22. 帰る場所
それから、しばらく会話は無かった。
ただ、静かに見つめ合うだけ。
電車は音を微かにたてながら、
ホームに入ってくる。
「じゃあ、そろそろだね」
「ああ」
もう、行かないという選択肢はないのだろうか。
いや、多分俺が止めたら、
美樹は行かないんじゃないかと思う。
…でも、それは正解じゃない。
美樹は、自分でこうすると決めた。
つまり、彼女の決断こそが正解なのだろう。
だから、俺は、
「元気でな、風邪引くなよ?」
そう、
茶化すような事を言うことしか出来なかった。
【4分】
「…ばか、なるわけない」
美樹も、小さく答える。
その時、電車のドアが開いた。
「そろそろだね……」
「……だな」
もう、終わりだ。
なにか、かける言葉はないだろうか。
「あぁ、美樹。あのな、」
「…ん?」
「す……好きだ…よ」
それは、自然に出た言葉だった。
【3分】
もっと違うことを言うはずだったのに、
声に出たのはそれだった。
「え、あ……うん…うん……」
彼女は小さく頷く。
「……うん…」
頷き続ける。
ずっと、ずっと。
「なんで、今言うのかなぁ……」
「ごめん…」
「……でも、嬉しいよ
私も、そんな感じだったから」
「そんな感じって?」
「私は、この気持ちが何なのかは分からないけど、
和人さんの顔を見てたら多分同じなんだなぁって、そう思う」
【2分】
「そっか…俺、どんな顔してる…?」
「そりゃあもう…ひどい感じかなぁ」
涙なんて、止まるはずがない。
俺の顔は多分、
ぐちゃぐちゃになっていることだろう。
「そっか…俺そんなにひどいか……」
「ふふっ、そうだね…」
アナウンスが、駅構内に響き渡る。
「……じゃあ、いくね」
「あぁ……」
そう言って、彼女は俺に背を向ける。
その背中が、どこかで俺を拒絶した様に見えた。
そのことに、耐え切れなくなる。
「……っ、美樹…!」
そう言うと、彼女はこちらに振り返る。
その時見せた控えめな笑顔。
【1分】
「…うぉっと……どしたの?」
彼女を抱きしめる。
静かに、でも、強く。
その身体は、どこか弱さもあって、
でも、何か決意みたいなものも感じて、
そして、温かい。
でも、指先は凍えるように冷たくて、
「…やっぱ寒いんだろ」
「まぁね」
「風邪、引くなよ…」
「…うん」
「待ってるから、いつか、戻ってこいよ」
「……うん」
発車のベルが鳴る。
「……じゃあ、ね」
彼女は俺の方を見上げた。
その瞬間、唇に小さな感触を感じる。
「……あぁ…」
そして腕の中から、
ゆっくりと微かな温もりが消えていく。
離れていく。
もう、止められない。
『発車します』
「じゃあ、な」
「うん」
そして、ドアが閉まる。
二人とも、顔は合わせない。
見てしまうと、また迷ってしまうから。
それでもホームから離れた瞬間、
我慢できなくなる。
「美樹....みきぃぃぃぃぃぃ!!!」
せいいっぱい、手を伸ばす。
ホームには、誰もいない。
その手が掴み取れるものは何か。
電車の灯りは、遠く遠くに離れてゆく。
時間は待ってはくれない。
追いかけても、もう追いつけない。
だから、自分は待つしかないのだ。
彼女の、帰る場所で。




