六.合宿の準備
日曜日、先輩達の優しさに触れたからか、いつもよりグッスリ眠ってしまって、予定より少し寝過ごした。十分程度だから一向に困らないけどね。手早く準備をして家から出て行った。十五分はかかるから急がないと。私はカロリーメイトを食べながら走っていった。走り込みの代わりにも丁度いいし。
私服でいいということだったので、私は夏らしく、薄い水色のひらひらしたチュニック、白くふんわりとしたスカートに、蜂蜜色のグラディエーターサンダルで身を包んだ。因みに髪はハーフアップ。暑いじゃん。
私達は合宿に必要なものを買うため、店が沢山並んでいる通りにいる。寝坊した如月以外は、しっかり9時までに集合した。如月は五分後に走って現れたんスけど。
「じゃ、解散」「「「了解!」」」
如月が通りに着いた瞬間に、赤沢がそう発すると一斉に元気よく返事をする皆。あっ、という間にバラバラになる皆と、その場に立っている私と赤沢。喉が渇いたから近くの自販機でお茶を買う。(ちゃんと赤沢の許可は貰った)
皆を待ってる間は私たち二人は雑談をして時間をつぶす。話は何でこういう風に仕事を分担したかになる。
「こうした方が早いでしょ?」「赤沢も行ったら、もっと早く終わるんじゃねースか?」
「俺は涼のナンパ防止。あとほら……俺力弱いし」
そうでもないと思う、じゃないとテニスできないッス。現に今の私の握力も強いッスよ?ま、じゃないとハンドリングとかに色々と支障が出るんスよね~。
いやでも、それより…。
「何でナンパ?」「涼にファンクラブあるの、知ってた?」「え!?また出来たんスか!?」
中学時代や桜凛にいた頃、バスケ部レギュラー陣皆にファンクラブがあった。ワザワザ練習中にキャーキャー言いに来る(煩いだけだった)なんて皆暇人ッスね、と思ったからよく覚えてる。
赤沢はまた?と不振がってたけど無視した。女の子にもファンクラブってできるんスね。でも、なんで私みたいな平凡な子に?マリっちみたいに、特に可愛い訳じゃないし。
「バスケの野良試合でできたみたい。格好良かったって」
海王中バスケ部として、プレースタイルでファンができるのは嬉しいんスけど……。なんかフクザツ。
「あれ?りーくん?りーくんだよね!」
パッと振り向けば、ニコニコしながらこちらを見てくる、我らがマネージャーことマリっちがいた。え?何故にここに?と、その前に、誤魔化さねばならないんすよね。
「い、いや。人違い「じゃないよ!!私が分かんないと思うの?」ですよね~」
―――――マリっちには勝てる気がしないっス。
フフーンと当ったことが嬉しいのか、久々に私に会えたことが嬉しいのか(そっちの方が嬉しいけど)、花が綻ぶように笑う。やっぱ、マリっちには笑顔が似合うっス。
まあでも、隣にいる赤沢に変な誤解を与えないように、今すぐ問い糾したいのを我慢してくれているようだった。
「でもどうしてこっちに?」
そのことに感謝しつつ、気になったことを聞く。マリっちは東京の人だ。なのにこっち、神奈川に来るなんて変な感じがするんスよね。タッキーが現れでもしたら面倒だし。
「いや、近くのスポーツセンターの姉妹店がこっちにできたから。品ぞろえを見に来たの」
流石、敏腕マネージャーは違うっスね。ここら辺はまだ東京寄りだから近いってこともあるんだろうけど。
「フフ、楽しそうだね、涼。こちらは?」
放置されていた赤沢が口を挟む。マリっちも気になるようだし、紹介しなきゃ。
「あ、ゴメン赤沢。こっちは中学の時の友達の杉原さん。マリっち、こっちクラスメートの赤沢ッスよ」
二人とも頭がいいから、それだけで通じるからいいんスけど。二人ともニコニコしながら挨拶を交わす。タッキーとか、ツーとかならこうはいかないんスけど。
「あのさ色取り取りのマスクかぶって~っち」
その時、何かを言おうとした赤沢は、一本の着信(嵐のTro○ble m○kerって……)で封じられた。赤沢は舌打ちを一つ打って携帯に出た。今、電話が来て良かったっス。
「何?・・・うん、うん。・・・は? 、有理がいるだろう。はぁ……分かったよ」
渋々電話を切ると、赤沢は溜め息混じりに私達を見た。たぶん、如月のせいっスね。
「…ごめん、大輝がやらかしたみたいだ。売られた喧嘩を買っちゃったらしい」
「あー、如月は血の気が多いっスもんね」
もう高校生なんだから落ち着けばいいのに。ツーとかタッキーにも言える事っスけど……。止める側の気持ちにもなってほしいっス。
「有理が行くよりも、俺が行った方が早いからって連絡が来たんだ。………で、杉原さんにお願いがあるんだけど」
赤沢がちょっと困った顔をしてマリっちを見る。
「なあに、赤沢君?」
「涼の事、頼みたいんだ。これだけ大量に荷物があるとね、一人だと心配で」
「うん、いいよ。その代わり、帰ってきたらりーくん連れて行っていい?」
「ありがとう。俺たちが帰ってきたら、涼も帰っていい。いつも仕事を頑張ってるから今日はもういいよ。ちょっと早めのご褒美って事で」「お言葉に甘えさせてもらうっス」
つまり、今日休みあげるから合宿は頑張れるでしょ?って言いたいんスかね。
そう言って軽く手を振り、走り去っていく赤沢の背中を二人で見送った。日焼けをしないように、木陰のベンチに座った。脇と足許には、女子高生一人では運べない程ある荷物。私は隣にいるマリっちとおしゃべりをして、誰かが戻ってくるのを待つことに。
「赤沢のすぐはいつなんスか~!もう!」「ま、まあ。色々あるんだよ。赤沢君にも」
腕の時計をチラチラ見ても、問題は解消されない。それに、そろそろ買ってきたお茶も切れる。先程まで買っては戻ってきた光定メンバーも戻ってこない。
「ね、りーくん。赤沢君の手前言わなかったけど、なんでその、女の子になったか聞いてもいい?」「ここじゃ人が多いから、後でもいいっスか?」「話してくれるならいいよ」
それからタッキーがどうだの、テニス部がああだの話していると、不意に目の前の影が濃くなった。
「君ら今暇?」ゆっくりと顔を上げてみると「可愛いね、一緒にお茶しない?」
え?…え?えー!? 目の前の現実が信じられず、何回も瞬きして何度も目を擦った。どっから来たんだよ、と聞きたいナンパ男が二人現れた。……この言い方じゃドラク○みたいっスね。隣でおろおろしてるマリっちは確かに可愛いけど、私はそこまで可愛くないんスけど。ていうか、これだけ大荷物持ってる女子に声をかけるってどうなんスか?ただのバカっスよ。呆れを顔に出せば、目の前の男はたじろぐ。
と、そのとき
「杉原ちゃん達、しゃがめっ!!」
その声に反応して私達は頭を下げる。その頭上をオレンジ色のボール(ま、バスケボールっスけど)が飛びすぎて、ナンパ男たちにぶち当たる。……ドゴって痛そうな音がした。勿論、どう考えたって、ユウのパスの方が痛いに決まってるんスけど。
足元に跳ね返って転がるボールを拾うと、目の前のナンパ男2はボールを投げてきた方にいる男子(声からしてタクと同じ秀央高のすずむーだけど)に吠えかかった。
「テメ!何しやがる!こいつに当たったじゃねーか!」
「俺しゃがめって言ったんすけどねー」
そうすずむーがふてぶてしく言えば、覚えていろよと言って転がってる男子を引きずってナンパ男は去って行った。
「杉原ちゃん大丈夫か?そっちの彼女、も……って木村!?なんでここにいんのさ!?」
二人がかりですずむーを落ち着かせれば、すずむーもはっとなって「そういう訳か」と一人納得する。どんだけ理解力があるんスか……。流石にそれぐらい理解力がないと、タクの相棒はできないっスね。どんだけハイスペックなんスかね、この人。
「そういうすずむーは何でここに?」
「家の用事でこっちに来てて、今日帰る前にブラブラしてたんだ」
なんだ。たまたま通りかかって助けてくれたんだ。ありがと、すずむ―。てか、ブラブラしてるなら…。
「じゃあ、この後時間あるっスか?」「ああ、あるぜ」「じゃあ、あとで付き合ってよ」
頷いてくれたすずむ―にありがとうって言おうとしたら、誰かがこっちにやってきた。
「ごめん、お待た…誰?」「こっちは前の高校の友達の鈴村臨君っスよ。さっき、ナンパから助けてくれたんス」「え?やっぱり?」
やっぱりって何スか? (二人とも結構な美人である) マリっちはともかく、私は平凡っスよ?なぜか、赤沢とすずむーは仲が良くなり、目の前でがしっと握手してた。なんで?一緒に来てた如月もポカンってしてるんスけど。
「じゃ、鈴村君。二人の事宜しくね」「赤沢君も、鈍感の傍だと大変でしょー」
さり気なく仲良しになってるすずむーに私たち三人はついていけなくなりかけた。バスケ三人組は如月と赤沢に別れを告げて、近くのファミレスに向かう。最近ファミレスに行く率が高いっスね…。
「もう一回聞くけど、りーくん、だよね?」「そうっスよ」
「でも、お前……女の子、だよな?」
恐る恐る聞いてくる仕草と表情は、私のことを心配しているのがよく分かる。私は、大切な仲間と、その相棒を悲しませていたことに少し罪悪感が募る。
「…ちょっと話聞いてもらって良いっスか?」「うん」「ああ」
それから、頼んだ料理を待ってる間、WC後の病気発症から今までのことを話した。マリっちも、すずむーも、黙って私の話を聞いてくれる。その心遣いが嬉しかった。
「……で、流石にバスケ部入ると、知り合い皆に見付かりそうだし、自重してるんス。あ、でも趣味程度にはやってるスよ!バスケはこれ以上ない位に大好きだし!」
無理して笑っていることに気付いたのだろうか、マリっちもすずむ―も、少し悲しそうな顔をした。二人ともなぜ顔を見合わせるんスか?
「…何で見つかりたくないの?」
私をじっと見つめて、答えを待つマリっち。
「まあ、さ。数ヶ月前は男だった奴が、いきなり女になってたらさ」
「気持ち悪い、ってか?」
言い淀んでいたらすずむーが言葉を紡いでくれる。その通りだけど、ハイスペックな彼ならほっといてくれないのかなとも思ってしまう。“オレ”の事考えてくれてるのに失礼なことだけど。
「うっ。すずむーもハッキリ言うね。なんつーか、言葉には言い表し辛いけど、嫌なんス……」「りーくん……」
「私、あの人達には絶対に嫌われたくないんスよ。勿論二人にも」
苦笑しながら二人を見れば、マリっちは、眉間に皺を寄せて、唇を尖らせていた。え、可愛いけど何で!!
小さく息を吸って先生のように、”オレ”を指差して、マリっちは口を開く。
「りーくんっ!」「は、はいっスっ!」
「りーくんは、翔やユウ君が、いきなり女の子になったら気持ち悪い?嫌いになる?」
そんなの聞かれるまでもない。勿論、即答で答える。
「思うわけないし、嫌うわけないっスよっ!タッキーはタッキーだし、ユウはユウっス!性別なんて、どうでも良いッス」
「だろ?なら、七宝全員、同じだと思うけど?」
マリっちは、花が咲くようにかわいらしく、ふんわりと笑う。その隣のすずむ―ですら、いつものニヤッというような笑みでなく、”オレ”に微笑んでる。うん、それは俺も一回は思ったっス。でも、でもね…、そうじゃないんスよ……。
「でも、いざ話したら”オレ”の想像とは違って、気味悪がる可能性だって、低いとしてもあるわけじゃないっスか…。こんな私を、二人は受け入れたけど、近付くなって言われるかも、しれないじゃないっスか…」「「……」」
黙ってしまったこの場。確かに、これは自分の保身のためで、皆に迷惑をかけているんス。けど、さ。皆に嫌われたら、今までの綺麗な思い出だって、全て辛くなっちゃう。そんなの嫌だ。
「そう言われたら、私は耐えられないス」「りーくん……」
「私ね、改めて、自分から離れてみて分かったんスよ。すっげーあの人達を尊敬して依存してた事。大好きな事。そんな人達から近付くなとか言われたら、さ…」
私の考えが通じたのか、二人まで辛そうな顔をする。二人にそんな顔してほしくなかったのに。二人は、笑顔の方が似合う。
「勿論、本当は会いたいっスよ?会って、話して、笑って…、たまに弄られたりして……でも。でもさ、もう……無理かも知んねーじゃないっスか。中学の頃みたいには二度と戻れないかも」
べらべらと動く口を漸く閉じた。
すると、前からは、鼻を啜る音が聞こえる。チラリと前を向くと、マリっちが泣いていた。え、何で泣くの!泣かせるような話はしていない、はずだ。
「ちょ、マリっちっ!?」「ご、ごめっ、りーくんの考え、全然理解できてな」
すずむーが、マリっちの肩を軽く叩いている。ごめん。なんかごめん。すずむ―に、マリっちを宥めさせたままなのもどうかと思う。てか、何ですずむ―は何も言ってこないんスか!?
「謝らなくていいッスよ!可愛い顔が台無しっス!」「りーくんから、言われたくない」「え―――!?」
私の顔は、マリっちからのお墨付きということでいいのだろうか。かわいいマリっちから言われると、少し照れる。
一先ず、カバンから使ってないタオルを取り出して手渡す。この買い物の後、ストバス行く予定だったからね。常備しといてよかった。すずむー、マリッチの横でそっぽ向いて肩プルプルしてる。”オレ”の反応で笑うなっ!!
「あり、がと」「いーえ。……それで、マリっち、すずむーも」
いくらかマリっちが落ち着いたとこで、本題に入る。きっと二人からしたらお見通しなんだろうけど、念のためにっス。
「わかってる。大丈夫、誰にも言わない」「ありがとう、マリっち」
マリっちは、泣き顔をタオルで隠して答えた。流石風詠の姫宮。何でもお見通しっスね。隣に座ってる臨も続けて口を開く。
「俺もだ。エース様にも竜崎にもいわねーよ」
「ありがと。つーか、笑わないでほしかったっス!」
「無理だな。杉原ちゃんにはわりーけど、お前の反応おもろかったもん。なんか中学男子が好きな子泣かせちゃったみたいだったし」
すずむ―も分かってくれたようだ。笑われてちょっとムカッと来たけど!!マリっちは、いつもの明るい笑顔とはまた違う、優しい笑みを浮かべて、白いパーカーのポケットから、携帯を取り出す。
「りーくん、誰にも教えないし、言わないからさ。番号とアドレス教えて?」
「え?」「あ、俺も」
あの、今なんて言った?メアド教えてって言ったっスか。なんでいきなり!?
「だって、居なくなった、って桜凛の人達から聞いた時に電話もメールも何十回もしたけど、繋がらなかったんだもん。私達と連絡取れないように、変えたんでしょ?」
「う、うん」
皆して、そういう事は気付いてから送るのやめたんだろう。なんか申し訳ない。でも、会いたくない。嫌われたく、ない。そこを察してくれての一言だ。
「俺らにはもうばれてんだしさ、困ったときには相談できんだろ?」
「しかも、七宝の情報も横流しできるよ。りーくんにとってもいいでしょ?ね?教えて?」「そうだね。良いっスよ」
横流しって…。こんなにも楽しそうに言う、すずむーとマリッチには敵わない、と諦めた“オレ”も鞄からスマホを取り出し、赤外線でお互いのデータを交換する。終わった時には料理が来ていて、そのまま料理を食べる。そのまま、この後は皆で買い物に行くことになった。ま、書店では料理本も見るつもりっス。そのまま時間は過ぎていき……
「……今日はありがとっス、二人とも」
「此方こそ。りーくんに会えて良かったよ!タオルは、今度会うときまでに洗濯して返すね」
「いつでもいいスよ。お蔭で心が軽くなったっスから」
三人でクスクス笑う。一緒に歩いている間、共通の話題の多い私たちは会話が尽きない。離れても七宝は変わらない。それを久々に感じた。すずむ―は七宝じゃないけど、なんか、長い間一緒にいた気がする。変な感じっスけど、ハイスペックなすずむ―だから仕方ない。ま、今更とかいうやつっスね。
「すずむ―、マリっちを宜しくね」「おう」
「マリっちも変なのに絡んで行っちゃダメっすよ、タッキーにでも迎えに来てもらってね」「分かってるよ。っていうかりーくんの方が心配」「それこそユウのイグナイトっス」
すずむ―もマリっちも、苦笑して私を見る。でも納得しちゃうあたり二人も同罪っス!あれ、お腹に当たれば痛いもんね。
「じゃ、またね!二人とも」「りーくん、バイバイ!」「じゃーな。木村ちゃん」
マリっち達が乗った列車が出ていくのを見届けると、私は再び真っ直ぐ歩き出した。
合宿かあ。どんな事するんだろう。どんな面白いことが待っているんだろう。マリっちもその時期にあるって言ってたし、何処とするんだろ。
“オレ”は我らがキャプテン、竜王蒼也の勘の良さや頭の良さについて何も考えていなかった……。