第14話 演劇発表会・後編「火の国の舞台に、花が咲く」
夕刻が迫っていた。
太助は爽やかな青年に、弥生は大きなお腹を抱えた優しげな若妻に化けた。そして佐藤は——青年姿の太助の腕に、しっかりと抱きかかえられていた。
(……触られている感覚も、人間そのものなんだな)
琴音や美羽たちに抱きかかえられた感覚と遜色ないその感触に、改めて感心する。
「あっしも、この辺りの理屈っちゅうやつは、よく分かりませんで」
爽やかな青年の口調としては、なんとなくズレた感じに、佐藤はある意味ホッとする。姿形が変わっても、太助は太助だ。
「じゃ、行きましょうか、旦那。おとなしくしててくださいよ」
(言われなくても、おとなしくするさ。化けるのに失敗した俺が、目立つわけにいかないからな)
まだ昼間の化け失敗が尾を引いていた。猫顔のちっちゃいおじさんという、世にも珍妙な姿。あれを見られていたら、それこそ怪談だ。しかし、案外、世間で言うあの「小さいおじさん」ってのは、自分みたいな化け損ないが見られた姿かもしれない、とも思ってしまう。
三匹——いや、若夫婦と一匹の猫は、雑木林を出て、大学の構内へと歩き出した。
肥後学園大学のキャンパスは、夕方の柔らかな光に包まれていた。授業を終えた学生たちが行き交い、銀杏並木が黄金色に輝いている。その中を、若夫婦が飼い猫を抱いて歩いていても、誰も気に留めなかった。
(……本当に、誰も気づかないもんだな)
佐藤は内心、感心していた。太助の言う通りだった。コソコソするより、堂々としている方が、かえって自然なのだ。
講堂の入口に着いた。
受付には、演劇部の一年生らしい、まだあどけなさの残る制服姿の女子生徒が二人、立っていた。パンフレットを配っている。
「受付はこちらになりま〜す」
「パンフレットをお配りしていま〜っす」
雑多とする会場入口付近で、観客の誘導を一生懸命にやっていた。
太助が、堂々と近づいていく。
「こんばんは。演劇発表会、見に来たんですけど」
「ありがとうございます! どうぞ——」
受付の生徒が、パンフレットを差し出しかけて、止まった。
太助の腕に抱かれた、黒猫に気づいたのだ。
「あの……すみません、猫ちゃんは、ちょっと……」
当然の反応だった。講堂内に動物を入れるわけにはいかない。
佐藤は、やっぱりダメだったか、と思った。
だが——太助は、慌てなかった。
「ああ、これね」
太助は、にっこりと笑った。そして、隣の弥生のお腹に、そっと手を当てた。
「実は、うちの妻が、もうすぐ出産でして。情緒が不安定で、この子……飼い猫がそばにいないと、どうにも落ち着かないんです」
「え……」
「猫って、不思議とね、妊婦の気持ちを落ち着かせるんですよ。アニマルセラピーって言うんですかね。今日もこの子がいないと、外出できなくて。本当はお留守番させたかったんですけど、どうしても、と」
太助の口は、立て板に水だった。先程の、がらっぱちな口調から一転、見事に好青年な妻想いの夫を演じている。
弥生も、心得たように、そっとお腹を撫でながら、困ったような微笑みを浮かべる。
「すみません……ご迷惑、おかけします」
弥生の控えめな様子に、受付の生徒は、すっかり同情した顔になった。
「そ、そうなんですね……。あの、ちょっと待ってくださいね、先生に聞いてきます」
受付の生徒の一人が、奥へ走っていく。
(……太助、お前、すごいな)
佐藤は、抱かれたまま、内心で舌を巻いていた。
(口から出まかせにしては、上出来すぎるだろ)
「へへ」と太助が小声で言った。「化け学やってますと、こういう口八丁も鍛えられるでやんすよ」
しばらくして、受付の生徒が戻ってきた。
「あの、後ろの席で、他のお客さんから少し離れた場所なら、大丈夫だそうです。猫ちゃん、鳴いたり暴れたりしないようでしたら」
「ありがとうございます! 助かります! この子は本当におとなしいので」
(……く、太助に言われると、なんとなくむず痒い)
まあ、暴れる気などサラサラないので、大人しく太助に抱かれて、佐藤もおとなしい黒猫ちゃんを演じる。
こうして、若夫婦と一匹の猫は、無事に講堂へ入ることができた。
――――――
講堂の中は、思ったよりも広かった。
大学の講堂だけあって、客席は三百はあるだろうか。すでに半分以上が埋まっていた。保護者らしき大人、在校生、引退した先輩を見に来たらしいOB・OG。ざわめきと、期待の空気が満ちている。
太助たちは、受付の言葉どおり、いちばん後ろの隅の席に座った。周囲に人はいない。佐藤は、太助の膝の上で、舞台がよく見えるように座り直した。
(……こんな後ろでも、ちゃんと舞台が見えるもんだな、案外)
舞台には、まだ緞帳が下りている。開演前にトイレに駆け込む人。パンフレットを見ながら、あれこれと話に花が咲く学生たち。開演までの時間を、思い思いに過ごす人たち。
そんな客席を、佐藤は見渡した。
いた。
前の方の席に、瑠璃色のワンピースの集団……生徒たちの中に、美羽の姿があった。スラリと背の高い子達が、ワイワイと話し込んでいる。体操部の友達たちと来ているのだろうか。パンフレットを眺めながら、わくわくした顔で盛り上がっているのが見える。
そこから少し離れた場所には、先日の太助たちが巻き起こした騒動で迷惑をかけた、料理部らしき生徒たちも見えた。太助に促すと、向こうからは見えてはいないが、ペコリと頭を下げる。
(やっぱり、みんな来てるんだな)
琴音の晴れ舞台……いや、演劇部の新しい門出を、学園の生徒全員が応援に駆けつけている、そんな感じだ。
佐藤の胸が、少し温かくなった。
そして、客席の最前列の横側——舞台裏に繋がる通路を、制服姿や衣装らしい様相の生徒たちが、忙しく行き交っている。最後の準備に余念のない演劇部員たちだろう。
その中に、琴音はいなかった。
(……舞台袖か。脚本を書いて、自分も出演するって言ってたな)
部長として、初めての大舞台。脚本を書き、演出をし、自分も舞台に立つ。
どれほどの重圧だっただろう。
(……頑張れよ、お嬢ちゃん)
佐藤がそう思った時、講堂に小さなブザー音が鳴り、照明がゆっくりと落とされた。
ざわめきが、スーッと波が引くように鎮まっていく。
緞帳が、するすると上がっていく。舞台の照明が、明るく輝く。
舞台が始まった。
――――――
舞台の上に現れたのは、現代の中学校の教室だった。
机と椅子。黒板。そこに、三人の女子中学生が立っている。制服姿の少女。一人が椅子に座り、二人がカバンを持って並んで立っている。
「ミク、じゃぁ、先に帰るね〜」
「うん、またね」
少しふてくされた感じで友達を見送り、少女は立ち上がる。スラリと背の高い、黒髪ロングの女の子。あれは、確か……。
「あーあ、なんで私が、郷土史の宿題なんて……」
少女——役名は「ミク」というらしい——は、ぶつぶつ言いながら、古ぼけた本を机から拾い上げ、開く。熊本の郷土史の本だ。
「『おてもやん』? なにこれ、昔の熊本の歌?」
ミクが本のページに手を触れた、その瞬間。
舞台の照明が、薄く明暗を繰り返す。ライトの一部が、舞台全体をぐるりぐるりと照らし始める。
光が渦を巻くように動き、やがて全てのライトが、ミクの体を包む。
「えっ、なに、なに——!?」
舞台が暗転し、再び明るくなった時——背景が、すっかり変わっていた。
書き割りで表現された、熊本の古い町並み……どうやら、雰囲気から明治時代のようだ。
古い商家の軒先。土の道。そこを行き交う人々は、着物姿。
そんな中、瑠璃色のセーラー服に身を包んだミクが、ぽかんと立ち尽くしていた。
「ここ……どこ?」
客席から、小さな笑いが起きた。タイムスリップという展開を、観客が楽しみ始めている。
そこへ——舞台の袖から、一人の少女が現れた。
着物姿の町娘。歩きながら、道行く町民に気軽に話しかけ、快活に笑っている無声演技を行っている。明るく快活な町娘といったところか。
顔を見ると、頬に、ぽつんと、あばたを模した化粧。
(……あれが、おてもやんか)
その町娘——おてもやんを演じているのは、三年生のようだった。引退する先輩なのだろう。堂々とした、伸びやかな演技だった。
「あれま! あんた、見慣れん格好しとるね! どっから来たと?」
おてもやんが、熊本弁で、あたふたと周りを見渡していたミクに話しかける。
「えっ、あの、私、ミクっていって……」
「ミク? 変わった名前たいね! まあよか、うちはモモ。みんなは『おても』って呼ぶとよ!」
明るくて、まっすぐで、すぐに人と打ち解ける。おてもやんのキャラクターが、開始数分で観客の心を掴んだ。
佐藤の目には、舞台上のおてもやん——三年生の少女のオーラも見えていた。
明るい、輝くような金色。
(……楽しんでるな、あの子)
引退する最後の舞台を、心から楽しんでいる。その喜びが、オーラから溢れていた。
――――――
物語は、テンポよく進んでいった。
現代から来たミクは、おてもやんの家に居候することになる。最初は戸惑うミクだが、おてもやんの明るさに巻き込まれ、少しずつ明治の熊本に馴染んでいく。
そして——おてもやんには、悩みがあった。
縁談だ。
親が決めた相手と、もうすぐ祝言を挙げることになっている。だが、おてもやんは、その相手に会ったことがない。
「相手はね、村一番の働き者って評判らしかとよ。ばってん……」
おてもやんが、井戸端で、ミクに打ち明ける。
「うち、まだ会うたこともなか人と一緒になるとが、ちょっと怖かとよね」
元の民謡では、相手の顔のあばたが気になる、という歌詞がある。だが琴音の脚本は、そこを「会ったこともない人と結婚する不安」という、現代の観客にも通じる悩みに変えていた。
(……うまいな、琴音)
佐藤は感心した。
古い民謡のモチーフを残しつつ、現代の中学生でも共感できる物語にしている。十四歳が書いた脚本とは思えない、芯の通った作りだった。
「不安に思うなら、いっそ会ってみたら? その人に」
ミクが、おてもやんに言う。
「会わんで悩むより、会って確かめた方がよかよ。怖いのは、知らないからだよ」
ミク——現代の少女の言葉が、おてもやんの背中を押す。
ここで佐藤は、はっとした。
(……これは、琴音自身の言葉だな)
知らないから、怖い。会えば、確かめられる。
それは、琴音が部長になった時の不安と、どこか重なっていた。自分に務まるか分からない。でも、やってみなければ分からない。
琴音は、自分の物語を、おてもやんに託しているように感じた。
――――――
舞台は、クライマックスへと向かっていった。
おてもやんは、ミクに背中を押され、縁談の相手に会いに行く決心をする。
その準備のため、町中が大騒ぎになる。
ここからが、この劇のいちばんの見せ場だった。
舞台上に、演劇部員たちが次々と登場する。町の人々を演じる、先輩や後輩たち。
おてもやんの着付けを手伝う者、髪を結う者、祝言の支度に走り回る者。
そして——音楽が鳴り始めた。
「おてもやん」の、あの陽気な節回し。
舞台上の全員が、踊り始めた。
熊本に古くから伝わる、おてもやんの踊り。手をひらひらと動かし、ステップを踏み、笑顔で。
客席から、自然に手拍子が起きた。
最初は数人。それが、波のように広がっていく。
佐藤の隣で、青年姿の太助が、思わず手拍子を打っていた。妊婦姿の弥生も、お腹を抱えながら、体を揺らしている。
(……お前ら、楽しそうだな)
佐藤も、不思議と心が弾んでいた。
舞台の上では、演劇部員たちが、全力で踊っていた。
一年生の部員の中には、練習不足の子もいたのだろう。誰かが少しステップを間違える。しかし、笑顔は崩れない。キラキラと眩しい笑顔で踊り続ける。むしろ、その一生懸命さが、観客の心を打つ。
佐藤の目には、舞台上の全員のオーラが見えた。
全員が、輝く金色だった。
緊張も、不安も、全部、楽しさに変わっている。
その中心で——舞台袖から、ついに琴音が現れた。
(……琴音か)
琴音は、町娘の一人として、踊りの輪に加わった。
その顔は、晴れやかだった。
あの、加藤神社の石段で泣いていた琴音。衣装が消えて、途方に暮れていた琴音。
今、舞台の上で、満面の笑みで踊っている。
佐藤の目に映る琴音のオーラは——温かく、強く、輝く金色だった。
(……立派になったな、お嬢ちゃん)
佐藤の胸の奥が、じんと熱くなった。
――――――
そして、物語は、結末を迎えた。
おてもやんは、縁談の相手に会いに行った。
舞台の上では、相手との対面シーンは描かれない。ただ、おてもやんが、明るい顔で戻ってくる。
「うち、決めた! あの人と、一緒になる!」
会ってみたら、噂通りの、優しくて働き者の人だった。怖がっていたのが、嘘みたいだった。
ミクの言葉が、おてもやんの一歩を、後押ししたのだ。
そして——そんなおてもやんからの想いを聞いて、一緒に喜ぶミク。ここで、再び舞台の照明が渦を巻き始める。ミクが、現代へ帰る時が来たようだ。
「あれ……私、帰るんだ……」
ミクの体が、光に包まれていく。
ここで、佐藤は身構えた。
(……別れのシーンか。泣かせる展開かな)
だが、琴音の脚本は、違った。
おてもやんは、泣かなかった。
満面の笑みで、帰っていくミクに、手を振った。
「ミク! ありがとうね! あんたのおかげで、うち、前を向けたとよ!」
「おてもやん!」
「元気でね! うちも、頑張るけん! あんたも、あんたの時代で、頑張りなっせ!」
涙の別れではなかった。
笑顔の、別れだった。
おてもやんは、両手を大きく振りながら、明るく叫んだ。
「達者でね——! また、どっかで会おうたい——!」
ミクも、笑顔で手を振り返す。
「うん! おてもやん、ありがとう——!」
光が、最高潮に達した。
ミクの姿が、舞台から消える。
そして——舞台の中央に、おてもやん一人が残った。
夕暮れの、明治の熊本の町並み。
おてもやんは、空を見上げて、晴れやかに笑った。
「さあ、うちも、新しい門出たい!」
その一言とともに——音楽が、最高潮に鳴り響いた。
舞台上の全員が、再び登場し、最後の群舞を踊る。
「おてもやん」の陽気な節が、講堂いっぱいに響き渡る。
手拍子が、講堂全体を包んだ。
そして——緞帳が、ゆっくりと下りていった。
――――――
一瞬の静寂。
その後——。
講堂が、割れんばかりの拍手に包まれた。
誰からともなく、立ち上がる者が出始めた。
一人、また一人。
気がつけば、講堂中の観客が、立ち上がっていた。
スタンディングオベーション。
佐藤の隣で、青年姿の太助が、立ち上がって拍手をしていた。妊婦姿の弥生も、お腹を抱えながら、目に涙を浮かべて手を叩いている。
(……お前ら、泣いてるのか)
佐藤自身も、胸が熱かった。
緞帳が、再び上がる。
舞台の上に、演劇部員たちが、一列に並んでいた。
全員、汗だくで、息を切らして、それでも——満面の笑みだった。
中央には、おてもやんを演じた三年生。そして、その隣に、琴音。背の高い少女。
全員で、深々と、礼をした。
拍手が、さらに大きくなる。
佐藤の目に、舞台上の琴音が映った。
琴音は、泣いていた。
でも、笑っていた。
涙を流しながら、満面の笑みで、客席に頭を下げていた。
そのオーラは——今まで見た中で、いちばん明るい、いちばん温かい、黄金色だった。
(……よかったな、琴音)
(本当に、よかった)
佐藤は、太助の膝の上で、静かにその光景を見つめていた。
――――――
夜。
講堂を出た三匹は、加藤神社への帰路についた。
大学のキャンパスを抜け、人気のない道を選んで歩く。すっかり日が落ちて、人通りも少ない。太助と弥生は、化けたまま、佐藤を抱いて歩いていた。
化けを解いて、元の姿でゆっくり帰ろうか、と声を掛けると、このままで帰りたいと太助たちは言う。二人とも、ずっと興奮していて、その余韻に浸りたいと。
「いやー、旦那、すごかったですねえ! あれが、人間の舞台ってやつですか!」
(……ああ。すごかったな)
「あの、みんなで踊るところ! あっし、思わず手拍子しちゃいましたよ! 体が勝手に動いちゃって!」
(見てた。お前、ノリノリだったな)
「弥生も泣いてましたもんね、なあ?」
「……はい」
妊婦姿の弥生が、まだ少し目を潤ませながら、頷いた。
「あの、おてもやんさんが、笑顔でお別れするところ。私、なんだか、胸がいっぱいになって……」
(……お前は、ああいうのに弱いんだな)
「人間って、すごいですね」と弥生が、しみじみと言った。「あんなふうに、見ている人の心を、動かせるんですね」
しばらく、三匹は黙って歩いた。
夜風が、頬を撫でていく。遠くで、市電の走る音がした。
そして——。
「旦那」
太助が、ふいに、立ち止まった。
「あっし……いつか、あんな舞台に立ってみたいです」
佐藤は、太助を見上げた。
青年姿の太助の目が、夜空の星を映して、きらきらと光っていた。
「化け学を使えば、どんな役にもなれるじゃないですか。あっし、ずっと、人間に紛れて、こっそり生きてきました。でも……今日、思ったんです。こっそりじゃなくて、堂々と、人の前に立って、何かを見せられたら、どんなにいいかって」
その時だった。
「私も」
弥生が、同時に口を開いた。
「私も、同じこと、考えてました」
二匹は、はっとして、顔を見合わせた。
「弥生、お前も?」
「はい。あの舞台を見て……私も、いつか、あんなふうに、誰かの心を動かせたらって」
二匹の声が、重なった。
「「あの舞台に、立ちたい」」
示し合わせたわけでもないのに、同じ思い。同じ願い。
佐藤は、その二匹を、まぶしそうに見ていた。
(……いいじゃないか)
タヌキが、人間の舞台に立ちたいと願う。
荒唐無稽な話かもしれない。でも、その願いには、嘘がなかった。
(化け学を使えば、確かに、どんな役でも演じられる。いつか、本当に、そんな日が来るかもしれないな)
佐藤は、そんなことを思った。
太助と弥生が、夢を語る姿は、舞台の上の琴音たちと同じくらい、輝いて見えた。
ところが——。
「弥生、オレたち、気が合うなあ! やっぱり夫婦だなあ!」
「太助さん……」
「いやー、こうやって同じ夢を見られるなんて、オレたち、本当に運命の——」
「もう、太助さんったら……」
二匹は、顔を寄せ合って、いちゃつき始めた。
青年姿と妊婦姿の若夫婦が、夜道で見つめ合っている。傍から見れば、微笑ましい光景かもしれない。
だが、その腕に抱かれている佐藤にとっては——たまったものではなかった。
(……おい)
「ねえ、弥生、子どもが生まれたら、次の子はいつに——」
「太助さん、気が早いですよ……」
(……勝手にもげろ)
佐藤は、若夫婦の腕の中で、二股の尻尾をぴくりと震わせ、夜空を見上げた。
星が、よく見えた。
火の国の夜空に、無数の星が瞬いている。
今日、琴音の舞台に、花が咲いた。
そして、太助と弥生の胸にも、新しい夢の種が、蒔かれたようだった。
(……まったく、にぎやかな猫生だ)
佐藤は、そっと目を閉じた。
いちゃつく若夫婦に抱かれたまま、猫又おじさんは、火の国の夜道を、加藤神社へと運ばれていった。




