第十話 花子と太郎と生首と
闇に沈んだ夜の世界を月がぼんやりと照らしている。
空には月の破片のような美しい星が鏤められ、キラキラと輝く。
それはまるで宝石のようでこの世の者を魅了する。しかしそれはどんなに手を伸ばしても決して届くことなく、気高く瞬き続けていた。
時折黒く染まった雲が現れ月や星を隠しては、冷たい風に吹かれて雲が姿を消し、また月や星が現れる。そんな悲しげな風に吹かれては、闇に染まった木々がカラカラと鳴いた。
そんな夜にある学校の校庭にて、何処からか時代遅れの法螺貝が鳴り響いた。それは戦国時代の戦の合図が遠い昔、歴史の奥からやってきたような、不思議な音だった。
その合図とともに、何かが蹴られたような鈍い音が響いた。それは何処か不気味で心地の悪い音だった。
その音は、少女――花子こと私の耳にも届く。そして私はその音と共に、目の前で始まったサッカーというものを目の当たりにしていた。
私の目に映るのは、生首を蹴り合う少年と、頭に矢の刺さった戦国武者の姿だった。生首を取り合うように少年と武者が校庭を駆け抜ける。生首はごろごろと転がっていく。
それは何処か青春スポーツ漫画の一ページのようで、暑苦しくも爽やかにも見える不思議な光景だった。
……って……。
「何なんだこれはっ!!」
ようやく私は我に返って突っ込んだ。思考回路が停止するほど突っ込みどころが満載だぞっ!?
「どうしたのーっ?何か問題でもあったのーっ?」
するとその時私の近くを通りかかった三番が私に尋ねた。三番の頭はなく、今現在みんなに寄って集って蹴られている真っ最中だ。
「いや、問題なのはお前の頭だっ!どうしてお前の頭で当たり前のようにサッカーしてるんだっ!なんで取れてるんだっ!痛くないのかっ!」
私がそう尋ねると、三番があぁーと合点がいったように手を叩いた。そして安堵したように話し始める。
「あぁー、なんだ、この頭のことねっ!もっと大変なことが起こっちゃったのかと思ったよーっ」
「いや、十分大変なことだろっ!お前頭取れてるんだぞっ!今寄って集って蹴られてるんだぞっ!?異常事態だろっ!」
「えー?そうかな?だって、これってそんなに痛くはないしーっ。……ぐあっ!!いったぁっ!!」
「いや、今痛いって言ったよなっ!さっき武者が思いっきり蹴ったとき痛いって言ったよなっ!大丈夫じゃないだろっ!それ!」
「なんちゃってー、冗談だよ!あははー」
「……笑えない冗談言うなっ」
私はそう言って表情を翳らせて目線を落とした。するとその時、三番が笑いながら話しはじめる。……こいつ、何処から声が出てるんだ?
「あははー、いやね、昔、僕たちが幽霊になって地上を彷徨い始めてた時にね、僕たちはサッカーをやる子供たちのことを見たんだよっ。で、僕たちも興味あってやってみたいなぁって思ったんだけど、僕たちの活動できる夜中には当然子供たちもサッカーボールもなくなっててーっ。でもどうしても僕たちはサッカーがやりたくて、ボールの代わりに、ボールみたいな丸いものを探してたんだけど、その時誰かが、「そうだっ!頭なら丸いからできるかも」って思いついてー。で、みんなの頭引っ張ってみたらたまたま僕の頭だけ、簡単にすっぽりと取れたんだよーっ。だから僕の頭使ってサッカーすることになったのーっ」
「いやいや、ちょっと待て。頭なら丸いって、それはないだろ、普通。その発想力は凄すぎるだろ。怖すぎるだろ」
私がそう言って少し恐ろしい物を見るような目で三番の本来頭のあるべき空間を眺めた。すると、三番が笑いながら答えた。
「あははっ!凄いでしょーっ、僕もそれは思いつかなかったよーっ」
「普通ならそうだろ」
今もなお蹴られ転がり続ける生首が楽しそうに満遍の笑みを浮かべている。私はそれと目の前の首なし少年を見比べながら答えた。……なんかやっぱりこの絵面怖いな。
「でもなんで僕のだけ取れたのかなーっ?空襲受けたときに取れちゃったのかな?それとも頭が悪かったのかもーっ。あははーっ」
「お前が能天気でよかったよ、心底」
私は溜息を吐いた。
そんなことをしているうちに試合は進み、小学生たちがちょうど攻め込んでいるところだった。
さすがサッカーが好きというのは伊達じゃないらしい。サッカー経験者なだけあって難なくゴールまでたどり着いたようだ。
「くそっ、やはり強いな、餓鬼ぃ」
「ありがと、おじさんっ」
守りを破られた武者が苦しそうに、しかし楽しそうにそう呟くと、小学生も嬉しそうに微笑む。……なんだかこいつら仲良くなってる気がする。これがスポーツの力というものか?
「じゃあシュート行くよーっ!」
「おお!」
その時、ゴール直前まで来た小学生が、思いっきり生首を蹴った。
「いっけぇ!鬼火シュートっ!!」
……妙な言葉を叫びながら。
「は?なんだ今のは……」
私がそう呟いた刹那、少年が放った生首から青い炎がぼおうと現れて、生首の周りを包み込んだ。少し遅れてそこから火粉のように小さな青い火の塊がいくつか飛び出し、大きな炎の周りを取り囲みながら回転してゆく。すると大きな鬼火の塊のようになった生首は、綺麗に緩い弧を描きながらゴールの中へと吸い込まれるように入っていった。
ゴールキーパーはその怪しくも美しい炎に見とれて動けない。その時、青く燃え盛る生首は綺麗にゴールに入り、ネットを揺らすこととなった。
「やったーっ!ゴールだぁーっ!!」
「やったねーっ!ナイスシュートっ!」
「一点先取だぁーっ!」
その直後、小学生たちが嬉しそうに飛び上がり喜び合う。
「うわぁーっ!!すごいよっ!すごいよっ!僕も炎ぼぉーってやりたいなぁっ!」
「ありがとっ!太郎もきっと直ぐにできるよっ!」
「できるかなっ?じゃあ頑張ってみるっ!」
「頑張ってっ!太郎!」
そんな小学生に混じって、先ほどのシュートを見てから目をキラキラと輝かせている太郎も一緒になって喜んでいた。
しかし私はその頃、目の前の光景に唖然とし口をぱくぱくとさせていた。
「ちょ、ちょっと待てっ!なな、何なんださっきのはっ!!」
私が突然目の前で繰り広げられた超常現象に驚きながら突っ込むと、その時近くにいた8番が答えた。
「何って、シュートだよっ」
「いや、それは分かるっ。それじゃなくて、あの変な炎は一体なんなんだっ!?」
「あぁ、鬼火だよっ!」
「あぁ、鬼火だったのかぁ……じゃなくて、なんで鬼火が生首から吹き出てたんだっ!?」
私が若干慌てながらそう尋ねていると、そんな私を見て8番が質問の意図がやっと分かったように話し始めた。
「あぁ、それはね、鬼火を発生させたんだよっ。心の中で念じれば出てくるのっ。だって僕たち幽霊だもん」
「……あぁ、なるほど」
私は何故か妙に納得した。
「よーしっ!反撃するよーっ!」
「「「おォーっ!」」」
太郎と武者達がそう声を上げると、再び中央に置かれた生首がその時蹴られ、試合が再開した。
太郎が生首を軽快に蹴っていき、ゴールへと近づいていく。
しかしそんなに簡単に点を取れるはずはない。ゴールへと近づいていった太郎はその時小学生たちに囲まれてしまった。
どうにか抜けようと思っても、ついさっきサッカーをやり始めたばかりの太郎にはそれは難しい。
困った太郎は、その時近くにいた真之にパスした。
「真ちゃんっ、パスっ!」
「おっ、おう!」
真之は少し驚いたように返事をすると、その時転がってくる生首をじっと見つめ、足にぐっと力を込めると―――。
「うっ、て、ていやぁっ!!」
―――生首を腰に下げていた刀で両断した。
生首がぱかっと割れる。
それを見ていた太郎や私はぽかんと口を開けた。
「ちょ、真ちゃーん!斬っちゃだめだよーっ!」
太郎がそう言って困ったように声を上げると、真之がはっとして、慌てながら言った。
「あっ!す、すまぬっ!ついびっくりして斬ってしまったっ!申し訳無い……」
「もーっ、次から気をつけてねっ!」
「そーだよっ!斬られるとさすがに僕も痛いよーっ」
「りょ、了解じゃっ!次から気をつけるぞ……」
真之が少し緊張したようにそう言うと、懐で小さく拳を握り締めた。
「何やってるんだ、あいつは……。でも、生首が転がってきたら私も蹴れないかもしれないな……」
私は少し真之に同情した。
そんなことをしているうちに、いつの間にか生首は元の通りに回復していた。
私はそれを見ると少し身震いした。
「真ちゃん頑張ってっ!」
「おうっ!」
その時試合は再開した。先ほどの事件は特にお咎めなしで、試合は先ほど事件のあった場所から再開となった。人数がそれほどいないので、イエローもレッドもなしでいくらしい。……イエローとレッドって何だろうか?信号の色か?
試合が再開され、小学生が生首を蹴った。小学生がゴールへと向かって軽快に蹴ってゆく。しかしそこに先ほどの失態を返上しようと奮闘する真之がやってきた。小学生はなんとか避けようと生首を動かしたが、その時わずかに生まれた隙を狙って真之が生首を奪う。
小学生があっと短く声を上げ、悔しそうに顔を歪ませた。しかしそれに気づかなかったらしい真之は、小学生を避けてゴールへと走り出した。
今度は真之が生首を蹴ってゆく。さすが戦国武者なだけあって、体力も運動神経もいいらしい。淡々と生首を蹴って、敵を避けてはゴールへと近づいていった。
しかしその時小学生がボールを奪いに滑り込んできた。それを真之は軽い身のこなしで避け、そしてパスをする。
「太郎っ!」
「うんっ!」
真之がそう叫ぶと、生首は太郎の元へと飛んでいく。
しかし生首は太郎の元へ着く前に姿を消した。
「えっ?」
太郎がそう首を傾げると、その時小学生が笑う声が聞こえた。
「まだまだ甘いよっ、太郎っ!そんな簡単にゴールは入れさせないよーっ!」
するとその時風が吹き、太郎は先ほど何かが目の前を通り過ぎていたことを知った。
はっと気づいてゴールとは反対側を見ると、その時すごい速さで駆け抜ける小学生と足元の生首の姿が現れた。どうやら姿を消していたらしい。
「何も技を使うのはシュートだけじゃないよ、太郎っ!」
「うっ、くやしいなーっ」
太郎はそう悔しがってその小学生の後を追いかけた。しかし太郎の足じゃとても追いつかない。
その時、小学生はグラウンドにちょこんと立っていた私の方へと近づいてきた。
私は少しびっくりする。
「は、花子ちゃんっ!止めてっ!」
すると太郎がそんな私に向かってそう叫んだ。一瞬私は尻込みしたが、太郎に言われたら仕方ない。
「わ、分かったっ!」
私はそう返事をすると、生首を蹴る小学生の元へと近づき立ち塞がった。
「花子に僕のボールが取れるかなっ!」
そう言うと、小学生は私を避けようと生首を動かす。
「わ、私にだって出来るさっ!」
私はそう言うと小学生の行く手を一生懸命に防ぎ、そして今だと思った時に生首を思いっきり蹴る。
しかしその足は僅かに生首を掠った程度で、私の足は見事に空を切り、そしてバランスを崩した私は尻餅をついた。
「うわっ!」
私は思いっきり転んで尻餅をつく。苦い表情を浮かべ、少し痛そうに涙目になる。
「花子ちゃんっ!大丈夫っ?」
太郎がそう言って心配そうに近づいてくる。
「あ、あぁ、なんとか……」
すると通り過ぎてゆく小学生が叫んだ。
「花子ーっ、ボールはちゃんと真ん中を蹴らないとだめだぞーっ!そんなんじゃ世界目指せないだろーっ」
「世界を目指す予定はないっ!さっきはちょっと失敗しただけだっ。次こそ……出来ると……思う、ぞ」
「花子ちゃんっ、頑張ってっ!次こそ出来るよっ!」
「あ、あぁっ!」
私は太郎にそう励まされると、太郎の手を取って立ち上がった。
その時、小学生はゴールの前へと進んでいた。シュートを決めようとしている。
「いっくよーっ!」
そう言うと、足を構えて再び生首を思いっきり蹴った。
「鬼火シュートっ!!」
蹴られた生首は青い炎を身に纏い、ゴールへと緩い弧を描きながら進んでいく。
危ないっ!またシュートが決まるっ!
そう私たちは息を飲んだ。
その時だった。
「させぬぞっ!!」
そう言って左之助が生首の前に飛び込み、胸で生首を受け止めた。左之助が少し苦しそうに顔を歪めながらも歯を食いしばる。
すると硬い鎧に当たった青い炎に包まれた生首は、そのうち威力を無くして炎を消し、地面へとどこっと落ちた。そして左之助が生首を足元に置く。
「……やるねっ、臭いおじさん!」
「はっ、我ら戦国武者をなめるなっ!餓鬼!」
小学生にそう声をかけられると、左之助が不敵な笑みを浮かべながらそう言った。




