tame2 ブルーティアラ
「あーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー!!!」
勢いで飛び降りたはいいが、想像を絶する遥か上空だった。これは……うん、間違いなく。
「高所落下ダメージで死ぬううううううう!?」
「ご主人!!」
少し遅れて、ブルーティアラが猛スピードで追いついてくる。だが、この小さな子が追いついたところでどうしようもない。まあ、ゲームだし現実で死ぬわけじゃないが……。
「ブルーティアラごめん!! 俺、開始1分で死んだ!!」
潔く先に謝っておく。誰がこんな初見殺しの高所からスタートすると思うか。
「大丈夫です!! ボクがなんとかしてみせます!!」
ブルーティアラが俺の服の襟を小さな両前足でガシッと掴んだ。そして、ちっぽけな翼をあり得ない速度で羽ばたかせ始める。
気持ちは嬉しい。めちゃくちゃ嬉しい。だが――。
(く、首が……ッ!)
思いっきり首が締まった。ダメージは無いが、とにかく息ができない。窒息する!
(は、早く地上に着いてくれ……!)
恐らく、後にも先にもこれほど地面が恋しいと思った瞬間は、この時だけだろう。
※※※
ブルーティアラの決死のパタパタのおかげで、なんとか無傷で地上に降り立つことができた。
「オッウッェ!!」
実際に吐いたわけではないが、生還した瞬間、口から出た言葉がこれだった。酸素が美味い……空気が吸えるよぉ……。
「あの……ご主人……」
ブルーティアラがシュンとしている。良かれと思ってやったことが、逆に俺を殺しかけていたと知って、完全に落ち込んでいた。
俺は苦笑しながら、そんな健気な相棒の頭をそっと撫でる。
「ありがとうな、ブルーティアラ」
「えっ……?」
怒られると思っていたのか、小さなドラゴンはパチクリと目を丸くした。
「お前のおかげで無傷で降りられたんだ。過程がどうあれ結果オーライ。な?」
「ご主人~~~~!!」
感極まった表情で俺の胸に飛び込んでくる。……くそ、ホント可愛いなこいつ。
「なぁ、毎度ブルーティアラって呼ぶのも長いし、これからは『ティア』でいいか?」
「はい!」
満面の笑みで快諾してくれるティアを肩に乗せ、俺は歩き出した。
街並みはいかにも異世界ファンタジーといった風情で、中世風の木造や石造りの建物が並んでいる。まずは人目の付かない路地裏に入り、メニュー画面を呼び出した。
インベントリから初期支給の手鏡を出して、自分の容姿を確認する。
少しボサボサした茶髪に、鋭い目つき。なんというか、高校デビューに失敗した不良みたいなアバターだ。着ている服は、安そうな布の初期装備一張羅。
続いて、ステータス画面をタップする。
【プレイヤー名:ドラゴニア レベル:1 ジョブ:テイマー】
・HP:100(0になると戦闘不能。近くの町に戻されます)
・SP:150(スキル使用時に消費)
・STR:8 (物理攻撃力)
・VIT:6 (物理防御力)
・INT:10(魔法攻撃力)
・MEN:10(魔法防御力)
・AGI:8 (素早さ)
・TEC:10(物理命中率)
・LUK:10(クリティカル率、ドロップテーブル補正)
結構INT寄りのステータスだな。ってことは、このゲームのテイマーは後衛の魔法職扱いか?
続いてスキル欄を確認。
【ジョブスキル:テイマー】
■パッシブスキル(常時発動)
・[対話]:モンスターの言葉が分かるようになる。
・[契約]:一定確率で討伐した、または戦闘中の魔物が仲間になる。
・[オールテイム]:全ての魔物に対して高確率で契約が発生する。※ドラゴニア専用ユニーク
■アクティブスキル(任意発動)
・[アドバンスパワー]:仲間の物理・魔法攻撃力を上昇させる。
・[アドバンスディフェンス]:仲間の物理・魔法防御力を上昇させる。
・[エナジーボール]:魔力の塊を放ち、敵にダメージを与える。
・[サモン]:設定したファミリアを召喚する。
なるほど。本来なら初期魔法の『エナジーボール』で野生の魔物を叩いて、ばんばん仲間を増やしていくのが俺のスタートラインだったわけだ。だがオールテイムのおかげでそれもなさそう
そういえば、ティアのステータスも見れるのかな……お、あったあった。
【ドラゴン:ブルーティアラ(ファミリア)】信頼度:100/100
■パッシブスキル
・[感覚共有]:召喚者と五感・ステータスを共有する。
・[繋がる思い]:召喚している魔物が多いほど、自身のステータスが上昇する。
・[伝播する闘志]:自身以外のファミリアの物理・魔法攻撃力が大幅に上昇する。
・[蒼き旗印]:自身以外のファミリアの物理・魔法防御力が大幅に上昇する。
■アクティブスキル
・[レイ・ブレス]:光属性の直線的なブレス攻撃を放つ。
・[ヒーリングオーラ]:3分間、パーティメンバーのHPを徐々に持続回復する。
・[覚醒・万星の蒼冠]:真の姿へと覚醒する。(スキル構成が変化)
……待て。なんか、とんでもない山盛りのバフテキストが書かれてるんだが?
思わず語彙力が低下するほど、ティアのスキルは狂っていた。アタッカーもこなせる永続持続ヒーラーが最初から相棒とか、ラッキーの次元を超えている。
ただ、こいつばかりに負担を強いる戦闘はしたくないな。ティアは俺の大事な相棒だ。一方的に戦わせるなんて、なんか違う。
最後に装備を開くと、武器欄には『色褪せた本』があった。どうやらこれが魔導書的な武器らしい。よし、確認終了。
「じゃあティア、町の外に出て一狩りやってみますか!」
「はい!」
早速ゲームの醍醐味である初戦闘へ!
――そう思ったのだが、この始まりの町にある二つの出入り口、その両方に「明らかにヤバい雰囲気」を醸し出すプレイヤー集団が屯していた。
絡まれる前に咄嗟に物陰に身を隠し、気配を殺して町の中心の広場まで引き返す。
「あれ、どうすっかなぁ……」
つい独り言が漏れる。
ただのギルド勧誘か、それとも俺がユニーク持ちだと察して殺しに来たPKか。もし後者だとして、デスペナルティでアイテムや……最悪、ティアを奪われるような仕様だったら絶対に嫌だ。
「時間を置きますか?」
肩の上のティアが心配そうに提案してくる。相手が普通のプレイヤーならログアウトして時間を置けばいいが、
「あの中に、ガチ勢のニートや暇な学生が混じってたら、時間稼ぎじゃどうしようもないんだよなぁ……」
奴らは平気で、十数時間に一回しか湧かないボスを寝ずに待ち続けるような執念の塊だぞ? 根比べなんてしたら一般人の俺が絶対に負ける。
「おっしゃっている意味は分かりませんが、時間を置いても無意味なことだけは分かりました……」
再びシュンとするティアの喉元を優しく撫でてやると、嬉しそうに目を細めた。
その時、
「ねえねえ、お困り?」
いつの間に接近されたのか、同い年くらいの少女の声がすぐ近くで響いた。
視線を上げると、上質な素材で作られた白いブーツ、健康的な太もも、黒いショートパンツ、女性らしい丸みを帯びたお腹。胸元をギリギリ覆う黒いベストに、片袖だけをしっかりと通したアシンメトリーなロングコート。武器は見当たらない。
顔立ちは全体的に丸顔で、大人しそうでありながら芯の強さを感じる。金色の瞳に、背中を覆うほどの綺麗な金髪。
「む、ネカマを疑っている?」
……図星である。このゲームは基本ボイスチャットだが、声が出せない人のための音声読み上げアシストもある。それを使えばネカマなんて量産できるはずだ。
「……外で門番気取ってる連中の仲間か?」
本題から入る。もし敵なら今すぐ逃げねばならない。
だが、彼女は無言でメニューを操作すると、一対の双剣と、真紅の大剣のステータスウィンドウを俺に見せてきた。
【双剣:クラウ・ソラス】※ユニーク
・抑止力NPC『陽光・ソレイユ』の双剣。斬った傷は決して癒えず、相手を確実に死に至らしめる呪いを持つ。
【大剣:レーヴァテイン】※ユニーク
・抑止力NPC『煉獄のアイリス』の大剣。一振りで周囲の敵すべてを諸共焼き斬る破壊の炎を纏う。
この子、ユニーク武器を二つも持ってやがる。ってことは、俺と同じ『当選者』か?
「私はルー。今はネカマとか疑ってもらっても構わないよ。私は貴方を助けに来たの」
彼女――ルーさんは武器を引っ込めると、今度は小さな『転移地図』をアイテム化して差し出してきた。これを使って包囲網を抜けろということらしい。だが……。
「わりぃ、受け取れない」
「えっ!? 」
だって、
「まず、その転移先で同じように待ち伏せが起こらないとは限らない」
この人は100%善意だろう。だが、その善意の逃げ道すら計算に入れている悪意が外にいるかもしれない。
「なにより……ここでこのクソみたいな状況をぶち破る方が、楽しそうじゃないですか」
狂ってる、と自分でも思う。だが、ここでコソコソ逃げたら、この先ことあるごとに粘着される。そんなの真っ平御免だ。
「そっか……」
ルーさんは少し残念そうに、でも、どこか嬉しそうに微笑んだ。
俺が彼女の横を通り過ぎて立ち上がると、ティアが肩から飛び立ち、俺の目の前でホバリングした。
「ねえ! これが終わったらフレンド登録してよ!」
何かを察したルーさんが、大きく距離を取りながら叫んでくる。フレンド登録くらいなら、
「それなら喜んで! 気遣いあざっしたー!」
俺は笑顔で手を振り、ティアの前に拳を突き出した。
「ティア! 早速だが、大暴れするぞ!」
譲れないモノがある。
「はい!」
引き裂かれたくない絆がある。
俺は武器の本を開き、詠唱を始める
『重なり合った想いがある』
『一緒に描いた未来がある』
自然と、俺たちの声が重なり、システムをも震わせる詠唱へと変わる。
『不屈の闘志と、鋼の意志を以て――』
「「あらゆる障害を打ち砕く力と為そう! 断ち切らせたくない、絆の為に!!」」
「そう……」
『あぁ……』
「「俺たちは、決して一人ではないから!!」」
「「――覚醒』!!!」」
詠唱の完了とともに、爆発的な光が路地裏を吹き飛ばした。
ティアの身体が何倍、何十倍へと巨大化していく。愛らしかった角や翼は禍々しく、鋭い棘に覆われ、あのクリッとした青い瞳は、一睨みで野生の魔物を即死させそうなほどの圧倒的な威圧感を放つ「竜の眼」へと変貌した。
ぬいぐるみのようだった手足は、大樹の幹よりも太く強靭な筋肉の塊へ。
同時に、俺の脳内に凄まじい「感覚」が流れ込んできた。[感覚共有]の影響か、今のティアの規格外なステータスが、自分のことのようにリアルに理解できる。
『参りましょう、主!』
ティアの声は、凛とした大人の女性のものへと変わっていた。
巨躯となったティアに掴まれ、その背へと乗せられる。俺は共有された超感覚をフルに活用し、町を包囲する敵の数を補足した。
――北門に15人、南門に18人か。
時間はかけない。一撃で分からせる。
「ティア!」
『はい!』
一心同体。思考を同期させただけで、ティアの口内に絶大な魔力が収束していく。そして、俺たちは同時にその吼えた。
「――放て!!!」
ティアの口から放たれたのは、一見すると細い横一直線の閃光だった。
しかし数秒後、始まりの町を衝撃波が襲う。核爆発か、あるいは巡航ミサイルでも着弾したかのような大轟音と共に、門の周辺が大爆発を起こした。
光が収まった頃には、門の前にいたプレイヤー集団は影も形もなく消し飛んでいた。当然、即死だろう。
……。
……いや、町の中の建物って「破壊不可オブジェクト」だよな? だから遠慮なくぶっ放したんだけど……大丈夫だよな?
うん、大丈夫。きっと大丈夫。
……そう自分に言い聞かせつつも、俺は急激な胃の痛みに襲われるのだった。




