その9 わがままエマ(3)
お母さんの顔を見てほっとしたモモは、お人形を持ったままミィミに抱き着いて泣き出
しました。
「まあまあ、喧嘩しちゃったのね?」
「モモが悪いんじゃないよ、お姉さん」
ハナハナはミィミにいきさつを話しました。
「……それで、ハナハナがエマを叩いたのね?」
「うん。いけないと思ったんだけど……、あのままじゃお人形が壊れちゃうと思って……」
「そう。でもね、人を叩くことはよくないわ。ハナハナは分かってるからいいけど、今度
は絶対ダメよ?」
「はい、ごめんなさい」
「謝る相手が違うわ。エマに謝らなきゃ」
そう言うと、ミィミはモモを抱き上げました。
「とにかく家へ戻りましょう。エマのところには、それから行きましょうか」
ところが、ハナハナ達が家へ入って間もなく、マーマおばさんが来てしまいました。
「ミィミ、この間のワッフルの作り方、教えてもらいたいんだけど」
久し振りに旦那さんが帰って来たというので、マーマおばさんは美味しかったミィミの
ワッフルをふるまって上げたくなったのです。
用事があるから後で、という訳には行かなくなったミィミは、
「ごめんねハナハナ、一人で行ける?」
ハナハナは 「うん」と頷きました。
元はと言えば自分が捲いた種です。エマの家へは、なるべくなら行きたくありませんが、
覚悟を決めて 、椅子から立ち上がりました。
「じゃあ、行って来ます」
ハナハナが玄関から出ようとした時、突然扉を叩く音がしました。
「ミィミさんっ? ミィミさんっ!」
エマのお母さんのナニィの声です。ミィミはハナハナに奥に戻るように言うと、ドアを
開けました。
「こんにちは」
「こんにちはじゃないでしょうっ?」
ナニィは挨拶もせずに、いきなり家の中へ入って来ました。
「あなたは、一体子供達にどういうしつけをなさってるのっ?」
強く言うと、夏だというのに肩に掛けたレースのショールの方端を引き上げました。
「ハナハナが、エマちゃんを叩いてしまった事かしら?」
「そうよっ! エマは痛い痛いって、それはもう可哀想なくらいに泣いて帰って来たのよ
っ! あんな可愛い子を、どうして叩いたり出来るのっ!」
「それはっ!」部屋の奥に居たハナハナは、ナニィの言い方にかっとなって言い返しまし
た。
「エマがモモのお人形を無理矢理取ろうとしたからよっ!」
「そんなはずありませんっ!」
ナニィは、猫というより狐の妖魔のような鋭い目つきで、ハナハナを睨みました。
「エマはとってもおっとりした子なんですっ。人のものを欲しがるなんてそんなはしたな
い事、する子じゃありませんっ! それに、エマには宅の主人が、この村のどの子よりた
あくさんおもちゃやお洋服を与えていますっ」
「でもっ、エマはモモのお人形が可愛いから欲しいって、無理矢理引っ張って取ろうとし
たのよっ!」
「あり得ないわっ!」
「ナニィ」ミィミが静かに言いました。
「確かにハナハナがエマを叩いたのはいけないこと、謝ります。でも、エマがモモのお人
形を欲しがって引っ張ったのも事実よ。それは、エマとモモの両方が悪いわ」
「どうしてうちの子が悪いの? 大体、ハナハナはリック達いたずら兄弟やら、ニニィの
子供達とも仲が良かったんでしょう? そんなだもの、乱暴な筈だわ」
それにはマーマおばさんが怒りました。
「ちょっとナニィっ! うちの子供達の何処がいたずら小僧の乱暴者だっていうのっ?」
ナニィは小柄なマーマおばさんを、横柄な態度で見下ろしました。
「あっちこっちでいたずらをしでかして、村中迷惑してるのはみんな知ってると思うけど
? もしマーマがご存じないなら、それは親としては全く目が届いてないということねえ」
「言わせておけば…っ! あなたの家のわがまま娘の方が、よっぽど村の人達に迷惑掛け
てるんじゃあないのっ!」
「まあっ! あんな大人しくて可愛いエマの、何処がわがままだっていうのよっ!」