘付けになる。
「させぬぞっ!!」
刹那、そう叫んだ左之助が生首の前に飛び出した。鋭く目を光らせながら、ものすごい剣幕でゴール前に佇む。
「あっ、危ないよっ、おじさんっ!!」
しかしその時誰よりも吃驚したように小学生が叫んだ。
その言葉に左之助が少し首を傾げる。
「なんじゃ……ぐぼほぁっっ!!」
するとその時、生首が急に少し進路を変えて――左之助の顔面に激突した。生首はそのおかげで進路を大幅に変えて、ゴールの外へとはじき出される。
そしてそれと同時かそれより早くか、左之助が地面に倒れた。
「大丈夫っ!?おじさんっ!」
「あわわっ!大丈夫っ!?左之助おじさんっ!」
「左之助っ!大丈夫かっ!」
それを見て、生首を蹴った張本人である小学生と、太郎、真之、ついで私とその他大勢が駆け寄ってきた。
見れば左之助は泡を吹いている。意識もちょっと飛んでいるらしい。
「わっ!なんでおじさんこんなことになってるのっ!?幽霊なのにっ」
「左之助おじさんっ!大丈夫っ!?」
「左之助っ!!」
しかし左之助は目覚めない。するとそれを見て、少し呆れたように真之が溜息を吐いた。
「はぁ、左之助はいつもこれなのじゃ。心配させおって……。此奴は痛みというものに弱くってな、幼き頃から。ちょっと怪我しただけでもすぐ泣きおっての……。そんなこいつももう幽霊だというのに、全く、どこまでも心配かけおるやつじゃ。……皆の者、そこまで心配するでない。こいつも幽霊、死にはせん。直に目覚めるだろうから、それまで安静にさせてやれ」
「はいっ」
真之にそう言われて、武者たちが左之助を近くにあった雲梯の上へと寝かせた。
……いや、それは少し可愛そうな気がするのだが……。
「早く起きるといいねー」
「あぁ……」
それを見て、太郎と私は心配そうに言った。
「しかしどうするべきか……。人数が一人減ってしまったぞ」
「どうする?起きるまで待つ?」
「それが妥当だな。しかし……」
そう言って真之が校庭に立っている時計を見た。それを見て、小学生も一緒に時計を見る。見るともう朝に近い。
「もともと決めてた試合終了時間ももうすぐだし、朝も来そうだし……。どうしよっか?」
「「うーん……」」
真之たちはだいぶ考え混んでいた。普通に考えれば、明日に持ち越し、というのが妥当かもしれない。しかし明日は私と太郎が参加できるかどうか、ということも懸念しているらしい。……おい、変なサッカーに巻き込まれてるうちに朝になるぞっ!?引越し先全然見つからないじゃないか……。……はぁ、どうすればいいんだ。
「大丈夫だよっ!真ちゃんっ!」
するとその時、太郎がそんな真之たちのもとへとやってきた。自信たっぷりの表情をしている。何を考えているのだろうか?
「何が大丈夫なのじゃ?」
真之がそう尋ねると、太郎が自信満々に答えた。
「ピンチヒッターを連れてきたんだっ!」
「そ、そうなのかっ!よくわからんがそれはどう言う意味じゃっ?」
「本当はヒッターじゃないけど……まぁいっか。おじさんの代わりの人を見つけてきてくれたんだよねっ?人数揃えばとりあえず再開できるよっ!」
「なるほどっ!よくやったぞ、太郎!それは誰じゃっ?どこにいるんじゃっ?」
真之はそう言ってきょろきょろとし始める。
太郎はそれを見て嬉しそうに答えた。
「うん、ほら、ここだよっ!テケテケさんって言うんだっ!」
「……よろしく」
「テケテケかよっ!しかも足ないじゃないかっ!!」
私はその光景を見て突っ込んだ。
「はい、じゃあテケテケさんはここ立っててねっ!」
「……わかったわ」
そんなこんなで人数の揃った私たちは試合を始めることにした。テケテケは足がないので、必然的にキーパーを務めることで収まった。……いや、これキーパー務まるのか?
「じゃあ始めるねーっ!」
「うんっ!」
試合はコーナーからの再開となった。少し助走をつけた小学生が生首を思いっきり蹴る。
すると生首は見事な弧を描いてゴール近くへと飛んでいった。その先には小学生たちの姿が見える。見事に的確なキックだ。
「みんなっ、守ってっ!!」
太郎がその様子を見ていて、慌てて警戒するようにそう言った。この様子だと、生首は小学生の手に渡ってシュートをされる危険が高い。それに加えて、今はキーパーがテケテケだ。上半身しかなく、地べたを這っている状態のテケテケに生首が止められる希望は薄い。……なんでこいつを引き入れたんだ?
「ボールもーらいっ!」
その時案の定、小学生がジャンプをし、生首を綺麗に胸で受け取った。生首を渡すまいと競り合っていた武者が悔しそうに口元を歪ませる。
「シュートっ!!」
その時、地面に足をつけ、体勢を立て直した小学生がゴールに向かって思いっきり生首を蹴った。その場に緊張が走る。
しかしその時、しっかりと固めた筈の、守り陣営の足元をくぐり抜けて生首がゴールに向かって走りだした。
それを見て私たちは驚き、表情を歪ませる。
「あぶな……っ!」
その時だった。
「ふご……っ!!」
ちょうど生首の行く先にあったテケテケの顔に思いっきり生首が衝突し、生首が跳ね返された。
それを見て太郎は最初驚いたが、しかしその後安堵したように肩を下ろした。そして跳ね返された生首をとる。
「テケテケさん、ありがとーっ!さっきの頑張り無駄にはしないよっ!」
「……が、がんばって」
太郎はテケテケにお礼を言うと、ゴールへと向かって駆け出した。
どこまでも暗い夜の空に美しく月が輝いている。
しかしそんな月は、いつの間にか静かに地平線へと向かって降下を始め、闇に落ちた様に暗かった夜の世界も少しずつ明るくなり始めていた。
そんな夜にある学校の校庭にて、複数の影が蠢いていた。
見るとそれは、小学生と武者が不気味な生首を取り合うように蹴り合っている。どうやらサッカーであるらしい。
そのうち、一人の少年――太郎は必死に生首を蹴ってゴールへと向かっていき、少女――花子こと私は、そんな太郎を見ながら太郎や他の武者たちとともに上へと上がっていった。
太郎はテケテケが必死に防いだ生首を受け取り、ゴールへと向かって走っていく。生首を奪いにかかる小学生を上手く交わしては、交わしきれなくて取られ、取られた生首を真之が奪っていく。暫くそんな攻防が続いた。
その間にも、月は眠りに着こうと、静かに降下してゆく。時計を見てみると、試合終了時刻まで十分。終わりを告げる法螺貝の音は一刻一刻と迫っていた。
「太郎っ!」
その時、生首を奪った真之が太郎にパスをした。太郎が生首を受け取ると、またゴールへと向かって走り始める。それを見て、小学生たちも太郎を追った。そして生首を奪い取ろうと襲いかかってくる。このまま試合が終われば小学生たちの勝利。小学生たちも守るのに必死のようだった。
「真ちゃんっ!」
「おうっ!」
その時、小学生たちに取り囲まれ身動きの取れなくなった太郎がパスした。真之が返事をして生首を受け取りに行く。
しかしその生首を小学生が上手くカットした。真之を避け、ゴールの反対側――自分たちのゴールの方向へと走り出す。
「ゴールは入れさせないよっ!」
小学生はそういいながら武者たちの間を縫って進んでいった。その鮮やかさに、武者たちが驚いて立ち尽くす。
「そうはさせぬっ!」
するとその時、他の武者たちが小学生の前に立ち塞がった。それを見た小学生は少し焦った様子でパスを出す。
「あまいなっ」
それを見ていた真之が透かさず生首をカットしにきた。口元には笑みが浮かんでいる。
「我ら戦国武者を舐めるでないぞっ!」
そう言うと、真之がまたゴールへと向かって駆け出した。
両者一進一退の攻防が続く。両者負けず劣らず、生首を取っては取られ、また取ってを繰り返していた。しかし時は一刻一刻と過ぎてゆく。もう試合終了までそれほど時間もなくなっていた。
「このままではまずいな……」
その時、真之がそう苦しい顔で呟いた。
「何か策があるはずじゃ……策が」
そうしている間にも試合は進む。太郎が生首を奪って、再びゴールへと駆け出した。小学生を交わしていっては、阻まれ、武者にパスを出す。それを小学生がカットに入り、生首をとった。駆け出した刹那、武者がその生首を奪う。武者は太郎にパスをし、太郎はまたゴールへと向かって走り出した。しかしその先には小学生の姿が見え、後ろにも何人かの小学生が太郎の後を追っている。時間は刻々と進み、法螺貝が鳴るのも時間の問題だった。
月が静かに進み、空が少しづつ光を取り戻してゆく。真之の頬から、汗がするりと一粒流れていった。
「……そうじゃっ!わかったぞっ!打開策がっ!」
その時、真之がはっと思いついたように表情を明るくした。そしてきょろきょろと辺りを見渡す。そして、何かを見つけた真之は叫んだ。
「花子っ、ゴール前じゃっ!ゴール前に移動しろっ!」
その時、私は真之にそう告げられた。突然そう言われた私は少し驚いて、そして首を傾げる。しかし真之の真剣な表情を見て、私は真之に向かって頷いた。
「わかったっ!ゴール前だなっ!」
私はそう言ってゴール前へと移動していった。
着いて見ると、ゴール前は意外にもほとんど誰もいなかった。コートの中央付近には人が集中し、生首の奪い合いをしている。私の目に、ちょうど太郎が必死に生首を蹴っているのが見えた。
なんとなく時計に目をやると、あと時間は何分でもない。
その時、真之が叫び声を上げた。
「太郎っ!思い切り蹴ってゴール前にパスじゃっ!花子が待ってるぞっ!」
「花子ちゃんが?」
生首を蹴り、上手くターンを決めては小学生を交わしていた太郎が、その時少し驚いたようにそう尋ねた。太郎がそれを聞いてゴール前を見る。すると、なるほど私のことが見えたらしい太郎が、少し微笑んだ。
「時間がないぞっ!太郎っ!早くパスだっ!」
「わかったっ!」
太郎はそう返事をすると、小学生を避けてゴールへと向かって走りだし、そしてその時思いっきり生首を蹴った。蹴られた生首は、綺麗な弧を描きながら私のもとへと飛んでくる。
「花子ちゃんっ!お願いっ!ゴールを決めてっ!」
太郎がそう叫んだ。その言葉に、私は事情を察知して真剣な面持ちで頷いた。
「わかったっ!必ず決めてみせるぞっ!」
いつの間にか武者たち数人もゴール前に集まって来ていた。真之の指示だろうか。小学生たちがこちらに向かって来るのを阻止するように、私を見守るように立っている。
私はそれを見て、少し安心したように肩を落とし、そして太郎の方を見て少し微笑んだ。
生首は空を切って、私のもとへと向かってくる。そして綺麗に私の足元へと落ちた。
私はそれを受け取ると、生首を蹴って少しゴールへと近づいては、体勢を整える。
「花子ちゃんっ、いっけぇーっ!」
そして、太郎の応援と共に、ゴールへと向かって思いっきり蹴った。
生首が地面を勢いよく転がってゆく。キーパーが顔を顰め、生首の行く末を凝視した。
その場に緊張が走る。
刹那、生首が地面を転がっていき――ゴールポストへとガツンと当たった。
その場がしんと静まり返る。
「え……」
ゴールとの距離、わずか2メートル。
私の足はとんでもない方向に生首を蹴っていた。私は頭を真っ白にする。
その時、武者の一人が時計を見て法螺貝を準備した。そして笛を吹く準備を整える。
すると刹那、頭が真っ白になった私の足元に、愉快そうに小躍りしながらテトテトと足首がやってきた。そして生首をゴールにむかってぽんと軽く蹴る。
すると生首はいとも簡単にゴールの中へと転がってゆき、ネットに軽くあたってわずかにネットを揺らした。
その時、法螺貝の音が鳴り響く。
それを聞いてか聞かずか、足首はまた愉快そうにテトテトと去っていった。
その一部始終を見ていたその場全員が暫くぽかんと口を開けたままその場に佇んでいた。
いつの間にか月は地平線へと降下してゆき、暗かった空に光が交じってゆく。
しかし校庭に佇む幽霊たちは、そんなことにはまだ気づいていないのだった。




