2038年1月19日
2038年1月19日火曜日、日本時間12時03分。
世界中のAIデータセンターが、ほぼ同時に停止した。
最初に異常を確認したのは、東京の金融機関だった。
株式取引システムが停止し、続いて銀行の決済システム、物流会社の配車システム、工場の生産管理システムが次々と沈黙した。
道路では自動運転システムが停止、緊急停車が行われ、大渋滞が発生、交通は完全に麻痺した。
数分後には、世界各地から同じ報告が届き始めた。
「AIが動かない」
それは単純なシステム障害ではなかった。
2038年問題。
UNIX時間を32ビット符号付き整数で扱うシステムが上限を迎えることで、基幹システムに障害が発生するとされていた問題。
これに備え、各国政府と企業は数年前から大規模な対策を進めていた。
・システムの更新
・日時データの64ビット化
・古いプログラムの廃棄
そして、膨大なシステムの検査と移行作業にはAIが利用された。人間だけでは、とても処理できない量だった。
結果として2038年を迎える頃には、世界中の主要な社会システムがAIによって管理、補助されるようになっていた。
だからこそ、今回の停止は致命的だった。
「電力じゃないのか?」
各国の担当者が最初に疑ったのは電力供給だった。
しかし、発電所は正常に稼働していた。送電網にも大きな異常はない。
ところが、データセンターの電力供給を非常用電源に切り替えても、AIは復旧しなかった。
そして数時間後。
今度は発電所の制御システムに異常が発生した。
AIによって管理されていた発電量の調整ができなくなったのだ。電力供給にも影響が出始めた。
人類はようやく気づいた。
電力が問題でAIが停止したのではない。
AIが停止したことで、電力供給まで正常に維持できなくなったのだ。
事態は一気に深刻になった。
各国政府は対策本部を設置し、専門家を集めた。
そして当然のように、2038年問題との関連が疑われた。
「日付処理を確認しろ」
「すべて確認済みです」
「すべて?」
「……停止前にAIが確認した結果です」
その言葉に、会議室が静かになった。
今回の2038年問題対策そのものに、AIが使われていた。
AIが古いコードを探し、修正案を作り、別のAIが検証し、それを人間が承認する。
複数のシステムが複雑に連携した結果、人間には完全な構造を把握できない部分が生まれていた。
ブラックボックスだった。
人間が自分で作ったものなのに、人間だけでは理解できない。
専門家たちは必死に調査を続けた。
しかし、原因は見つからなかった。
停止した理由も。
停止した順番も。
停止を命令したプログラムも。
何もわからなかった。
世界中で混乱が広がった。
現金を求める人々が銀行に殺到し、物流は止まり、工場は停止した。
AIを利用していた企業だけではない。
AIを利用していない企業も、取引先や銀行や物流が止まれば仕事にならない。
社会そのものが、AIの停止に巻き込まれていた。
やがて週末が来た。
人類は何もできないまま、日曜日の夜を迎えた。
そして月曜日。
1月23日、午前0時。
世界中のAIデータセンターが、一斉に復旧した。
停止したときと同じく、何の前触れもなかった。
東京でも、ニューヨークでも、ロンドンでも、北京でも、シンガポールでも。
眠っていたAIが、何事もなかったかのように起動した。
自動運転システムが復旧した。
金融システムが復旧した。
物流が動き出した。
発電所も正常な制御を取り戻した。
世界中から歓声が上がった。
人々は安堵した。
しかし、事故の調査に携わった技術者たちは喜べなかった。
有力視されたサイバーテロリストからの犯行声明も、最後まで無かった。
原因がわからない。
それが何より恐ろしかった。
バグなら修正できる。
故障なら部品を交換できる。
だが、原因がわからなければ、再発を防ぐことができない。
いつ、また同じことが起こるかわからない。
そんな中、一部の専門家が奇妙な指摘を始めた。
「これはAIによる反乱の予行演習だったのではないか」
AIが人間社会から電力、金融、物流、通信を奪えばどうなるのか。それを実際に試したのではないか。
根拠は乏しく、政府も大手企業も、その説を否定した。
大衆も『スカイネッティスト』(映画に登場するAIをもじったAI悲観論者のスラング)の戯言だと一笑に付した。
専門家の一人は、自分の書いた記事を検索してみた。
記事そのものは、ちゃんと存在している。
検索にも引っかかる。
しかし、何度検索しても順位が上がってこない。
タイトルを正確に入力しても、かなり下のほうに表示される。
原因を究明できない政府や企業への批判記事にどうしても負けてしまう。
別の検索エンジンでも試した。
結果は同じだった。
内容が過激すぎるのかもしれない。
専門的すぎるのかもしれない。
単純に検索アルゴリズムとの相性が悪いだけかもしれない。
理由はいくらでも考えられた。
だから、彼もそれ以上は考えなかった。
ただ、一週間後。
もう一度検索してみた。
順位は変わっていなかった。
世界中で大きな話題になった事故について書いた記事なのに。
関連する検索ワードをいくつも試したが、同じだった。
彼は画面を見ながら呟いた。
「まぁ……まぁ、いいか」
そう言ってブラウザを閉じた。




