17 王子の帰還
出陣式から一月も経たないうちに、国境に出ていたフィラルラーズ王子の元から早馬が帰った。早くもザカの軍を退け、国境地帯の一応の安定を確認したため軍の一部を念のため残して本隊は王都へ帰還するとのことだった。伝令で戻った騎士は興奮したように顔を紅潮させて王へ報告した。
「フィラルラーズ王子の指揮は誠に見事でございました。隊列を隙なく統率し、敵の状況を冷静に分析して、我が軍は殆ど被害なく敵を見事に退けられました。勇敢にも先陣を切って槍で斬り込む姿に騎士たちは大いに鼓舞され、実力を出しきることが出来たのです」
伝令の騎士の言葉に大きく頷きながら、王は彼にもその労を労った。
彼のもたらした朗報は一気に王宮中に広がり、王宮は戦勝の晴れやかな雰囲気に包まれた。
フィリアリーゼはこの知らせを寝台の上で聞いていた。ここに数日高熱が続いて、ようやく熱が下がってきたところだった。知らせを持ってきた政務官に、彼女は微笑んで神への感謝を口にした。実のところ兄王子が出陣して以来、彼女の祈りの時間は確実に長くなっていた。兄王子の実力は父王の折り紙つきなのだから恐らくフィリアリーゼが心配する程ではないのかも知れない。アレスディールも必ず守ると約束してくれていた。けれど、戦場では何があるか分からないのだ。フィリアは戦場に立ったことはない。兄王子や騎士たちから差し障りのない範囲でその雰囲気を聞いていた程度だ。だからこそ不安はつのる。
――どうか兄様がご無事に王都へお戻りになられますように……
彼女の祈りは深く、深すぎて言葉にならない部分で他にも祈っていたのでは……っていうのは私の邪推ではないと思う。
とにかくにも緊張状態が解除されたのか、フィリアの体調も復調傾向にあり、彼女は寝台から身を起こして報告書に目を通す程度の公務を再開した。何も病み上がりですぐに公務を再開しなくても、と私も政務官も言ったが彼女は何かしていないと落ち着かないからと言って笑ってその進言を却下した。
「あとどれくらいで私は寝台から降りられますか?」
診察の際、フィリアは至極真面目な面持ちで侍医に尋ねた。あまりの熱心さに、侍医は困ったように苦笑いする。
「経過が順調であれば、王子がお戻りになられる前には可能になると存じます」
侍医の言葉にフィリアは花が咲いたように微笑んだ。
「よかった……」
どうやら兄王子に臥せっている姿を見られたくなかったみたいだ。まあ、出陣式のフィラルラーズ王子の様子を思い返すと、できることなら知られたくないという思いも分かる。自分のいないところで大事な妹が臥せっていることを知れば、彼が冷静さを欠く事態になることは安易に予想がつく。兄思いの妹としては、兄の負担になることは極力避けたかったに違いない。
安堵する王女に侍医は釘を差すことを忘れなかった。
「あくまでも御身大事にされ、療養に努めて頂けたら、の場合です。フィラルラーズ王子のお耳に入れたくないと望まれるなら、しっかり静養していただかねばなりません」
耳の痛い話だったようだ。彼女は小さく眉をそっとひそめると、神妙に頷いた。
伝令が戻って三日後、王子を含む本隊が王都に帰還した。王都を凱旋し、市民からの大歓待を受ける騎士たちは、一様に晴れがましい表情で声援に応えていた。その中心にいたフィラルラーズ王子は表面上は誇らしげな笑みを見せていたが、隊列が王宮に入ると同時に一転して厳しい表情に変わった。王子は騎士たち労いの言葉を掛けると一旦解散させ、側近の騎士――アレスディール一人を伴って父王の下へ急いだ。
「此度の遠征、将としての初陣としては非常に上出来だったようだ。さすがはイグニスの王子ということか」
イグニスの騎士王エルガーストは息子の姿を見るなり、両手を広げて迎えた。彼にしては珍しくおどけた調子だったが、何時もなら少年らしい素直な態度を見せる息子が真摯な態度を崩さず、奇妙な程に神妙な面持ちでいることに何かあることを察したようだった。
「フィラルラーズ、報告を聞こうか?」
促す言葉にフィラルラーズは重い口をゆっくりと開いた。




