エピローグ 花子と太郎と幽霊と
ピチャン、ピチャンッ。
水が滴る音が薄暗闇に広がる。
誰かがまた締め忘れたらしい。全く、何処のどいつだ。迷惑にも程がある。
私は少しいらいらしながら扉を開けると、水道の蛇口をぐっと締めた。
闇に染まった夜の空に月が静かに輝いている。
外では黒い樹木が時折震えるように揺れてはカラカラと音を立てた。
そんな夜に、不気味に佇むある校舎の中で。
一人の少女が窓際で思案に耽るように月を眺めていた。月明かりに照らされて、少女の姿がぼんやりと輝いている。
「花子ちゃーんっ、遊び来たよー?」
するとその時、女子トイレの扉を開けて、少年――太郎が顔を覗かせた。
それを見ると少女――花子が少し嬉しそうに顔を赤らめた。
「太郎っ!もう、いつもより遅かったぞっ。昨日遊ぼうって言ったのは太郎だろう?」
私はそう言って少しむすっとする。すると太郎が少し申し訳なさそうに頭を掻いて笑った。
「ごめんねっ。花子ちゃんっ。ちょっとサッカー見てたんだよーっ」
「あぁ、校庭のかっ。あいつらもよく飽きないよなっ」
「だってサッカー楽しいもんっ。でも、仲直りして本当に良かったよーっ」
「あぁっ、面倒に巻き込まれなさそうで何よりだっ」
「ねぇ、後でまたサッカーしに行こうよーっ」
「……もう出来ることならやりたくない」
「えーっ?」
太郎が不思議そうに首を傾げた。
結局あの生首サッカーは引き分けということで幕を閉じた。足でゴールをきめる、というのが私達の最低限のルールだったので、テケテケの足ならゴールでいいんじゃないかということになったのだ。当のテケテケは、足首のことは見ることが出来なかったらしく、それを聞いてすぐ後、足首を探してその場を去っていった。その後残された武者と小学生は、スポーツの力もあって和解し、それからはというものみんなで仲良く校庭を使ってサッカーをするようになったらしい。……全く、お騒がせな奴らだ。巻き込まれる身にもなってみろ。
そのおかげもあって、私はその夜とうとう引越し先を見つけられずに朝を迎えた。
そんな夜から何日か経ったある日の夜。私は相変わらずトイレの花子としてトイレに住み着いているのだった。とどのつまり、いい場所が見つからなかったのだ。
しかし、トイレに帰ってきて気づいたことがある。それは、トイレが思いのほか居心地良かったということである。
住めば都、という諺や、やっぱり我が家が一番という決まり文句があるらしいが、その通りかもしれない。やっぱり幽霊となって生まれてからこの方住み着いているこのトイレが、私には一番住みやすいようだ。
確かに煩いし、汚いしでいい所だとは言えないが、それでも私はまだ、ここに居続けようと思っている。今のところはまだトイレの花子で居続けよう。……太郎も隣にいることだしな。
そう思い、私は引越し先探しを断念することにした。
いつかここよりいい場所を見つけたとき、太郎とでも一緒に引っ越そう。密かにそう思いながら。
「ねぇねぇ花子ちゃんっ!今日は何して遊ぶ?」
「あぁ、そうだな……。……あっ、あそこに行ってみたいぞっ!前に太郎が言っていた図書室……というところにっ」
私が太郎の問いかけに対して少し悩んだあとそう答えた。すると太郎がその手があったというふうに顔を輝かせる。
「うんっ、それいいねっ!じゃあ図書室行こーっ!レッツゴーっ!」
そう言うと、太郎が私の手を取って元気よく歩き出す。私はそれを見て、少し嬉しそうに微笑んだ。
「太郎っ、図書室に行ったら面白そうな本を教えて欲しいのだが」
「いいよーっ!必殺技も教えてあげるっ!」
「……それはいらない」
「えー?一緒に練習しようよーっ」
「いやだっ!絶対にそれはやらないからなっ」
「えー?楽しいのになぁーっ」
私たちはトイレの扉を開け、外へと出ていこうとする。
しかしその時、私たちは足に変な違和感を感じたのだった。
「うわぁっ!何か踏んじゃったよっ!」
「な、なんだっ!何を踏んだんだっ!?」
私たちはそう言って、慌ててその妙な物体から降りると、じっと目を凝らして足元を見た。
すると、そこにあったのは――。
「……私の足、見なかったかい?」
「「テケテケかよっ!」」
例にそぐわず、テケテケの上半身だった。
「な、なんなんだお前はっ!毎回毎回出てきては……。びっくりするじゃないかっ!」
「……だって、声を掛けようと思ってたら、突然扉が開くんだもの」
「そしたら、うんとかすんとか何か言えっ!暗いんだから気づかないだろっ!?」
「……すん」
「そういう意味じゃないっ!しかもなんでよりによってすんなんだっ!」
「……じゃあ、うん」
「だからそういうことを言いたかったんじゃないっ!」
私はそう怒鳴って地団駄を踏む。するとその時、テケテケが突然驚いたように少し頭を上げた。そして辺りをきょろきょろと見回す。
「……レーダーが、感知してる。足が近いわ……」
テケテケはそう呟くと、方向転換をしてテケテケと廊下を這い出した。
「……私の足を、見たら教えて頂戴。……じゃあ、また」
テケテケは去り際にそう言って、軽く手を上げては去っていった。
私たちがその後を暫く見ていると、テケテケの姿がちょうど見えなくなったところで、テトテトという足音とともに、私達の前を足首が少し小躍りしながら歩いて行った。
「……あいつ、やっぱり踊らされてるよなっ」
「……いつになったらあえるのかなー?」
私たちはそれを見て溜息を吐いた。
私たちはそれを見送った後、再び図書室に向かおうと歩き出した。
しかしその時、今度は別の足音が聞こえてきた。私たちはそれを聞いて立ち止まる。足音からしてどうやら複数人いるらしい。
私たちは首を傾げて足音のする暗い廊下を見つめた。段々大きくなってゆくその足音に少し緊張を走らせる。
すると、そこから姿を見せたのは――。
「花子ちゃんっ!君のその可憐な姿が見たくて会いに来てしまいました。一緒にお茶でもいかがですか?」
「骸骨先輩っ!抜けがけは許しませんよっ!花子ちゃんっ、僕たちとお茶でもどうかな?可愛らしい君と話がしたいんだっ」
「俺の心は、君という花のような少女が現れてから君の可憐さに虜になってしまったよっ。そんな君と一緒にお茶がしたいなっ」
「いやあああっ!!く、来るなっ!気持ち悪いっ!」
ナンパを仕掛けてくる、骸骨と人体模型の大群だった。
「あれーっ?今日はお店じゃないのー?」
私が恐怖に身を震わせていると、その時太郎が呑気にそう尋ねた。すると骸骨がその問に答える。
「今日は定休日なのですよっ。なのでみんなで出掛けようという話になったのですが、そこで満場一致で花子ちゃんとお茶を飲みに行くことで纏まったんです」
「何故そうなるんだっ!?そして私の意向は無視なのかっ!」
「じゃあ僕も行きたいなーっ!楽しそうだもんっ!」
「行きましょうっ。最初から太郎くんも誘おうとみんなで話し合っていたのですよ」
「わぁーいっ!やったーっ!」
「全然良くないぞっ!」
私がまたそう怒鳴っていると、すると今度はまた別の足音と声が聞こえてきた。
「おっ、いたいたっ!花子ちゃんっ!」
「あっ、本当だわっ!花子ちゃんよっ!」
「カラカラ、カラカラカラッ!」
そちらを振り返ると、そこには上半身だけの男の石像と巨大な女の石像、それにデッサン人形がこちらに向かって歩いてくるのが見えた。私はそれを見て吃驚する。
「な、何なんだっ、お前らまでっ!」
私が驚いてそう声を上げると、その時石像たちが口を開いた。
「あぁ、あのなっ、モナリザがまた踊りに来ないかって言ってるんだっ」
「だから私たち、花子ちゃんたちを誘いに来たのよっ。また一緒に踊りたかったしねっ」
「カラカラッ!カラカラカラカラ」
「お前らも誘いに来たのかっ!いや、でも私はこれから太郎と図書室に……」
「わぁーっ!いいな、いいなっ!踊りに行きたいっ!花子ちゃん、行こうよーっ」
「太郎っ!なんでも安請け合いするなっ!そんなにいけないだろうっ!?」
「えーっ?じゃあ、お茶が半分、踊りがその残り半分に行くっていうのでどうかなっ?」
「いいですよっ、それで」
「それでいいぞっ」
「いいわよ、それで」
「いやいやいやっ、良くないだろうっ!?図書室はどこいったっ!?それに忙しいじゃないかそれだとっ!」
「えーっ?図書室は明日にしようよーっ。忙しいもんっ」
「忙しくしたのは誰だっ!?」
私がそう息を荒くしながら怒鳴っていると、今度はまた違う足音と声が聞こえてきた。
「あっ!太郎っ!花子っ!」
「いたいたっ!太郎ーっ!花子ーっ!」
「童ーっ!探したぞーっ」
私がその声の方向に目をやると、そこには真之や左之助、それに小学生たちがわらわらとこちらに向かってくるのが見えた。
「あっ!みんなーっ!どうしたのーっ?」
太郎がそう呑気に尋ねると、小学生たちが楽しそうに話しかけてきた。
「あのねーっ、また太郎と花子ともサッカーしたいねってみんなで話ししてたんだけど、じゃあ呼んでこようよーって話になってねーっ。それで来たんだよーっ」
「うんっ、いいねっ!サッカーしよーっ!」
「た、太郎っ!何言ってるんだっ!?そんな時間ないだろうっ!?」
私がほいほいと返事をする太郎を見て慌てて止める。すると、そんな私を見て、太郎が少し悲しそうに声を上げた。
「えーっ!?頑張れば行けるかもしれないよ?」
「いや、慌ただしすぎるだろっ!」
私がそう突っ込むと、そんな私たちを見ていた真之や左之助が口を開いた。
「でも花子、あのシュートじゃあちょっと酷すぎるぞっ?もう少し練習したらどうじゃ?」
「俺は見ていなかったが……。でも、俺は最後まで共に戦えなかったからな、また童とともにサッカーがしたいっ。どうだ?やらないか?」
「え、で、でもなっ、今日はちょっと忙しい……」
「じゃあわかった、こうしようよっ!」
その時、戸惑う私の隣で太郎がそう声を上げた。私はそんな太郎のことを見る。
「みんな一緒に校庭でお茶飲みながら、ダンスを踊りながらサッカーしようっ!」
「いや、それは無理に決まってるだろうっ!?」
「それでいいですよっ」
「いいぞっ」
「いいよーっ」
「お前らそれ本気で言ってるのかっ!?無理に決まってるだろうっ!」
「「「えー?」」」
「えーじゃないだろっ!えーじゃっ!」
私はそうみんなに向かって突っ込んだ。……あぁ、疲れる。
その時、私はあることを疑問に思った。そして尋ねようと口を開く。
「……にしても何でみんな私の所にくるんだ?何で住んでる場所を知っている?」
私がそう尋ねると、みんながそんな質問自体が不思議だというように首を傾げた。そしてその時、石像たちが口を開く。
「何でって、だって君、トイレの花子ちゃんだろ?自分で言ってたし」
「トイレなんて数が限られているんだし、大体何処かくらい検討がつくわよ」
「カラカラカラッ」
私はそれを聞いて、しまったというようにはっとした。住んでるところが知られてしまっていたら、これから何かあるたびに騒がしいじゃないかっ!
私はその事実にやっと気づき、衝撃を受けた。静かな場所を探していたはずなのに、いつの間にかそれが自分の住処を静かでない場所にしていたとは。
それに気づいた私は、頭を抱えた。……私はなんてことをしてしまったんだ。
するとその時、トイレの中からカサカサカサッと妙な音がして、何かが飛び出してきた。びっくりしてそれに目を凝らすと、私の目には真っ黒い不気味なゴキブリが映る。
「ひっ!」
私はそれを見て身の毛をよだたせた。
「では、理科室からお茶の用意を一式持ってきましょうか」
「ですねっ、先輩っ!テーブルとかも持っていきます?」
「あ、じゃあそれは俺が持っていくよー」
「じゃあ、私はモナリザさんと一緒にコンボを持って行くわっ!」
「じゃあ僕たちは校庭でボールの準備してるねーっ!」
「……見失ったわ。誰か、私の足見なかったかい?」
「あ、バッハとベートーベンさんも連れてこない?」
「あー、どうせならそうしようそうしようっ!」
しかしそんな私をよそに、話は進んでゆく。
そんな状況に私は段々とイラつきを募らせてゆき、そしてついには我慢の限界が来て大声で叫ぶ。
「あぁもうっ!やっぱりここから引っ越したいっ!!」
その私の叫び声は、夜の学校中に響き渡るのだった。
あとがきっ!
こんにちはっ、小野宮夢遊と申しますっ。
この度は、『トイレの花子のお引越しーっ!』を読んでいただきまして、誠にありがとうございますっ。
本作はいかがでしたでしょうか?
感想や文句、指摘等ございましたら、どんなものでも構いませんので書いていただけると幸いですっ。
この話は、実はなんでもない疑問から生まれましたっ。
いつもぽけーっとして考えこんでいることが私は多いのですが、その時に、たまたま小学生の頃に読んだ学校の怪談を思い出したんですっ。
それで、あぁー、そういえば小学校でトイレの花子さんが出たとか出ないとか誰か騒いでたなぁと思い出し。そしてその流れで、でも何でトイレなんかに住んでんだろ、花子さんって。すごく悪条件だよね、トイレって。なんて馬鹿なことを考え始めた時に、このトイレの花子が引越しをする、という話の種が出来上がりました。
しかし実は私はものすごくホラーが苦手で、この話を書くにあたって情報を探すのが怖かったんですっ。
なので近くにいた兄弟を巻き込んで、一緒にネタを考えているうちに、この変な幽霊たちの話が出来上がりましたっ。
とにかく怖かったので、面白く、面白く考えようとした結果がこれですっ。
妙なテンションで考えていたので、だいぶ巫山戯た内容になりましたっ。(笑
なのでこの話の登場人物たちには大体元ネタがありますっ。
最後なので、ここに載せておこうと思いますっ。
・登場人物→元ネタ
・花子→トイレの花子さんより。
・テケテケ→廊下の怪。テケテケが襲ってくるより。
・テケテケの足→廊下の怪。足がひとりでに歩くより。
・毎週金曜日に校庭現れる旧校舎→旧校舎の怪。忽然と現れる旧校舎より。
・三階の北階段→恐怖の階段。異世界へ続く階段より。
・ホストの骸骨と人体模型→理科室の怪談。夜中に動く標本・剥製より。
・テケテケのピアノ→音楽室の恐怖。ピアノの霊より。
・相談室のバッハとベートーベン→音楽室の恐怖。作曲家の肖像より。
・DJモナリザ→美術室の怪奇。モナリザの怪より。
・踊るデッサン人形→美術室の怪奇。踊りだすデッサン人形より。
・テケテケの放送→無人の放送室より。
・家庭科室でモナリザが飛ばす包丁→飛び回る家庭科室の包丁より。
・サッカー好き小学生→夜の校庭。生首リフティングより。
・頭に矢の刺さった戦国武者→夜の校庭。落ち武者の亡霊より。
・怠惰な二宮金次郎→夜の校庭。夜走る二宮金次郎像より。
(Wiki参考)
大体こんな感じですかね?
太郎だけはオリジナルですっ。
最後になりますが、この作品を最後まで読んでくださった皆様に再び感謝申し上げますっ。
本当にありがとうございましたっ。
体たらくな作者ですが、もしよろしければこれからもお付き合いいただけると幸いですっ。
これからも執筆活動を頑張っていこうと思いますので、よろしくお願いしますっ。
それではっ。
4月から大学でやっていけるのかと不安で悩みながら。




