34 囚われの王女
地下牢に入れられてから、もうどれくらいの時間が経ったのか全く分からない。外の光も風も感じられないこの場所で、時の流れを測ることなんてとても無理な話だろう。それに私の意識はほとんど不明瞭で、私自身いつ意識があって、いつ意識を失ったか、その境界すらも曖昧な状態だったからだ。
あの時、私に斬りつけられたゼノーシス伯爵は、みっともなくも大声で叫び、聞くに絶えない罵声を私に浴びせた挙げ句、私を地下牢へ放りこんだ。王宮の西殿の地下深くにあるここは、身分ある者が幽閉されるのにも使われる場所だと聞いたことがあった。
牢内はそれなりに整えられた調度品に、この場所には似つかわしくないほどに立派な寝台がしつらわれている。私は、私を半ば抱えるようにしてここに連行してきた女騎士によってこの寝台へ横たえらえた。
ここに着いた時には酷い頭痛と吐き気に苛まれていたが、私は侍女のエディナが侍医を呼ぼうとするのを必死に止めた。エディナには見られてしまったが、伯爵に付けられた肌に残る赤黒い痕は、そこから腐敗してしまうのではないかと思うほどに穢らわしく、短剣があれば肌を削ぎ落としたいと思うほどだったから、他の人に見られるくらいならいっそ死んでしまいたいとさえ思ったのだ。
そして、私はこんなところで未だ生き恥を晒している。
父王を、国を守れずに、王宮を奪還しようとしている兄の枷になってしまっている。一番避けたかった事態に、私の絶望は底を知らない沼のように深く、一度嵌まれば脱け出すことなど出来ないように感じられた。
一体どれほどの時間が流れたのだろう。
一日、十日、それとも一月? もっと……?
もうとうに時間の感覚は失ったみたいだ。
体が鉛のように重く、指先を動かすことすら億劫に感じる。
そして、指先の痺れとともに、今度は心臓を握りつぶされるような激しい痛みが私を襲った。私はまだ、こんなに明確な痛みを感じられることに驚いた。
私はまだ、生きている。
どうしてまだ、生きているのか。
胸の痛みは私が意識を飛ばそうとするごとに私を苛み、安易な逃げを赦さない。
これは罰なのか。
王族たたるもの、国と民を守るため強くなればならない。
だからこれは罪なのだ。
こんなに無力な私への。
兄様。お許し下さい。
どこまでも足手まといの私を、どうかお許し下さい。
もはや現と夢の境界が分からなくなってきた。
視界は薄い靄に包まれて、何故だか肌を刺すような熱さに、私はぼんやりと視線を彷徨わせる。むき出しの岩に囲まれたこの場所は、曇天のような濃い灰色一色に塗り込められていたのに、今は何故か鮮やかな緋色が瞳に映る。その光景は禍々しいのにどうしてか美しく見えた。
ここはどこだっただろう?
私は一体ここで何をしていたのだろうか?
何もかもが虚ろで、けれど、どうしようもない程に切ない気持ちで苦しい。
……もはや体が全く動かない。
息をする度、喉の奥が灼けるように熱くて、呼吸をするのも辛い。
もう、なにも出来なくて、悔しくて、けれど涙も出なかった。
ああ、私はここで死ぬんだろうか。
何も成さず、無様に死んでいくのだろうか。
そう、兄の枷になるくらいならここで果ててしまったらいいと思った。
でも。
最期に一目、アレスディールに会いたかった。
彼の紅玉の瞳に映りたかった。
こんなところで、このような未練を口にする私は王女失格だ。
『フィリアリーゼ様!!』
どこからだろう、アレスディールの声が聞こえる。
これは神の慈悲なのだろうか。
その記憶を最期に、私は漆黒の闇に塗り潰された。




