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「「トウコ様!」」
四人が見合うその場に、王兄衛士とジエが声を揃えて駆け込んでくる。
その後ろに、まばらと衛士たちが続いている。
「ああ、ジエさん。戦場はどうなったの?」
見知らぬが、見知った顔にも見える、そんな様相の「誰か」や、サウザンドの存在を一先ず置いて、幢子の問いに対して、ジエが顔を向ける。
「カルネリアの兵たちは、戦線を崩壊し、壊走をしたようです。指揮官も逃げおおせたと思われます。」
ジエの応えに、幢子は一時、目を伏せ、そして身を起こそうと両腕に力を入れる。
「千ちゃんは、どうしてここに?」
立ち上がり、理由も分からずまま頬を叩かれたことを思い返し、そこに膝をついたままのサウザンドに視線と問いを向ける。
「コヴ・トウコ。」
その言葉に、無警戒、無意識に自分の口から出たそれを気づいて、慌て、幢子は顔を赤くする。
「サウザンド陛下は、どうしてこちらに?」
言い直したそれに対し、それでも、サウザンドは顔を覆い、顔を赤くして、頭を抱える。
「その、ミリィと呼んでもらえると、助かる。私の、名前。」
更に顔を赤くし、幢子は、恐らく初めて認識したであろう、彼女の名前を、深呼吸して、頭に入れ直す。
「えっと、その。うん。ごめん、後で聞くよ。何か、うん。お姉ちゃんが悪かったよ。」
言葉が出ず、手で顔を仰ぎながら、幢子はその視線を、未知の人物へと向ける。
「はじめまして、イザワ・ウメコ?ユメコ?さん。ごめん。ちゃんと聞き取れなかったけれど、その、日本人、でいいのかな?」
幢子が問うと、彼女は静かに頷く。その場の一同の視線は、該当の人物へと向けられる。
「私は、河内幢子。このスラールで色々あって領主をしている者です。」
幢子はそうして、この国の作法で礼を払う。それに対して、彼女はまた静かに頷く。
「もう一度尋ねます。コウチ・トウコ。貴方達が、あの詩を謳っていたのですね?」
ユメコの再度の問いに対し、幢子は静かに頷き、座り込んだままで居るエルカに視線を向ける。
幢子は、彼女の問いかけに対し、先ず周囲に目を向ける。
サウザンドを見て、それからジエと王兄衛士に目を向ける。
それらを確かめてから、再び、彼女を見る。
「国の機密です。申し訳ないですがお答えができません。」
幢子の問いに対し、ユメコは、目を伏せ、相対して、大きなため息を吐き出す。
「では、その詩を謳った者にお伝え下さい。詩を終わらせる術も持ちなさいと。私が反唱をしなければ、詩に踊らされ、多くの人が亡くなった事でしょう。見れば触媒も用いていない様子ですね。アンジュの考察院がこの地へ、どの様に詩魔法を伝えたかは知りませんが。ループし続けた詩が、それを抜け出せぬまま繰り返されれば、指定された範囲内で波動は強まり、中で謳われた者は崩壊してしまうのです。人であったならば、狂い、或いはいずれ弱き者から死ぬでしょう。ええ、実際、死んでいるのです。死んだと気づかぬまま、動き続ける。動き続けていた。彼らを安らかに休ませてあげる備えはありましたか?自分が死んだことにも気づかぬまま、解らぬままに、暴れ続ける者を、止める術はありましたか?考察院の者ならこの事象を見て、大喜びで、他人事で、黙々と観測と記録をするでしょうが、それを嬉々として報告される私の身にもなって欲しいです。実際今、彼らがいないのは幸いです。大体、この耳障りで、気に障る歌詞が私への当て擦りにしか聴こえないです。帰りたい?ええ、確かに言いました。帰れるものなら帰りたい。それが無理だから私はこうして」
「導師様。皆様、戸惑われておいでです。」
いつしか、傍らに現れた麗人がそう呼びかけ、彼女はその矢継ぎ早、淡々とした口を噤む。
語意に気圧された一行を、彼女は見つめ、その惨状に気がつく。
「煩いです。ポンコツ一族。代々、そういう所、本当に嫌い。」
顔を背け、フードを被った彼女に対し、麗人は大きな咳払いをして見せる。
「こちらはスラール。お言葉は通じますかな?皆様。我々は導都アンジュ都市連合国から来ました。こちらは我々の『導師』様であらせられる。スラールには東泉導教が伝わっていると記憶しております。海峡を挟んだ東の大陸の、その最果て地域から参りました。」
まるで馴染んだ言葉の様に話す男に対し、スラールの一同はそれを理解し、頷く。
「おや、お一人。様相、その栗色の髪、お顔立ち。中央の北西部寄りの言葉かと存じます。我々は導都アンジュ」
「煩いです、ポンコツ。通訳が必要ない、私が話せば済む話ではないですか?」
持ち直したとばかりに、麗人を小突き、導師と評されたユメコが前に出る。
彼もまた押し黙り、その身を一歩引く。
「まずはこちらで、戦場の亡骸を、弊社職員たちで片付けます。ゾンビになられても困りますし。よろしいですね?聞きたい話はその後で、私の居ない所で、そのポンコツ役人とやってください。」
返事の有無を待たず、彼女は片手を光らせ、その場を離れていく。
空を飛んでいた黒い塊が、ゆっくりと降りてくる。
虫、虫、虫。近づくに従ってそれが、空を埋め尽くすほどの多種多様な羽虫の群れだと誰もが気づく。
それだけでなく、地にも無数の虫が這い回り、それが戦場の亡骸とされるモノを瞬く間に覆っていく。
「蟲食の慣習がこの地域無い、という苦情は受け付けません。戦争などするから悪いのです。少し離れた地域にも山程死体があるようですから、そちらも片付けさせます。」
ゆらゆらと歩いてその場を離れていく彼女の背を、一同は、黙したまま見送った。




