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ファミリアに捧ぐ 40

「よく訓練が行き届いとるな」

 チサトが映像通話を借りたいと申し出てきた為、その間の様子をカガリが見ることとなった。またしても特に用もなくやってきたジゴロクが、カガリの執務スペースで静かに寝そべっているアンバーをしげしげと眺めている。

「ブリーダー経験がないとこうはいかん」

「そうなんですか?」

 イチカが尋ねると、ジゴロクは顎の無精ひげを擦りながら頷く。

「ああ。魔物は本来人には懐かんからな。それをここまで大人しくさせられたっていうのは、自分のほうが立場が上だと教え込む才があるってことなんだよ」

「へぇ。やっぱりチサトさんって凄い人なんですね」

 と、何故かイチカはカガリを見た。アンバーを見ていたカガリがその視線に気づき、「俺は何も知らないぞ」と眉を顰めた。

「最近よく一緒にいるの見かけるから、てっきりそういう話もするのかと」

「そういう踏み込んだ話はまだしたことないな」

「そうなんですか? あー、でもカガリさん、あんまり信用できなそうな顔してますもんね」

「どんな顔だよ」

「それにしてもチサトさんって本当になんでもやってくれますよね」

 急に話が変わりやがった。

 そのあまりの切り替えの早さにカガリはたまについていけなくなる。

「ハンターの義務とは言え、見張りだって嫌な顔一つされないですし、なんだったら積極的に入ろうとしてくれるし。いろいろ言いながらもハルト君のこともちゃんと見て、カガリさんの手伝いに、ミアちゃんとも仲良くて、リュコスの子供の面倒も見て、ネロさんの武器の検証にも付き合ってるって聞いてますし。それで強くて性格もいいって、ハンターのお手本というか、理想のSランクハンターすぎて」

 イチカが一つ一つ指を折りながらあげていった内容に、言われてみると確かになぁとカガリは思った。チサトと言えば頼りがいのあるハンターという答えがすぐに出てくる。

 カガリは映像通話で話し込んでいるチサトの姿を見る。いつもは彼女の担当官と話しているが、今日は珍しく男性職員のようだ。遠目に白衣を着ているのが見えるので、相手はおそらく研究部の人間だろう。

 Sランクであることからも、本部の人間とのやり取りは多いはずだ。未開の地に赴くことが多い立場上、きっと頼まれ事も多いはず。

「Sランクハンターってのはそういう人間の集まりなんだよ」

 ジゴロクが不意に口を開いた。

「理想のハンターになった人間の集まりなんだ、Sランクっていうのは。あのお嬢さんだけが理想なんじゃない。Sランクの人間全てが理想なのさ」

「ジゴロクさん、チサトさん以外のSランクハンターの方に会ったことあるんですか?」

「80も過ぎとるわしには愚問だよ、イチカちゃん」

「あ、それもそうですね」

 イチカはそれを当然のことのように流してしまったが、隣には50手前で初めてSランクハンターに出会ったカガリがいる。そう何度も見かける機会なんてないはずだけどな、とカガリはひっそり思った。

「ごめんなさい、時間かかっちゃって」

 そこにチサトが映像通話から戻ってきた。アンバーが体を起こし、チサトの足元に自然と歩み寄っていく。カガリはそれを視界の端に捉えながら首を振った。

「いいえ。アンバーも大人しかったですから」

「今丁度、チサトさんが凄いって話をしてたんですよ」

「アタシ?」

 イチカから思ってもみなかったことを言われ、チサトは小首を傾げた。

「なんでもできちゃう凄腕ハンターさんだなって話です」

「なんでもは大袈裟だけど。アタシにできることがあるならやれるだけやりたいだけ。アンバーをミアちゃんに預ける件、本部に合意取ってきたんで安心してください」

「あ、その件の話を……ありがとうございます」

 カガリが思わず立ち上がって頭を下げると、チサトは「なんとかするって言っちゃったんで」と苦笑した。

「じゃあ、アンバー連れていきますね」

 チサトが鎖を持って歩き出すと、アンバーもチサトの様子を確認しながらついていく。やっぱり、とイチカがチサトの背中を見送りながら呟いた。

「いい人ですよねぇ、チサトさん」

「……そうだな」

 座り直したカガリはどことなく感情の行き場を失っている様子だ。そんなカガリの様子を見て、「まだまだ、お前さんも若いな」と何やら意味深に呟くジゴロクだった。



 それから三日が経過し、ハルトがようやく家から出てきた。泣き腫らしたのか随分と酷い顔だ。

 ハルトはこの三日、飲まず食わずで泣き続け、疲れては眠り、起きればまた泣くという時間を過ごした。しかしそれだけ引きこもればさすがに涙も枯れ、空腹にも勝てない。生きている限り飢えと渇きには生涯付き纏われる。

 なんでもいいから食べ物をと市場に向かったハルトだったが、閉じこもっていた三日の間に市場のほとんどの店が閉まってしまい、気づけば集落全体も閑散としてしまっていた。

 そうか、避難したのか。ハルトはやけに広く感じる市場をぼんやり見つめ、当たり前の現状を徐々に思い出していく。

 今の自分では、この集落にいる人たちを守ることはできないんだとわかった。スコル相手にまともにやり合えなかった自分が、使徒喰らい相手に戦えるわけがない。

 今ならば、カガリがあれだけ頑なに討伐依頼を受けさせようとしなかったのも理解できた。ギルドの規定もそうだが、ああいうことが起きないようにしてくれていたのだ。

 あまりにも自分は何もわかっていなかった。自分がどれだけ何もできないかを、知ろうともしていなかった。自分を襲ってきた魔物の名前すらもハルトは知らなかった。知識を疎かにする子供に教えることはないと言った、チサトの言葉が蘇る。

 たとえ今の自分が何もできないとしても、ただの役立たずでは終わりたくない。自分の中に、ここを出るという選択肢はないのだから。

 ――調べなきゃ、ちゃんと。じゃないと自分のことすら守れない。

 だがその前にこの空腹をなんとかしたい。小さい集落の為、どこに行っても顔見知りばかりだ。誰かと顔を合わせるのも気まずいが、今、食事にありつける場所と言えばもうサノしか思い当たらない。

「ようハルト。ようやく出てきたのか?」

「おい、やめとけよ。カガリさんに言われたろ」

「おっと、そうだった。悪いな」

 通りがかりのハンターが声をかけてきたが、すぐに立ち去っていった。いつもなら適当にあしらうくらいできたのに、今のハルトにはその気力がない。

 泣きすぎて重たい瞼を気にしながら、ハルトはサノの入り口の前に立った。入ることを躊躇った。中にはまだカイルがいるかもしれない。鉢合わせしたらどういう顔をすればいいのか。扉を見つめたまま動けなくなってしまったハルトの前で、突然店の扉が開いた。

「っ!」

「! ハルト君」

 よりによってそこにはカイルが立っていた。旅装束に荷物を抱えている。一目見てわかった、カイルはここを出ていくつもりなのだと。

「丁度よかった、これから君のところに行こうと思ってたんだ」

「……?」

「ちょっと場所を変えようか。ここで話すのはあれだから」

 カイルに促され、ハルトは共に訓練場のほうへと向かった。

 荷物を訓練場に置いたカイルは、離れた場所で佇み、一定の距離を保っているハルトを振り返る。

「少しは落ち着けたかな」

「……うん」

「そう、よかった。僕は今日ここを立つよ」

「……」

「すまない。僕は使徒喰らい討伐の役には立てないから。足を引っ張ってしまう」

「それは……もういいよ。戦えない人に怒ってた、オレが悪いんだし。戦うことが怖いことだってのも、わかったし。基礎、教えてくれてありがとう。……でもオレ、やっぱり戦う。ここは姉ちゃんの帰ってくる場所だったから。姉ちゃんが好きだった場所だから。オレ、守りたいんだ。足手まといかもだけど、いないよりマシだって思うから」

「そうか……少しでも被害が少ないことを祈るよ。君が無事であることも祈っている。よかったらこれ、貰ってくれないか」

 カイルは背負っていたハルバートをハルトに渡した。

「いいの?」

「ああ。君にドッグタグを返したら、ハンターを辞めるつもりだったんだ。この間見てわかっただろうけど、僕はもう、魔物相手には立ち回れないから。故郷は漁業が盛んでね、父も漁師だったんだ。その跡を継ごうと思ってる。最初からそうすればよかったんだろうけど、どうしても一度ハンターになってみたくてね。10年前に、集落の近くで使徒が出現して、その時駆けつけてくれたSランクハンターがあっという間に退治してくれたんだ。その姿が凄くかっこよくてね、憧れたんだよ。でも、理想と現実は随分と違った。憧れは憧れのままにしておけばよかったと、今は思ってる。でも君は、きっと僕みたいにはならないな。君にはちゃんと、ハンターである理由があるから。……つまらない身の上話だったね。もう行くよ。それじゃあ」

 訓練場を去っていくカイルに、ハルトは何か言わなくてはと思った。でも何を? 慰める言葉は違うし、別れの言葉を言うのも違う気がした。何か、――何か。小さくなっていく背中に、ハッとなってハルトは駆け込んだ。

「あのっ!」

「?」

「……姉ちゃん……姉ちゃんは、その……強かった、ですか」

 ハルバートを握り締めているハルトの手には力がこもっている。カイルはそれを一瞥し、口元に小さく笑みを浮かべると深く頷く。

「ああ、素晴らしい槍の使い手だったよ。もしあの大規模討伐で生き残っていたら、きっとAランクハンターになっていたと思う。何せヤツの目に槍を突き刺したんだから」

 自身の左目を指しながら、カイルは力強く言った。再びカイルの背中が遠くなる。会うのはきっとこれが最後だろう。遠征に向かうことなんて、Sランクハンターを除いて生涯に一度あるかないかだから。

 ハルトは強い決意を秘めた目で、譲り受けたハルバートを見つめていた。

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