・・・は止められるのです。
タイトルは前回のものと繋がっています。
今回、ちょっと長くなりました。
幹部会が終わり、【彼】はインヴァートの部屋に入る。そこで、目を閉じ、再び開くと、魔法陣の中央に座っていた。
「ふぅ。疲れたわ~。学園にはヨヒトに行かせよ。ボクばっかり働くんは嫌や。」
【彼】の名は、クルト。王太子の側近の一人だ。優秀な魔術師で、神殿内部の情報も簡単に手に入れられた。インヴァートという者は実際に王家を探っている神官だ。その神官をクルトは利用し、遠方から操っていた。ただ、インヴァートは操られていることなどには全く気付かず、全て自分の意思でしたと思っている。
クルトは部屋を出ると、同じく側近の騎士、ヨヒトに事情を話しに行った。学園の生徒たちを巻き込むことにしたので、査問会を長引かせてくれるように協力を取り付けに行ってこいと言うのが主な内容だ。
「俺、明日はローラちゃんとデートなんだけど。」
「ヨヒトの弟分が当事者やないか。今から学園行けば、坊主たちを捕まえられるやろ?」
「今夜はライラちゃんと約束が」
「ええから、行けや。」
クルトは、ぶつくさ言っているヨヒトを学園に無理やり転送した後、主である王太子に報告に行く。ドアをノックし、王太子の執務室へ入ると、そこには王太子、ディアン・ライト・セルドニーがクルトを待っていた。
「ご報告いたします。神殿は、弟君が本来の異世界の乙女を連れ去ったと断定しております。その証拠を集めるところでしたので、少々手を加えました。神殿の膿を全て出すために、時間稼ぎもしておきたかったので、学園の生徒を巻き込むことにいたしました。今、ヨヒトを学園に向かわせております。」
「そうか。しかし、何故、本物の異世界の乙女のことが神殿に知られたのか。」
「弟君が、口を滑らせたようです。本物の異世界の乙女をよりにもよって神殿へ連れていき自分の半身などと披露してしまったせいで別の神官にばれて神殿に弱み掴まれることになったのです。」
ゼンのせいで自分に余計な仕事が回ってきたと、段々イライラしてきたクルトは、早口になっていった。しかし、それでも一応主に対して丁寧な口調を崩さなかったのだが。
「仕方ないな。ゼンもずっと求めていた半身が自分の元に来て、気が緩んだんだろう。微笑ましいな。」
「微笑ましいやないわ!!主がそうやって末っ子に甘くなるから、面倒なことになっとるんやないか!」
ディアンは弟の話になると、ただの兄馬鹿に変わってしまうので、すぐさまツッコミを入れることになった。しかし、それを怒るディアンではない。今はクルトと二人なので、王太子としての威厳を取り払っている。
「クルト、ゼンは末っ子じゃないぞ?一番下はヒューイだ。」
「ゼン様とヒューイ様はあんま係わったことないやろ?そもそも、主がヒューイ様に構うようになってからそんなに経ってないし。確実にゼン様は末っ子扱いのままや。失敗しても主が何とかしてくれるとか、甘えとるで。」
「クルトから見れば、ゼンは至らないところが多いだろうが、あの子も頑張っているんだ。王家の者が神殿になんか行って風当たりが厳しいだろうに、俺のために行ってくれるなんて本当によくできた弟だ。シオンも俺を支えてくれている。二人とも健気で兄としてはもう少し俺に頼ってほしいところだ。」
「健気・・・」
どう考えても、ゼンはともかく、シオンはその言葉とは程遠い性格をしているとクルトは思った。シオンが殊勝なのは兄のディアンの前だけで、恐らくクルトがディアンの役に立たないと思ったら速攻で排除されるだろう予測は付く。
「それにしても、ヨヒト一人で大丈夫なのか?クルトの方が適任だと思うが。」
「ボクはあの学園とは無関係やし、そんな所にボクが行ったら神殿の連中に勘繰られるやろ。ヨヒトは卒業生やし、弟分がおる。訪ねていってもそんなにおかしないはずや。」
「それで、こちらの思惑通りにあの子たちが動けばいいんだがな。」
「ヨヒトに説得とかは期待してへんよ。あいつの訳わからん幸運に期待した方がまだマシや。とりあえず、坊主たちが査問会に出席するのは決まっとる。神託に肯定にしろ否定にしろ、何か話してくれればそれだけ長引くんや。その間に、神殿の上位の奴らの罪の証拠を数多く集めさせる。部下を目いっぱい働かせるつもりやから、特別手当出してくれへん?」
「考えておこう。」
**********
学園に無理やり転送されたヨヒトは、とりあえず学園の警備員の詰め所に顔を出した。ここで、学園に入る許可をもらうのだ。
「やあ、マリーちゃん。元気だった?」
「きゃあ!ヨヒト様!!お久しぶりですぅ。今日はどうされたんですかぁ?」
ヨヒトはマリーが居て助かったと思った。マリーなら融通をきかせてくれる。
「実はさあ、鬼みたいな同僚からおつかいを頼まれちゃってね。弟分に用事なんだよ。リオール呼んでくれるかな?」
「もちろんですぅ。ちょっとお待ちくださいねぇ。」
マリーは学園内に放送を入れると、すぐにヨヒトの所へ戻ってきた。
「面会室にご案内しますねぇ。こちらへどぉぞぉ。」
別に案内をされなくても、ヨヒトは一人で行けるのだが、大人しくマリーの後をついていった。
「ヨヒト様が最近学園に来て下さらないからぁ、寂しいですぅ。」
「そういや最近は剣の指導に来てなかったよな。マリーちゃんが俺の手を握って、来てね。って言ってくれれば毎日でも来ちゃうよ。」
「ほんとですかぁ!」
面会室に着くと、中には既に人がいた。ヨヒトが苦手とする男性警備員のアベルだった。
「ヨヒト様、学園に入るには事前に許可を取っていただかないと困ります。生徒と面会をご希望とのことですが、きちんとした詳細な理由が必要なのはご存知ですよね?」
「あー、理由な。ちょっとリオールに用があるんだよ。」
「詳細な理由と申し上げたんですが、具体的にお願いします。」
「アベル、いいじゃない。ヨヒト様はこの学園の卒業生だし、王太子様の側近も務めてらっしゃるのよ?身元は保証されているし、お断りする理由はないわ。」
「マリー、お前ももっと警備員としてきちんと仕事をしろ。確かにヨヒト様は素晴らしい経歴をお持ちだが、生徒に悪影響を与えないという保証はない。」
「あはは。それを言われると、否定できないよね、ヨヒト兄。」
三人が話していると、突然別の声が入ってきた。面会室にリオールが来たのだ。リオールだけでなく、ほかの生徒も一緒にいる。
「すみません、アベルさん。ヨヒト様にはまた剣の指導をお願いできないかと、リオールを通じて頼んでいたのです。それでヨヒト様が来て下さったんですが、リオールから非公式に依頼するというのはあまり褒められた行為ではないので、ヨヒト様も気を使ってくださったのでしょう。」
ヨヒトが面会の理由を具体的に話さないことをフォローしたのはミシェルだ。そう言われてしまっては、アベルもこれ以上ヨヒトを追及できなかった。
「わかりました。面会室使用報告書は後で私に提出してください。」
そう言うとアベルはマリーを連れて面会室から出ていく。その後ろ姿に、ウィンクをしながら、
「じゃあね、マリーちゃん。今日はありがとう。またマリーちゃんに会いに来るね。」
とひらひら手を振るヨヒトだった。
「あのさ、ヨヒト兄。マリーさんはアベルさんの恋人だぜ?相手がいる人は口説かないって言ってたろ?」
「知ってるよ。だから口説いてなんかいないだろ?」
「あれで?」
「口説いてたら、こんなところで別れないで、朝までずっとデートしてるさ。」
その言葉に呆れるリオールと、興味なさそうなウォルター、そして不思議そうな顔をしているヒューイとミシェル。
「朝までデートとは、徹夜ということか?ヨヒト殿は騎士だから、訓練などで眠らずとも動けるようにしているだろうが、それを相手の女性に求めるのは酷ではないのか?」
ヒューイがそう質問をすると、ミシェルも隣で頷く。すると、リオールが慌てて話を変えた。
「そういや、ヨヒト兄、用事って何?学園にわざわざ来るなんて急ぎのようなんでしょ?」
「ああ。そうだった。何でか都合よく4人揃ってんな。」
「それは、先程神官に呼ばれたことに関係しているのでしょうか。」
4人が揃っていたのは偶然ではない。この4人とゼンが異世界の乙女の虜になると神託で告げられた人物だ。この学園の神殿の神官は、幹部会からの知らせで4人に査問会に出席するよう依頼したのだった。その後リオールが面会室に呼ばれたので全員で来たのだ。
「やはり査問会というのに、ゼン神官が関係しているのか?兄上からヨヒト殿は何かを頼まれたのだろう?」
「そう思って全員でここへ来ましたし、面会理由も公にはできないんだろうと思い、勝手ながら口添えさせていただきました。」
ゼンはヒューイの兄でもあるのだが、直接の面識がないため、兄という実感は薄い。なので、呼び方も他人行儀だ。王家の派閥で、ヒューイは王派だと思われている。そこに王太子の側近が近づくのはいらぬ騒ぎを起こしそうだ。それを押してでも来たということは、ゼンに関わることなのだろうと、ミシェルは考えていた。
「話が早くて助かるな。神官から神託の話は聞いたか?」
「神託?俺らは新しく来た女生徒について話してくれって言われただけなんだ。」
「僕は会ったことがないから証言することもないって言ったんだけど、それでも僕も出席してくれって。」
リオールの言葉に続いて、面会室に来て初めてウォルターがしゃべった。
「知っていることを教えてもらえないか、ヨヒト殿。」
「まあ、俺が知ってることなんてそんなにないんだがな。」
そう前置きして、ヨヒトは話し始めた。神託の事、本物の異世界の乙女を隠しているのではないかとゼンが疑われている事、査問会をすぐには終わらせないでほしいということを話した。
「査問会の俺らの証言って、要は神託が外れている証明が欲しいってこと?」
「よくわからんが、神託が外れたってことになると、ゼン神官が罪に問われるとかなんとか。」
「じゃあ、査問会を長引かせるって何で?」
「さあ。クルトがそう言ってこいって言っただけだから、詳しいことは知らん。」
「ヨヒト兄、伝言預かってくるならもうちょっと内容を覚えてきてよ。」
「だから、そんなに知らないって言ったろ?よくわかんねえのに、クルトに無理やりここに送られたんだからな。」
そんな兄弟分の言い合いを他の3人は黙って聞いていた。その間、それぞれ聞いた情報を繋ぎ合わせて考えていたのだ。そして考えのまとまったヒューイが自分の意見を言った。
「確かに、アレは異世界の乙女という者の偽物かもしれん。アレに虜になる自分というのが全く想像できないしな。しかし、そのまま査問会で証言すると、ゼン神官が罪に問われる。それは兄上が望まないだろう。だが、そのために嘘をつくというのは気が進まない。」
「ああ、でもその子が来てからかな。僕、ジュリアともっと仲良くなったよ。」
「そう言えば俺も。クロエが俺といる時間を増やしてくれた気がするな。」
「そうか?最近はアニエスたちがアレといる時間が多くないか?確かに、アニエスとの距離は縮まったと思うが。」
ジュリアはウォルターの、クロエはリオールの、アニエスはヒューイの婚約者だ。
「じゃあ、令嬢たちは神託のこと知ってたんじゃないかな。で、異世界の乙女に自分の婚約者を取られないように頑張ったんじゃないか?いじらしいね。」
「ジュリアは僕のなので。」
「クロエに近づくなよ?」
「アニエスには会わせないぞ。」
「エミリーは渡しませんが。」
ヨヒトの言葉に4人が同時に言った。この点に於いては誰もヨヒトを信用していない。
「そもそも、神託の内容が違っているのではないですか?」
「やっぱり神託が外れたってことだよな。」
「いえ、そうではなくて、神託をきちんと受け取れなかったということです。」
ミシェルが言うには、過去にも神託が外れたことがあった。というよりも、後で考えてみると、神託を全て聞けなかったのではないか、と思われる出来事を読んだことがあるという。神託は、受け取る神官の能力の高さによって違うという。能力の高いものほど、正確な神託を受けられるのだ、とその本には書いてあった。
「今回もそうなのではないでしょうか。異世界の乙女を奪い合うのは、私たちではなく、私たちの婚約者なのでは?そう考えればつじつまが合います。私のエミリーがあんな女性を友人にするなど、そうでなければ考えられません。」
「なるほど。クロエが自分の馬をあいつに見せようと思ったら、ジュリア嬢に抜け駆けされたとか言ってた。確かに取り合っているのかも・・・」
「そんな・・ジュリアは人見知りする方なのに。その女生徒と親しくしてるの?」
「アニエスもいつもより柔らかい表情でアレに接していたな。考えたくはないが、アレは私たちの婚約者を虜にする魔物!?」
ミシェルとヒューイに至っては散々な言いようである。これを異世界の乙女の代役をしている莉音が聞いたら死んだ魚の目をして、『デスヨネー』と言うだろう。
「あれ?でも、ゼン神官に婚約者はいないぜ?それに結局国が亡びるってところがよくわかんないし。」
「ゼン神官と繋がりのある人物・・・ああ、そう言えばゼン神官の兄の第二王子がその子のことを気にいってるとか主が言ってたような。」
リオールの言葉に何の気なしに答えたヨヒトに視線が集中する。
「それだ!」
「第二王子が奪い合いに参戦する?確かに国が亡びるかも。」
「だが、兄上至上主義のシオン王子が国を亡ぼすとは・・・そうか。兄上を王とした新しい国を作るのかもしれない。」
「そうなれば、国が亡ぶという表現も間違っていませんね。」
学生たちにさえ、第二王子の恐ろしさは伝わっているらしい。どうやら信託の問題は解決したようだ。
「じゃ、神託は間違いじゃないけど、神官が聞き間違ってる。ゼン神官に罪はない。国が亡びるのは第二王子が魔王だから。これでいいな。じゃ、ライラちゃんとデートだから、俺は帰る。」
「あ、待って」
要は済んだとさっさと帰ろうとしていたヨヒトに、静止の声が上がる。
「あの、査問会に行けば、偉い人に会える?」
躊躇いがちに尋ねたのはウォルターだった。
「多分。」
「僕、お世話になった神殿のことで聞きたいことがあるんだ。」
「そう言えば、アニエスから不可解な話を聞いたな。」
「私も尋ねたいことがあります。」
「俺、何かあったっけな?」
彼らの神殿に対する疑問をクルトに持ち帰ると、クルトは上機嫌になった。
「なんや、坊主たちもそこそこ使えるやん。」
◇後日◇
「リオール、朝までデートというのは皆やっている事なのか?」
「私はエミリーにそんな無理はさせたくないのですが。」
「ええと、あの、それは・・」
ーごにょごにょー
「なっっっっ!!!」
「は、破廉恥な!!」
純粋培養のヒューイとミシェル。リオールは騎士団の団員たちに囲まれて育ったので、下ネタ的な話も聞いている。ウォルターは興味がない。




