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53 誓い

 こっちが見ているのも全く気にならないというか、完全に視界から遮断されているというか……。はじめはやっと想いが通じた二人の様子に貰い泣きしていた私だけど、途中からだんだん寂しくなってきたというか、やってられなくなってきたというか。

 二人の世界が出来上がってしまったおかげで、居たたまれなくなったのにとどめが、アレスディールが投げる意味ありげな視線だった。


 彼は確実に私の存在に気付いていて、敢えて見せつけているみたいに見えた。

 異種返しのつもりかもしれないが、未来の彼に散々片思いしては玉砕し続けていた私にとっては致死級の衝撃だった。

 確かに二人を結びつけようと焚き付けたのは他でもない私だけど、乙女心は簡単に割り切れるものじゃない。いじけ半分睨んでやると、アレスディールはフィリアに何事か耳打ちしていた。何を言われたのかはわからないけれど、フィリアはとても驚いたみたいで大きく瞬きを繰り返し、アレスディールに何かを尋ねている。その問いにアレスディールが蕩けるような優しい笑みを浮かべながら答えていた。

 そして、フィリアがアレスディールの腕から離れて私の方へ駆け寄ってきた。


「――天使様!!」


 フィリアは抱きつかんばかりの勢いで飛び込んできたが、悲しいかな私たちはお互いに触れることができない。勢い余って倒れかけたフィリアの華奢な体を、すぐに追いかけてきたアレスディールが腕を伸ばして再度自分の腕の中に取り戻す。辛うじて転倒を免れたフィリアは、興奮気味に顔を仄かに紅潮させた。


「天使様、ありがとうございます」 


 潤んだ瞳で見上げられて、私は同じ顔なのにとか同性なのにとか、脳内で必死に言い訳をし続けるはめになった。それくらい彼女の表情は明るく、そして可愛らしく女の私でも一撃で陥落してしまうほどの破壊力だったから。


 アレスディールがフィリアに何を耳打ちしたかはだいたい想像がつく。だけど別に礼を言われるようなことじゃない。私は私のためにやったんだ。そりゃ、二人をみていたら苛々……じゃなくて焦れったくて必要以上に介入してしまった感じは否めない。


 けれど、これで運命は確実に変わったはず。

 叶わない想いを抱えたまま、フィリアが孤独のままに逝ってしまうことはないだろう。

 私の目的は達成されたはずだった。


「天使殿」


 アレスディールがフィリアをその腕に抱いたままではあったけれど、きちんとこちらを向いて呼び掛けた。その表情は今まで見たことがないくらい――未来の彼でもなかった、穏やかな優しいものだった。その顔を見て彼はずっと囚われていた両親の呪縛から解放されたんだと理解した。

 彼の両親も、自分たちの悲劇に息子が囚われて不幸になることなんて望んでいないはずだから、きっと神の身許で喜んでくれているはずだろう。


「本当に感謝の言葉もない。貴女と夢の中のもう一人の声がなかったら、今の幸福はなかった」

「言ったでしょ、あなたの幸せは愛する人の幸せに繋がるのよ」

「全く、おっしゃるとおりだ」


 アレスディールは腕の中のフィリアに目を落とし、フィリアもアレスディールの紅玉の瞳を見上げて微笑みあう。想いが通じあったばかりでどうしようもないのは分かるけど、目の前で熱愛っぷりを見せ付けられると流石の私もヘコむ。私の騎士様はどうして今ここにいないのか。


 二人は改めて私が元の時代へ戻れるようにはどうしたらいいのか、そして私の騎士様を探してくれると約束してくれた。……私の騎士様は神出鬼没に現れては言いたいことだけ言って消えてしまう。どこの誰なのか、名前もわからない。わかるのは目の前の騎士と同じ顔をしているということだけ。

 

 いよいよ私にとっては本題に入ったと言えるけれど、実際こちらのほうが雲を掴むような話だ。でも、俄然やる気が出てきた。






 一月後、国境からフィラルラーズ王子たちが何とかザカの軍の撃退に成功して帰ってきた。フィリアからの盛大な歓迎を受けた彼はとてもご満悦だったが、元側近からのある報告・・・・を受けた途端、機嫌が急降下した。


 そしてフィラルラーズ王子は深夜にその元側近を秘密裡に、ある場所に呼び出した。


 誰もいない鍛練場はしん、と静まり返り空気が痛いくらい張りつめていて、対峙する二人の微かな息遣いすらはっきりと聞こえる。フィラルラーズ王子は憮然とした表情で、右手で愛用の長槍の柄を強く握りしめていた。


「お前とは付き合いが長いんだ。俺が何をどれだけ大切に思っているかよく知っているだろう?」


 アレスディールがフィリアと同じ想いを交わしたと告げられた時から、フィラルラーズ王子は不機嫌さを隠そうともしない。この先ではない未来で、お父様は二人を祝福できると言っていたのに、ここでは違うんだろうか。一発触発の空気に私がハラハラしながら見守っていると、アレスディールはしっかりと主君を見つめ返して宣言した。


「わたしの騎士としての剣と忠義は騎士王に捧げられたものですが、わたし個人としての命と誠実は我が姫フィリアリーゼ様ただお一人のものです」


 淀みなく言い切ったアレスディールを苦々しく睨みながら、フィラルラーズ王子は腕ならしをするように手にした長槍を大きく振り回す。ビュン、と鋭く風を切る音に王子の本気を感じた。


「なら、先日の婚約は何の茶番だ?!」


 アレスディールは一瞬だけ苦しそうに目を伏せた。


「それに関しては昼間にご説明申し上げた通りです。全てはわたしの不徳の致すところです」

「お前の言うところの『不徳』のお陰でフィリアがどれだけ傷付いたか」


 フィラルラーズ王子は大股で鍛練場の奥へと進み、大振りの剣を一振り手にすると、ぞんざいな所作でアレスディールに向かって投げて寄越した。


「剣を抜け、アレスディール! お前の本気を証明して見せろ!!」


 アレスディールが剣を受け取ったのとほぼ同時に、フィラルラーズ王子が長槍を突き出してきた。

 危ない! 思わず目を反らしかけた私だったが、アレスディールは冷静に剣の鞘で王子の一撃を受け止めた。そのまま鞘から剣を抜くことなく構えると、ゆっくりと横に移動しながら王子との間合いを取る。


「何故剣を抜かない?!」

「状況がどうあれ、主君に剣を向けることは出来ません」

「馬鹿にするな!!」


 フィラルラーズ王子の顔が怒りに赤く染まる。続けて手首を回転させて第二撃を撃ちこんでくる。アレスディールは横に体を捻って躱したときの反動を利用して、鞘に納めたままの剣を凪ぎ払う。これをフィラルラーズ王子は槍の柄で打ち払い、その勢いで間合いを取り直した。


 全てが目で追うのもやっとの早さで流れていく。

 その後も打ち合いは続いているが、二人とも息が上がっている様子もない。一体どんな体力なんだと思う。そして二人の動きはまるで剣舞のように見事で、私は二人が真剣に打ち合っているにも関わらずその動きに見とれてしまっていた。そして、


「――――!!」


 フィラルラーズ王子の手から長槍が、アレスディールの剣によって弾き飛ばされる。フィラルラーズ王子は思わず長槍の飛ばされて行った先へ視線を向け、その瞬間を逃さずにアレスディールの、鞘に収まったままの剣先がフィラルラーズ王子の喉元寸前のところでピタリと据えられた。


「――クソっ!」


 およそ王族には相応しくない悪態をついて、フィラルラーズ王子はアレスディールを睨み付ける。正直視線で人を殺せるなら射殺してしまうだろうほどの迫力だ。

 アレスディールは剣を引いて、厳しい表情のまま主君の足元に跪く。


「我が君、どうかわたしが貴方の大切な御方の手を取ることをお許し頂けませんでしょうか」


 フィラルラーズ王子はふぃ、と顔を背けて不機嫌そうに顔を顰めている。


「全身全霊を賭けてお守り致します。二度と悲しませるようなことは致しません」

「………………」

「もし、わたしが約束を違えるようなことがあれば、この身を如何様にしていただいても構いません。聖セディナに……いえ、我が君フィラルラーズ様にお誓いします」

「………………」

「………………」


 その後の沈黙はひどく長く感じた。

 アレスディールは断罪を待つ咎人のように頭を垂れ、静かに王子の言葉を待つ。


「……許さないからな」


 微かな声にアレスディールは顔を上げると、フィラルラーズ王子はアレスディールの襟を乱暴に掴んで叫ぶように言った


「フィリアリーゼはたった一人残された家族だ。誰よりも幸せにしてやりたいんだ」


 王子の声は掠れていた。絞り出すように、彼は続ける。


「フィリアリーゼはもう永くない。残り僅かな命を、どうか幸せに満ちたものにしてやりたい……」


 彼は自分より背の高い騎士の肩に顔を押し当てて、まるで懇願するように囁いた。


「俺では無理なんだ。お前でなければ、フィリアリーゼは幸せになれない。だから許さないからな、フィリアリーゼを世界で一番幸せにしてやらないと、許さない……っ!」

「必ずや。わたしの願いも同じものです」

「……ああ、どうか……頼むよ」


 フィラルラーズ王子の顔は見えなかったけれど、彼の肩が揺れていたから、もしかしたら彼は泣いているのかもしれなかった。アレスディールはそんな主君の背中を優しく、宥めるように撫でていた。





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