モブ系悪役令嬢に転生しました。
初投稿です。対戦よろしくお願いします。
ようやく、この日がやって来た。
今日は、ジーニアス魔法学園の入学式。すなわち、BLゲーム『聖なる薔薇の園』のゲーム本編開始日なのである。そして私は、そのゲームの脇役──というより、ほぼモブとして登場する悪役令嬢、リリク・アンシュリーだ。
突然だが、私には前世の記憶がある。三日前に思い出したばかりの出来たてホヤホヤの前世の記憶だ。
私はどこにでもいるような普通の女子高校生だった。ただ、人よりちょっぴりゲームが好きで、妹の勧めで始めたこのBLゲームにまんまとどっぷりハマってしまっただけのただの腐女子である。
順風満帆な日常を送っていたある日、突然道路に飛び出してトラックに跳ねられそうになった黒猫を庇い、恐怖で閉じていた目を開けたら、気づけばリリク・アンシュリーとして転生していた。
最初はとても驚いたし、状況を理解するのに半日かかった。そもそも、リリク・アンシュリーがあまりにもモブキャラ過ぎて、名前も存在も忘れてしまっていたからだ。屋敷の使用人たちの力を借りて、ようやく自分があのモブキャラ悪役令嬢であることに気付いたのだ。もちろん協力してくれた使用人たち全員に怪訝な顔をされたが。
リリク・アンシュリーは、ゲームでの扱いも酷いが、彼女自身の結末も悲惨なものであった。
『聖なる薔薇の園』、略してセイバラの主人公であるアイルは、平民でありながらもこの世界を救う鍵となる『聖なる力』を目覚めさせる。ここ、セイバラの舞台であるアンスリウム王国は百年に一度現れるという『聖なる力』を持った『聖女』によって国が治められてきた。しかし、今回の『聖女』はまさかの男。それを知った国王陛下は国民の混乱を招かない為に、アイルが『聖女』であることを隠しながらジーニアス魔法学園に入学させる。そこで出会った攻略対象たちと共に、アイルは魔法の勉強に励み、やがて恋に落ちる。そして、愛の力で強化された『聖なる力』で今作最大の宿敵である『マグイ』を倒し、世界を救っていくという王道ストーリーだ。
別にそれはいい。素晴らしいストーリーだと思うが、問題なのはリリクの立ち位置にある。
リリクは、偶然書斎で侯爵家の父親と国王陛下の話を盗み聞きしてしまい、アイルが『聖女』であることを知ってしまう。今まで自分が『聖女』になるに違いないと思い努力してきたリリクにとって、それは耐え難い事実だった。そしてその大きな嫉妬心はアイルに矛先が向き、ちょくちょく嫌がらせをしては、最終的に攻略対象にあっさり断罪されて、良くて国外追放、悪くて死刑という絶望的過ぎる結末を遂げる。しかも、断罪シーンもよくある舞踏会などの派手な場所で行うのではなく、本当にあっさりと、人目につかないような場所で断罪されるのだ。そのシーンの吹き出し数はたったの三つ。『お前は死刑(または国外追放)だ!』と『嫌あああ!』と『リリク・アンシュリーは断罪され死刑(または国外追放)になった……』の三つ。あまりにも少なすぎる。今まではどうでもいいキャラだと思っていたが、いざ自分がそうなると哀れで仕方がない。
故に、私は決めたのだ。主人公のアイルには絶対に嫌がらせはしないし、攻略対象には極力近づかないようにする、と。
これさえ守れば、ほぼモブキャラである私がゲームに干渉することはないし、アイルの恋路を邪魔することもない。ゲームの舞台であるジーニアス魔法学園に入学すること自体やめようかと思ったが、私が前世の記憶を思い出したのは入学式の三日前。しかもジーニアス魔法学園は魔法を扱う貴族にとってマストとなる登竜門。日頃私にゲロ甘な両親でさえ、流石に許してはくれなかった。
ま、まぁ、卒業までにゲームのキャラたちに関わらなければいいだけの話なので、同じ学園に通ったとしてもさほど問題ないだろう。卒業を迎えたら、アイルは攻略対象と幸せな結婚生活を送るだろうし、私のお役目も御免だ。穏やかで静かな金持ちライフを送ろうと思う。
──そして、時は戻り現在。
私は液晶越しに何度も見たジーニアス魔法学園の前に立ち、その大きな建造物を見上げる。色とりどりのステンドグラスに、赤茶色のレンガ壁。深緑色の三角屋根に学園のどこにいても目に映る大きな時計塔。白い鳩が今年の新入生を祝福するかのように空を飛び回っている。まさに、セイバラで見たジーニアス魔法学園そのものだった。
悪役令嬢に転生したとはいえ、私もセイバラの一ファン。二次元で見てきたものが、実際に目の前に現れ、三次元としてこの目に映すことが出来て、少なからず興奮を覚えていた。油断したら口元が緩みそうだ。
ボケっとしながら建造物を見上げていると、背後から私を呼ぶ声が聞こえた。
「こんにちはリリク嬢。入学式なのにこんなところでぼーっとして、一体なにをしているの?」
「…………え?」
なんと、目の前に現れたのはセイバラの攻略対象その一、ハルベルト・アンスリウムだった。
ハルベルト・アンスリウム。この国の王太子殿下で、絵に描いたようなザ・王子そのもの。光に当たるとキラキラ輝く金髪に、澄み渡るような青い瞳。その完璧なルックスで、数々のご令嬢の心を奪っている。その上頭も非常に良く、彼を尊敬する者は多い。困っている人を見かけたら手を差し伸べる心優しい人格者で、いずれ彼が国王になるのだろうと皆が認めているほどの人物だ。
ちなみに私の好きなアイルへのセリフは『アイル、僕と一緒に将来を歩んでくれないかい?……僕はもう、君を手放せそうにないから』だ。ぶっちぎりの一位である。これ以上に、アイルとハルベルトの恋愛模様を描いたセリフはない。
しかし、それよりも彼と私にはとある問題があった。
「す、すみません。何でもございません」
「……本当に?僕の大事な婚約者が入学式早々体調を崩したら一大事だろう?」
──そう。私とハルベルト様は婚約者同士なのである。
もちろん、アイルがハルベルトルートに進むと婚約はすぐに破棄されるし、そもそも私たちは政略結婚だ。私とハルベルトの利害が偶然一致しただけに過ぎない。愛などハナから無いのである。
そんな名ばかりの婚約者だが、一応厳重な契約書の基成り立っている関係である。体裁の為にも、こうしてハルベルトは好きでもない相手の体調を伺わなければならないのだ。
「本当に大丈夫です。ご心配には及びません」
「…………そう?なら良いんだけど……無理はしないでね」
あぁ、おいたわしやハルベルト殿下。こんな心底どうでもいい私なんて放っておいて、さっさと運命の相手であるアイルの元へ行きたいだろうに。この入学式が終われば、すぐに婚約解消の話をお父様とさせて頂きますので、今一度我慢なさってください……。
「……リリク嬢?どうしたの?そんなに苦しそうな顔をして。やっぱり体調が悪いんじゃ──」
「だ、大丈夫です。そんなことより殿下、早く入学式に行かないと、新入生代表の挨拶に遅れますよ。急ぎましょう!」
危ない危ない。前世の記憶を思い出してから、私は妙に感情が顔に出やすくなっている。リリクは基本無表情で、感情を表に出さないのでちゃんと引き締めていないと必ずどこかが緩んでしまう。平常心平常心……。
私はハルベルトを先導するかのように、駆け足で講堂へ向かった。
*
講堂に入ると、たくさんの貴族で溢れかえっていた。どこを見ても貴族貴族貴族……噎せ返るような香水の匂いと、頭に響く甲高い笑い声が私の眉間を顰める。
圧倒的勝ち組の団体。前世は陰の者を極めていた私にとって、立っているだけでサングラス必須の輝きを放ちまくる貴族たちは苦手意識の対象そのものだった。殿下を舞台裏に送り届けてからは、適当に端っこの椅子にちょこんと座り、入学式が始まるのを今か今かと待ちわびる。ゲームでのこの入学式のシーンは、アイルが初めて攻略対象──ハルベルトと出会うシーンでもある。その重要なシーンを間近で見ることが出来るなんて光栄だと思う反面、どこを見渡してもアイルの姿が見当たらない。おかしい。もう入学式の開始時刻は五分を切っていて、そろそろ席に座り始める人も多くなってくる頃合いだというのに。
一抹の不安を残したまま、入学式が始まってしまった。今一度辺りを見渡すが、やはり主人公の姿は見当たらない。
「新入生代表、ハルベルト・アンスリウム」
「はい」
学園長の声に、一気に意識が壇上へ向く。美しい金髪をたなびかせて、丁寧な所作で壇上へ上がるハルベルトはまさに気品溢れる王子そのものだった。
「本日、私たち新入生のためにこのような素晴らしい入学式を開催していただき、誠にありがとうございます。私たちはそれぞれの夢を胸に──……」
講堂にいるほとんどの人間が一気にハルベルトに釘付けになる。中には美しさのあまりため息を吐く者さえいた。
あんな社会的強者が、私の婚約者………考えるだけでゾッとする。あまりにも分不相応過ぎる。さっさとアイルと恋に落ちて、私のことなど忘れて楽しい恋愛スクールライフを送ってほしいものだが、肝心のアイルがどこにもいない。全く、一体どこのシンデレラだ。
しかし、0時の鐘──ではなく、入学式の終わりを告げるチャイムが鳴っても、アイルは姿を現さなかった。
おかしい。ゲームと内容が違う。
私が気づかなかっただけで、本当は講堂の中にいたのだろうか。いやしかし、主人公のという圧倒的存在感を放つ彼を前にして、ファンである私が気づかない訳あるだろうか。
まさか、現実とゲームで、内容が少し変わってしまったのだろうか。この世界の大筋は大体ゲームと同じだと思うが、現実の世界であることもまた変わらない。ゲームと現実の機微な乖離があってもおかしくないだろう。
だからといって、主人公が入学式の講堂に来ないというのは、話の大筋から大分逸れてしまっているような気がするけど。
「リリク嬢。お待たせ」
「は、ハルベルト様。新入生代表の挨拶、お疲れ様でした。とても素晴らしかったです」
入学式が終わり、講堂にいる人もまばらになった状況で、私はどうやらここに長居しすぎてしまったらしい。舞台裏にいたハルベルトが入学式の片付けを終えて、こちらに来てしまった。
客観的に見て、まるで私がハルベルトを待っていたかのような図。待ち合わせの約束なんてしていなかったのに、忙しい身であるハルベルトを気遣わせてしまった。どうしてこんな周囲にもハルベルトにも誤解を生むような行動をしてしまったのかと反省する。あなたには早くアイルのところへ行って欲しいのに!
「ありがとう。リリク嬢に褒めてもらえるなんて光栄だな」
「あ、あはは……」
今まで、私よりも確実に高貴な身分で立派な人格者たちに褒めそやされてきただろうに、今更私の称賛の言葉を光栄に思うなんて間違っている。ハルベルトは謙虚過ぎる。そして、それに対してもっとまともな言葉を返せばいいのに、愛想笑いしか出てこなかった私はもっと間違っている。コミュ力が最低偏差値の私にとって、ハルベルトとの会話はかなり削られるものがあるのだ。貴族を今すぐやめた方がいい。
「それじゃ、教室に行こうか」
そんな貴族のカスみたいな私にも、ハルベルトは陽だまりのような優しい笑顔を浮かべて手を差し出してくれる。陰キャに優しいギャルと話している気分だった。
私はコクリと頷いて、ハルベルトと共に講堂を後にした。
*
「それにしてもリリク嬢。僕、新入生代表の挨拶をしてほしいって執事から言われたとき、すごく驚いたんだよ」
「え?」
突然、ハルベルトが変なことを言ってきた。新入生代表の挨拶は、毎年入学前の共通テストで成績が一番優秀だった人に与えられる仕事だ。つまり、ハルベルトが立つに相応しい役割ということ。それに驚くなんて、一体どういうことだろうか。
「だって、僕の成績より圧倒的に君の方が優秀だろう?」
「…………え?」
「もしかして、体裁のためにわざと手を抜いたの?」
「………………は!?」
今度はこちらが驚く番だった。ハルベルト、あなたは一体何を言っているの?このモブキャラ悪役令嬢リリク・アンシュリーが、この国の立派な王太子であるハルベルト・アンスリウムより成績が優秀だって?タチの悪い冗談だと言われた方がまだ信じ切れる。
「あはは、まさかシラを切るつもり?今まで君の方が優秀だった数字が、入学式前の共通テストなんかで急に変わるはずないだろう?君は相変わらず、『聖女』になる為なら手段を選ばないんだね」
「い、いや、そんなつもりは……」
…………ハッ!そうか思い出したぞ!
ゲーム開始前のリリク・アンシュリーは『聖女』になる為に血のにじむような努力をしてきた人間だ。その野望はやがて周囲の人々から『完璧令嬢』と言われるまでに発展する。『完璧令嬢』のステータスは凄まじく、学力も魔法技術も気品さえパーフェクト。文句なしの百二十点満点なのだ。
だからこそ、自分が『聖女』ではないと知ったときの絶望は凄まじかった。そしてその嫉妬心を内に秘めることも出来ずに、アイルにぶつけてしまったのだ。
こう思うと、少しだけ可哀想なキャラだと思う。もちろんアイルをいじめるのは絶対に許されないことだが、運営からの扱いも酷い上に、彼女自身の人生も酷い。今まで努力してきたものが、一瞬で泡になるのは耐え難い苦痛だっただろう。
「リリク嬢?一人で考え込んで、どうかした?」
「い、いえ!なんでもございません。あ、あの、入学式前の共通テストは、本当にハルベルト殿下の方が成績が優秀だっただけなので……!変に手を抜いたりなどは、決してしておりません」
……多分!
実際、私が転生する前のリリクがハルベルトに代表の挨拶を押し付けたのか、はたまたハルベルトの体裁を保つ為だったのか、真実は分からない。
けれどここは、私よりもハルベルトの成績の方が優秀だったと伝えておくべきだろう。実際、ハルベルトの優秀さは事実だ。私の方が劣っていることも、三回に一回くらいはあるだろう。
「ふぅん……」
「…………」
まずい、全然信じてくれていない。そりゃあそうだ。ほぼ他人に近い私の言葉を、ハルベルトが簡単に信じるはずない。
私は冷や汗をかきつつも、必死に笑顔を保ち続けた。ハルベルトの青い瞳に私の下手くそな笑顔が映る。なんて滑稽な姿なんだろうか。
数秒ほど見つめられた間、ハルベルトはふいっと視線を逸らして私なんかよりも百倍も美しい営業スマイルを浮かべた。
「そう。君がそう言うんなら、そういうことにしてあげるね。今ここで君に詰め寄ったとして、何かが分かる訳でもないし」
「は、ハハハ……」
よ、良かった。ハルベルトの圧に締め殺されるかと思った。まるで、尋問されているかのような気分だった。
冷や汗をかいた額を拭っていると、ふとハルベルトから視線を感じた。
「……君、やっぱりなんだか今日は───」
ハルベルトが何かを言いかけた途端、私たちの耳に突如として悲鳴にも近い叫び声が聞こえた。
「──あ、あぶなああああああい!!!」
「───え?」
それも、私の真上から。
「リリク嬢!」
人が上から、私を目掛けて落ちてきた。確実にぶつかるであろう衝撃に備えて目を瞑ると、背中を誰かに抱き込まれて、正面から強い衝突を感じた。痛い、と思うよりも先に、私は衝撃を吸収しきれずに後ろへ倒れてしまった。
ふわりと、私の背中に普通の地面よりも確実に柔らかい衝撃が襲う。おかしいな、私たちが立っていた場所は、見るからに硬そうな石畳だったはずなのに。
「う………あいたたた……」
後頭部を撫でながら目を開けると、目の前には吸い込まれてしまいそうな琥珀色の瞳と、濡れた烏のような黒髪があった。
……嘘でしょう。
こんな息を飲むような容姿をしている人物はこの世に一人しかいない。
「っ……いてて………──!?ご、ごめんなさい!ぼ、僕、人に当たって──!」
目の前で私に覆い被さるように四つん這いになった人物は紛れもなく、この『聖なる薔薇の園』の主人公──アイク本人だった。




