tame13 一匹狼の狩 後編
この章はルー視点になります。
肉を裂く、鈍い手応え。画面いっぱいに派手に吹き飛ぶ、真っ赤な血飛沫のグラフィック。
本来なら、突き刺した双剣の刃から伝わるその感触から勝利を噛み締める、ただ今の状態で敵のHPがゆっくりとゼロに向かっていく様を楽しむ余裕なんて、一ミリだってない。
それにしても、やっぱりこのIDのモンスターの挙動は明らかにおかしい。
私はここをそれこそ何十周、何百周と攻略してきたけれど、サキュバスなんてNPCは今まで存在すら確認されていなかった。
目の前で群れを成しているリザードマンたちだってそうだ。
いつもなら単独で徘徊していて、プレイヤーを見つければ即座に突っ込んでくるアクティブな個体ばかりなのに、今回の奴らはそれとは真逆の、統率された奇妙な防衛行動を取っている。
(まるで……この奥にある、何かを必死に守るような……?)
守る? ダンジョンの雑魚モンスターたちが一体何を守っているのか――システム外のイレギュラーすぎて、私には見当もつかない。
もはや戦いとすら呼べない、一方的な『狩り』の合間に、ふと後方で待機しているニア君の姿を探す。
彼は離れた安全圏で、ロボ君の広い背中に乗りながら、真剣な顔でメニュー画面を開いて何か調べものをしているみたいだった。
一見すると戦いから距離を置いているように見えるけれど、前衛の私に何かあればすぐにファミリアを突入させてフォローできる、絶妙な距離を常にキープし続けている。そういう周到な立ち回りは、彼らしいというか……それに。
「あまり無茶な突出はなされぬように」
私の傍にはコボルトの姉御さん?もいる。
気づけば、私のすぐ斜め後ろにはコボルトの姉御さんがピッタリと並走していた。
驚いた。この子の放つ適切な援護射撃は、私が今まで前線で組んできたどのプレイヤーの弓使いよりも的確で、これ以上ないほど戦いやすい。
「今の私には貴女っていう後衛がいるから」
「それは光栄の至りっ……でっ!」
と言いながら瞬時に弓を放つ、鋭い風を切り裂いて飛んだその矢は、死角から私に不意打ちを仕掛けようとしていたリザードマンの眉間へと、寸分の狂いもなく深々と突き刺さる。
「ナイスショット」
「この位!」
――負けていられない。私ももっと前に出て、道を切り開かないと。
そう思った瞬間、私の身体は本能のままに爆発的な速度で駆け出していた。
『あのシナリオ』のクリア報酬として貰える『技』のもうトリガーは引いた。予感はある。この大群勢の先に、間違いなく今回の異常クエストの対象となる大ボスが潜んでいるはずだ。
――きっとお前のことを良しとしない奴らに間違ってるとか、嫌な言葉を沢山言われるかも知れない、それでも進むと決めたなら……
「ひとーつ!」
――思い出すは彼の言葉、
――勇ましい雄叫びを上げて突貫してきた数体のリザードマン達を切り裂く。そしてバフ欄に付く『輝』の文字が灯る。
――戦いの勝敗を分けるのは、理屈を超えた「気持ち」だよ。より多くの仲間と戦うなら、「いかなる戦局も乗り越えよう」とする気持ちの強い人間が多い方が勝つんだ。「この道」を進むならどんなに痛くても、怖くても、仲間から背中を守り続けるんだ。だから、神盾の名に誓ってほしい。
「ふたーつ!」
――刻むのは盾の誓い
――きっとこの先にいるのはとんでもない強敵に違いない、MAPのアイコンに抑止力NPCの存在を示すアイコンがあるからそうだと確信できる。続いて付くのは『空』の一文字が灯る。
「――――――ッッ!!!」
不意に、洞窟の奥から空気がビリビリと震えるような地鳴りの咆哮が響き渡った。
直後、天井を埋め尽くさんばかりに放たれたのは、リザードマンたちの苛烈な矢の雨。だけど。
「させないっ!!」
小さな射手が強い風を纏った一本の矢で弾き返してしまう。
姉御さんが、強烈な暴風を纏わせた一本の矢を上空へ向けて放つ。その矢が空中ではじけると、擬似的な防壁となって、降り注ぐ矢の雨を一本残らずバラバラに弾き返してしまった。
……もしかして、ニア君のファミリアって、最前線の下手なプレイヤーよりも普通に強いんじゃない?
――――同じ目標を持つ仲間と一緒に戦うって言うのは時に面倒臭くもあるかもシレナイけどね、それってとっても素敵なことなんだヨ……
「みーっつ!!」
――恋焦がれたのは仲間の背中
それでも諦めないと言わんばかりに、敵陣から第二波の矢の豪雨が降ってくる。
今度は、私の防ぐ番。
「レーヴァテイン!!」
ブレードマスターのパッシブスキルの一つ『クイックチェンジ』を使って強制的に双剣から大剣に持ち変える。そして、地面を力強く踏みしめる。
「はぁぁぁあッ!!」
大剣の超高威力スキル、単発発動の[グランドクラッシュ]を迷わず床へと叩きつける。
さらに、ここに装備している魔剣レーヴァテインの固有特殊効果が上乗せされ、叩き割られた大地の裂け目から、ゴォオオオオッ!! と激しい業火が噴き出した。
「これは……す、凄まじいな……っ!」
後ろで見ていた姉御さんが、呆然と感嘆の声を漏らすのが聞こえた。
激しく燃え盛る炎は、通路の正面を完全に包み込む分厚い『炎の壁』と化し、迫り来る敵の矢を一本残らず一瞬で焼き尽くしていく。
そして私のバフ欄に、三つ目の文字――【愛】が点灯する。
――他の人を見捨てちゃだめだよ、チャンスを作ればそこから仲間に勢いが生まれると思うから。常に私が切り開く! って気持ちでいよう?
「よーっつ!」
――刺し貫くは槍
灯るのは【龍】の文字、一旦これで準備完了
実はちょっとだけやらかした。
このレーヴァテインの炎壁効果、一度発動すると数十秒間はそのまま燃え続ける仕様
あまりの熱量に、リザードマンたちだけでなく、私の方まで足止めを食らう形になってしまった。どうしよう、これじゃ前方に進めない。
「ロボ! 構わず突っ込め!」
「火の輪くぐりならぬ炎壁強行突破ですかい! おもしれえ!」
私の焦りを置き去りにして、不意に背後から響いたのは、大きな狼のロボ君と、その背中に乗る主――ニア君の、やけにハイテンションな怒鳴り声だった。
ロボ君は背中に二人を乗せたまま、私が作り出した猛烈な炎の壁に向かって、なんと正面から全速力で突っ込んでいってしまった!
……ちょっと。あの二人、揃いも揃ってバカなのかしら!?
「「あっっっっつい!!」」
ほら、言わんこっちゃない。
二人して身体からケムリを上げながら炎を突き抜けていったけれど――だけど、突撃のおかげで、停滞しかけた道は開かれた。
「二人ともありがとう!」
「後で追いつきますんで!! ……えぇいサキュバスいっそ水系の魔法ぶっかけろ!!」
あれは暫く追いつけなさそうね……
――――
長い直線の通路をしばらく全力で走り抜けると、やがて、これまでの洞窟の狭さが嘘のような、文字通り広大なドーム状の『大空洞』へと踊り出た。
冷たい空気の満ちるその大空洞の特等席に、そいつはいた。
「ハハハッ! まさかこんなシステムの僻地にまで、嗅ぎ回ってくる人間がいるとはなぁ!?」
「―――――――ッッッ!!!!」
巨大な龍の巨体を力任せに床へと組み伏せ、その頭部を獰猛な笑みで押さえつけている一人の男。
そこにいたのは、この世界を調停するはずの――抑止力NPC、"カトル"だった。




