その15 光の子(7)
「私は、ハナハナに出会って本来の自分を取り戻しました。水の高位妖精である自分の力
と使命を。だから、ハナハナには『光の子』としてもっと力を伸ばして欲しい。でも……」
「マーフ」自分がパッセルベルから出て行くのを悲しがってくれる人がここにも居る事に、
ハナハナは改めて感謝しました。
「ありがとう」
ハナハナは、そっとマーフの手を取ると、その手の甲にキスをしました。
すると。
それまで魔王の暗黒の魔法に染まったままだったマーフの黒い肌が、みるみる本来の水
の妖精の肌の色に変わりました。
「マーフっ?」
「これは……」
美しい虹色の光沢を放つ薄水色の肌の自分の手を見詰め、マーフは金色の目を驚きに見
開きました。
「元に、戻った……」
「これが、本当のマーフなんだ」
よかった、とハナハナは微笑みました。マーフは、泣き笑いのような顔でお礼を言いま
した。
「ありがとうハナハナ」
「ううん、私は何も……」
多分自分の力でしょうが、何となく信じられなくてハナハナは大きく首を横に振りまし
た。
その手を握り、マーフは力強く言いました。
「いえ、これはハナハナの魔力です。出会った頃より、ハナハナは確実に魔力が成長して
います。きっと将来は、魔王も凌ぐ魔法使いになります」
「そっ、そんな……」
「そうならなければなりません。ハナハナ、これだけは決して忘れないで下さい。何があ
っても、パッセルベルを忘れてはいけません。ここに住む人々を。大事な家族を。それこ
そが、魔王と対峙した時に唯一己を保ち、希望を持ち続けられる手段です」
一度魔王に負け、その足下に踏みにじられた経験を持つマーフの言葉は、ハナハナの胸
を打ちました。
「分かった。絶対、何があっても忘れない」
大きく頷いたハナハナに、マーフは何度も頷き返しました。
水汲みを終え、ハナハナは家へ戻って旅の支度をしました。
「それじゃ、行って来ます」
「いってらっしゃい」
ミィミは、台所でハナハナを抱き締めました。
モモは、大事にしていた指人形をハナハナにお守りだど言ってくれました。
同行するティーヴの後に続いて家を出て、ハナハナはトネリコの根元まで降りて行きま
した。
根元では、ハナハナを見送る大勢の人が待っていました。
一番前に長老がいました。その脇に、ニーニャが、涙を浮かべて立っていました。
「ハナハナっ」ニーニャは、ハナハナを見ると泣きながら抱き着いて来ました。
「本当に行っちゃうんだね?」
「うん」ハナハナは、親友の背中を片手で撫でました。
「元気でね、ニーニャ」
「ハナハナ……」
「しっかり、勉強しておいで」
長老が言いました。
「わしらは、いつまでもここでハナハナの帰りを待っておるよ」
「はい」
「いってらっしゃい」マーマおばさんが、わざと元気な声でいいました。
「身体に気をつけるのよっ」
「ハナハナっ!」
おばさんの後ろにいた子ねずみ三兄弟が、たたたっ、と前へ出て来ました。
「これっ」と目の前に手を出したのは、リックでした。
「なあに?」
「持ってって。作ったんだ」
リックがぱっと手を開くと、掌に小さな木彫りの花が一輪、乗っていました。
「トネリコの花。ハナハナが、パッセルベルを思い出せるように思って……」
「ありがとう」ハナハナは微笑んで、その小さな一輪の花を手に取りました。
「絶対忘れないよ」
いってらっしゃい、と三兄弟が涙声で言いました。
そして、大勢の人が、ハナハナにいってらっしゃい、と言いました。
ニーニャも、涙を拭いて「いってらっしゃい」と言いました。
「待ってるからね」
「うん、絶対戻って来るから、ニーニャも待ってて」
うん、とニーニャが頷いたのを見て、ハナハナは笑顔になりました。
「行って来ます」
元気な声でそう言うと、ハナハナは歩き出しました。
トネリコの根元を離れ、しばらくして、ハナハナは足を止めました。
そして、大きなトネリコの木——パッセルベルの村を、見上げました。
「どうした?」振り向いたティーヴに、ハナハナは言いました。
「私……、絶対守るから。パッセルベルも、世界も」
「ああ」と頷くティーヴと同調するかのように、トネリコの大きな枝が、雪風に微かに揺
れました。
その15 光の子 完
——「パッセルベルの猫の妖精」完
「パッセルベルの猫の妖精」は、これで完結です。
ここまで読んでいただいて、ありがとうございました。
1話目から、最終話まで、時間がかかってしまいましたが、なんとかこぎつけました。
お気に入りにも、35件も登録していただけました。ありがとうございました。
地味なお話でしたので、気に入って下さる方は僅かかなあと思っていたので、望外の喜びです。
また、次の作品もファンタジーで頑張りたいと思いますので、よろしければ、ご感想なり、お寄せ下さい。