番外編 クリスマス特別編【異世界珍百景・パート1】
異世界の珍妙クリスマス。
クリスマス――。
それは、世界中の人達を虜にする、魅惑のイベント。
煌々と輝くイルミネーション、心が躍るツリーの飾りつけ、甘いケーキと七面鳥、恋人はサンタクロース……。
ああ、なんて楽しいクリスマス。
それなのに……それなのに何故っ!! この世界にはクリスマスが存在しないんだっ!!
◇ ◇ ◇ ◇ ◇
――そんな心の声は、だだ漏れだったらしい。テーブルを叩いて叫ぶ私を見て、ラグは整った眉を顰め呆れたように息をついた。
「突然何を言い出すんです、貴女は」
「ラグ……あと少しでクリスマスだよ!? 一大イベントだよ!?」
「はい?」
首を傾げるラグに向かって、私は手作りカレンダーもどきを突きつけた。
これは、異世界の暦に慣れない私が自ら作っているものだ。多少(いや、かなり?)のズレがあるとはいえ、中々に役立っている。ちなみに、曜日は必要ないと思われたので記入していない。
そのカレンダーもどきの、『12/25』の日付に、大きな赤文字で『クリスマス』と書かれているのを見て、ラグは私に言った。
「私にそちらの世界の文字は読めませんよ」
「だから、クリスマスだってば」
「クリスマスとは?」
「私の世界の偉い人の誕生日!! 皆でお祝いするの!!」
色々と説明を抜かしてしまったけど、間違った事は言っていない……はず。
私の家は仏教信仰だったが、熱心な信仰者ではなかった。むしろ無宗教に近い。日本人って、多分そこまで宗教に縛られていないから、クリスマスに何の意味があろうとも楽しめるんだと思っている。まあ、私の勝手な推測だけれど。
ラグは私の突き出したカレンダーもどきを見つめると、考え込むように黙ってしまう。
どうしたんだろう、と不思議に思っていると、
「ああ、その日なら、こちらの世界にも記念日がありますよ」
そう言って、ニッコリと笑う。
「えっ、ホントに!? なになに、何の記念日!?」
「大賢者リューカーンの『悲劇の落日』が、丁度この日にあたりますね」
「……それって」
「大賢者リューカーンが塔から落ちて亡くなられた日です」
身を乗り出してラグに問い詰めていた私は、思い切り肩を落とす。
違う。何か違う。クリスマスって、もっとこう……夢があるものでしょ。
ため息をつきながらテーブルに伏した私を見て、ラグは理解不能と言いたげな表情を浮かべた。
「何故、その人間の為にわざわざお祝いをするのです? 知り合いではないのでしょう?」
「いや、私の場合はその人を祝うのがメインってわけじゃないんだけどね……」
「どういうことですか?」
「んー……お祝いにかこつけて皆で騒げればハッピー、みたいな」
「なるほど……」
あ、ラグ、今呆れたな。
人を小馬鹿にするような微笑をするのはやめろよー。
「悲劇の落日には、ワラワヘムでもお祭りがありますよ。行ってみますか?」
「お祭りって……命日なのに?」
「はい。リューカーンの降霊祭ですが」
「こ、こうれいさい……」
その言葉だけでも、楽しいお祭りではない事が何となく予想できる。まったく心が躍らない。
いや、もしかしたら案外賑やかだったりして。異世界には異世界なりに、死者を悼む為の楽しい祭りがあるのかもしれない。
何事も前向きに考えなければ。異文化交流って大切だよね、うん。
「その交霊祭って、いつも何してるの?」
「そうですね……まずは魔女達が『青月の鮮血事件』で犠牲になった魂を呼び戻し、塔の中へと招きます。そうする事で塔はぼんやりと輝き、リューカーンの墓標となるのです」
ああ。あれだよね。イルミネーション的なものだよね。何か不穏な単語があったのは気にしないことにするよ。
「それから、呪術用の生贄を壁中に吊るして――」
……ツリーの飾り付け的なアレね。
「瞑想状態にするための秘薬を大釜で煮込み、参加者に配ります」
…………分かってる!!シャンパンだよね、うん!!
「最後に塔の周りを皆で囲んで、交霊の呪文を唱えれば、リューカーンとの魂の交流が可能になります」
………………。
私の前向きな脳内変換機能があっても、流石に無理がありすぎるわ!!
ていうか違う、根本的に間違っている。私が望むクリスマスは、そんな呪術的なモンじゃない!!
あやしい薬を飲んで、あやしげな呪文を唱える、あやし過ぎるお祭りなんて絶対に嫌だ!!
「私は参加した事はないのですが、梨乃が行きたいのであれば――おや、どうしました?」
がっくりと項垂れた私の姿に、ラグは不思議そうに小首を傾げた。
うん。なんて言うか、その……。
「……いいよ。その話を聞いて十分楽しめたから」
『青月の鮮血事件』……嫌な事件だったね。的な出来事です。
そのうち童話集に書きたいなぁ。




