物語序章 第一版 9章
第九章 対面
書院の襖が静かに開かれる。
中には、小柄な少年――明賢が正座して待っていた。
その前には、整然と並んだ巻物と図面。
机の上には、金属で作られた小さな模型――信号塔と陣形の縮尺模型があった。
正信は足を止め、じっとその様子を観察する。
「ほう……机上の理を、すでに形にしておるか。」
明賢は深く礼をした。
「お初にお目にかかります。葛城明賢と申します。」
声には迷いがなく、言葉には静かな重みがあった。
本多正信はその声音に一瞬、年齢を疑う。
「おぬしが例の噂の者か。
光で軍を動かすと聞いたが、いったいどのような理によるのだ。」
明賢は図面を広げ、指先で示した。
「戦場で声は混乱し、伝令は遅れます。
しかし光ならば、一瞬で命令を届けられます。
太陽を利用し、鏡で反射させ、符号を合わせれば、
数里先でも“次の動き”を伝えられるのです。」
「数里先に……?」
「はい、風向と地形を計算すれば分かりますが、光は音よりも早く届きます。」
本多正信は思わず扇を止めた。
「……風向を“計算”とな?」
「ええ、風は一日におよそ八度向きを変えます。
その平均を取れば、どの時刻にどの方向に届くか、
おおよそ見当がつくのです。」
少年の言葉は穏やかで、論理に一切の矛盾がなかった。
その場にいた家臣たちは息を呑み、父でさえも改めて息を整えるほどだった。
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試問
正信は少し沈黙し、扇を閉じて膝を正した。
「ひとつ問おう。
そなたが申す戦、勝つことばかりを考えておるのか。」
明賢は顔を上げた。
「いえ。勝つための理は、戦を終わらせるためのものです。
戦を制す理を得れば、次の戦は起こらない。
それこそが“理の勝ち”です。」
正信は静かに笑い、扇を開いた。
「……家康公が好む言葉だ。」
「殿も“理で国を治める”と常に申されておる。」
明賢は少し目を伏せ、静かに答える。
「ならば、同じ志を持つ方のもとで働けることを光栄に思います。」
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試練の予告
面談を終え、正信は帰り際に父へ告げた。
「この子の理、たしかに尋常ではない。
だが、理が力となるには、試練が必要だ。」
「試練……?」
「いずれ殿が動かれる時、
この子の知恵を戦場で試されることになるだろう。」
馬に跨る前、本多正信はもう一度、屋敷を振り返った。
「――この子がもし本物であれば、
いずれ“国”を動かす側に立つことになる。」
その言葉は、まるで未来を見通すようだった。
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その夜、明賢は書院で一人、静かに灯を見つめていた。
清助がそっと茶を運ぶ。
「どうでしたか、家康公の側近という方は。」
「本多正信……鋭い人だ。
私の“理”を見抜いた。だが、それだけでは足りぬ。」
「足りぬ……?」
「次は“証”だ。理を見せた、次は結果を出す。」
明賢は地図の一点――関ヶ原の名を指でなぞった。
「そこで、国の未来が決まる。」




