第41話 乾杯
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「なぜ、あのカジノのイカサマを暴くのか……?」
「はい」
どうだろう、俺はこの世の中でステーキが一番好きで、特にこの世界に来てからはトライホーン・ブラックオックスという牛型モンスターのステーキにハマっているのだが、なぜ好きかと聞かれると答えに詰まる。
うまいからうまい。
それだけだ。
翻って、なぜルーレットのイカサマを暴こうとしているのかというと、それもなんというか──
「なんとなく、としか言えないんだけど、それじゃダメ……?」
「ダメですね」
「ダメですかー……。そうですかー……」
バーカウンターの上に頭を乗せて、がっくりと項垂れてしまうが、ミクさんの言うことを、どうでもいいだろ、そんなこと、と一蹴することは俺にはできなかった。
他の誰かならともかく、彼女に対しては特に。
行商人のミクさんと出会ってそれほど経っていなかった頃、死者の町アプリナで墓守の少女と図らずも婚姻の誓いをしてしまったとき、ミクさんは言った。お人好しですね、と。
会ったばかりのひとを信用するのは自己犠牲に等しい行為だと、遠回しに指摘された。
だがその時俺は、「自分なんかのことを心配してくれるミクさんは優しいな」としか思っていなかった。
けれどそのあと、俺は水の都改め、砂の都グレイプルにて、痛い目を見ることになる。
買い物をしていたところで猫耳をつけた少女に財布を盗まれ、挙句、捕まえてくれた憲兵団の女団長にそのまま財布を持っていかれた。
どちらも俺にとっては予期せぬ事態で、未然に防ぐことは難しかった。
だがもし俺が他人に対しての警戒心を強めていたら?
未知の事柄に対してより慎重な判断をしていたら?
「会ったばかりのひとを信用するな」
ミクさんの忠告を素直に聞いていれば、もしかしたらもっと上手く対処できていたかもしれない。
だが俺はしくじった。
またしても、ひとに裏切られ、嵌められて、痛い目をみた。
だから俺には責任がある。
自分を心配してくれたひとの忠告を無視して、自ら災難に飛び込んでいく理由を、説明する責任が。
そうして、自分の中の曖昧な行動原理の出来損ないみたいなものを、他人が理解できるように組みたてて言語化していく。
「……たぶん俺は、この世界に負けたくないんだと思う」
「──世界に?」
俺のちっぽけな言葉を反芻するミクさんの声は、変わらず優しかった。
「うん。ちょっと大袈裟だけどね。この世界ではたくさんのひとたちが自分たちの欲望のためにひとを陥れるのに必死になってる。詐欺とか、窃盗とか、汚職とかね。でもそれ自体はあまり問題じゃない」
ミクさんは俺の目をジッと見つめながら聞いている。
なんだか少し照れくさい。
「問題なのは、この世界がそういった人々の悪事や欲望を助長させていることだ。莫大な財宝という餌をちらつかせて暴力を正当化させている。ダンジョンというシステムはその最たる例だ」
緊張をほぐすように、飲み物をあおる。
「そしてあのイカサマカジノもまた、ダンジョンと同じ。人々を食い物にしている欲望の化け物だ。他の人たちがそれに抗えないのはある程度仕方がない。だけど俺は、せめて俺だけは、それに抗わなきゃいけないって、そう思うんだ」
「──それは、辛い戦いになるでしょうね。それぐらいダンジョンはこの世界に深く根ざしています。誰かの理解を得るのは難しい。大勢の群れに対して一匹狼が牙を剥くような……いえ、もしかしたらもっとひどい、ただ他の誰かに利用されて踏み台として終わるだけかもしれませんよ」
「わかってる。それが俺の性分なんだろうな。でもだからといって立ち止まることはできない。女神デスティネルを倒すまで、俺は戦い続けるよ」
俺は目の前の飲み物をグイッと飲み干して、席を立った。
説明の義理は果たした。
「あの、ハジメさん──」
「止めでも無駄です。たとえ一人でも、お人好しだと言われようとも、俺は──」
「いや、そうではなくて、今ハジメさんが飲んだの、私のグラス……」
えぇ⁉︎ と俺はバーカウンターに目をやると自分の飲み物がまだたんまり残っているのがわかる。たった今飲み干したばかりのグラスの淵を見る。これは、もしや俗に言う間接──。
「いや、これは決してわざとというわけでは!」
慌てる俺を尻目に、ミクさんは俺の前のグラスを手に取ると、あろうことか腰に手を添えて一気に飲み干した。
「これでお相子ですね」
いやなんかもう色々とまずいんですが……。
と言うわけにもいかず、口をパクパクさせる俺。
「それと、もう一つ訂正です。あなたは一人ではありません。なぜなら、私が一緒にカジノの闇を暴くからです」
えっ? はぁっ⁉︎
「理由は、そうですね……お得意様に恩を売っておくのも悪くないから、ということにしましょう」
「しましょうって……」
真面目に理由を説明した俺がとんだお笑い草だ。
しかしなぜだろう、頼もしさに不思議と口元が綻んでしまう。
「お人好しだな」
「そちらこそ」
俺とミクさんはお互いの空のグラスを打ち合って乾杯をした。
カラン! という、空虚ながらとても心地の良い音がした。
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