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ひょんなことから、猫又人生38才目がはじまりました  作者: めこねこ


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14/14

第14話 演劇発表会・後編「火の国の舞台に、花が咲く」

 夕刻が迫っていた。

 太助は爽やかな青年に、弥生は大きなお腹を抱えた優しげな若妻に化けた。そして佐藤は——青年姿の太助の腕に、しっかりと抱きかかえられていた。

(……触られている感覚も、人間そのものなんだな)

 琴音や美羽たちに抱きかかえられた感覚と遜色ないその感触に、改めて感心する。

「あっしも、この辺りの理屈っちゅうやつは、よく分かりませんで」

 爽やかな青年の口調としては、なんとなくズレた感じに、佐藤はある意味ホッとする。姿形が変わっても、太助は太助だ。

「じゃ、行きましょうか、旦那。おとなしくしててくださいよ」

(言われなくても、おとなしくするさ。化けるのに失敗した俺が、目立つわけにいかないからな)

 まだ昼間の化け失敗が尾を引いていた。猫顔のちっちゃいおじさんという、世にも珍妙な姿。あれを見られていたら、それこそ怪談だ。しかし、案外、世間で言うあの「小さいおじさん」ってのは、自分みたいな化け損ないが見られた姿かもしれない、とも思ってしまう。

 三匹——いや、若夫婦と一匹の猫は、雑木林を出て、大学の構内へと歩き出した。

 肥後学園大学のキャンパスは、夕方の柔らかな光に包まれていた。授業を終えた学生たちが行き交い、銀杏並木が黄金色に輝いている。その中を、若夫婦が飼い猫を抱いて歩いていても、誰も気に留めなかった。

(……本当に、誰も気づかないもんだな)

 佐藤は内心、感心していた。太助の言う通りだった。コソコソするより、堂々としている方が、かえって自然なのだ。

 講堂の入口に着いた。

 受付には、演劇部の一年生らしい、まだあどけなさの残る制服姿の女子生徒が二人、立っていた。パンフレットを配っている。

「受付はこちらになりま〜す」

「パンフレットをお配りしていま〜っす」

 雑多とする会場入口付近で、観客の誘導を一生懸命にやっていた。

 太助が、堂々と近づいていく。

「こんばんは。演劇発表会、見に来たんですけど」

「ありがとうございます! どうぞ——」

 受付の生徒が、パンフレットを差し出しかけて、止まった。

 太助の腕に抱かれた、黒猫に気づいたのだ。

「あの……すみません、猫ちゃんは、ちょっと……」

 当然の反応だった。講堂内に動物を入れるわけにはいかない。

 佐藤は、やっぱりダメだったか、と思った。

 だが——太助は、慌てなかった。

「ああ、これね」

 太助は、にっこりと笑った。そして、隣の弥生のお腹に、そっと手を当てた。

「実は、うちの妻が、もうすぐ出産でして。情緒が不安定で、この子……飼い猫がそばにいないと、どうにも落ち着かないんです」

「え……」

「猫って、不思議とね、妊婦の気持ちを落ち着かせるんですよ。アニマルセラピーって言うんですかね。今日もこの子がいないと、外出できなくて。本当はお留守番させたかったんですけど、どうしても、と」

 太助の口は、立て板に水だった。先程の、がらっぱちな口調から一転、見事に好青年な妻想いの夫を演じている。

 弥生も、心得たように、そっとお腹を撫でながら、困ったような微笑みを浮かべる。

「すみません……ご迷惑、おかけします」

 弥生の控えめな様子に、受付の生徒は、すっかり同情した顔になった。

「そ、そうなんですね……。あの、ちょっと待ってくださいね、先生に聞いてきます」

 受付の生徒の一人が、奥へ走っていく。

(……太助、お前、すごいな)

 佐藤は、抱かれたまま、内心で舌を巻いていた。

(口から出まかせにしては、上出来すぎるだろ)

「へへ」と太助が小声で言った。「化け学やってますと、こういう口八丁も鍛えられるでやんすよ」

 しばらくして、受付の生徒が戻ってきた。

「あの、後ろの席で、他のお客さんから少し離れた場所なら、大丈夫だそうです。猫ちゃん、鳴いたり暴れたりしないようでしたら」

「ありがとうございます! 助かります! この子は本当におとなしいので」

(……く、太助に言われると、なんとなくむず痒い)

 まあ、暴れる気などサラサラないので、大人しく太助に抱かれて、佐藤もおとなしい黒猫ちゃんを演じる。

 こうして、若夫婦と一匹の猫は、無事に講堂へ入ることができた。


――――――


 講堂の中は、思ったよりも広かった。

 大学の講堂だけあって、客席は三百はあるだろうか。すでに半分以上が埋まっていた。保護者らしき大人、在校生、引退した先輩を見に来たらしいOB・OG。ざわめきと、期待の空気が満ちている。

 太助たちは、受付の言葉どおり、いちばん後ろの隅の席に座った。周囲に人はいない。佐藤は、太助の膝の上で、舞台がよく見えるように座り直した。

(……こんな後ろでも、ちゃんと舞台が見えるもんだな、案外)

 舞台には、まだ緞帳が下りている。開演前にトイレに駆け込む人。パンフレットを見ながら、あれこれと話に花が咲く学生たち。開演までの時間を、思い思いに過ごす人たち。

 そんな客席を、佐藤は見渡した。

 いた。

 前の方の席に、瑠璃色のワンピースの集団……生徒たちの中に、美羽の姿があった。スラリと背の高い子達が、ワイワイと話し込んでいる。体操部の友達たちと来ているのだろうか。パンフレットを眺めながら、わくわくした顔で盛り上がっているのが見える。

 そこから少し離れた場所には、先日の太助たちが巻き起こした騒動で迷惑をかけた、料理部らしき生徒たちも見えた。太助に促すと、向こうからは見えてはいないが、ペコリと頭を下げる。

(やっぱり、みんな来てるんだな)

 琴音の晴れ舞台……いや、演劇部の新しい門出を、学園の生徒全員が応援に駆けつけている、そんな感じだ。

 佐藤の胸が、少し温かくなった。

 そして、客席の最前列の横側——舞台裏に繋がる通路を、制服姿や衣装らしい様相の生徒たちが、忙しく行き交っている。最後の準備に余念のない演劇部員たちだろう。

 その中に、琴音はいなかった。

(……舞台袖か。脚本を書いて、自分も出演するって言ってたな)

 部長として、初めての大舞台。脚本を書き、演出をし、自分も舞台に立つ。

 どれほどの重圧だっただろう。

(……頑張れよ、お嬢ちゃん)

 佐藤がそう思った時、講堂に小さなブザー音が鳴り、照明がゆっくりと落とされた。

 ざわめきが、スーッと波が引くように鎮まっていく。

 緞帳が、するすると上がっていく。舞台の照明が、明るく輝く。

 舞台が始まった。


――――――


 舞台の上に現れたのは、現代の中学校の教室だった。

 机と椅子。黒板。そこに、三人の女子中学生が立っている。制服姿の少女。一人が椅子に座り、二人がカバンを持って並んで立っている。

「ミク、じゃぁ、先に帰るね〜」

「うん、またね」

 少しふてくされた感じで友達を見送り、少女は立ち上がる。スラリと背の高い、黒髪ロングの女の子。あれは、確か……。

「あーあ、なんで私が、郷土史の宿題なんて……」

 少女——役名は「ミク」というらしい——は、ぶつぶつ言いながら、古ぼけた本を机から拾い上げ、開く。熊本の郷土史の本だ。

「『おてもやん』? なにこれ、昔の熊本の歌?」

 ミクが本のページに手を触れた、その瞬間。

 舞台の照明が、薄く明暗を繰り返す。ライトの一部が、舞台全体をぐるりぐるりと照らし始める。

 光が渦を巻くように動き、やがて全てのライトが、ミクの体を包む。

「えっ、なに、なに——!?」

 舞台が暗転し、再び明るくなった時——背景が、すっかり変わっていた。

 書き割りで表現された、熊本の古い町並み……どうやら、雰囲気から明治時代のようだ。

 古い商家の軒先。土の道。そこを行き交う人々は、着物姿。

 そんな中、瑠璃色のセーラー服に身を包んだミクが、ぽかんと立ち尽くしていた。

「ここ……どこ?」

 客席から、小さな笑いが起きた。タイムスリップという展開を、観客が楽しみ始めている。

 そこへ——舞台の袖から、一人の少女が現れた。

 着物姿の町娘。歩きながら、道行く町民に気軽に話しかけ、快活に笑っている無声演技を行っている。明るく快活な町娘といったところか。

 顔を見ると、頬に、ぽつんと、あばたを模した化粧。

(……あれが、おてもやんか)

 その町娘——おてもやんを演じているのは、三年生のようだった。引退する先輩なのだろう。堂々とした、伸びやかな演技だった。

「あれま! あんた、見慣れん格好しとるね! どっから来たと?」

 おてもやんが、熊本弁で、あたふたと周りを見渡していたミクに話しかける。

「えっ、あの、私、ミクっていって……」

「ミク? 変わった名前たいね! まあよか、うちはモモ。みんなは『おても』って呼ぶとよ!」

 明るくて、まっすぐで、すぐに人と打ち解ける。おてもやんのキャラクターが、開始数分で観客の心を掴んだ。

 佐藤の目には、舞台上のおてもやん——三年生の少女のオーラも見えていた。

 明るい、輝くような金色。

(……楽しんでるな、あの子)

 引退する最後の舞台を、心から楽しんでいる。その喜びが、オーラから溢れていた。


――――――


 物語は、テンポよく進んでいった。

 現代から来たミクは、おてもやんの家に居候することになる。最初は戸惑うミクだが、おてもやんの明るさに巻き込まれ、少しずつ明治の熊本に馴染んでいく。

 そして——おてもやんには、悩みがあった。

 縁談だ。

 親が決めた相手と、もうすぐ祝言を挙げることになっている。だが、おてもやんは、その相手に会ったことがない。

「相手はね、村一番の働き者って評判らしかとよ。ばってん……」

 おてもやんが、井戸端で、ミクに打ち明ける。

「うち、まだ会うたこともなか人と一緒になるとが、ちょっと怖かとよね」

 元の民謡では、相手の顔のあばたが気になる、という歌詞がある。だが琴音の脚本は、そこを「会ったこともない人と結婚する不安」という、現代の観客にも通じる悩みに変えていた。

(……うまいな、琴音)

 佐藤は感心した。

 古い民謡のモチーフを残しつつ、現代の中学生でも共感できる物語にしている。十四歳が書いた脚本とは思えない、芯の通った作りだった。

「不安に思うなら、いっそ会ってみたら? その人に」

 ミクが、おてもやんに言う。

「会わんで悩むより、会って確かめた方がよかよ。怖いのは、知らないからだよ」

 ミク——現代の少女の言葉が、おてもやんの背中を押す。

 ここで佐藤は、はっとした。

(……これは、琴音自身の言葉だな)

 知らないから、怖い。会えば、確かめられる。

 それは、琴音が部長になった時の不安と、どこか重なっていた。自分に務まるか分からない。でも、やってみなければ分からない。

 琴音は、自分の物語を、おてもやんに託しているように感じた。


――――――


 舞台は、クライマックスへと向かっていった。

 おてもやんは、ミクに背中を押され、縁談の相手に会いに行く決心をする。

 その準備のため、町中が大騒ぎになる。

 ここからが、この劇のいちばんの見せ場だった。

 舞台上に、演劇部員たちが次々と登場する。町の人々を演じる、先輩や後輩たち。

 おてもやんの着付けを手伝う者、髪を結う者、祝言の支度に走り回る者。

 そして——音楽が鳴り始めた。

 「おてもやん」の、あの陽気な節回し。

 舞台上の全員が、踊り始めた。

 熊本に古くから伝わる、おてもやんの踊り。手をひらひらと動かし、ステップを踏み、笑顔で。

 客席から、自然に手拍子が起きた。

 最初は数人。それが、波のように広がっていく。

 佐藤の隣で、青年姿の太助が、思わず手拍子を打っていた。妊婦姿の弥生も、お腹を抱えながら、体を揺らしている。

(……お前ら、楽しそうだな)

 佐藤も、不思議と心が弾んでいた。

 舞台の上では、演劇部員たちが、全力で踊っていた。

 一年生の部員の中には、練習不足の子もいたのだろう。誰かが少しステップを間違える。しかし、笑顔は崩れない。キラキラと眩しい笑顔で踊り続ける。むしろ、その一生懸命さが、観客の心を打つ。

 佐藤の目には、舞台上の全員のオーラが見えた。

 全員が、輝く金色だった。

 緊張も、不安も、全部、楽しさに変わっている。

 その中心で——舞台袖から、ついに琴音が現れた。

(……琴音か)

 琴音は、町娘の一人として、踊りの輪に加わった。

 その顔は、晴れやかだった。

 あの、加藤神社の石段で泣いていた琴音。衣装が消えて、途方に暮れていた琴音。

 今、舞台の上で、満面の笑みで踊っている。

 佐藤の目に映る琴音のオーラは——温かく、強く、輝く金色だった。

(……立派になったな、お嬢ちゃん)

 佐藤の胸の奥が、じんと熱くなった。


――――――


 そして、物語は、結末を迎えた。

 おてもやんは、縁談の相手に会いに行った。

 舞台の上では、相手との対面シーンは描かれない。ただ、おてもやんが、明るい顔で戻ってくる。

「うち、決めた! あの人と、一緒になる!」

 会ってみたら、噂通りの、優しくて働き者の人だった。怖がっていたのが、嘘みたいだった。

 ミクの言葉が、おてもやんの一歩を、後押ししたのだ。

 そして——そんなおてもやんからの想いを聞いて、一緒に喜ぶミク。ここで、再び舞台の照明が渦を巻き始める。ミクが、現代へ帰る時が来たようだ。

「あれ……私、帰るんだ……」

 ミクの体が、光に包まれていく。

 ここで、佐藤は身構えた。

(……別れのシーンか。泣かせる展開かな)

 だが、琴音の脚本は、違った。

 おてもやんは、泣かなかった。

 満面の笑みで、帰っていくミクに、手を振った。

「ミク! ありがとうね! あんたのおかげで、うち、前を向けたとよ!」

「おてもやん!」

「元気でね! うちも、頑張るけん! あんたも、あんたの時代で、頑張りなっせ!」

 涙の別れではなかった。

 笑顔の、別れだった。

 おてもやんは、両手を大きく振りながら、明るく叫んだ。

「達者でね——! また、どっかで会おうたい——!」

 ミクも、笑顔で手を振り返す。

「うん! おてもやん、ありがとう——!」

 光が、最高潮に達した。

 ミクの姿が、舞台から消える。

 そして——舞台の中央に、おてもやん一人が残った。

 夕暮れの、明治の熊本の町並み。

 おてもやんは、空を見上げて、晴れやかに笑った。

「さあ、うちも、新しい門出たい!」

 その一言とともに——音楽が、最高潮に鳴り響いた。

 舞台上の全員が、再び登場し、最後の群舞を踊る。

 「おてもやん」の陽気な節が、講堂いっぱいに響き渡る。

 手拍子が、講堂全体を包んだ。

 そして——緞帳が、ゆっくりと下りていった。


――――――


 一瞬の静寂。

 その後——。

 講堂が、割れんばかりの拍手に包まれた。

 誰からともなく、立ち上がる者が出始めた。

 一人、また一人。

 気がつけば、講堂中の観客が、立ち上がっていた。

 スタンディングオベーション。

 佐藤の隣で、青年姿の太助が、立ち上がって拍手をしていた。妊婦姿の弥生も、お腹を抱えながら、目に涙を浮かべて手を叩いている。

(……お前ら、泣いてるのか)

 佐藤自身も、胸が熱かった。

 緞帳が、再び上がる。

 舞台の上に、演劇部員たちが、一列に並んでいた。

 全員、汗だくで、息を切らして、それでも——満面の笑みだった。

 中央には、おてもやんを演じた三年生。そして、その隣に、琴音。背の高い少女。

 全員で、深々と、礼をした。

 拍手が、さらに大きくなる。

 佐藤の目に、舞台上の琴音が映った。

 琴音は、泣いていた。

 でも、笑っていた。

 涙を流しながら、満面の笑みで、客席に頭を下げていた。

 そのオーラは——今まで見た中で、いちばん明るい、いちばん温かい、黄金色だった。

(……よかったな、琴音)

(本当に、よかった)

 佐藤は、太助の膝の上で、静かにその光景を見つめていた。

――――――

 夜。

 講堂を出た三匹は、加藤神社への帰路についた。

 大学のキャンパスを抜け、人気のない道を選んで歩く。すっかり日が落ちて、人通りも少ない。太助と弥生は、化けたまま、佐藤を抱いて歩いていた。

 化けを解いて、元の姿でゆっくり帰ろうか、と声を掛けると、このままで帰りたいと太助たちは言う。二人とも、ずっと興奮していて、その余韻に浸りたいと。

「いやー、旦那、すごかったですねえ! あれが、人間の舞台ってやつですか!」

(……ああ。すごかったな)

「あの、みんなで踊るところ! あっし、思わず手拍子しちゃいましたよ! 体が勝手に動いちゃって!」

(見てた。お前、ノリノリだったな)

「弥生も泣いてましたもんね、なあ?」

「……はい」

 妊婦姿の弥生が、まだ少し目を潤ませながら、頷いた。

「あの、おてもやんさんが、笑顔でお別れするところ。私、なんだか、胸がいっぱいになって……」

(……お前は、ああいうのに弱いんだな)

「人間って、すごいですね」と弥生が、しみじみと言った。「あんなふうに、見ている人の心を、動かせるんですね」

 しばらく、三匹は黙って歩いた。

 夜風が、頬を撫でていく。遠くで、市電の走る音がした。

 そして——。

「旦那」

 太助が、ふいに、立ち止まった。

「あっし……いつか、あんな舞台に立ってみたいです」

 佐藤は、太助を見上げた。

 青年姿の太助の目が、夜空の星を映して、きらきらと光っていた。

「化け学を使えば、どんな役にもなれるじゃないですか。あっし、ずっと、人間に紛れて、こっそり生きてきました。でも……今日、思ったんです。こっそりじゃなくて、堂々と、人の前に立って、何かを見せられたら、どんなにいいかって」

 その時だった。

「私も」

 弥生が、同時に口を開いた。

「私も、同じこと、考えてました」

 二匹は、はっとして、顔を見合わせた。

「弥生、お前も?」

「はい。あの舞台を見て……私も、いつか、あんなふうに、誰かの心を動かせたらって」

 二匹の声が、重なった。

「「あの舞台に、立ちたい」」

 示し合わせたわけでもないのに、同じ思い。同じ願い。

 佐藤は、その二匹を、まぶしそうに見ていた。

(……いいじゃないか)

 タヌキが、人間の舞台に立ちたいと願う。

 荒唐無稽な話かもしれない。でも、その願いには、嘘がなかった。

(化け学を使えば、確かに、どんな役でも演じられる。いつか、本当に、そんな日が来るかもしれないな)

 佐藤は、そんなことを思った。

 太助と弥生が、夢を語る姿は、舞台の上の琴音たちと同じくらい、輝いて見えた。

 ところが——。

「弥生、オレたち、気が合うなあ! やっぱり夫婦だなあ!」

「太助さん……」

「いやー、こうやって同じ夢を見られるなんて、オレたち、本当に運命の——」

「もう、太助さんったら……」

 二匹は、顔を寄せ合って、いちゃつき始めた。

 青年姿と妊婦姿の若夫婦が、夜道で見つめ合っている。傍から見れば、微笑ましい光景かもしれない。

 だが、その腕に抱かれている佐藤にとっては——たまったものではなかった。

(……おい)

「ねえ、弥生、子どもが生まれたら、次の子はいつに——」

「太助さん、気が早いですよ……」

(……勝手にもげろ)

 佐藤は、若夫婦の腕の中で、二股の尻尾をぴくりと震わせ、夜空を見上げた。

 星が、よく見えた。

 火の国の夜空に、無数の星が瞬いている。

 今日、琴音の舞台に、花が咲いた。

 そして、太助と弥生の胸にも、新しい夢の種が、蒔かれたようだった。

(……まったく、にぎやかな猫生だ)

 佐藤は、そっと目を閉じた。

 いちゃつく若夫婦に抱かれたまま、猫又おじさんは、火の国の夜道を、加藤神社へと運ばれていった。

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