42 婚約式
色鮮やかな花々で装飾された祭壇で、イグニスの王子と聖ラディウス・セディナ教国の王女が並んで宣誓を行っていた。聖堂にはイグニスや聖ラディウス・セディナ教国だけではなく招待された周辺諸国の重鎮も列席し、まだ年若い二人の晴れの舞台を見守っている。
主役の二人は揃ってイグニスの国旗の同じ深紅に黒と白金の紋様が刺繍された豪奢な衣装を纏っている。その堂々たる様子を見るに、イグニスの将来は明るいと確信できるように思えた。前王を最悪の形で喪い、失意に沈む国民を勇気づけるのに、これ以上ないものだった。
いつもは顔を合わせる度に騒がしい二人だが、流石に今日は神妙な面持ちで神官の言葉に耳を傾けている。ああして黙って立っていたら、文句のつけようもないほどに立派な王族に見える。貫禄すら感じられるほどだ。
見つめあって微笑みを交わす二人は、いつもとは打って変わって穏やかな雰囲気だ。甘いと言っていいかもしれない。その仲睦ましい様子がよそ行きの作り物の顔だと知れれば衝撃を受ける来賓も多いだろう。あれでも二人は生まれながらの王族で、望まれる姿を演じることくらい朝飯前なんだ。実際、聖堂に入る前の二人はいつものように低次元の言い争いをしていたのだから。
婚約式の様子を、フィリアは祭壇から少し離れた貴賓席の端に腰かけて見上げていた。その目は優しく、形のよい桜色の唇は綺麗な笑みの形を作っている。今日の彼女は珍しく化粧が濃い。いつもの二倍以上だ。常日頃ほとんど化粧などしないフィリアだったが――化粧する必要もないくらいに彼女はとても美しいのだが――今日はしっかり、こういった場での礼儀以上に濃い化粧だ。理由はといえば、悪すぎる顔色を誤魔化すためだった。今朝がた、フィリアは連日の準備の疲労からか高熱を出した上に酷い貧血を起こして、侍医からは式への列席を止められていた。
いつもなら正反対の意見で真っ向対立するフィラルラーズ王子とルーシェリリア王女の二人が珍しく意見の一致を見せ、フィリアに式への欠席と絶対安静を言い渡したのに対して、さらに珍しいことにそれにフィリアが強く反抗した。曰く、諸外国からの来賓が集まり、敵味方大勢の注目を浴びる今回の婚約式を欠席すれば、病弱な王女としてさらに印象を深めるだろうし、国内外に渡りいい影響を与えない。ただでも内乱の痛手から完全に立ち直っていない現状、あらゆる負の要素を取り除かなければならない。敵に一分の隙も与えてはいけないのだと。いちいち最もなことだが、フィリアの病状を知っているフィラルラーズ王子も、知らないルーシェリリア王女も今にも倒れそうな状態のフィリアを犠牲にするつもりは全くなかったから、ギリギリまで揃って説得を試みてたが時間切れとなり、結局は妹王女に押し切られてしまった。
妥協策として、彼女のすぐそばには来賓のように盛装した侍医と、筆頭侍女のリリーシャが控えている。二人とも秘密を知る数少ない人物だ。
そして祭壇の脇には白金の鎧に鮮やかな緋色のマントを纏った近衛の騎士たちが整然と並んでいて、その先頭にアレスディールがいた。居並ぶ騎士たちの中でも背が高く、精悍な彼は一際観衆の目を引いた。武勇を誇るイグニス騎士団は国の象徴でもあり、誉れでもある。国旗の色でもある緋色のマントを纏う騎士は騎士の中でも最上位とされ、彼はその中でも最も若い。イグニスの新王となる王子の側近でもある彼は、これまで特定の恋人もなく、イグニス内外の上流階級の姫君にとっては極上の花婿候補として狙うものも多かった。水面下では令嬢たちの間でかなりの駆け引きがあったらしい噂を聞いたことがある。
その彼が先日郷里にいた遠縁の令嬢、シェイラ姫を婚約者として主君に紹介した。内々での食事会の後のことだった。
件の令嬢を伴って現れたアレスディールに、フィラルラーズ王子もルーシェリリア王女も驚いていた。アレスディールにはこれまで浮いた話の一つもなく、誰の誘いにも応じず、相当の堅物と、イグニス社交界では一二を争う難敵と噂されていたんだ。なお、もう一角は目の前にいるフィラルラーズ王子なのは言わずもがな。
アレスディールに伴われた令嬢は、アレスディールと同郷で遠縁に当たる男爵家の長女で、その父親も今は退役したが高位騎士であったようだ。二人は幼い頃にそれぞれの親により許嫁と定められた。しかし、騎士としての高い素質を認められたアレスディールが十歳に満たない歳で王都へ上がってからは一端婚約は保留となっていたようだが、シェイラが適齢期を逸しそうなことになったため、焦った父男爵がアレスディールの祖父であるグランディス子爵に話を持ちかけたようだ。シェイラはアレスディールと同じ歳でもうすぐ二十歳になる。あまりに可愛らしい容姿だったため年下と思っていた。昨今、上流階級の姫はだいたい十六から十八歳で結婚するのが平均だから、二十歳になると行き遅れと言われる。親も焦るだろう。シェイラは幼い頃に許嫁と定められたアレスディールが忘れられなくて他の求婚を片っ端から断っていたそうだ。彼女のような可憐な姫君なら引く手あまただろうに未だに未婚なのはそういうわけみたいだ。アレスディールも幼馴染みの姫君のことを故郷にいた頃から想っていて、騎士としての地位を築くことが出来たら求婚するつもりだったといい、今回ようやく改めて婚約が整ったとのことだった。
今回の婚約について寝耳に水だったフィラルラーズ王子は珍しく絶句して固まっていたが、フィリアは満面の笑みを浮かべながらシェイラの手を取って祝福した。
「本当に喜ばしいこと。いつ式を挙げられるの?」
「あの……王都の復興が、成りましたら……」
王女に手を取られて緊張ぎみにたどたどしく答えるシェイラに微笑みで返して、フィリアは隣にいる兄王子に同じ笑みを向けた。
「ならばお二人のためにも一日も早く復興を成さなければなりませんね、フィラル兄様」
「え……、あ、ああ……」
いつもの彼らしくない歯切れの悪い態度に、フィラルラーズ王子が内心相当に混乱していることが分かる。彼はしばらく何かを思案するように視線を漂わせたあと、眉を顰めてアレスディールを見据えた。
フィリアはアレスディールのことを想っている。
多分、アレスディールも同じ気持ちを秘めている。
かつて、私が本来いた未来でお父様が言っていたことは、今の二人を見る限りきっと間違いのない真実だ。なのに、あえて二人は離れる運命を自ら歩もうとするのか。
私には全く理解できなかった。
想いは同じ場所にあるのに、どうして背を向けるのか。二人を阻む障害など、私からすれば障害でもない。お互いを本当に大切に想って、お互いを心から信じられるのなら必ず乗り越えられるはずなのに。
それともアレスディールは、あのシェイラとかいう令嬢にフィリア以上の想いを抱いているのか。まだ、シェイラのことがよく分からないから何とも言えなけれど。
それにしても、アレスディールの婚約者は実在したのか。お父様はあの夜に「居もしない婚約者」と言っていたが……。私がここにいることで運命が変わったのだろうか?
私は、今は様子を見守ることにした。これって物凄く大事な局面なんだと私の勘が告げるから。フィリアの笑みの向こうにあるものを探しだして、アレスディールの仮面を剥がなければ。私は成すべきことは、間違いが許されないものだから。
私は若い頃の両親の晴れ姿を眩しく見上げなから、一方ではその対称となる運命に陥ろうとしている二人を切ない想いで見つめていた。
――あのすれ違う悲しい心を繋ぎとめるものは何なのだろう、とずっと考えていた。
訂正箇所:アレスディールの父→祖父
ご迷惑おかけしますm(__)m




