第43話 看破
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静まりきったカジノの店内をディーラーの男が一人、歩いていた。
閉店後にまだ客が残っていないか確かめるための作業だったのだろうが、誰もいないことを確認したところで、机の下から俺たち3人が飛び出してきた時には、さぞ驚いたことだろう。
「な、なんだお前たちは! どこから湧いて出た!」
「俺たちか。なに、名乗るほどのもんじゃあ──」
「ボクはムツミ! 戻し屋だ! お前たちの姑息なイカサマを看破しに来たぞ! さあ尋常にお縄につけぇ! っていうかボクのお金を返せぇ!」
「ムツミさんムツミさん! 悪いけど足並み揃えてもらっていいかな⁉︎」
隣のミクが「なんでこの人ついて来てるんですか?」と目でうったえかけてくる。
気持ちはわかる。俺だって本当は連れてきたくなかった。だが彼女はこのカジノのイカサマに騙されて有金を失ってしまった、いわば被害者であるし、何より彼女自身が付いて行くと言って聞かなかったのだ。
俺はまとっていた黒いマントを外して懐にしまう。かつてグレイプニルの憲兵団本部に潜入するときにミクさんから買ったものだ。以前は単なる黒い布だと思っていたのだが、先程聞いたところによると、暗闇で着用時に他者から認識されにくくなるという特殊効果を持つという。
その名も”暗夜黒布“、立派な遺物だ。今の今まで単なる黒い布だと思っていたのに。
「いや、仮にも行商人がただの黒い布を持っているわけないじゃないですか」とはミクの言葉だ。
そ、それもそうか……。
問題は購入時に何の説明も受けていないことなのだが、まあ今さら言うまい……。
これを持っていたおかげで俺たち3人は従業員に見つかることなく、閉店まで机の下に潜むことができたのだ。
「ふん、イカサマだと? 何を言っているのかわからないな。むしろ閉店まで店内に潜んでいるお前たちこそ売上を盗みに来た泥棒なんじゃないのか?」
ディーラーの言うことも、残念ながら一理ある。このままイカサマを立証できなければ立場が危うくなるのは俺たちの方だ。
というか、俺の計画としては、カジノのイカサマを見破った時点でこの街の憲兵団に監査を依頼して責任者を捕まえる予定だったのだ。
だが、イカサマを見抜いたとうのミクが、
「憲兵団は信用できません! 私が奴らの前でイカサマを暴いてみせます!」
と宣言したのだ。
俺はその時、グレイブルの憲兵団が汚職に陥っているのをミクが気にかけており、メローヌも同様である可能性を心肺しているのだと思っていた。だから、多少危険は伴うものの、この作戦に同意したのだが、
「私たちが泥棒ですって? いいでしょう! そこまで言うのなら今この場で教えて差し上げましょう! ルーレットの出目を操作し、数多のお客様たちからお金を巻き上げた、その悪質なトリックを!」
ババーン! と効果音が鳴り響きそうな、見事な啖呵とポーズ。
ああ、推理ショーやりたかったんだなぁ、ミクさん……。
と、口には出さず、武士の情けで心の中に留めて置くだけにする。
普段は優しく、冷静で、困った時には助けをくれるミクだが、時おり子どもっぽいところがあったりもするのだ。
だけど今は──
「そうだ! 言ってやれ行商人! そら言ってやれ! やれ言ってやれ! ボクのお金を巻き上げたトリックを!」
「ムツミさん頼むから黙っててお願い」
ただでさえ暴走中のゴスロリ少女がエンジン全開なので、もう一台暴走列車が増えると、とても俺にはハンドルを握れない。
「ふっ、面白い。ならば聞かせてもらおうじゃないか。言ってみるがいい、そのトリックとやらを」
おまけに、その場の空気にあてられたのか、ディーラーまでノッてきてしまったもんだから、俺は「もうどうにでもなれ」と口をつぐむことにした。
ゴホン、と咳払いをして、ミクが語り始める。
「私がまずおかしいと思ったのは、あのルーレットの大きさです。目玉のゲームですから注目を集めるために大きいのは大事です。しかし、それでも大きすぎではないでしょうか?」
ミクさんの指摘にディーラーは怯むことなく反論する。
「ふん、何を言うのかと思えば。知っての通り、あのルーレットは普通のルーレットと違ってマスが倍もある。その分、大きくしなければならないのは当然だろう?」
「ええ、そうですね。マスが2倍である以上、普通に考えて円の直径も円周も2倍以上に作らなければならない。ですが今私が話しているのは、横の長さではなく、高さの話ですよ?」
「なんだと?」
ミクさんが微笑む。
「あのルーレットは高すぎます。なぜあれほど高さを出す必要があるのでしょう? 観客に見やすくするため? いいえ、それならばむしろ逆効果です。変に角度がついてむしろマス目は見にくくなります。素材は木製。回転は人力。中に動力となるものを入れる必要もない。ならばその巨大な内部にはいったい何が入っているのでしょう?」
ディーラーの顔が一瞬曇る。
だが気にせずミクさんは話し続ける。
「そして、次に気になったのは、ディーラーさん、あなたの台詞です。ルーレットを回転させて、お客さんがチップを賭け終えたあと、あなたはベット終了の宣言をします。ですがその後、あなたは一言必ず、台詞を付け加えていることに気づいたんです」
“さあ、あとは運命の女神の御心のままに!”
”さあ、運命の女神が微笑むのは誰か!”
たしかに言っていた。
「ふん、それが何だって言うんだ。単にその場を盛り上げるための一言に過ぎん」
「ええ、私も最初はそう思いました。ですが、ずっと側で聞いているうちに気づいたんです。あまりにもバリエーションが豊かだと」
ミクさんが何やら懐から一枚の紙を取り出す。
そこには、ディーラーの台詞が一列にズラーっと書いてあった。
「まさか、メモしたのか? 一言一句逃さず⁉︎」
「ええ、私商人なので収集癖があるんです。なので最初は使命感でやっていたのですが、だんだん楽しくなってきてしまって。気づいたらこんなになってました。騒がしい店内で正確に聞き取るのに少し苦労しましたが、私こう見えて耳がいいのです。ほら、私商人なので」
えへん、といっそ威張ってみせるミク。
「まあ私の職業は置いておきまして、数えてみれば台詞はその数なんと72種類。使われている単語や言い回しこそ似ているものの、実に多種多様な言い方をしています。さて、72という数字はそちらのルーレットのマスの数と一緒ですが、これは偶然でしょうか?」
ディーラーの顔が苦虫を噛み潰したように歪む。
「そう、もちろん偶然などではありません。あなたはベット終了の際の台詞を変えることで、当たりマスの出目の指示を出していたんです。おそらく巨大ルーレットの下に隠れている誰かに──えっ?」
俺は咄嗟にミクさんを突き飛ばした。途端、ものすごい力で俺の体が後ろに吹き飛ばされ、壁に打ち付けられる。
そしてルーレットの下から、ぬらり、とひどく縁起の悪そうな男が這い出てきた。
黒い髪、血走った目、赤い服。
頬はげっそりと痩せ細っている。
「おや、防がれてしまいましたか。ですが推理ショーはもうそのあたりで結構ですよ。第一幕はこれにて閉幕。続く第二幕は皆さんお待ちかねの、拷問殺戮ショーです」
三叉槍を取り出した男は口元に気持ちの悪いニヤニヤ笑いを浮かべ、そう言った。
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