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40 美しいひと

 聖ラディウス・セディナ教国からルーシェリリア王女が兄との婚約式のためにイグニスを訪れた。

 ルーシェリリア王女は私たち兄妹とは幼馴染だ。


 元々母親同士が同じ国の出身で仲が良かったことや、国同士の政治的な思惑から事あるごとに引き合わされ、私とルーシェリリアは同じ王女という立場にあったためか共感する部分も多く、すぐに仲良くなった。病弱故にほとんど王宮から出ることの叶わなかった私に会うために、ルーシェリリアは何かと理由をつけてはイグニスを訪れて、そして何度も手紙のやり取りを続ける中で親交を深めてきた。

 ルーシェリリアは華やかで明るく、太陽のような姫君だ。私は初めて会った時からずっと彼女に憧憬の念を抱き続けている。その王族として相応しい気高さも、慈悲深さも、明るさも、女神のような外見だけじゃなくて内面の美しさも全て、私が憧れて止まない。太陽のような彼女の存在が、私を励まし、支え、勇気づけてくれていたのだ。私は彼女が大好きで、姉妹のように思っていたから、本当の姉になってくれるとわかった時はとても嬉しかった。

 

 ルーシェリリアと兄は五日後に行われる婚約式の準備に追われ、私も式の補助を行うことになっていた。二人の衣装や、式の招待客の接待の手配、会場となる聖堂の設営準備、警備の騎士たちの配置……、やることは山積みだった。主役の二人は式の段取りの打ち合わせやら、衣装合わせやら、式の予行などで手が回るはずもないから裏方の統括は専ら私の仕事だ。

 主役の顔合わせ――と言っても知った仲なので到着を確認しただけ――が終わったあと、私は警備の確認を行うために騎士団の詰め所に向かうことにした。騎士団長にお会いして、詳細を詰めておかなければならない。

 詰所には諸事情があって私一人で向かう。内乱の影響か、急遽決まった今回の婚約式の準備の慌ただしさも手伝って、王宮では常に人手不足だ。私も内乱の後一月も意識不明だったせいか以前にも増して体調が優れない状態が続いていたが、何時までも寝台の住人に甘んじているわけにはいかなかった。微熱や時折締め付けるような胸の痛みが続いていたが、薬で何とか症状を抑えて出来る限りの執務を行っていた。


 回廊を歩く私の横には天使様がいた。天使様は内乱のあと、何だか過保護というか私に対してとても心配症になった。内乱直後、私が生死の境を彷徨ったことが一因のようだが、彼女が私を見る眼差しが酷く痛々しげだ。心配を掛けて申し訳ない気持ちと情けない気持ちがないまぜになって、私はもっと王女としてしっかりしないと、と決意を新たにする。新たに騎士王になる兄を、このような状態のイグニスに輿入れして下さるルーシェリリアを支えていかなければならないのだ。


「兄君とルーシェリリア王女はいつもあんな感じなの?」


 天使様は先ほどの二人のやり取りを不思議そうに見ていた。これから夫婦になる二人があの様子では心配になったのだろうか。いつも顔を合わせる度に私のことで不毛な言い争いをしている兄とルーシェリリアだが、実は二人とも大変素直ではなく意地っ張りなので自分の胸の裡の感情を認めない。お互い憎からず思い合っているのは私からみれば了然のことで、早く正直に気持ちを認めてしまえばいいのに、と思っているのはきっと私だけではなく、周囲の二人をよく知る者たち共通の願いだろう。

 二人はきっとお互いを信頼し合える良き王、良き王妃になるだろう。


「ええ、いつも。でもお二人はとても仲がよくていらっしゃるのよ。時々私の方が嫉妬してしまうこともあるの」


 私にはあんな風に思っていることを心のままに言い合うことなどできない。お互いの立場を考えれば、言葉は慎重に吟味すべきだからだ。それを気にせず話せるということは、二人の間にそれだけの信頼関係があるということに他ならない。


 天使様は兄とルーシェリリアの仲に関心があるみたいだ。そういえば天使様の持つ色彩はルーシェリリアのものと同じだ。私が憧れて止まない、晴れた日の太陽と青空の色。その明るい色は本人たちの持つ性質を象徴しているように見えた。

 話しながら歩いて、騎士団の詰め所にあともう少しで辿りつくというところに差しかかった頃。正面から見慣れない少女が見るからに不安そうな表情を貼り付けながらこちらに向かって歩いてきていた。

 少女は濡れたような漆黒の髪に、明るい茶色の大きな瞳。髪の色とは対照的な雪のように白い肌で小柄で美しい少女だった。彼女の何だか心細そうな視線を受けて、お困りの様子に思わず声を掛けた。


「どうかなさいましたか?」


 本来、王女である私は見慣れない者に不用意に話しかけることは好ましくない。私は身分上命を狙われることもある立場であるのだ。例えそれが王宮の中であっても常に警戒心は忘れてはいけない。けれど、目の前の少女からは敵意は感じられなく、多分初めて王宮に上がったどこかの令嬢が伴の者とはぐれでもしたのだろうと思った。


 私が声を掛けると、少女は見るからにほっと息をついたものの、けれどどこか固い表情で見上げてくる。

 どうやら私が王女であることには気づいていないようだが、王宮の住人に対して話しかけることに対して緊張しているのかもしれない。


「騎士団の詰所はどちらでしょうか?」


 意外な質問に、私の心に影が差した。目の前の少女は生まれてこのかた一度も武器を持ったこともないであろう、か弱い姫君に見える。

 

「この回廊をまっすぐに進んで突き当たりを左に行くと鍛練場があります。その向かいの白い建物ですよ」


 疑念は私の心に蟠っていたが、彼女の質問に答えると、彼女は丁寧にお辞儀をした。その所作は作法に則っていて、育ちの良さが伺える。やはりどこかの令嬢なのだろう。

 その令嬢が騎士団の詰め所に何の用事があるのだろうか。


「騎士にお知り合いの方がいらっしゃるのですか?」

「はい、婚約者がいます」


 私は彼女が騎士団の詰め所に向かう理由に納得した。が、彼女の次の言葉を聞いて、私は言葉を失った。


「アレスディールっていう騎士をご存じですか? 私と同じ黒髪に紅い目の背の高い騎士です。その騎士が私の婚約者なんです」


 アレスディールに、婚約者? 彼と知り合ってもう十年以上で近くで過ごしているが、婚約者の話は一度も聞いたことがない。……しかし、彼も貴族で、由緒ある騎士の一族の出身だから婚約者がいても決しておかしくない。なのに、私は一度もその可能性について考えたことがなかったことに、今更ながらに愕然とした。


「シェイラ?!」


 低い、心地のいい声が私でない人の名を紡ぐ。

 振り返ると、心底驚いた、といった表情のアレスディールが心なしか速足でこちらに近づいてくる。


「アレスディール!!」


 茫然と立ち竦む私の側を、小柄な影が駆け足ですり抜けていく。シェイラと呼ばれた少女は真っ直ぐにアレスディールの胸に飛び込んで行った。その小さな体を抱きとめて、アレスディールは困ったように笑った。


「シェイラ……何故、ここにいるんだ? 領地おやもとに居たんじゃなかったのか?」

「どうしてもアレスに直接会って話がしたかったのよ! 私たちのことで大切な話があるの!」


 シェイラは可愛らしく目を伏せながら、アレスの広い背中に腕を回し、自分のものだと主張するかのようにぎゅっと抱きついた。





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