43 兄妹の想い
婚約式の後、晩餐会が開かれた。
ルーシェリリアを象徴する黄色の薔薇で装飾された広間に、美しく着飾った人たちが集って兄たちの婚約を祝っていた。その表情は皆一様に明るく、心から二人を祝福していることが分かる。
煌びやかな世界に、私は目眩すら感じる。その中で一際きらきらと輝いているのは私の大切な半身である兄のフィラルラーズと、大切な親友であるルーシェリリア。二人は物語の主役のように――今日の主役でもあるので当然と言えばそうなのだけれども――脚光を浴びて、堂々とした存在感を放っている。
出会えば憎まれ口をたたき合う二人だけれど、それはどうしようもなく素直でない二人の親愛表現の裏返しというか、それだけ親しい、気を許した間柄であると言える。今回の婚約は、相愛の二人にとって、まさに幸運な出来ことだっただろう。王族の結婚は本人の意思とは関係ないところで決まることがほとんどだ。国の力関係、政治、立地、あらゆるものを熟慮して決められる。だから、自分の希む相手と結ばれることは稀だ。中には自分の想いを貫いて、想う人と結ばれる者も皆無ではない。しかし、それが出来るのはそれが出来るだけの力を持った者でないと困難だ。今回の兄とルーシェリリアの婚約は本人たちの意志ではなく、政治の一環として定められた政略だが、幸運なことに二人の気持ちは繋がっていた。
私は二人が幸せそうに微笑み合っている姿を見上げて、胸に熱いものが込み上げてくるのを抑えることがどうしても出来なかった。絡み合う指先と、視線には愛しさが溢れている。私は自分のことのように幸せな気持ちになった。兄はいつも次期騎士王としての重圧と戦っていた。彼は人に弱いところを見せたがらない人だから、ルーシェリリアのように気易く本音を言い合える人が側にいてくれたらこれ以上ない支えになる。私はこの先の未来で兄の支えにはなれないから、彼女がいてくれて本当によかったと心から思った。
私は挨拶に来る来賓を丁重にもてなしながら、会場の様子に目を配る。
騎士団長の采配で警備は厳重であるので不審者の侵入はあり得ないが、来賓同士の揉め事がないか、接待に不備はないか、気を配らなければならない。
その中で、私はある人物のところで視線を止めた。
豊かな黒髪の半分ほどを結いあげ、優しい藤色のふんわりとしたドレスに身を包む美しい人――アレスディールの婚約者であるシェイラ姫。彼女は父親らしき人物の側に立って他の招待客と歓談中の様子だった。晩餐会の招待客の名簿に彼女の父男爵の名前があったことを今更ながらに思い出す。男爵はアレスの故郷であるイグニス北部に大きな領地を持つ有力貴族の一つだ。どうやら彼女は父親の同伴者として出席しているようだった。
小柄なシェイラは大勢の招待客のなかでは埋もれてしまいがちだが、可愛らしい容姿の彼女は派手さはないが何故か目を引くものがあった。彼女たちの会話の内容まではわからないが、終始笑みを絶やさず、控えめに佇んでいる姿は慎ましく、アレスディールの妻に相応しいように見える。
その幸せそうな微笑みは、多くの人を魅了していた――アレスディールも彼女の笑顔に心惹かれたのだろうか。私には彼女の存在は眩しすぎた。直視することで、胸が苦しくなるくらいに。
そして晩餐会の後、私室に戻る途中回廊を通りかかった時、偶然の悪戯なのか私は見てしまった。
夜の庭園で寄り添い、抱き合っているアレスディールとシェイラの姿を。
私は目を伏せ、何も見なかったことにして静かに回廊を通り抜けた。
その後の記憶はない。
私はどうやら私室に戻るなり倒れてしまったらしい。朝から体調不良をおして婚約式や晩餐会に参加していた。全ての日程が終了して緊張の糸が切れてしまったのか、体が限界だったのか。
気がつけば婚約式の日から三日経過していて、ルーシェリリアは国元の父王の命で一旦祖国に帰るためイグニスを発ったあとだった。ルーシェリリアとはもっと一緒に過ごしたかったので残念な気持ちがあるが、仕方ないことだ。
「いいか、こんなことはもう最後にしてくれ」
私の意識が戻ったことを聞かされて文字通り飛んできた兄は苦渋の面持ちで諭すように告げた。
随分と心配させたようで申し訳ないと思ったけれど、私は自分の立場をよく考えた上で出した結論のもとに動いていたのだから間違っていたとは思わない。
兄は私が意識を失っていた間の出来事について一通り説明してくれた。いつもながら簡潔で過不足ない説明に、私は兄は実は政治にも才能があるんじゃないかと思う。本人が毛嫌いしているだけで。ルーシェリリアを招いて行う公式行事の全ては何の問題もなく完了したことに安堵していると、兄の様子がどこか淋しげで、私は久しぶりに悪戯心が芽生えた。
「兄様、ルーシェリリアがお帰りになられて随分と寂しそうですね」
思いがけない私の言葉に兄は一瞬瞬きして、大袈裟に溜息をついてみせた。
「煩いのがいなくなってやっと静かになったと安堵していたというのに」
「兄様!」
全く素直ではない態度に呆れてしまう。
この際、いい機会だから自覚していただこう。
「いい加減素直にお認めになったらいかがですか。兄様はルーシェリリアのことがお好きなんでしょう?」
二の句をなかなか継げない兄はしばらく唸っていたが、観念したのか顔を背けながらぼそぼそと彼らしくない態度であるものの白状した。
「ルーシェリリアはお前の次に大事な存在だ。実際彼女が妃に来てくれることには感謝している……それよりお前は」
ここで一拍間を置いて、兄は私の目をじっと見つめて言った。
「お前には俺にとってのルーシェのような存在はいないのか? 俺はお前を政略の駒にするつもりは全くない。お前を政略に使わなければならないほど我がイグニスは落ちぶれていない。フィリアが望むなら、それが誰であっても俺は必ず叶えるだろう」
思わぬ反撃に、今度は私が絶句する番だった。
でも、優しい兄ならそう言うだろうと予想はついていた。
けれど私にはもう決めたことがある。私の望みを叶えるためにしなければならないことが。
「私はどこにも嫁ぎたくありません。兄様のお側にいてはいけませんか?」
「俺はフィリアがずっと側にいればこの上なく幸せだけど、お前はそうじゃないだろう? お前はアレスディールが婚約したから、そんなことを言うのだろう?」
今度こそ本当に絶句する。しかし、兄にならこの秘めた想いを見抜かれても仕方ないのかもしれない。私たちは魂を分かった存在だから。
「兄様、私は確かにアレスディールのことを好ましく思っています。婚約も正直、辛かった。けれど、私がここに居たいと思ったのには他に理由があるのです。兄様、私はお母様と同じ病に侵されているのでしょう?」
兄は私の最後の台詞にかなりの衝撃を受けているようで、無言で俯いてしばらく固まっていたが、
「誰がそんなことを言ったんだ?」
私は今まで聞いてきた兄の声の中でも最も低く感じられるほどに低い声で詰問してきたが、すぐに切なくなるような悲しげな表情で何度も首を振った。
「私が自分の症状を医術書で調べて侍医に確認を取りました。……侍医をお叱りにならないで下さいね。半ば私が脅したようなものでしたから。兄様のお心遣いには嬉しく思いますが、私は自分が成すことにどれだけの時間が残されているのか、知る必要があったのです」




