第19話 夢のドレスと乙女の悩み
女性の買い物に男性が振り回されるというのは、どこの世界でも同じらしい。
あれから私は様々な仕立屋をまわり、長々と品物を見定め、ようやく経って満足な買い物をすることができた。
控えめなデザインのワンピースを数点と、ブラウスやスカート、それにちょっとした羽織もの。
ファルスやエンデには四季がなく、一年中同じ気候だ。時々肌寒くなるけれど、大抵は少し温かな春の日ほどの気温だ。暑くもなく、寒くもない、過ごしやすい日が続く。だから、故郷に住んでいた頃のように、季節ごとに服装を変える必要はない。
楽と言えば楽なのだが、昔のようなオシャレが出来ないのは寂しくもある。
ミニスカートやジーンズが恋しくなる時もあるが、この世界の標準的な女性の服装は、ドレスであったりワンピースであったり、脚が膝下まで隠れるようなスカートが主流だ。
唯一私が持っているミニスカートは、この世界へやって来た時にはいていた制服だ。もう一度着てみたいが、女性が安々と脚を見せてはいけません――なんてお小言がくるに違いない。
夏休み初日に異世界へ召喚された私が、何故制服を着ていたのか……。それは、補習という名の、非人道的指導があったからなのであーる!!
……威張って公言できるものではないけどね。
「お待たせ、ラグ。色々付き合わせちゃってゴメンね」
店の外で待っていたラグに声を掛けると、彼は黙ったまま私を手招きした。
隣の店を見ているみたいだけれど、何があるのだろう。彼の隣に並んで、ひょいと店内を覗く。そこで私は、思わず感嘆の声をあげてしまった。
「ほあー……凄いドレス」
その店は、ドレス専門の仕立屋だった。並ぶのは、見事な純白のドレスばかり。
もしかしてこれは……乙女の憧れ、ウェディングドレス!?
「結婚式用のドレスですね」
「凄い綺麗。ていうか……こっちの世界でもお嫁さんのドレスは白なんだぁ」
「白は清純さを表す色ですからね。花嫁が着るには、一番似合いの色なのでしょう」
私達の目の前に飾られているのは、レース飾りをふんだんに使い、大きなコサージュを胸元にあしらった高級感溢れるドレスだ。キュ、と絞られた腰元から、ふわりと広がるスカート部分にかけて、真珠にも似た宝石が散りばめられていて、淡い光を放っている。
「女の子の憧れだよねぇ……着てみたいなぁ」
だだ漏れになった心の声に、私は慌てて口を噤んだ。
しかし、いくら口を閉ざしたところで、隣のラグには丸聞こえだったらしい。彼はニッコリと笑顔を見せると、私の耳元で甘い声を囁く。
「貴女の花嫁姿はさぞ美しいでしょうね。私としては、それを脱がせる方が楽しみですけど」
ひー!!こんな街中で無駄に色気を出すなー!!
「あ、あのねラグ、昼間から脱がせるとか言わないでっ!!」
叫んでから、ここが店先だということに気が付く。
店の人が怪訝な顔でこちらを見ていたので、私は顔を茹で上がらせたまま、ラグの袖を引っ張りその場を後にした。
◇ ◇ ◇ ◇ ◇
その日の夜。
私は洗面所の鏡の前に立って、無駄に妙な姿勢をとって自分の姿を眺めていた。
言っておくと、そういう趣味を持っているわけではないぞ。ナルシストなわけでもない。
ただ、昼間あのドレスを見た時から、気になっていたのだ。
その……最近、ちょっと太ったかなー、なんて。
旅をしていた頃は、毎日歩き詰めだったこともあり、適度な体型を保っていた。筋肉だってちょうどいい程度に付いていたし、それなりにスレンダーではあった。
後宮にいた頃は、補正下着もびっくりな締め付け具合の(もはや拷問に近い)コルセットを付けていたので、身体にフィットするドレスを着ても気にならなかった。
しかし、最近はろくな運動もしていないし、昨夜はアルバートさん宅で豪勢な夕食を頂いてしまった。
服を着てしまえば分からない程度だが、しかし……ちょっとたるんできているような気がしなくもない。
ラグと婚約しているとはいえ、まだ式の日取りなど詳しい事は決めていない。だが、いつかは純白のドレスを着るときがやって来る。その時に、もし体型が崩れてしまっていたら――。
「まずいなー……やっぱり運動しないとダメだよね……」
呟きながら、ブラウスを胸まで上げて腹の肉をつまむ。プヨ、とした感触。これは確実に筋肉が衰えている証拠だ。ううむ、これはマズイかもしれない。
それにしても、何でこの肉が胸に回らないんだ。私の胸は貧乳とまではいかなくとも、大きいと言えるわけでもない。中途半端だ。理不尽だ。どうしてこの世には胸の大きな人と小さな人がいるんだ。皆同じ大きさにしてくれれば、悲しい思いをすることなんてないのに!!
「お前、もうちょっと頑張って大きくなれよー。ほら、イッチニ、イッチニ……」
サボテンだって優しい言葉をかけてやれば綺麗な花を咲かせるんだ。私の胸もこうして応援してやれば、きっと大きくなるに違いない。サボテンにできて私にできないことなんてない。
一人で自分の胸を揉み……もとい、マッサージしながら、ブツブツと話しかける。他人が見たら、頭の可哀相な女だと思われるだろう。しかし、私は至って真剣だ。真剣に、自分の体型の半端さを嘆いているのだ。どうか暖かく見守って欲しい!!
「うむ。今日の体型確認は終了である!!諸君、これからも共に頑張ろうではないか!!」
ついテンションが上がってしまい、私は鬼軍曹の如く鏡の中の自分へと敬礼し――、その向こう側で腹を抱えて蹲るラグの姿を見つけ、卒倒しかけた。
「あ、あの……えっと、いつから……?」
「貴女が妙な掛け声を言いながら、胸を触っていたところからです」
「み、見てた……よね……?」
「それはもう、ばっちり」
……う、うわああああぁぁ嘘だろおおおぉぉ!?
次の瞬間、私はこの世のものとは思えない悲鳴を上げ、寝室のクローゼットに閉じこもる羽目となった。




