第74部 新しい巫女と、戻ってきた日常
アーベルは、1254年に妻のインゲボルグが死去した後、ビルイェルは1261年にホルシュタイン伯アドルフ4世の娘メヒティルド(マティルド)と再婚する。メヒティルドはデンマーク王アーベルの妃だったが、1252年にアーベルが戦死したことで未亡人となっていた。
1243年8月19日 ポーランド・トチェフ村
*)母娘
「ママ~!!」
ゾフィが元に戻った母・マティルダに、思いっきり跳びかかっている。
「おうおうゾフィや。不自由をさせてしまったね。すまなかったね。」
「ううん、いいのよ。ママが元に戻ったから。」
「ゾフィちゃん、良かったね!」
「うん、とても綺麗なお姉ちゃん、助けてくれてありがとう。」
「まぁ、とても綺麗なお姉ちゃんとは嬉しいな!」
「はてさて、どっちがどっちだろうね……。」
オレグは笑って見ていた。綺麗なのはマティルダ王妃も同じだ。オレグとは歳の差は無かったはず。
「バシッ!」
「呆けるんじゃないよ。」
「分かってるよ、いちいちうるさいな~。」
「お姉ちゃん、だっこ!」
「あらあら、どうしてかな~。」
ゾフィを抱え上げるソフィアだった。
「うん、おっぱいが有るのか触ってみたかったの。……無いのね!」
「この~ガキンチョが!……これでも私はリリーよりも大きいによ!」
「ハハハハ!!」
大きい声で笑うオレグ。
「私は大きいわよ~」
と言うリリー。
「あ!本当だ。でも作りおっぱいだね!」
「キャーどうして判るのよ。ねぇ、どうして~、」
「だって秘密でしょう。言っていいのかな。」
「うんうん、秘密だよね~!」
マティルダは、
「オレグさん、金貨百枚は私がお支払いいたします。デンマークまで来て下さい。王室から絹糸も出させますので。」
「あ、いや、その。デンマークは苦手でして、行く訳には……。」
「オレグ、ここはぜひとも反物の販売も兼ねて行こうではありませんか。」
「そんな~ピアスタさま~私は絶対に行きません。」
「ふふふ、はたしてそうでしょうか?」
マティルダは、
「オレグさん、魔女も買い上げますよ。」
マティルダの意に反してオレグは、
「マティルダ王妃さま、絹の糸も金貨もご辞退いたします。」
「まぁ、どうしてですの?」
「もう沢山頂いておりますし、そのう……それはマティルダ王妃が良くご存じのはずでは?」
「ありがとう。この場はそうさせて頂きます。」
少し涙ぐむマティルダだった。
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デンマークは、1223年に家臣の奸計によって領土を割譲させられて国力が衰退していた。その後も王室の内紛で王室からは財が無くなっていく。さらに他国から借り入れた金の返済ができずに、さらに領土を割譲していくのであった。
没落した国家だったのだ。後にハンザ同盟が幅を利かすようになるのだ。もちろん他国との戦争ででも疲弊していく。マティルダの夫、国王も時期に戦死してしまう。九年後の1252年である。
デーン人としてのヴァイキングはもう終焉を迎えていた。デンマーク対ハンザ同盟の確執は、今はまだ酷くは無かった。
この頃よりドイツ人により、東方植民が発展=都市建設が進んでいく。百年後の1340年ころより、ヴァルデマーⅣ世 (デンマーク王)が起死回生で国力をつけだして、国内の混乱を収拾しデンマークの回復に努めた。
デンマークは陸路でホルシュタインを通じて貿易を行っていた。対するハンザ同盟は海上の貿易だった。双方ともに陸と海に進出したかったから二者は戦争を始めた。デンマークの海軍が力をつけてきたので、海上都市を中心に攻撃がなされた。こうした小さな戦争が1360年より始まる。
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オレグは考えた。
「このデンマークを食らってやろう、と……。」
オレグたちはデンマークのお城に行く事が決まったのだ。
*)魔女軍団
リンテルンのシャウムブルク城襲撃事件はすぐに各地へ知れ渡る。一番混乱したのはリンテルンの住民だ。城が落城した驚きと、その意味を知ってさらに驚くのだった。森の火災はリリーが大地の魔法で、幾分か修復されたが、ヴェーザー川の地割れはそのまま残っている。
「ここは良い港に改良出来るだろう。」
オレグの提案だ。また、オレグは忘れずにボブの身重の女房をも連れて帰るのだった。
街に喧騒が生まれた。普通の都市というべきか、人々は生きる糧を得るのに必死という顔つきになる。女たちはせこせこと街を歩き、水場へ洗濯にいくのだった。
領主のホルシュタイン伯アドルフⅣ世が知って激怒するも、被害は森の火災と使用人の不在だけだった。財産はもともと少なかったので影響は少ない。金はホルシュタイン伯アドルフⅣ世が、戦争より持ち帰っている。
「今回は王様の出費だけで済んで良かったわい。」
オレグは魔女たちをホルシュタイン伯アドルフⅣ世へは差し出さずに、金貨百枚で買収した。マティルダもそれを容認したのだ。
オレグは魔女のアンナとカレーニナを下僕にして、他の魔女も教育を行い再利用? するのだった。
「オレグお兄さま、もう冷凍庫への魔力の注入が無くなりましたので、本当に嬉しいです。」
と言うリリーだった。
シャウムブルク城から一度トチェフ村へ帰る。魔女がたくさん居るので、力を合わせて連続のゲートでその日のうちに帰り着いた。
1243年8月20日 トチェフ村
*)トチェフ
当然、グラマリナやデーヴィッドとエルザ、エリアスも開いた口が塞がらないのだった。
「やややや・・・・・・・二十六人。」
「むむむむ・・・・・・・二十六人。」
「なんとも、・・・・・・二十六人。」
「・・・・・・・・・・・マティルダ王妃さま。」
「ええええぇっ!!!」x2
エルザは十月の出産予定である。グラマリナは来春の三月ころか。決めておかないと後々が困るというものだ。
オレグは疲れたでしょうと言いながら、ピアスタをイワバへすぐに帰してしまった。オレグにはピアスタが邪魔なのだ。
「オレグ。私にも魔女を五名分けて下さい。」
「奴隷にされますか?」
「いいえ、オレグと同じですわ。或る事の動力にします。」
「へ?」
驚くオレグだった。氷室がばれたようなのだ。
「ピアスタさま、せいぜいご利用下さい。」
*)トチェフのハローワーク
トチェフのハローワークを開設して、おおよそ一か月が過ぎようとしている。オレグは事業が滞らないように常に気張っていた。
「あいつらは、この俺さまが居ないと楽ばっかりしやがる。」
「それもこれも、オレグが悪いのでしょう?」
「はぁ? ソフィアもそう思うのだな。」
「ほら『も』というのだから他にも誰かいるのね。」
「まぁな。……先にワクスの工場を造るか。」
あれもこれも進めなくてはならないオレグは不満だらけになっていた。
「あ~憂さ晴らしだ。ソフィア、あの二人を覚醒させてくれないか。」
「うん、いいわよ。そしてこき使うのかしら?」
「そうだ。あの二人は大地の魔法が使えるんだ。工場の建設に使うんだよ。」
「我は汝の記憶を司る。我は汝の真名を唱える、ファティーマ カレーニナ」
「我は汝の記憶を司る。我は汝の真名を唱える、ファティーマ アンナ」
覚醒した二人は、人狼魔女の巫女となった。人狼はルー・ガルーか、ウェアウルフとフランスでは呼ばれている。
ルー・ガルーがこの物語の始まりの発端になって、人狼と少女を書き始めた。人狼の題材が意外と少なかったのも一因。
魔女の教育の係はソフィアに押し付けている。ソフィアの正体を一人の魔女は知っているのだ。だからここの魔女全員は、ソフィアは恐ろしい人狼だと思われているの。前の戦いでも簡単に負けてしまったのだから、畏怖の念も強いのか。
*)ワクスの製造工場
ワイン工場とビール工場の前準備として、ワクス工場を造った。
「アンナ、カレーニナ。ここに大地の魔法で工場を造ってくれ。」
すっかり改心した二人は森の木々を材料として、工場の柱や屋根を建てたが、リリーと同じく壁がどうしても出来なかった。
「オレグさん、壁はどうしても作る事は出来ません。大工に頼んで下さい。」
「そうか~ジグムントに頼むしかないか。」
「アンナ、お前はジグムントに化けてみろ。大工仕事が出来るだろう。」
「そんな事は出来ません。本物に作らせて下さい。」
建築のジグムントと男五人が壁と屋根の藁ぶきを行った。家具職人のヘンリクと男の六人が内装を受け持ち工場を完成させる。
先に拉致してきた水夫たちの教育に熱心なボブの居る港へ行く。
「ボブ、麦芽を発酵させる樽が欲しいのだ。すぐに買ってきてくれないか。」
「おう、兄ちゃん。樽なら港に在ったぜ。もう忘れたのか?」
「そうだったか?」
「それと中身の詰まったビール樽は、パブへ運んでいるよ。」
「ボブ一樽飲んだだろう。銀貨一枚を出せよ。なんなら次回の船賃から、二枚を相殺するか?」
「ちゃんと払ったさ。」
「それはお前の女房にだろう? で、その女房は何と言って受け取ったのかな。」
「ありがとう、の一言だったが、なにか?」
「ならばエプロンのポッケに入ったままだな。」
「そうかぁ?」
少しは頭がほぐれてきたのか、冗談ばかりを言うオレグだ。こういう時は逆のこともある。それは、頭がパンクする前兆……?
オオムギは買い込んでいるから麦芽の製造を始めた。麦から芽が出たのが麦芽だ。今度はこの麦芽を乾燥させて粉にする必要がある。麦粉の製造と水車小屋でかち合うのだ。
こっちは大人で、対する麦粉製造は子供。いつも子供を追い出していたらしい、俺の所へ苦情が来た。優劣はあってもどれも俺の仕事だ、とにかく製品ができあがればそれでいい。喧嘩も苦情も関係はない。
「あ~もっと水車小屋が欲しい。」
オレグの偽らない思いだった。
ビール製造に慣れる為のワクスの製造だ。男の五人には工場のこまごました所の作業をさせている。女の二人には麦芽の乾燥にと麻布の上に干させる。
この後は長屋の建設現場に行く予定だが、向こうから来る男は……レオンか?
「旦那、ブドウはどうします?」
「あっ! 忘れていた。」
レオンの問いかけにとうとうオレグの頭がはじけてしまった。
張りつめた魔女との戦いから解放されても、休むことをしなかったつけがとうとう来てしまったのだろう。
オレグが倒れてしまった。
「旦那~~~~~!!!」
この場に居るレオンは他の男と共に、オレグをワクス工場へ運んで寝かせた。若い男二人に館のリリーと、どこに居るのか不明のソフィアの元へ、使いを走らせた。リリーはすぐにやってきた。
「オレグ兄さん。兄さん…………、」
返事は無い。港にいるシビルを召喚した。
「わ! イテ!……もう召喚魔法はよしてくれよ。寿命が縮むからさ~。」
「うん、ごめんね。ねぇ、シビル。オレグの様子を見てくれないかな。そして、またオレグの気が休まる夢を見させてよ。」
オレグのおでこに手を当てているシビル。
「う~んこの頭はダメだ。仕事で凝り固まっているよ。ほぐれるかな~。」
「そうなんだ、家に連れて帰るね。お姉さまに看病させなくては。」
「リリーはしないのかい?」
「私は機織りで忙しいのよ。グラマリナさまの依頼でもあるしさ。」
「では、オレグを運んで頂こうか!」
男どもを呼んでオレグの自宅へ運んだ。
ソフィアと魔女の十九人は長屋の住まいの整理をしていたから、ソフィアは途中でオレグと会えたのだった。
声を上げて寄り添うソフィアと、遠巻きに見ている魔女。
「オレグ、オレグ!」
「ソフィア、オレグは仕事のことで頭がいっぱいになっているのさ。看病で頭の熱を下げてやればいいよ。」
「うん、ありがとうシビル。」
「あのう、ソフィアさま。私たちに任せて頂けますか?」
後ろを付いてくる魔女のアンナとカレーニナが言ってきた。ソフィアは任せる事にしたが、この二人を自宅に入れたくはなかった。
「そう? 出来るの?」
「はい、二人ででしたら早くオレグさんを楽にしてやれます。」
「でしたら宿屋へ連れていくわ。……みなさん、パブの隣へ運んで下さい。」
「はい、姐さん!」
「オレグが快復したら病院を造ってもらおうかしら!」
夢を見ているソフィアに、
「ああん? ソフィアさま。そこを代わって頂いてもよろしいでしょうか?」
「あ、あ! ごめんなさい。今代わります。」
オレグの傍を交代したアンナとカレーニナは、小声で呪文を唱え出した。
「ねぇシビル。あの二人は大丈夫かな。前の戦いの仕返しとかはないよね。」
「あんたが教育係りだろう? 俺には分からないよ。でも、任せるしかないね。」
「そ、そう、ですわね。」
「お姉さま!」
「リリーここはいいからグラマリナに報告して、後は仕事をしてて頂戴。」
「うん夜に帰るね。」
リリーは館に帰った。
話を聞いたデーヴィッドとエルザが到着した。
「ソフィアさん、」
「うん大丈夫だよ。すぐに良くなるからね。」
アンナの呪文に合わせて他の魔女も呪文を唱えている。
「ソフィアさま。もう大丈夫です、今頃はソフィアさまと楽しい時を過ごす夢を見ておられますわ。」
アンナと代わってオレグの顔を覗き込むソフィア。
「うん、良い顔をしているわ。アンナありがとう。」
「いいえ、ご主人さま!」
のちにソフィアは、教祖さま、と呼ばれるのだろうか?
*)もう一つの夢食い魔法
アンナとカレーニナの二人の合体魔法が、シビルとちょうど反対なのだ。シビルは名前のごとく、いい夢を食べてしまう。アンナたちは本人が強く意識している、見たい夢を見せてくれるというのだ。
だが、オレグの夢はソフィアと過ごす夢ではなかった。結果的にはソフィアもリリーも出てくるのだが。
どのような夢だろうか……。
1243年8月22日 トチェフ村
「オレグ目が覚めたのね。……もう何ともないのね良かったわ~。」
「んんん? ここは何処だ?」
「パブの横の宿屋よ。どお? 思い出せるかしら。」
「頭をぶん殴れば元に戻るさ!」
と、過激な事を言うボブの嫁さんが居た。
「おう、あんたか。息子は元気か!」
「ああ、いつも元気で走り回っているよ。」
「?……?」
あり得ない事を言うのだった。確か……息子は生まれて一年と数か月のはず。
「そうか、それは良かったな。」
オレグが起きて外にでると、穏やかな夏日のトチェフの村の風景があった。
「あ~~~ぁ腹が減ったな。お腹がグーだぜ。」
「オレグ、今食事を用意しているから、少し散歩してきな。」
「おう、そうするよ。ボブの嫁さん。」
オレグは自宅へ足を向ける。暑いくらいの夏の日差しを受けて、リリーのバラの花が多数開いていた。樹勢も大きくなっているし花壇も随分と広くなっていた。
「おう、あんたか。随分と久しいな。リリーは居ないのかい?」
「そうね、ここには居ないわね。」
「今日はどうしたんだい、リリーに用事があったんだろう?」
アイネは首を横に振って、
「いいえ、今日はあなたに会いに来ましたのよ。どうですか、気分は良くなりましたか?」
「いいや、まだだな。なんだか身体がこう~、ふわふわするような気分なんだ。」
「そうですか、まぁ~無理もありませんわ。ここは別の世界ですのも。私が元の世界に帰して差し上げますから。」
「ここが別の世界? 俺には普通に見えるぜ。」
「そうでしょうが・・・、」
「オレグ、オレグ。」
「あ、あぁん?」
「オレグ、目を開けて寝ていたの? 私はてっきり目覚めたのかと思ったわ。」
「あぁ? すまね~寝ていても腹は減るんだな。知ってるか? 人間の脳はさ、体重の二.五%だとよ。そして糖分を消費するのは二十%以上だとさ。」
「それは何の講釈なのかしら。私には理解出来ないわ。」
「そうか、これは頭を使う人は、それだけたくさんのカロリーを使うという事さ。寝て小説を書いていれば、多少食べ過ぎても太らないんだ。」
「オレグ、まだ脳みそは治っていないのね。ネジを巻いて治してあげるね。」
「俺は人形か!」
「そうだよオレグ。ここはメルヘンの世界よ!」
「お前は誰だ?」
「魔法少女ソフィアよ。どお? この可愛い姿は、気に入ったかしら。」
「いいや、ここ……、」
オレグの意識がまた遠のいていく。
*)オレグの目覚め
「オレグ、良かったわ気が付いたのね。気分はどうかしら?」
「やぁソフィア。会いたかったぜ。ここはトチェフなのだろう?」
「そうよ、この部屋はパブの横の宿屋よ。分かるかしら。」
オレグは周りを見回してみた。確かに宿屋のようだった。オレグがこの宿屋を訪れる事はない。掃除や寝具の手入れは村の女たちに任せている。
「ソフィア、俺はどれくらい寝ていたのかな。」
「そうね~十日くらいよ。でも、時々起きてきては飯食って、ブーしてからまた寝ていたのよ。」
「なんだか変だな。途中で起きた記憶は残っているが、アイネが来たりしていたぞ。それに、この世界は違うんだ~! とも言っていたな。」
「アイネさんは、たぶん来てはいないと思うわ。」
「じゃぁ、リリーの花壇は大きくなっているかな。こうお花もたくさん咲いているとか、どうだい?」
身振りで説明するオレグ。
「? オレグの言う意味は解らないわ、起きて見に行けばいいわよ。私には以前と変わらない様に見えるもの。」
オレグは、そうか、と言ってふらつく身体でリリーの花壇を見に行った。そこには以前と変わらない大きさの花壇だった。バラの樹も背丈ほどには成長をしていなかった。
「オレグは夢を見ていたのよ。どお? 綺麗な私は居たかな?」
「あぁ、いたよ。魔法少女ソフィア! と言っていたよ。」
「アハハハ~!!」
オレグが起きたのでハイな気分になったのか、ソフィアは大きい声で笑った。
オレグはデンマークのお城に行く事を決めたのだ。
「まぁオレグったら。ようやく本調子になったのね!」




