復讐に燃える転生娘は化け物侯爵を逃がさない
四男出産から約二年経過後の話です。
◇侯爵一家の里帰り
【ケイャナンャ、こちらだ】
【父上、お久しぶりです】
【ん、あぁ、そうだな】
大森林内の集落近くで前侯爵と落ち合うピツェテ一家。
【それで、ええと、そちらが……】
「お初にお目にかかります、お義父様。
この度、王命にてピツェテ侯爵家へ嫁いで参りました、テーラでございます」
【あ、あぁ、その、お噂はかねがね。
私はマイェトンェだ】
「お会いできて光栄ですわ。
ほら、みんなもお祖父様にご挨拶して」
【お、お初にお目にかかりますっ。
私はピツェテ侯爵家の長男、キィナイィヤと申します】
【はじめまして、マイェトンェおじい様。
ぼくは次男のボゥエルゥゼです】
【さ、さんにゃん、だぁいかぁく、でつ】
「ヴェオオッ」
【うん。君は四男のヨォリトォリだな。
キィナイィヤ、ボゥエルゥゼ、ダァイカァクも、会えて嬉しいよ】
【はっはいっ】
【ぼくも、うれしいです】
【うん】
「ェボッ」
四男はまだ赤子で魔力の扱いが未熟のため、化け物元来の鳴き声を上げる。
人たる母のテーラには通じないが、同種であればその意味を認識可能だ。
【早速だが、長老衆の元へ挨拶に向かおう。
仕来りを破り先んじて突撃して来るような恐れ知らずはおるまいが、里の者がほとんど勢揃いで歓迎の時を待ちわびていてな】
【あぁ、はい。目に浮かびますよ。
幼体が四人もいるとなれば、総出で構いたがるのも無理はない】
「そんなに幼子が珍しいのですか?」
【集落全体で五人しか子どもがいないと言えば、テーラにも今のピツェテ家の特殊ぶりが分かるだろう?】
「まぁ」
その後、集落の中心部にあるドーム状の建造物で、長老衆と呼ばれる老人たちと謁見。
ケイャナンャの父は、場所を案内だけすると、己の住処へ独り戻ってしまった。
本人は隠したがっているようだが、どうも人間の女性を目にしているのが辛いらしい。
様子を察した夫婦は、彼の帰宅を引き止めず見送った。
【長老様方、彼女が今代の契約の花嫁で、私の妻となった……】
「テーラと申します、以後よしなに」
【おお、我らを怖れぬ人間が真に……】
【それに、子もこんなに】
【素晴らしい】
【さながら伝承に残る試しの花嫁のようですな】
「試しの花嫁?」
【おや、ご存知でない】
【申し訳ありません、妻の気を悪くさせてはと黙っておりました】
「夫は心配性で、あまり詳しいことは語りたがらないのです。
ねぇ、旦那様。
長老様方から真実をご教授いただけるなら、私、この機会を逃したくありません」
【テーラがそれを望むなら、私は構わない】
【ふむ、では遠慮なく】
【まだ契約の成る前、王の忠臣なる乙女が我が種と交配可能であるか証明に参ったのです】
【他の異形に襲われ身ごもった例は数多あるが、我らの祖先はそうした蛮行には手を染めておらなんだからの】
【この集落は人の娘が暮らすには向かぬと、大森林の外に派遣の場たる侯爵家を整えられたのも、彼女の言葉あってのことでしてな】
【人を守護するにも、その方が具合が良かったしのぅ】
【里の皆で絶えず間引きはしておるが、我らとて万能ではない】
「見落とされ漏れ出た異形を狩り、二種族の接点として在る役割が、そこで決まったのですね」
【ちなみにピツェテはその試しの花嫁の家名ですじゃ】
やがて、大人たちの長い話に飽きたのか、三男のダァイカァクがおもむろに席を立ち、母に向かって腕を伸ばす。
【かーさま、だっこ】
「はいはい、ダァくんはまだまだ甘えん坊ね」
「ドェバダッ」
【こら、ヨォリはダメだよっ】
抱き上げられた兄を見て、四男ヨォリトォリが父の腕の中で激しく身を捩らせた。
そんな末っ子を、次男ボゥエルゥゼがすかさず窘める。
【駄目、というのは?】
【ヨォリトォリはまだ小さすぎて力加減が出来ないから、母上とは接触禁止なんです】
一体の長老が零した疑問を拾って、長兄キィナイィヤが父母に代わり事情の説明をした。
【しかし、赤子がこんなに求めているのに】
【少しの間ぐらいであれば、大丈夫なのでは?】
「いえ、人間はひ弱ですから。
楽観した結果、我が子に母殺しだなんて心の傷を負わせることにでもなりますと、さすがに……」
【お、おぉ、それならば仕方がない】
【詮無きことを申しました】
「いいえ。
その代わり加減が可能になれば、こうして好きなだけ甘えさせるようにしているのです」
【ほぅほぅ、なるほどなるほど】
【親子で種族が異なると、気苦労も多そうですなぁ】
「いえいえ、とんでもない。
人間と比べると、この子たちは驚くほど早熟で賢くて……種族特性と理解してはいますが、物分かりが良すぎて、逆に我慢させすぎていないか心配になるぐらいで」
【ははぁ】
老いた者の話が長いのは、異種族であってもそう変わりはない。
ようやく彼らから解放された一人と五体が建物の外に出れば、行きには隠れていた怪物たちが、こぞって姿を現した。
【来たぞ、ピツェテ一家だ】
【見せろ見せろ】
【わあ、すごい】
【子どもがあんなに沢山?】
【なんて可愛いのかしら】
【人間も堂々していて、全然こちらを怖がってない】
【王国側の一家が揃って里帰りなんて、これが初めてなんじゃないか】
好き勝手に感想を述べながら、じりじりと距離を詰めてくる野次馬たち。
ちなみに、彼らが種族特有の鳴き声ではなく、わざわざ魔力を放出しているのは、ケイャナンャから人間に疎外感を与えないためにと事前に協力を要請されていたからだ。
それを全員が律義に守っているのは、さすが彼の同族といったところだろう。
慣れぬ子どもらが驚き固まっているのに気付いて、テーラは同人誌即売会のスタッフめいた挙動で、手を鳴らしながら大きく声を上げた。
「はいはーい、皆さん一斉に群がって来ないでー、危険でーす。
子どもたちは大勢の同種族に囲まれる経験がありませんので、なるべく離れた位置で止まって、大人からの接触はお控え下さーい。
子ども同士で遊ばせる分には問題ありませーん。
また、子ども側からアプローチがあれば、その時は遠慮なく交流してあげて下さーい。
私や夫にお話がある場合は、挙手をしていただければ、こちらからランダムに指名いたしまーす。
数があまり多そうであれば、列を作っていただき、その順番にお相手いたしまーす」
【はーい】
【分かりましたー】
【そういうことなら、自分は子どもたちを遠目に見守っていようかな】
【私は人間と話してみたいわ】
【子ども同士は大丈夫だって、ハンァ、トィモィ。
里の遊びをあの子たちに教えてあげたら?】
彼女の指示が浸透すると、異形らは一家への興奮を残しつつも、冷静かつ穏やかに行動を開始する。
【ううむ。うちの妻は、また妙に手慣れた仕切りを……】
「人間と違って、言葉ひとつで素直に誘導されてくださるのですから、楽なものですよ」
前世のオタク趣味がまたひとつ役に立った瞬間だった。
そして、ピツェテ家全員が里の者たちと濃密かつ賑やかな時間を過ごした、同日の夜。
侯爵家の寝室にて、夫婦二人が寝酒片手にポツポツと言葉を交わしていた。
「……旦那様、何か気落ちしていらっしゃいます?」
【あぁ、いや、まぁ】
「言い辛いことであれば、無理には聞きませんけれど」
【……その、だな。
大森林への里帰りは、ええと、出来れば、これきりにしないかと】
「なぜ?」
【貴女と子どもたちが里の者に囲まれて、目の届く距離にいるのに、一日中、ろくに会話も出来ず……】
「寂しくなってしまいましたか?
家では傍にいるのが当たり前でしたものね」
【ああ……罪のない集落の皆に嫉妬めいた感情を向けてしまう己が情けない……】
「あら、自己嫌悪。優しすぎる性格も考えものですねぇ。
大森林に還る可能性のある子どもたちはともかく、私は旦那様が喜ばないのであれば行く意味もありませんし、今後また機会があるのなら、その際は大人しく留守番をいたしますよ」
【……子どもたちは母親を置いていきたがらないだろう】
「かもしれませんが、私の一番は旦那様ですから」
【テっ、テーラ……っ】
感激に目玉を光らせ舌の群れを震わせる化け物侯爵。
熱く見つめ合う2人。
しかし、その後、彼は愛しい妻の肩のひとつも抱かず、疲れているだろうからと、ただ彼女の隣で静かに眠りについた。
ケイャナンャの気遣いを紳士と取ったかヘタレと取ったか、真実は契約の花嫁テーラ一人の胸の内である。
おまけ
感想返信で即興書きした、長男一歳あたりの夫婦のイチャイチャ?
「旦那様、この書類ですけれど」
【ああ、何だい】
「こちらの数字の推移がですね」
【テっテテテーラ、なぜ私の右膝に座って来るのかなっ!?】
「近い方が見やすいかと思いまして」
【気が散って頭に入らないから、せめて横、横でっ】
「ええ…子どもまで作っておいて、まだそんなことを?」




