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20 告げられない未来

 

 私の紡ぎだす言葉はこの世界においては制限される。


 たとえば私の名前や本来あるべき時代のこと。

 たとえば今後起こる未来のこと。


 私はこの世界に自分が存在している理由を、私の騎士に会える未来にするためだと思っている。そのために私はこれからの未来を変えなければならない。そう確信していたから、唯一私の存在に気づいてくれるフィリアを通じてこれから起こる悲劇を止めるために伝えていかなければならない。

 けれど、それをするために伝える言葉が、何故か制限されてしまう。このままでは何も変わらない。このまま起こる私も知っている未来を辿るだけでは、私がここに存在する意味は何もない。


 聖セディナが言うには未来には二種類あるらしい。

 一つは『天命』。神によって定められた変えられない未来。

 もう一つは『運命』。時の流れの中で、最適なものが選ばれて紡がれる未来。

 私が伝えられない未来はこの『天命』に関わるものであるのではないか、そう思うようになった。決して変えられない未来。恐らくこの先の内乱のことはその『天命』に当たるのだろう。けれども、私がここにいることで『運命』の部分は変わるはず。私の存在がその証拠なのだから。


 私は、ここで出来ることをしていかなければならないんだ。


 謁見室での密談を覗き見したあと、私はフィラルラーズ王子の後を追ってフィリアの部屋へ行った。

 そして王子が部屋を出て行った後、フィリアは侍女に雑用を言いつけて部屋から遠ざけると、私の方に向き直っておもむろに口を開いた。


「天使様は何かご存じですよね?」


 なんとも直球の質問に私は答えあぐねて思わず視線を逸らしてしまったが、彼女の蒼い瞳は真っ直ぐ私を捕らえたままだった。どうしようか。彼女が知りたがっているのは、先ほどの広間でのやり取りの始終のことだろう。中途半端に自分の思いを押し付けて行った王子を恨めしく思いながらも、あれはあれで彼の精一杯だったのかもしれないと思うと仕方ないという気持ちにもなる。しかし、私が話してもよいのだろうか。王はこの一件は預かるからと報告した息子やその騎士にも口外することを禁じていたし、妹命の王子が言わないのは今話すことは彼女の益にならないと判断したためだろう。

 その背景を知っていて、私は彼女に何を話すべきなのか。

 もちろん彼らの意を酌んで適当に誤魔化すことも、知らぬ存ぜぬを通すことも出来るだろう。

 けれど、話さないままでいると、何も変わらない気がする。今後の未来において彼女の行動が大きな鍵を握っていることは間違いないのだから。


 私は彼女にどこまで伝えられるだろうか。

 

「………………」


 口の中だけで話したいことを確認するが、ほとんどが言葉にならない。

 でも、彼女には心構えだけでもしてもらわなければならない。王子もそれを匂わすようなことを告げていたが、繰り返す程度の内容でも、私にできることをしなければならない。だから、


「嵐が来るのよ」


 私はきっぱりと言い切った。抽象的な言葉しか言えないけれど、どうか彼女に私の思いが伝わるようにと祈りを込めた。


「信じていた世界が崩れる様な、全てを奪い去るような嵐が来る」


 フィリアは私の言葉に対して真摯に受け止めてくれているようだった。ただ、望む答えではなかったのだろう。どこか納得いかないように小さく唇を噛んで、それでも次の瞬間には全く先ほどの不満を感じさせない毅然とした態度を見せた。


「……兄様も天使様も今は私にご存じの情報を分け与えてはくれないのですね。今の私が知るべきではないということでしょう。ですがお二人のおっしゃりたいことは理解しました。これから何事か良くないことが起こるのですね。その覚悟をしろと、おっしゃるのね」


 言いたいことは概ね伝わっていると思う。けれど何だろう。この微妙な気持ちは。


「この先何があっても、私は我が身のことは何とかできるように心がけましょう。お父様や兄様、騎士たちの足手まといにならないように……」

「フィリア、貴女がしなければならないことは自分を大切にすることよ。貴女を大切に思ってくれている人はたくさんいるのよ。その人たちの為にも」

「ありがとうございます、天使様」


 綺麗な笑顔で見つめ返され、私はわかってないと内心溜息をつく。

 彼女は自己評価が低すぎる。自分の存在がどれほどのものか全くわかってない。彼女の、周囲の人を思って決めた決断が、彼らの心にどれだけの悲しみを与えたか。20年経った未来でも、その嘆きは癒えるところかますます深まっていくばかりであるというのに。けれど、彼女は彼女なりに彼らの幸せを思って下した決断であることは確かだろう。この自己犠牲精神にあふれた王女は自分を蔑ろにして相手を立てようとする。彼女とはまだたいした時間を共にしたわけではないが、その短い時間の中でも彼女の人となりは良くわかった。お父様――フィラルラーズ王子が溺愛するのも、アレスディールが心を捧げるのも頷ける、心根の美しい人だ。その彼女がこれからの内乱で受ける傷を最小限に防ぐことが、未来を変える第一歩となるはずだ。


「とにかく自分を第一に考えていて。それが彼らの為にもなるのだから」


 縋るような気持ちで彼女に告げると、フィリアは頷いて小さく祈りの印を切った。


「イグニスに聖セディナのご加護が賜れますように」


 その祈りの中には恐らく自身の安全は含まれていない。祈るのはいつも自分以外の誰かのため。それでも、彼女に自らの身を最優先で守らなければという自覚があれば、きっと『運命』は変わる。自分ためだと言うと彼女は口ではわかったといいながらも後回しにするのは明白だ。ならば、他人のためにそれをするようにと言い含めなければ。


 そのとき、控えめなノックの音がした。フィリアは私にそっと会釈をすると扉の向こうに声を掛ける。どうやら侍女が戻ってきたようだ。侍女がいる前ではこれ以上の会話の続行は難しい。私はフィリアに扉を指差して退出することを告げると、彼女は微笑んで頷いた。


 侍女と入れ替わりに部屋の外に出て、特に当てもないまま回廊を彷徨ってみる。

 今は無事に騎士たちが国境から勝利を持ち帰ったことで、王宮の雰囲気も明るい。どんよりしているのはほんの一部――直系王族と騎士ひとり。後は『裏切り者』だけだろう。


 私は未来を知っているから誰が『裏切り者』なのかを知っている。けれどそれを告げられない。どうにかして知らせる術はないものか。


 けれどその方法を見つけられないまま、時は残酷に流れ、私は『その時』に向かって真っ直ぐに堕ちていくのをただ、直視されられることになるのだ。








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