23. 彼と彼女の物語
暗闇の中、帰路につく。
走ってきた跡を、そっとなぞるように、
自転車を押しながら、
ゆっくりと、ゆっくりと歩いていく。
隣にも、後ろにも、誰もいない。
あるのは、静かな黒い海だけ。
そのことが、自分の胸を強く締めつける。
もしかしたら、戻ってこないんじゃないか。
もう二度と、会えないんじゃないか。
不安が、心をかき乱す。
その胸を押さえ、道を踏み続ける。
どこにも、吐き出せない想いを込めながら。
家のドアを開ける。
明かりのついていないその部屋は、
凍えるように寒かった。
彼女のいなくなった部屋はまるで
人の温もりなんてどこにも無いようで、
元々はこの状態が普通だったのに、
たった数ヶ月、温もりを感じただけなのに、
人は、ここまで変わるのだ。
居た時には感じなかった思いに潰される。
苦しくて、くるしくて、
息ができなくなるほどに。
こんなに重いなら、
こんなに辛いなら、
初めから出会わなければ、
好きという気持ちに、
気付かなければ良かったのかもしれない。
気付かなければ、
もっとこの気持ちは楽だったろうか。
この想いが、少しでも軽くなっていただろうか。
それでも、その仮定は無意味だから。
時間は戻らないから、
待ってくれないから、
この気持ちを、受け入れなくてはならない。
もう、手に持っている手紙は
ぐちゃぐちゃになっていた。
俺は美樹の部屋に行き、
それを静かに机に置き、部屋を出た。
いつものリビングに戻り、
そこからベランダに出る。
冬の夜風は秋とは違って、寒くなる一方だった。
寒さに震えながらも、空を見上げる。
冬の澄んだ空気が、星空をはっきりと魅せる。
理由はないけど、
何故かこの景色を見たがっている自分がいた。
でも、それを達成した俺は、早く暖まりたかった。
ベランダの扉を開けた時、ふと端の方を見る。
ベランダの端には、
プランターが幾つか置いてある。
けれど、
そのうち殆どは何も植えずに置いているだけ。
ただ、彼女が残したリナリアの鉢だけは、
この暗闇の中で小さな花を咲かせていた。
ある冬の夜。
彼と彼女はまた、違う景色を見た。
出会う前は、何も感じず見ていた景色。
その景色は今、彼らの目にどう映るのか。
その心に、どう問いかけるのか。
何も感じずに終わるのだろうか。
はたまた、何かを思うのだろうか。
同じ月、同じ空の下に存在する二人。
彼らの間は、広くて、近い。
春が次第に近づく、2月上旬。
俺はいつものように、
かすみさんと広樹さんのお墓に来ていた。
少し高台にあって、
海も、山も、駅も見渡せる場所。
「…ふぅ」
お墓の周りの掃除を終え、
花も添えて、一息つく。
そして手を合わせる。
「…………よし」
それも終わり、片付けに入る。
広樹さんは、かすみさんと同じ墓の中に入った。
数ヶ月前までここにいたのは、広樹さんだった。
ここに来る度思い出し、涙を流しそうになる。
でも、毎回それを抑え込む。
広樹さんがいつもそうしていたように。
片付けも終え、立ち上がる。
「じゃあね、お二人さん」
いつものここでの別れの挨拶。
そして、後ろを向いた。
その時、
「………っ!」
坂の下に、2人の少女を見つけた。
1人は、セミロングよりも長い髪に、
白いワンピースを着た女の子。
そしてもう一人は、短めのショートカットの髪に、
ほとんど同じ、白いワンピースを着た女の子。
顔はここからは見えない。
それでも、心の中に何かの確信があった。
持っていたものを地面に置き、走り出す。
せいいっぱい、手を伸ばしながら、
坂を下っていく。
途中で何度か転びそうになりながらも、
常に全速力で下っていく。
近づいていくと、
徐々に顔がハッキリと見えてくる。
「…………き!!」
そう、それは_______________
衰退した、ほとんどの人にとって関係のない町で、
それでも、ほんの一握りの人にとっては
かけがえのない場所で、
そんな最果ての地で起こった、
小さな、小さな物語。
そんな物語なんてどこにでもある。
でもその1つ1つには、
その周りの人が想う大切な何かがあって、
それが全部、きらきらと輝いている。
彼らの旅路はこれからも続いていく。
でもそれは、また別の物語。
『最果ての地で。』
最後までお読みくださりありがとうございます。初投稿作品で、至らぬ点も沢山あったとは思いますが、自分としては一作書き終えたんだなぁという気持ちでいっぱいです!
次はこの物語より、少し前のお話を書こうかと思っています。その時は、またお付き合い頂けたらと思います!
本当にありがとうございました。
作中の、広樹とかすみのお話です。
http://ncode.syosetu.com/n2953cy/




