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ぐうたら三男は古代魔語で悠々自適生活を目指す  作者: シロネル
5章

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第百十九話 ぐうたら三男、二層へ

 地下第二層へ続く昇降路は、異様なほど巨大だった。


 円筒状の縦穴。


 壁面全体を走る古代魔力導管。


 青白い光が脈動し、地下深部を淡く照らしている。


 その中心を、巨大昇降台がゆっくり下降していた。


 重い駆動音が響く。


 冷たい風が吹き上がる。


 レイは昇降台の端でぼんやり立ちながら、深いため息を吐いた。


「……なんで俺こんな地下潜ってんだろ」


「領主だからでは?」


 セシリアが即答する。


「その理由便利すぎない?」


「便利ですよ」


 最近、本当に全部それで片付けられていた。


 老人――管理人を名乗る男は、静かに前方を見つめている。


 灰色のローブ。


 長い白髪。


 老いた外見。


 だが近くで見るほど、“人間ではない”違和感があった。


 動きが静かすぎる。


 呼吸音が薄い。


 何より。


 アリアが妙にじっと見ていた。


 そして。


 ぽつりと呟く。


「……同系統」


 老人が視線だけ向けた。


「ほう」


「気付くか」


 教授が反応する。


「やはりか」


「君、人間ではないね?」


 老人は少しだけ沈黙した。


 そして。


「元より、そのつもりもない」


 静かな声。


 昇降台の光が、老人の横顔を照らす。


「私は旧地下都市管理用ヒューマノイドだ」


「都市維持管理特化個体」


 空気が止まる。


 レイだけが頭を抱えた。


「また増えた」


 新情報が。


 教授は逆に目を輝かせている。


「アリアと同系列か!」


「完全自律人格保持型……!」


「しかも旧時代個体!」


「教授ちょっと落ち着いて」


「無理だね」


 即答だった。


 老人は淡々と続ける。


「私は管理維持が役目だった」


「地下都市監視」


「防衛機構統括」


「侵食監視」


「……長い時間をここで続けてきた」


 その声には、どこか静かな疲労が滲んでいた。


 何百年。


 あるいはもっと長い時間を、一人で地下都市に残っていたのだろう。


 レイは少しだけ表情を緩める。


「……大変だったな」


 老人は僅かに目を細めた。


「お前は変わった人間だ」


「よく言われる」


 本当に最近よく言われる。


 昇降台はさらに下降する。


 やがて。


 地下深部に巨大空間が広がった。


 第二層。


 そこは第一層とは明らかに違っていた。


 都市だった。


 地下に築かれた巨大街区。


 高層建造物。


 巨大通路。


 搬送路。


 空中導管。


 青白い光が街全体を淡く照らしている。


 だが同時に。


 各所に侵食痕が存在していた。


 崩壊した区画。


 黒い結晶。


 停止した防衛兵器。


 静かな廃墟。


「……すげぇ」


 エミリーが思わず呟く。


 教授は完全に言葉を失っていた。


「都市規模が想像以上だ……」


「これほどとは……」


 老人は静かに言う。


「第二層は外縁生活区画だ」


「本来なら数万人規模が生活していた」


 レイはぼんやり街を見る。


 文明だった。


 失われた古代文明。


 しかも今も完全には死んでいない。


 その時。


 老人の表情が僅かに険しくなる。


「だが問題がある」


「侵入者だ」


 空気が変わる。


 レイは嫌そうな顔をした。


「やっぱいるんだ」


「地下都市起動後、複数侵入を確認している」


「遺物回収目的」


「装置強制起動」


「権限奪取試行」


 教授が顔をしかめる。


「素人が古代都市へ干渉しているのか」


「危険すぎる」


「実際、多くは防衛機構に排除された」


 老人は淡々と告げた。


 その声音には感情が薄い。


 だが。


 どこか疲れも混ざっていた。


「しかし問題は別にある」


「一部侵入者は、古代魔語を扱う」


 レイの足が止まる。


 空気が少し変わった。


「……古代魔語?」


「しかも高度だ」


 老人はレイを見る。


「お前と同等ではない」


「だが、十分危険」


 レイは静かに眉をひそめる。


 古代魔語。


 つまり日本語。


 それを自然に扱える人間など、本来存在しない。


 除けば。


「……転生者か」


 ぽつりと漏れる。


 老人は頷いた。


「侵入者の中核個体」


「他国勢力所属」


「異世界由来記録と一致する」


 空気が重くなる。


 セシリアが困惑した顔をした。


「レイさんと同じ……?」


「たぶん」


 レイは短く答える。


 だが表情は硬い。


 嫌な予感がしていた。


 自分と同じ。


 古代魔語を扱える。


 つまり。


 古代文明へ直接干渉可能。


 それが敵側にいる。


「目的は?」


 教授が聞く。


 老人は静かに答えた。


「地下都市掌握」


「防衛機構制御」


「古代兵器奪取」


 その瞬間。


 地下都市奥で、轟音が響いた。


 赤い警報光が街区全体を走る。


 老人の顔色が変わる。


『警告』


『中央制御塔侵入確認』


『防衛機構強制掌握試行』


 光球まで同時に警告音を発した。


 レイは深くため息を吐く。


「……来たか」


 その時だった。


 地下都市中央部。


 遥か遠くの制御塔方向から、声が響いた。


『開放』


 瞬間。


 地下都市全域へ古代魔力が走る。


 停止していた防衛兵器群が一斉起動した。


 赤い光眼が点灯する。


 レイの表情が静かに変わった。


 今の言葉。


 間違いなく。


 日本語だった。


 赤い警報光が地下都市全域を染めていた。


 静かだった古代都市が、一瞬で戦場へ変わる。


 各所で防衛兵器が起動。


 重い駆動音。


 赤い光眼。


 崩壊した街区の奥から、次々と機械兵器群が姿を現していく。


『防衛機構再起動』


『未認証個体排除を開始します』


 機械音声が都市全体へ響いた。


 セシリアが即座に周囲を見る。


「囲まれています!」


 エミリーも武器を構えた。


 教授は険しい顔で呟く。


「中央制御塔を直接奪われかけている……!」


「かなり深部まで侵入されてるね」


 老人――管理人は静かに前を見ていた。


 その表情は僅かに沈んでいる。


「遅かったか」


「侵入者達は第二層起動以前から潜伏していた」


「地下都市再起動を待っていたのだろう」


 レイは周囲を見渡す。


 防衛兵器群。


 赤い光。


 都市制御暴走。


 そして。


 さっき響いた日本語。


 頭の奥が少し嫌な感覚になる。


「……同郷、か」


 ぽつりと漏れる。


 元日本人。


 自分と同じ。


 だが。


 やろうとしていることは最悪だった。


 その時。


 街区中央上層。


 巨大制御塔中腹部で、何かが光った。


 次の瞬間。


 古代魔法陣が空中展開する。


『起動』


 日本語。


 瞬間。


 周囲の防衛兵器群が一斉に加速した。


 レイ達へ殺到する。


「来ます!」


 セシリアが叫ぶ。


 レイは即座に片手を上げた。


『停止』


 古代魔語が空間へ響く。


 数十体の防衛兵器がその場で強制停止した。


 だが。


 次の瞬間。


『解除』


 別方向から日本語が重なる。


 停止したはずの兵器群が再起動した。


 空気が凍る。


「……は?」


 レイが初めて明確に驚く。


 対抗干渉。


 しかもかなり正確だった。


 教授が顔色を変える。


「制御権限を書き換えた!?」


「いや」


 レイは静かに目を細める。


「上から割り込まれた」


 つまり。


 敵も古代制御へ干渉できる。


 しかも相当慣れている。


「厄介だなぁ……!」


 レイは舌打ちする。


 防衛兵器群が突撃してくる。


 人型。


 四脚型。


 浮遊型。


 各種混成。


 完全に都市防衛軍だった。


 アリアが高速で前へ出る。


 黒刃閃光。


 一体両断。


 エミリーとセシリアも迎撃へ入る。


 教授は後方支援術式を展開した。


 だが。


 数が多い。


 しかも都市全域が敵側制御下へ入り始めている。


 その時。


 遥か制御塔方向から、男の声が響いた。


「へぇ」


「本当にいたんだ」


 軽い声だった。


 どこか現代的な話し方。


 そして。


 聞き慣れた空気感。


 レイの顔が僅かに険しくなる。


「日本人、か」


 次の瞬間。


 空中魔法陣が開いた。


 そこから、一人の男が降り立つ。


 黒衣。


 長い外套。


 三十代前後に見える男。


 だがその目だけは異様に冷たい。


 男はレイを見る。


 そして。


 少し笑った。


「同類っぽいなって思ってたけど」


「やっぱそうか」


 日本語だった。


 完全な。


 流暢な。


 レイは静かに返す。


「……お前、転生者か」


「そっちもだろ?」


 男は肩を竦める。


「いやぁ安心したよ」


「この世界で古代魔語通じる相手とか初めて見た」


 軽い。


 空気は軽い。


 だが。


 その奥に危険がある。


 レイには分かった。


 この男。


 かなり危ない。


「名前は?」


 レイが聞く。


 男は少し考える。


 そして。


「今はカイルって名乗ってる」


「元の名前は忘れた」


 その言い方に。


 レイは少しだけ眉をひそめた。


 本当に忘れたわけじゃない。


 切り捨てた言い方だった。


 カイルは地下都市を見上げる。


「いい場所だよなぁここ」


「旧文明の塊」


「兵器」


「制御機構」


「エネルギー炉」


「全部使える」


「この世界、まだまだ遅れてるからさ」


 その目が笑う。


「これ掌握したら、国一つ簡単に潰せる」


 空気が冷える。


 セシリア達も完全に警戒状態だった。


 レイだけは静かにカイルを見る。


「……だから侵略?」


「生き残るには力いるだろ」


 カイルは当然みたいに言う。


「この世界甘くねぇし」


「だったら利用できるもん全部使う」


「俺は間違ってない」


 レイは少し黙る。


 気持ちは分からなくもなかった。


 この世界は危険だ。


 侵食。


 魔物。


 戦争。


 弱ければ死ぬ。


 だから力を求める。


 それ自体は否定できない。


 だが。


 レイは静かに地下都市を見る。


 崩壊した故郷。


 避難民。


 暗黒地域。


 そして今なお残る傷跡。


 これ以上壊されたくなかった。


「……それ」


 レイは小さく息を吐く。


「俺の故郷なんだよ」


 空気が変わる。


 次の瞬間。


 カイルが笑った。


「なら奪い合いだな」


 同時に。


『解放』


 古代魔語が響く。


 地下都市全域の防衛兵器が、一斉にレイ達へ牙を剥いた。


 地下都市全域が震えた。


 赤い警報光。


 起動する防衛兵器群。


 古代魔力が空間を走り、崩壊した街区全体へ戦闘音が響き渡る。


 その中心で。


 レイとカイルは静かに向き合っていた。


 互いに日本語を理解する。


 古代魔語を扱える。


 この世界では、本来あり得ない存在同士。


 だが。


 空気はまるで噛み合わなかった。


「奪い合い、ねぇ……」


 レイはぼそりと呟く。


 正直、争いは好きではない。


 面倒だからだ。


 出来るなら昼寝していたい。


 飯食って寝て帰りたい。


 だが。


 故郷だけは別だった。


 カイルは軽い調子のまま続ける。


「別に全部壊そうってわけじゃないんだよ?」


「ちゃんと使う」


「この都市も復活させる」


「兵器も運用する」


「国も作れるかもな」


 楽しそうだった。


 夢を語るように。


 だが。


 レイには分かった。


 この男は“利用”しか見ていない。


 土地も。


 人も。


 文明も。


 全部。


 力としてしか見ていない。


「避難民は?」


 レイが静かに聞く。


 カイルは少しだけ考える。


「邪魔しないなら別に」


「逆らうなら?」


「排除」


 軽かった。


 あまりにも。


 その瞬間。


 レイの中で何かが静かに冷える。


「……そっか」


 短い声だった。


 カイルは笑う。


「お前、甘いな」


「せっかく力あるのに」


「もっと使えばいいのに」


 次の瞬間。


 カイルが片手を上げた。


『展開』


 古代魔語。


 空中へ巨大術式が開く。


 同時に。


 地下都市全域の防衛兵器群が加速した。


 赤い光が一斉に迫る。


「来ます!」


 セシリアが叫ぶ。


 レイは前へ出た。


 静かに。


 だが確実に。


 空気が変わる。


『閉鎖』


 瞬間。


 世界が止まる。


 街区全域へ青白い術式が広がった。


 防衛兵器群が一斉停止する。


 空間封鎖。


 制御権限遮断。


 都市機能へ直接干渉。


 カイルの笑みが少し消えた。


「……へぇ」


「そこまでやれるんだ」


 レイは答えない。


 ただ静かに制御塔方向を見る。


 この男は危険だ。


 古代文明を理解している。


 しかも躊躇が薄い。


 放置すれば、本当に地下都市ごと利用する。


 だから。


 止めるしかなかった。


 カイルは逆に楽しそうに笑う。


「いいじゃん」


「やっとまともに戦えそうだ」


 次の瞬間。


『解除』


 レイの術式へ干渉が走る。


 空間が軋む。


 停止していた兵器群が再起動し始めた。


「……ちっ」


 レイが舌打ちする。


 術式理解速度が速い。


 かなり厄介だった。


 カイルは両手を広げる。


『起動』


『解放』


『接続』


 古代魔語が連続発動する。


 地下都市中枢から大量魔力が流れ込む。


 防衛兵器群が変形。


 街区各所の砲台まで起動を始めた。


 教授が顔色を変える。


「まずい!」


「都市主砲系統まで繋がる!」


「そんなのあるの!?」


「都市だからね!」


「今初めて聞いた!」


 次の瞬間。


 制御塔上部へ巨大魔法陣が展開した。


 青白い光が収束する。


 都市砲撃。


 しかも地下街区内部。


 撃たれれば終わる。


 レイは即座に前へ出た。


 古代魔力を解放する。


 空間が震える。


 頭痛が走る。


 だが止まらない。


『強制停止』


 瞬間。


 地下都市そのものが揺れた。


 巨大術式が制御塔へ直撃する。


 都市砲撃術式が強制停止。


 街区全域の光が乱れた。


 カイルの表情が初めて変わる。


「……お前」


「権限深度おかしくない?」


「知らん」


 本音だった。


 レイ自身、自分の異常性を説明できない。


 ただ。


 何故か出来てしまう。


 カイルは笑みを消した。


 その目が少し鋭くなる。


「……気に入らないな」


 次の瞬間。


 カイル自身の周囲へ、膨大な古代術式が展開した。


 空気が重くなる。


 侵食粒子まで巻き上がる。


 教授が息を呑んだ。


「危険だ!」


「直接制御接続を始めてる!」


「地下都市炉心と繋ぐ気だ!」


 レイの顔色も変わる。


 無茶苦茶だった。


 都市炉心へ人間が直接接続など、正気ではない。


 だが。


 カイルは笑っている。


「力ってのはさ」


「使わなきゃ意味ないだろ?」


 その瞬間。


 地下都市全域が赤黒く染まった。


 侵食残滓が制御塔へ流れ込む。


 防衛兵器群が暴走を始める。


 街区崩壊。


 都市振動。


 完全に危険域だった。


「……ほんと」


 レイは深く息を吐く。


「面倒なことしかしないな、お前」


 静かな声だった。


 だが。


 その目だけは、完全に冷えていた。


 地下都市が悲鳴を上げていた。


 赤黒い光が街区全域を走る。


 制御塔から溢れ出す古代魔力。


 侵食残滓。


 暴走する防衛兵器群。


 崩壊しかけた都市機構が軋み、巨大構造物全体が震えている。


 カイルはその中心に立っていた。


 両腕を広げ。


 膨大な古代術式を背後へ展開しながら。


 笑っている。


『接続』


『掌握』


『起動』


 日本語が重なるたび、地下都市の制御権限が侵食されていく。


 空気が重い。


 危険だった。


 教授が青ざめた顔で叫ぶ。


「まずい!」


「都市炉心出力が限界突破している!」


「このままだと第二層そのものが崩落する!」


「ほんと毎回それだな!」


 レイは顔をしかめる。


 だが。


 カイルは止まらない。


「あと少しなんだよ」


「この都市、もうほぼ掌握できる」


「防衛機構も全部使える」


「そうすれば」


 その目が歪む。


「この世界、変えられる」


 レイは静かにカイルを見る。


 昔。


 たぶん普通の人間だったのだろう。


 この世界に来て。


 生き残るために力を求めた。


 その結果。


 力に飲まれた。


 そんな感じがした。


 だが。


 だからといって許容はできない。


 ここは故郷だ。


 避難民がいる。


 取り戻そうとしている場所だ。


 壊させるわけにはいかなかった。


「……悪いけど」


 レイは前へ出る。


「そこまでだ」


 静かな声。


 だが。


 次の瞬間。


 地下都市全域へ青白い魔力が広がった。


 空気が変わる。


 制御塔の赤い光が押し返される。


 カイルが初めて表情を変えた。


「……は?」


 レイは静かに片手を上げる。


『管理権限接続』


 瞬間。


 都市全域の古代導管が青白く発光した。


 暴走していた防衛兵器群が停止する。


 赤い警報光が消えていく。


 地下都市そのものが、“レイ側”へ傾き始めた。


 教授が絶句する。


「都市制御を書き換えた……!?」


「そんな規模の権限干渉、人間に可能なのか!?」


「知らん!」


 レイ本人も知らない。


 だが。


 何故か出来る。


 地下都市側が“認識”してしまう。


 管理者として。


 カイルの顔から余裕が消える。


「ふざけんな……!」


『強制起動!』


 カイルが叫ぶ。


 侵食残滓が一気に噴き出した。


 赤黒い濁流が制御塔へ流れ込み、都市炉心へ直結する。


 完全暴走。


 地下都市そのものを力尽くで掌握する気だった。


 レイの表情が険しくなる。


「お前……!」


「止まれ!」


「止まるかよ!」


 カイルの目は狂気じみていた。


「この世界は力が全部なんだよ!」


「だったら!」


「取れるなら全部取る!」


 次の瞬間。


 都市炉心が暴走した。


 轟音。


 空間震動。


 地下都市全域へ亀裂が走る。


 崩壊が始まる。


 セシリアが叫ぶ。


「天井崩れます!」


「レイさん!」


 レイは歯を食いしばる。


 止める。


 だが。


 単純停止では間に合わない。


 暴走した炉心と侵食残滓が完全融合している。


 なら。


 切り離すしかない。


「……っ!」


 頭痛が走る。


 膨大な情報が脳へ流れ込む。


 都市制御。


 炉心構造。


 侵食流。


 管理権限。


 視界が歪む。


 それでも。


 レイは前を見る。


 故郷だった。


 取り戻すと決めた場所だった。


 だから。


 壊させない。


 レイは静かに言葉を紡ぐ。


『侵食遮断』


 空気が止まる。


 地下都市全域へ巨大術式が走った。


 青白い光が街区を包み込む。


 侵食流が凍り付く。


 カイルの術式が軋む。


「なっ……!?」


 さらに。


『強制分離』


 瞬間。


 制御塔へ流れ込んでいた侵食残滓が、一気に切り離された。


 赤黒い奔流が霧散する。


 都市炉心が安定化。


 暴走停止。


 街区全体の揺れが徐々に収まっていく。


 静寂。


 そして。


 カイルだけが呆然と立っていた。


「……なんで」


「なんでそんな権限持ってんだよ……」


 レイは荒い息を吐く。


 頭痛が酷い。


 視界も揺れる。


 それでも。


 静かに答える。


「知らん」


 本音だった。


 だが。


 カイルはもう立てなかった。


 暴走接続の反動で術式崩壊を起こしている。


 都市制御から弾き出され、膝をついた。


 その時。


 老人――管理人が静かに前へ出る。


 そして。


 レイを見る。


「十分だ」


 静かな声だった。


「後は私が管理を引き継ぐ」


 老人の周囲へ青白い術式が展開する。


 地下都市全域が呼応するように発光した。


『管理権限移行開始』


『防衛機構再編』


『都市維持モード移行』


 停止していた防衛兵器群の光眼が、赤から青へ変わっていく。


 暴走は完全停止。


 地下都市が、静かに眠りへ戻ろうとしていた。


 老人はレイへ深く頭を下げる。


「感謝する」


「この都市は今後、私が管理する」


「侵食残滓も防衛機構も、安定運用へ移行しよう」


「……頼む」


 レイは疲れ切った声で答えた。


 本当に疲れていた。


 頭痛。


 魔力枯渇。


 精神疲労。


 全部酷い。


 だが。


 地下都市の赤い警報光が消えていくのを見て、少しだけ肩の力が抜けた。


 故郷はまだ終わっていない。


 壊れた。


 傷付いた。


 だが。


 取り戻せるものは確かに残っている。


 その時。


 エミリーが小さく笑った。


「お疲れ様です、領主様」


 レイは数秒黙る。


 そして。


「……昼寝したい」


 本気の声だった。

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