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19話 星空を踊り明かせ

<登場人物>

・ルナ:月から来た魔法使い。月年齢で十歳

葵星あおせ:異世界転移した在宅ぼっち。地球年齢で三十歳+α

未心みこ:初めて出会ったステラの住人。ステラ年齢で十七歳

・ピコ:持ち運びも可能な球体の投影機プラネタリウム


<前回のあらすじ>

 一人休んでいた葵星は、犬のチョコの面倒を任された。

 チョコとの時間を密かに楽しんだ葵星は、道中出会った未心にチョコを任せて、ルナを探しに行く。


 人波をかきわけ、ホットドッグの屋台が立ち並ぶ商店街を進むと、中心地は一層賑わっていた。

 階段を兼任した座席が人で埋まっている。

 噴水に隔てられた野外ステージでは、ダンスショーが行われていた。

 五人の女性が力強いダンスを繰り広げている。


「何かのイベントですか?」


 なけなしのコミュ力で、後方彼氏顔の若者に尋ねた。


「知らないのかい? 勝ち上がったチームがイチゴ姫の婚約の儀にパフォーマーとして招待されるんだよ」

「婚約? あのお姫様が?」

「そうだよなぁ、俺たちのイチゴ姫が結婚だなんて、感慨を通り越してNTRだよなぁ」

「え、えぬてぃーあーる……」


 最後の言葉は聞き流すことにして、イチゴ姫が国民から深く慕われていることを理解した。

 思い返せば、敵対する立場であるにも関わらず、彼女からは親しみが湧いていた。

 怒り顔すらもどこかにこやかで、まるでアイドルだ。


「この国の繁栄は、イチゴ姫の成果でしかない気がする」

「全くもってその通りだよ! このステージはな、若きイチゴ姫が匿名で踊っていたことでも有名なんだ」

「えぇ!? お転婆!?」

「お転婆なお姫様なんだ。優勝して正体を明かされた時は、湧いたってもんだよ」


 昨日お会いしたお姫様の丸くなりきれていない仕草から想像の出来る光景だ。

 古参の若者は話し足りないらしく、まだ話を続けた。


「もう一つ伝説があってな、お姫様にはダンスパートナーがいたんだよ」

「今度はそれが王子様って話しですか?」

「ちっちっち。いまだに正体不明なんだ」

「ほぅ」


 葵星はつい、興味を持って聞いてしまう。


「仮面をつけて踊っていてね、二人の息はピッタリ合ってたんだ。イチゴ姫と同い年くらいの男の子だったとは思うんだけど、皆お姫様のことしか見ていなかったから、彼の正体は誰も興味を持たなかったんだよ」

「まさしく、伝説ですね」

「あぁ。ここに通っていればいつかまた、彼が出てくるんじゃないかと期待してしまう自分がいるんだよな。イチゴ姫も、突然現れるんじゃないかって期待も捨てられない」

「期待って、捨てられないんですよね」


 五人組のダンスが終了して、息を切らした女の子たちが笑顔で手を振って舞台袖にはけていく。

 余韻もほどほどに、次のパフォーマーが舞台に現れる。

 五人組の後で一人とは見栄えが劣るのでそれだけでハンデを背負っているようなものだ。

「むっ、あの子はやるね」


 と古参も身構えた。


「私、星空を映します!」


 ルナだった。

 星空のマークをアピールしたワンピースの少女が、浮き足だった様子で舞台に立つ。

 その手にはピコを持っていた。


「星空泥部とか言われてるんですけど、私、盗んでなんかいないんです!」


 その話題は禁句じゃないかとハラハラした。

 先ほどまでの盛り上がりをよそに、観客は存在感のある少女の訴えに耳を傾けた。


「だけど、この国の星空がなくなって、皆さんが困ってるなら、私は私の星空を見せてあげたいと思いました」


 ルナは真昼の天井にピコを掲げた。


「ようこそ、ルナのダンスステージへ!」


 星空は陽光の中に溶け入って目には映らない。

 代わりに、星は音となって奏でられた。

 電子のリズミカルな音楽。

 ルナは体の力を抜いて、星に操られるように機敏なダンスを披露した。

 球体のピコを使ったボールパフォーマンスなんかも交えている。


「イチゴ姫の、再来だ……」


 古参が眼鏡を外して泣いている。

 観客は総出でスタンディングとなり、拍手をした。

 全員のステージが終わり、陽が暮れる頃に結果発表が行われる。

 空気はずっと、ルナが塗り替えたままだった。


「優勝はー、謎の少女、君だー!」


 スパークルとともに、両手にピースを掲げてルナが登壇した。

 蝶ネクタイの司会者が高揚した胸を抑えて彼女にマイクを向ける。


「お名前を教えていただけますか?」

「私は、ルナ! 十歳! 星空が大好き! ……といっても、星空を盗んだりなんてしません!」


 だんだんと陽が沈み、夜の帷が降りてくると、ルナの野外ステージにうっすらと星空が浮かび上がった。


「その手に持っている機械はなんでしょうか?」

「この子はピコだよ! プラネタ、じゃなくてえっとね、星空を映す機械なんだ」

「というと、今我々が目にしている星空は……」

「この子が映してるんだよ。皆さん!」


 ルナが呼びかける。


「皆さんの願い事はなんですか? 是非、大切にしている願い事をそっと、祈ってください。星空はきっと、願い事を叶えてくれますから」


 観客が手を合わせて目を閉じる。

 これは、プラネタリウムの光景と同じだった。

 ルナは、本当のプラネタリウムを広めようとしている。

 だからステージに立ったのだろう。


「イチゴ姫のダンスが見たい。イチゴ姫のダンスが見たい。イチゴ姫のダンスが見たい」


 古参の彼は、心の底からそれを願っているのだろう。

 この場にいる観客も皆、同じことを願っているように感じられた。

 誰もが星空に思いを馳せている。

 幻想的な光景だった。

 けれど……、街がそれを飲み込んだ。


 ——パーパパパ、パー!


 夜とは思えない強烈なラッパ音。

 それを皮切りに、街の明かりが激しく点灯する。

 赤、青、緑といったけばけばしい光が街中に行き渡る。


「ちょっと、うるさいんだけど——」


 ルナの声はかき消された。

 観客もその場を離れ、慌ただしく解散する。

 葵星は古参の彼を呼び止めた。


「え、もう帰るんですか?」

「仕事があるからね」


 人波は一斉に去っていった。

 取り残されたのは優勝者のルナ一人。

 舞台の上で、ぽつんと立っている。

 今の彼女は、どこにでもいるような女の子にか見えなかった。


「あおくん、起きてたんだ」

「早起きして、犬の散歩もしてきた」

「チョコちゃんは置いてきたの?」

「未心ちゃんに会って、預かってくれた」

「責任放棄はよくないよ」

「ルナを優先した」

「……どこから見てた?」

「ルナが出るちょっと前から」

「……どうだった?」

「すごかった。ルナが」

「……うむ」

「初めて星空を見た時位の感動だった」

「……えへへ、許すかー」


 やっとルナが笑ってくれた。

 気まずい空気が和らいだところで、ルナが舞台から降りる。

 優勝者の手を取って、拠点へと戻る。

 王都は、夜の方が賑わっていた。

 彩豊かなイルミネーションで輝いていて。どこかのテーマパークのようだった・


「何あれ」


 ルナが首を仰ぐ。

 陽はすっかり暮れたのに、夜空は薄く明るい色をしていた。

 景色が逆転している。

 夜空が地上の明かりで照らされていたのだ。


「都会の空はこんなものだよ」

「星が出てこれないよ」


 星明かりは微弱で、地上の明かりにかき消されてしまう。

 都会の夜空も星がいっぱいある筈なのに、星はほんのちょっとしか目に映らない。


「都会暮らしって大変なんだね」

「この国は顕著だけど、息苦しいのは一緒だ」


 お日様に目を背けるように、ルナは目をぎゅっとして視線を下ろした。

 ただし、目に毒なのは地上も同じ。

 密着して歩く若い男女。

 煙で呼び込みをする屋台の店主。

 露出の高い服で呼び込みをする女性。

 あまりにも夜の匂いが強い。


「私、帰りたい」

「ステージもあったし、早く帰ろう」

「うん……、むにゃ」


 ルナの足取りは重く、しきりに目を擦っている。

 葵星は屈んで背中を差し出した。

 ルナは真っ直ぐに背中をゴールに決めた。

 

「むにゃぁ」

「おやすみ」


 少女をおんぶして、葵星は帰路につく。

 昼間は好きだった街が、夜は嫌いな街に変貌した。

 イチゴ姫の貼り付けた笑顔みたいに、不自然な賑わいだ。

 誰よりも、夜を恐れているように見える。

 だから他の村への供給を止めてまで明かりを沢山つけて、星明かりに頼ろうともしない。


「最低な国だ」


☆彡

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