第225話 バカ ★
「うーん……」
目の前でミシェルがチェス盤を眺めながら唸っている。
ミシェルは私が強いと言うが、ミシェルが弱すぎるのだ。
「さて……そろそろですか」
そう呟いて立ち上がった。
「ん? 掃除? 洗濯?」
ミシェルが顔を上げる、
「いえ……それは後です。ちょっと外します」
そう言って、リビングを出ると、2階に上がり、お嬢様の研究室に耳を当てる。
しかし、話し声がまったく聞こえないどころか気配すらない。
「ハァ……」
ため息をつき、隣のお嬢様の寝室に向かう。
そして、扉をそーっと開けて、中を覗くと、ベッドですやすやと寝ているツカサ様とそんなツカサ様をまさぐっているお嬢様がいた。
「はしたないですよ」
「うるさい」
嗜めてもお嬢様はこちらを振り向きもしない。
「そんなことしなくてもそっと目を閉じれば、あとはツカサ様がリードしてくださいます」
「あなたのくだらない冗談に付き合っている暇はないわ」
冗談だが、間違っていないと思っている。
「お嬢様、それはラ・フォルジュの問題です」
お嬢様はツカサ様の左腕にある黒い腕輪を調べていた。
「関係ない。それにツカサはこれをずっと着けている。ラ・フォルジュでもどうしようもないってことでしょ」
そうなる。
「それは渇望の腕輪。持ち主が死なない限り、決して取れません」
「それは今まででしょ」
お嬢様……
こうならないように月曜もトウコ様をツカサ様の部屋に送り込んだというのに……
「お嬢様、渇望の腕輪は確かに脅威です。身に着けた者の魔力を奪い、最後は生命力まで奪って死に至らしめます。ですが、それは腕輪なのです」
「腕を切ればいいって?」
そう。
腕輪なのだから腕を落とせばいい。
「昔ならいざ知らず、今の医療技術なら元通りとはなりませんが、どうとでもなります。それに命と腕では命でしょう」
「ツカサの腕は大事よ」
腕が大事なのはその通り。
「お嬢様、ジョアンの言うことなど無視してください」
「………………」
こっちを無視か。
「お嬢様」
「ねえ、ツカサはなんでこの腕輪を着けているの?」
ハァ……もうダメだ。
お嬢様は私が思う以上にツカサ様に依存している。
典型的な男に染まるバカ女だ。
これまでずっと抑圧された人生を送ってきたからツカサ様のような自由な男に憧れ、ハマってしまったんだろう。
ホント、バカ。
「理由はわかりませんが、ツカサ様のお爺様に当たる人物が宝物庫から盗み出し、ツカサ様に与えたようです。長瀬の方ですね」
「ツカサのお爺さんが……なんで……」
「理由は不明ですし、お爺様の行方もわかっておりません」
本当に不明だ。
どこにいるのかも、何をしたいのかも……
「まあ、いいわ。ラ・フォルジュをもってしても解呪できないのはきついわね」
「ツカサ様のお母様は解呪を得意とする優秀な魔法使いです。それでも無理のようですね」
イヴェールでは色バカ女で有名な奥様だが、実力は世界的に見ても上位だ。
「そう……」
「外しますか?」
「もちろん」
「それ以上は私も旦那様に報告しなければなりませんよ?」
お嬢様は錬金術の禁忌を犯すつもりだ。
あのジョアンのように……
「勝手にどうぞ」
ダメだ、こいつ……
もう完全に周りが見えていない。
「そんなにツカサ様が大事ですか? イヴェールの当主の座よりも?」
「人の命とそんなものが比べるに値するの?」
しない。
はっきり言えば、イヴェールの当主など誰がなろうと何も変わらない。
「では、言い方を変えます。ツカサ様はそれをどうにかするために魔法学園に入ったのでしょう。呪学の授業を受けているのもそれ。お嬢様が腕輪を外したらツカサ様はどうするでしょうか? 勉強嫌いのツカサ様は学校を辞めませんかね?」
そう言うと、お嬢様の手が初めて止まった。
「そこで止まるようならやめておきなさい。あなたは今、ツカサ様のためじゃなく、自分のために禁忌を犯そうとしています。くだらないバカ女の自己満足です」
「黙れ」
果たして、このバカとジョアンにどれだけの差があるのか。
私にはジョアン以下にしか見えない。
「夫でも彼氏でもない男にそこまでしますか?」
「………………」
無視、ね。
「シャル、中途半端なことをしないことです。そこまでの覚悟があるなら先に旦那様とお会いなさい。今のあなたはイヴェールにもツカサ様にも失礼です。どちらも得るのは不可能なことをいい加減、理解しなさい。だから、皆があなた達のことをロミジュリと呼ぶんですよ?」
「………………」
ここで言い返す言葉もないし、自分の心すら決められない。
やはりダメだ。
この子は致命的に弱い。
「お好きにどうぞ。取捨選択できない人間は何をしても上手くいかないことだけをお伝えします」
それだけ言って、部屋を出る。
そして、階段を下りていくと、リビングから顔を覗かしているミシェルと目が合った。
「何かあった?」
「ツカサ様は素晴らしいですね。お嬢様がべた惚れです」
「え? 始まった?」
何が?
「ミシェル、もし、ツカサ様が俺の彼女って言ってイヴェールの女をラ・フォルジュの当主様に紹介したらどうなりますかね?」
「大問題よね。ただ、厳しいのがツカサ君は誰が何を言っても聞かないこと。あの双子は本当に人の言うことをまったく聞かないから………それをお婆様を含め、皆わかっている」
ツカサ様もトウコ様も我の強さがすごいからな。
「無理やり引き離すってことは?」
「それこそ無理。そもそもご両親も似たような感じだったし、ツカサ君はラ・フォルジュから離れても長瀬の家がある」
ツカサ様の方に障害はなし、か。
「ハァ……」
「そっちはどうなるの?」
「どうなるんでしょうね。こっちはそっちと違って、本人がひどいです。もういっそ、ツカサ様が押し倒してくれませんかね? どうせ口だけ抵抗で喜んで股を開きますよ、あのバカ女」
色バカ女2世の誕生だ。
「……さすがに品がなさすぎない?」
「あなただって、お嬢様がツカサ様のことを完全に彼氏として見ていることは知っているでしょう」
今だって、自分のベッドに寝かせている。
「まあ……というか、皆そう思っているでしょ。ロミジュリ、ロミジュリ言われてるけど、お嬢様の方がね……」
でしょうね。
「もうなるようにしかなりません」
そう言って、リビングに入ると、チェスの駒を動かし、キッチンに向かう。
「……ねえ、もうダメな感じ?」
ミシェルは立場的に大変でしょうね。
まあ、それは私もですけど。
「ミシェル、あなたの目から見て、お嬢様はイヴェールの当主に向いていると思いますか?」
「ごめん……それは最初から向いてないなって思った。というか、無理だろうなって……自分の男を最優先にするような人は人の上には立てない」
誰だってそんな人間についていきたくない。
まだ、自分を優先する暴君の方が良い。
「お嬢様は昔から錬金術にしろ、何にしろ、1つのことにハマり、視野が狭くなる傾向がありました。今はそれがツカサ様です。質問に答えます。もうダメです」
「そっかー……ハァ……ジゼルさんとマコトさんと相談かなぁ……お婆様に何て言おう……」
「安心なさい。そちらのご当主様もとっくにご存じでしょう」
それはウチだってそうだ。
あれだけロミジュリ、ロミジュリと騒がれて、当主の耳に入っていないわけがない。
「だから私が送り込まれたのかな……」
他にあると?
普通、護衛は同性を送る。
「今から寝取ったらどうです? お嬢様に刺されそうですけど」
「刺されそう……お嬢様、たまに私をめちゃくちゃ嫉妬がこもった目で見てくるからなぁ……」
何してんだか……
誰がどう見てもツカサ様とミシェルはただの親戚でしかないというのに。
ホント、視野が狭い。
「あなたはツカサ様のことをどう思ってます?」
「可愛い子よ。良い子だしね……でもねー……親戚だよ? 私、あの双子によじ登られて、髪を引っ張られたこともあるの。双子が同じ顔でキャッキャしてたわ」
微笑ましいですね。
「ならもうどうしようもないですね。コーヒーでも飲みます?」
「うん……ケーキもちょうだい」
「はいはい」
ハァ……本当のバカはウチの子だったか。
ツカサ様が欲しいなら裏でこそこそしてないでさっさと口に出せ。
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