第3話:老人と家族
本日3回目の更新です
そう言うと、ヴォータンは歌いながら空中に紋章を描き始める。
一本線は全ての始まり。偉大なる力を呼び起こす
三本線は風。束ね強まり全てを吹き飛ばす
四角は火。四角四面で融通が利かない
丸は水。丸く優しく見えて容赦がない
三角は土。偉大なる木や山を思い起こす
縦線と横線で光。全てを照らし全てを消し去る
塗り潰せば闇。全てを覆い全てを呑み込む
「凄い……」
ヴォータンが空中に光の線を描くたびに風が吹き火が起こり水が湧き出していく。凄い、しか言葉の出てこない幻想的な光景。それにアルドロットは感動していた。しかし……同時に思うのだ。こんな凄いものを、自分が使えるだろうか? と。
「さて、これが基本の7紋章だ。まずはこれを覚えておけば問題はない」
「僕に、使えるでしょうか?」
「ハハハ、使えるとも! 儂とて才能のない者には教えんよ!」
そう、ヴォータンの見る限りアルドロットには才能がある。魔法使いの才能、そして……まだ見極めには時間が足りていないが、他の才能も。
(そう、この子には才能がある。しかし、この村にいてはなあ……)
1度食べ物をあげたこともあるのだが、翌日には顔を腫らしてやってきただけではなく、アルドロットに食べ物を与えたヴォータンを探して何人かがアルドロットをつけてきていた。まあ、ヴォータンが即座に魔法で記憶を混乱させた上で追い返したが……聞けばどうにも大事に食べようとしていたところを見つかって泥棒だと罵られ奪われたらしい。
そんなことをしたうえでヴォータンを探して身包み剥ごうとしていたらしいのだから、とんでもないクズの集まりだ。
それ以降、ヴォーダンがこの山で面倒を見ているが……アルドロットは村を捨てることにまだ抵抗があるようだった。
「なあ、アルドロット。あんな村をまだ捨てる気にならないのか?」
「……はい」
「何故だ? お前にとっては、辛い思い出しかないだろう。今後も幸せになれるとは思えんが」
「それでも」
アルドロットは、悲しそうな顔でヴォータンに告げる。
「それでも、僕が生きているのはあの村のおかげで。両親も、優しかったこともあるんです」
「……捨てられんか、家族を。もうお前を捨てたような家族でも」
頷くアルドロットに、ヴォータンは大きく、長く……溜息をつく。
優しい子だ。しかし、それが良い方向に働くとは限らない。実際、この子は名前すら与えられてはいなかった。それは村の一員として認めていないという証だ。
何かあったときにアルドロットは、すぐに切り捨てられるだろう。
いや、もう切り捨てられているも同然で、何かあった時に使えるかも……といった浅ましさにも程がある考えが潜んでいるのは、想像するまでもない。
ヴォーダンの視点から言えば、クズだ。手配されていないだけの盗賊と呼んでも、然程間違ってはいない……偽の聖剣を観光資源にしようと目論んだあたり、浅知恵はあるのだろうけど、そういう類のクズだ。
だというのに、アルドロットは家族という絆を信じている。遠い優しさを、今でも大事に抱えているのだ。
「儂ではどうだ?」
「え?」
「家族だ。お前を捨てた連中なんかより、儂の家族として旅に出るのはどうだ」
それは、アルドロットにとっては思わぬ誘いだ。考えたことも……そんな可能性があるなど、可能性すら信じていなかった。このヴォータンという老人の気まぐれが終われば、それで終わる関係だと思っていたのだ。
だからこの誘いに、アルドロットは心の底から驚いた。神様は本当にいたんだと、そう知ったかのような驚きと喜び。しかしそれは同時に戸惑いをも生んでしまう。
「え、でも。師匠、僕は」
「アルドロット。儂はお前の名付け親だ。すでに縁は出来ている」
優しく微笑むヴォータンに、アルドロットは動揺する。嬉しい。物凄く嬉しい。高揚で、顔すら赤くなってくる。けれど、けれども。混乱しすぎて、頭が上手く動かない。そんなアルドロットの肩を、ヴォータンは優しく叩く。
「どうだね? アルドロット。こんなジジイが父では嫌かな?」
「い、いえ! 嬉しいです!」
「そうかそうか」
アルドロットは一通り喜んだ後「あ……」と何かを思い出したように暗い表情をする。
「あの……最後に両親の顔を見てきても、いいですか……?」
「いいとも。それが、お前が踏み出すきっかけになるのであれば」
「はい。行ってきます!」
難しいものだ。どんなひどい目にあっても、実の両親への情は捨てきれないものなのだろう。アルドロットを送り出しながら、ヴォータンは空を見上げる。
「ふふ、息子……か。お前が聞いたら笑うかな? アクエラ……」
この世界において水の神として崇められている存在と同じ誰かの名前をヴォータンは呟く。当然のように、それに答える声は無かったのだけれども。
アルドロットが村の入り口に辿り着いたとき。聞いたのは、悲鳴だった。




