18 嵐の予兆
「父上、人払いを」
口を開くなりフィラルラーズ王子は慎重に周囲を警戒しながら言った。ここは王が騎士や貴族たちと謁見するための広間で、それなりに警備もされているし、不審者が簡単に立ち入れるような場所ではないことを王子は解っているだろうに、それでも敢えてそう言ったのだから、これから彼が話そうとする内容に問題があるということなのだろうか。側に控えるアレスディールも、心なしか緊張に顔が強ばっているように見えた。
王は無言で近くにいた侍従に目配せを送る。ほどなく侍従は控えていた他の侍従や護衛騎士、侍女の全てを連れて広間から退出した。
広間には王と王子、王子の側近騎士の三名が残された――私もいるけど見えていないので数には数えないでおく。
「今回のザカの国境侵犯には不審な点が多数見られます」
フィラルラーズ王子はそれでも声をひそめて話し始めた。
「ザカには今回の接触で国境をどうこうする意思は見られないと感じました。あまりにも敵の編成がお粗末で、形だけ隊列を整えただけに見えます」
「して、そなたはその裏に何があると思う?」
「こちらの出方を伺っているようにも見受けられました。もしくは程度を計っていると。それに……」
言いにくそうに一旦言葉を止めた王子の視線を受け止めて、アレスディールは王へ発言の許可を求めた。王は視線で先を促す。
「不自然にこちらの情報が漏れています。些細なことですが、看過できないかと」
「密偵もしくは内通者……裏切り者の存在を確信したということか?」
「御意にございます」
三人の表情は一様に厳しい。イグニスは騎士王という頂のもとで数百年にも渡って統率されてきた国だ。王が騎士の鑑として絶対的な立場で騎士団を支配することによって安定を図ってきた。だから騎士たちからは揺るぎない忠誠と信頼を捧げられている。しかし一方では騎士になれなかった貴族階級や商売に熱心すぎる商人たちからは陰から疎まれることもあり、数十年に一度くらいの頻度で王位の簒奪を図るものが出てくる。
今回もその兆しである可能性があると、二人は王へ進言した。
しかし、今回はあくまでも可能性の段階で、確たる証拠があるわけではない。また、定期的に侵攻を企てる隣国のザカが絡んでくるとなると厄介だ。調査は慎重に、水面下で行う必要がある。
「あい分かった。こちらでも暗部に命じて調査をさせよう。そなたたちは指示あるまでこの件については一旦手を引け」
「父上!!」
「陛下!!」
フィラルラーズ王子とアレスディールが同時に声を上げる。二人とも、自ら関わるつもりであったようで、王の命令は全く想定していなかったみたいだ。
しかし王には王の考えがあるからそのように言ったのだろうし、王の臣たる騎士の二人が王命に背けることは許されない。二人は――特にフィラルラーズ王子は納得していなかったようだけど、最終的には渋々ながら従った。
「誤解のないよう言っておくが、わたしはそなたたちを信用していない訳ではない。寧ろ他の者より信をおいているからこそのことだ。そなたたちには追っている別のことを頼むことになるゆえ、それまでは普通にしておいてくれ」
「御意に、父上」
「陛下の御心のままに」
短い謁見のあと、フィラルラーズ王子は挨拶も簡略して広間から飛び出して行った。溺愛している妹王女のところへ行ったのは確認するまでもなく明白で、王も騎士もなにも言わず彼の背中を見送った。
「アレスディール」
王子のあとを追って広間から辞そうとしている騎士に、王は声を掛ける。意外に思っているのか珍しく不思議そうな眼差しを向けながらも、真面目な騎士は戻ってきて王の前に跪いた。
王の表情は相変わらず厳しく、緊張感を内包している。
「二人を頼む」
具体的に名指ししなかったが、王の言う人物が誰を指すかは聞かなくても、私にすら分かった。次代のイグニスの王となるフィラルラーズ王子と、フィリアリーゼ王女。二人は年令の割にはしっかりと王族としての務めを果たしているが、まだ16歳と年若い。
――もしかしたら王はこの時、これから起こる悲劇を予見していたのもしれない。王の瞳の奥に見えた深い想いを、私は確かに見た。
「この命に代えましても」
力強く即答するアレスディールに、王は満足げに頷いた。
一方その頃広間を飛び出したフィラルラーズ王子は、妹王女の華奢な体を強く抱き締めながら、胸に蟠る漠然とした不安と懸命に闘っていた。
――嵐の気配を感じながら、彼らは迫り来るモノにただ、戦慄した。




