私と遥
私には両親はいたが祖母や祖父は私が生まれる前に他界していた。
母も父も仕事が忙しく旅行なんか行けるはずもないほどだった。
だから自然が沢山ある田舎なんて行ったことも無かったし、夏休みおばあちゃん家で釣りをしたと小学校で自慢する友達がひどく羨ましかった。
それとは対照的に彼女には両親が居なかった。
今は、おばあちゃん家に引き取られているのだと母から聞いた。その時はただ「うらやましい」と思った。私の両親はとても厳しかったから、皆が言うような甘やかしてくれる優しいおばあちゃんがいる彼女の事が少しずるく思えたのだ。
そんな考えが覆されたのは小学3年の途中から導入されたお弁当の日だった。
お弁当の日、とは言葉道理自宅からお弁当を持ってきてそれをお昼にする食育の一環だった。
見た目は華やかだが、冷凍食品が多様された私のお弁当とは違い彼女のお弁当は質素ながらも全て手作りのお弁当だった。
しかし、キャラ弁や可愛いお弁当箱に入れられたお弁当の中で木のお弁当に全て手作りの彼女のお弁当は珍しく、クラスのお調子者には格好のネタだったのだ。
うわ、佳苗の弁当滅茶苦茶地味じゃん!だっさ!
止めなよゆうき君…
アイツおかあさんとおとうさん居なくておばあちゃんだけなんだって
へー、だからお弁当あんなダサいんだー!
そんな言葉に彼女はただうつむいたままお弁当を食べていた。
おいムシすんなよダサ弁!なんか言えよ!
やめとけば良いのにお調子者は彼女を更に煽る。
私はただ、またお調子者がバカやってるなと思っただけだった。
佳苗さんも言い返せば良いのに、とも思った。
しかし、私もお調子者も内心では「佳苗は言い返さないだろう」と何故か思っていた。それが当然であると。
しかし、彼女は
「わ、私のお弁当は…、おばあちゃんが、一生懸命作ってくれたお弁当だから、バカに、しないでよっ…!」
私はその時、彼女のイメージが弾ける様に塗り変わったのを感じた。
…!何だよ!ダサ弁の癖に生意気だぞ!
お調子者が彼女の食べ掛けのお弁当に手をのばし、彼女がそれを庇うのが見えた。
「うわ、小3にもなっていじめとかダッサ、しかも男子が女子にとか意気地無しじゃん、つーか他人の弁当バカにするとかサイテー」
思わず、口から言葉が出ていた。
お調子者は、いじめてねーよ!と反論してきたが、どうみてもいじめじゃん。先生呼ぶよ?と言ったら黙って席に戻っていった。
そのままお昼が終わり、昼休みが半分くらい過ぎた頃彼女が私の席にやって来た。
「…さっきはありがとう、私おばあちゃんのお弁当好きだけど言い返せなくて…」
両親が居ないのは本当だから。と、
その時私は自分の考えが間違っていたのだと気がついた。彼女にはおばあちゃんがいる、のではない、おばあちゃん『しか』いないのだと。
それから私と彼女…遥は家が近所だったこともありとても仲良しになった。毎日毎日一緒に遊んだ。
遥のおばあちゃんが亡くなるまでは。
小学校6年の夏に遥のおばあちゃんが亡くなり、遥は親戚の家に引き取られることになった。親戚の家は県外で、もう簡単には会えないと引っ越しの日に遥は泣いた。
私もわんわん泣いて離れたくない、遥と一緒に暮らしたいと両親に言ったが聞き入れてくれるはずもなく私達は離ればなれになった。
しかし、高校一年の春、入学式に見知った名前を見つけたのだ。
「真尋?」
遥の呼ぶ声に私はまた、遥と共に過ごせることを理解し、喜んだのだった。




