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13 出陣式

 俄には信じられないことだけど、目の前の少年騎士に対してさっき王が呼んでいた名前が『フィラルラーズ』で現在の王子であるなら、一緒にいる私に瓜二つの少女はフィリアリーゼ王女なのだろう。二人は私と同じ歳くらいに見える。

 確か内乱の直前、隣国の国境で小競り合いがあった。その際、歳若い王子が指揮を執り、ザカの軍を退けた話はイグニスでは有名だ。彼の常勝はここから始まったとも言われているから。ということは、ここは過去の世界なのだろうか? 一体何がどうなってこんなことになったのか全然理解できないけれど、今の私の状態が夢ではないなら、ここは恐らく22年前のイグニス王宮に違いない。


 私が一生懸命状況の把握に努めている間に、王宮前広場では出陣式が進められていたようなんだけど……。


「お前の祝福は神のそれに勝る」


 私は自分の姿が他人から見えていないし、触れられない状態であるのをいいことに、騎士団の最前列近くの特等席に立つことができた。だから、式の様子を間近で見ることができたのだけど……。


 フィラルラーズ王子はそっと妹王女の白く華奢な手を取り、極上の笑みを浮かべた。やばい、物凄い破壊力だ。あれが実の父親だとわかっていても魅了されてしまう。それは周囲も同様で、どこからか黄色い悲鳴も聞こえる。

  言葉の内容が神に対する不敬であるとフィリアリーゼ王女に窘められても、気にする様子は全くない。繋いだ手を引き寄せて、その甲に恭しく口付ける。


「俺の勝利の女神はお前だ」


 恥ずかしげもなく放つ台詞に、フィリアリーゼ王女の頬が赤く染まった。うわぁ、何この可愛らしい反応は。じゃなくて、この二人は双子の兄妹でしょ? 何なの、この甘さ。甘党のお母様が一口食べて降参した南方産のリューラって果実よりもきっと甘い。ベタベタだ。まるで恋人に対しているみたいだとほとんど呆れながら見ていると、遠巻きの観衆は赤面したり、目を反らしたりしているが、近くにいる騎士たちは慣れているのか全く動じない――それも問題だと思うけど。


 お父様、もとい、フィラルラーズ王子は更に取ったままのフィリアリーゼ王女の手を引き寄せて、抱きしめる。この上なく幸せそうな顔をしている彼に誰も突っ込めない、と思っていたら王子の後ろに控えていた騎士がわざとらしく咳払いをした。それに対して王子は今までの笑顔は何処へやら、不機嫌さを隠そうともせずに妹王女を抱擁したまま文句を言う。


「出陣したらしばらくフィリアに会えなくなるんだ。気を遣え」


 どれだけ!! 私ですら呆れる台詞を吐いて、さらに抱きしめる手を強める王子に対して騎士は毅然とした態度で進言した。


「観衆の面前でもあります。過剰な親愛表現は誤解を産みます」

「誤解なものか! もうすぐフィリア不足になるんだ」


 ……妹愛にも程がある。


 父王はと言えば困ったように苦笑しているだけで、騎士たちはいつものことなのか無関心を貫いている。その中でただ一人、行きすぎとも思える王子の暴走を諌める騎士は、どんな人なんだろうと興味が湧いた。

 回り込んで顔を確認する――そこには若いアレスディールがいた。まだ20歳そこそこくらいに見える。そういえばお父様とは3歳離れていると聞いたことがあるから、今19歳なのか。どうりで若いはずだ。私の知っているアレスより、ずっと夢の君に――運命の人に近い。


「周囲の目が何だというんだ」


 当然のように言い切った王子に、彼は何か言いたげだったが、ちらりと視線を動かすと黙って目礼を返した。あっさり引き下がるわけ! と思わず悪態をつきかけたその時、今までされるままに王子の腕の中に収まっていた王女がそっと小さな手を伸ばして王子の肩に触れ、その抱擁を解く。そして距離を取られたことに不満げな兄の頬に触れて、そっとそこに唇を落とした。一瞬のことだったが、突然のことに虚をつかれた王子は赤面し、観衆からは溜め息が零れた。まるで絵画のような美しい光景に息を飲むものもいる。


「兄様、どうかご無事でお戻りくださいませ。兄様にもしものことがあればイグニスの未来は闇に閉ざされてしまいます。私と兄様は同じ魂を分かち合った双子、兄様がいらっしゃらなければ私は……」

「案ずるな、フィリアを置いて俺が何処かへ行くことはない」


 単純なもので、王女の一言であっさり機嫌を回復した王子は王女がしたのと同じように頬を両手で包み、今度はその額に口づけた。全くもって絵になる。絵になるが、あれは双子なんだと思うと微妙だ。今は完全に上機嫌の王子の横では、王女が視線をずらして他を見ていた。その視線の先を辿ると、アレスの赤い瞳に行き当たる。アレスが小さく頷くと、王女は綺麗過ぎる微笑みを返した。なんだ、アレスがあっさり引き下がったのは恐らく王女から何らかの指示があったからなのかもしれない。


 過剰な王子の親愛表現に正直引いてしまったが、広場に集まった観衆は噂の麗しの姫を生で見れたことに興奮気味の者も多かった。しかし、聞いていた通り同じ顔とは言え私と彼女とでは明らかに雰囲気が異なる。フィリアリーゼ王女は繊細な硝子細工のような儚い印象がある。子供の頃から病がちで臥せっていることが多かったとお父様が言っていた。淡い日の光にすら溶けそうな白すぎる肌は綺麗だけど、生気はない。嫋やかといえば聞こえはいいが、悪くいえば弱々しい。けれどその華奢で繊細な佇まいには庇護欲をこれでもかというほどかき立てられる。加えて滅多に人前には出ないので、一層神秘性が増すのだろう。同性の私ですら、フィリアリーゼ王女の可憐な様子に完全に魅了されてしまっていた。


 その後、出陣式は問題なく終了し、傍目からも分かりやす過ぎるほど後ろ髪を引かれているフィラルラーズ王子を先頭に、騎士団が出立していく。正直王子の態度には本気でドン引きしたけれど、若いお父様はびっくりするくらいの美少年で、過剰な妹王女への溺愛ぶりすらもいちいち絵になっているので何だか微妙だ。


 白馬に跨がるフィラルラーズ王子は本当に物語の中の登場人物のように素敵だったが、私の視線はその一歩後ろに漆黒の馬に乗ったアレスディールに釘付けだった。私の知る彼より若いせいか貫禄とかそういうのは足りないけれど、精悍で真面目そうなところはそのままだ。彼はしっかりと手綱を握りしめ前を見据えていたが、何かに気付いたのか不意にこちらに顔を向けた――と、正面から視線がぶつかった。


「――王女殿下」


 馬上から、アレスディールが声を掛けてきた。馬の歩みを止めて、こちらを見下ろす表情は穏やかながらも頼もしい。


 え? 何? 私の姿が見えるの?


 それにしては妙だ。首を傾げながら何気なく横を向くとすぐ側にフィリアリーゼ王女が立っていた。普通に考えればそれしかないよね。今のアレスディールにとっての『王女』はフィリアリーゼ王女ただ一人だ。


「アレスディール、兄様のことをどうかよろしくお願いします」

「お任せ下さい。フィラルラーズ王子はこの命に代えましても必ずお守り致します」

「ええ、信じております――アレスディール、あの……」


 フィリアリーゼ王女は胸の前で手を組んで祈りを捧げるような仕草をしたあと、顔を上げた。


「貴方もどうかご武運を。無事のご帰還を祈っております」


 王女直々の言葉に、彼は胸に手を当てて略式の礼を返した。


「ありがたきお言葉。我らが王女の祝福は千人の兵にも勝るものです」


 アレスは王女に対して再度礼をしたあと、先に進むフィラルラーズ王子の後を追って馬を走らせた。


 その後ろ姿を見送る王女の切なげな眼差しは見ているとこちらまで胸が痛くなるほどで。ああ、王女はアレスに恋をしてるんだろうなぁ、ってはっきりと分かった。乙女の勘? そうかもしれない。王女は傍目には自分の想いを隠そうとしているようだったけれど、でも同じ人を好きになったからなのかな、そういうのは分かってしまうものだ。


 それから外門から全ての騎士が出陣して行くのを見送って、王女は父である王に促されて移動を始めた。途中、滅多に姿を見せない王女が退出することを惜しんだ観衆の声に微笑みで応えながら進んでいく。そして王は娘の肩を抱き、ゆっくりとした歩みで王宮に入っていった。


 つい先ほどまでは気丈な様子を見せていたのに、王宮に入った途端フィリアリーゼ王女の体がぐらりと揺らいだ。危ない、そう思ったがすぐに側にいた父王がその体を受け止める。


「お父様、申し訳……ありません……」

「いや、よい。よく耐えた。お前には済まないことをした。許せ」


 王女の顔は真っ青だった。すっかり力を失った彼女の体を抱き上げて、王は近従に侍医を呼ぶよう、また侍女に王女の部屋を整えるよう指示をとばす。


「今日はあれの将としての初陣の日。お前が出陣式にいるのといないのとではフィラルをはじめとする騎士たちの士気に大きく関わるゆえ」

「いえ、お父様。私で何か兄様たちのお役に立てることがあれば……」

「お前のお陰で出陣式も恙無(つつがな)く終わった、感謝する」


 王は娘を腕に抱いたまま部屋へと運び、寝台へと横たえらせる。部屋には既に侍医が控えており、王が寝台から離れるのと同時に一礼をしてから王女の診察を始めた。


 王はその様子を痛ましげに見つめていたが、薬が効いたのか王女が眠りついたのを見届けると後を頼むと言い残して部屋を後にした。


 診察が終わり、侍医も退出して、残った侍女が他の侍女に呼ばれてフィリアリーゼ王女が部屋に一人になった時を見計らって私は寝台に近づいた。広い寝台に一人横たわる王女は一際儚げに見える。うっすらと額に浮かぶ汗も、時折苦しげに顰められる眉も、小さな唇から零れ落ちる吐息も、それすら綺麗で困ってしまう。


 美しい人。姿形は同じでも私の両極にいる儚い人――アレスディールの愛した人。


「フィリアリーゼ王女……」

 

 意識がないのを分かっていて呼び掛ける。

 この人になりたいと思った。アレスに愛される人に。けれど私の知る未来では二人の想いは交わらなかった。それは何故か。


「貴女はどうして――」


 私は身を乗り出して彼女の顔を見下ろした。その刹那、彼女の長い睫毛が震えた。そして彼女の蒼い瞳が見えて、私の方を見て瞬きを繰り返した。


「「――――――!!」」


 確かにフィリアリーゼ王女の夜空のような深い蒼の瞳は私を捉えている!そして彼女は私の目を真っ直ぐに見つめて言った。


「貴女は…どなたですか……?」




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