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ファミリアに捧ぐ 41

 待ちに待った続報が来た。チサトの顔にいつもの穏やかさはない。画面越しのユノの顔は今までにないほど険しく、どこか焦りを隠せない様子だった。

『調査隊が使徒喰らいの姿を捉えました。使徒喰らい――リュカオンは現在、枯れた大地を抜け、無限荒野を南に進んでいます』

「……」

 無限荒野、チサトは頭の片隅でその地の情報を引きずり出してきた。無限荒野は名に違わず、雄大な荒野が広がっている。無限と名がつくだけあり、この世界で最も広い地としても有名だ。抜け出すのに、この世で最速と言われるフレースヴェルグの使徒ですら一月かかると言われている。

 しかし、そこを抜け出すと一気に人里が近くなる。荒野を抜け出した先、どこの集落が最も近いか。チサトが思案し始めると、それを察したかのようにユノが続けた。

『調査隊の予想では、リュカオンは無限荒野から最も近い集落・ニネミアを目指しているのではないかとのことです。使徒、及び使徒喰らいは本能的に人間を捜し、襲うように創られていますから』

「ニネミア……五つ先の集落か。人は?」

『全住民が避難を終えています。チサトさん以外の二人のハンターは中間地点にある二つの集落でそれぞれ待機中です』

「相変わらず三人からは変わらないね」

『すみません……リュカオンの移動速度がかなり早くて。先日使徒と戦ったSランクハンターも決して無傷だったわけではないですから、応援も難しくて』

「文句を言ってるわけじゃないよ。こうしてる間にも別の使徒を討伐してるハンターもいるわけだしね。アタシが言いたいのはさ、もしその二つが突破されたら、アタシが最終防衛線なんだなって思っただけ」

『……そうですね。それと、リュカオンの移動に伴い、その土地を追い出された魔物たちが本来の生息域でない場所で人を襲う例が相次いで報告に上がってきています。よって、本部は今回の使徒喰らいの討伐を、緊急討伐任務として指定しました』

「それはまた大きく出たね。最後の緊急討伐任務は七年前だっけ」

『はい。そうだと記憶しています』

 人や、その生活に対し甚大な被害を及ぼす魔物に対して発令される、緊急討伐任務。討伐者、及び討伐に参加した者たちには多額の功労金が支払われるというもので、ハンターだけでなく、討伐に何らかの貢献をした者たちにもこれは適用される。

 一見すればとても懐深い制度に思えるが、これは即ち「巻き込まれた者」にも適用されるのだ。それだけ被害は尋常なものでなくなると予想される。この討伐任務が発令された回数は過去に決して多くはないが、そのいずれも多くの犠牲者を出してきた。

『……チサトさんには一番の重荷を背負わせてしまうことになってしまって、本当にすみません』

 画面越しに深く頭を下げるユノにチサトは「あのね」とどこか呆れた様子で口を開く。

「感謝されることはあっても、謝られるようなことはしてないでしょ。まぁ、まだ時間はあるからね。装備品整えて待ってるよ」

『あのっ、逐一報告させていただきますから! 少しでもチサトさんの助けになれるように頑張ります!』

「ありがとう。そうだ、ユノちゃんさ、魔武器の資料閲覧の権限持ってる?」

『魔武器ですか? 使用申請をされたいということでしょうか?』

「いや、アタシ昔十三あるガントレットでどれとも相性悪かったから、それはしない。ちょっと調べてほしい魔武器があってさ」

『私の権限ですと、現在の使用者といった個人に繋がる部分は閲覧ができないんですが、それでもよろしいですか?』

「うん、性能とかが知れればいいよ」

『わかりました。では何をお調べしましょうか』

「魔武器……魔銃のイービルアイ」

『魔銃イービルアイですね。少しお待ちください』

 ユノは手元の端末を操作し、『ありました。こちらはハンドガンですね。二丁拳銃のようです』と資料の内容を読み上げた。

「二丁拳銃?」

『はい。特徴は、弾丸に狙った対象物に必ず命中させることができる絶対命中が付与されるとありますね。代償は五感とあります』

「五感……五感って」

『嗅覚や味覚のことを指しますね』

「……ほう?」

『銃を常に携帯していたり、使用頻度が高いと代償を払う時間が長くなり、慢性化すると所持していない状態でも五感は徐々に失われるようです』

 チサトの脳裏にカガリが食事に大量の香辛料を振りかけていた様子が過ぎる。チサトは僅かに背後を振り返る。カガリは席を外しているのか、受付にはイチカしかいない。

『チサトさん?』

「ああ、ごめん。あのさ、それって治せるの?」

『さぁ……魔武器の代償は、使用している魔物の素材の魔力が強すぎるせいで、それを人間が扱うには同じ分だけに相当する対価を払わなければならないからだって言われてますね。でもあくまで言われているだけで、何故失われるかまでの具体的な研究をしている人が少ないんですよね。何せ相性が悪いと』

「体調不良必須だもんね」

『はい。酷い場合は意識不明、または錯乱などの症状を引き起こしますから。ただ、魔武器を返却後のハンターたちの後遺症については医療部の人間が詳しいかもしれません。よければ手隙の際に話を聞いてみましょうか』

「うん、そうしてくれると助かる」

『わかりました。他に何か聞いておきたいことはありますか?』

「ううん。あ、研究部にさ、リュコスの定期報告書、何周か待ってもらえるようついでに伝えてもらっていい? これから実地訓練で森で過ごすから」

『了解です。アグニといい、チサトさん気が長い方ですよね。私だったら諦めちゃってますよ、魔物を訓練するなんて』

「やれることをやりたいだけ。じゃ、何かあったらまたアグニ寄越して」

『はい。それでは』

 通話を終えると、チサトは苛立ちを隠せない様子でため息を吐く。

 ユノは確かに、魔銃イービルアイは二丁拳銃だと言っていた。しかしカガリが所持していたのは一丁のみだ。常時携帯や、使用頻度が高いと代償を支払う時間が長くなる。

 そこから推察するに、二丁所持した状態では五感を失う時間が早いのだろう。慢性化すれば日常においても五感は失われる。

 以前、カガリは切り札は取っておくものだと口にしていた。有事の為に取っておきたいのだろう。魔武器はまさしくカガリにとって切り札なのだ。代償を支払ってでも、守りたいものを守る手段。

 ――何がもう隠してることはないだ。平然とした顔で嘘言いやがって。

 チサトはますます苛立ったが、ふと「なんでアタシこんなに腹立ててんだ」と我に返った。少しの間考えてみたが、その問いには結論が出なかった。



 その頃カガリはというと、ハルトと共に件のプランクトスの洞窟へと足を運んでいた。この間のスコルの件もあり、また予測不可能な事態が起きてしまう前に話しておきたいことがあったからだ。

 洞窟内は発電機が稼働しており、各所に置かれたライトが辺りを照らしている。ハルトはスコルに襲われこの洞窟に逃げ込んだとき、判断を誤ったと思った。ランタンなど持っているわけもなかったから、洞窟内の暗さで逃げることなどままならないと思ったのだ。

 しかし予想に反して、洞窟内は明るかった。今のように人工的な明かりが知らぬ間に設置されていたからだ。

 その疑問をなんとなく抱えたまま、カガリに連れられ洞窟の奥までやってくる。少しもすると、カガリが足を止めた。そこはスコルがチサトによって討伐された場所だった。カガリは奥から漂ってくるプランクトスを手であしらいながら、ハルトに向き直った。

「いろいろ疑問はあるでしょうが、話しているうちにそれらは全て解消されると思います。まず、通常こういった洞窟には、本来であればこのような人工的な明かりを入れることはしません。これは私が設置したものです」

「おじさんが?」

「ええ。というのも、今すぐではありませんが、この洞窟をいずれ、ハンターに興味がある子供に向けた、ハンター体験用に解放しようと考えているからです」

「ハンター体験?」

「はい。この洞窟は魔物も出ず、素材は豊富。プランクトスを捕獲してサノに持ち込めば食材として扱えるほか、魔力結晶も手に入り、ギルドも資金繰りには困らず、いいことばかりです。これを逃す手はない……と、ミカゲさんの発案を私が企画書として本部に提出したものが受理されました。彼女には今度、改めてお礼をしないといけませんね」

「なんでちょっと嬉しそうなわけ?」

「そうですか? 彼女にはいろいろ手助けしていただいていますし、お礼をするのは当然かと思っただけなんですが」

「……。で? オレをここに連れてきて何をさせようって?」

「ああ。実は今、誰を子供たちの案内役にしようかで話し合っているんですが、支部長とも相談して、君がいいんじゃないかという結論に至りました」

「は?」

「今の君なら、ハンターがどういうものであるべきか理解できているだろうという総合的な判断です。それにここでの案内役なら、ギルドの正式な依頼ですから、一回の案内で一定の報酬をお渡しできますし、子供たちと一緒に採った素材は君が自由にしていただいて結構です」

「そんな急に……」

「大丈夫ですよ。すぐにとはいきませんから。この周辺の安全が確保されて、子供たちが再び集落に住めるようになったらの話です。ですから、生き残ってください」

「……」

「生きて、その時を迎えてください。私たち大人からのお願いです」

 そうきたか、ハルトは頭を掻いた。カガリはいつも卑怯だった。ハルトが反論できないようにいつも先回りして行動し、結果として何も言い返せなくなってしまう。

 今の話だって、自分に断らせる気なんてきっとないのだ。何せ、報酬が出て素材も手に入る、おいしい話に違いないのだから。プランクトスを捕獲するだけの日々からも脱却できるというならば、尚のこと悪い気はしない。

「……わかった。受けるよ、その話」

「ありがとうございます」

 笑顔を浮かべるカガリにしてやられた感はあったが、そこには未熟な自分を思いやってくれている気持ちがあるのだとハルトも理解できるようになった。

「でもその話だけだったら別にここに来る必要なくない?」

「ああ、それはほら。先日ミカゲさんが君を助けたときにスコルが壁にぶつかって、一部が崩落してしまいましたよね。地面に落ちた岩をそのままにしておくと危険ですから、元はと言えば君がここに逃げ込んだことが一つの原因なので、責任をもって片付けていただこうと思ったんです」

「そういうことかよ……」

「足元は決してそこまで明るくはないので、明らかに危険な大きいものを脇に寄せてください。私はここで君の働きぶりをしっかり見ていますので、サボることのないように」

「わかったよ、やるよ」

 確かに逃げ込んだのは自分だし、チサトが助けてくれていなければ今頃自分はここにいなかったかもしれないのだ。不満こそあれ、文句は言えるわけもないとハルトは道に雪崩れ込んでしまっている欠片を一つ一つ脇へと放っていく。

 何度かそれを繰り返していると、ふと目線を向けた先に崩落した壁が映り込んだ。

「ん?」

 よく見るとその崩落した壁に何か絵のようなものが見える。そこまでは明かりが引かれていなかった為、ハルトは近くのライトを無理矢理壁に向かせた。

「どうしました?」

「絵が描いてある」

「絵?」

 失礼、とカガリはハルトの隣に並び立つ。そこには使徒のような巨大な魔物と、それを囲む数人の武器を持ったハンターらしき人物が数人、そしてそれを離れて見るかのように、羊の群れと羊飼いらしき杖を持った人の姿が描かれていた。杖を持つ人の背後には大きな太陽も描かれている。

「これ、何? 壁画かなんか?」

「これは……ええ、確かに壁画です。ここで過ごしていた人間が残したものと考えるべきでしょう。わざわざここに描き残すということは、何か意味のある絵のはず。本部に歴史を研究している学者がいるので、報告しておきます」

 カガリは懐から紙とペンを取り出し、絵画の内容を描き写した。これが後に歴史的な発見に繋がるのだが、この時のカガリがそれを知るわけもない。

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