三.女子って、怖いもんなんスね
マネージャーになって、五日が過ぎた。私のクラスは、「涼ならしっかり仕事してるし、マネしていいよね」って子がいっぱいいる。(テニス部のファンクラブの子もだけど) ま、私自体がこんな性格だから、警戒するのが馬鹿らしくなったんだと思う。私が、男に、キャーキャー言う所なんて想像もしたくない。次の授業は体育だけど、リクリエーションで終わるだろう。すでに出来た、女友達と一緒に行った。
「んじゃ、今から鈍った体に鞭打つぞ。男子は外周。女子は短距離な」
うわぁ、男子ドンマイ。今から授業が終わるまで二十分位ある。そういえば、たまにリューセーが体力UP週間と称して、外周させてたっスね、四十周ほど。アレ、ユウを除いたレギュラー以外めっちゃバテてたっスね。
今日は、BとDで合同の授業だ。女子の人数が多いから楽でいい。外周は嫌いじゃないけど、自分のペースがうまく作れない、授業でするのは嫌だったなぁ。
「きむー、次あんたよ」「ハイッス~!!」
同じクラスの宗像さんが声を掛けてくれた。スタートダッシュから感じていたが、走っている間に体が鈍っていることを痛感した
。
「木村さん、13.4」「え、遅っ」「は?」「いやっ、…なんでもないっス」
陸上の子に、凄く怖い目で睨まれた。去年ならもっと速かったのに……。あ、でも四クォーター分は走れるけどさ。やっぱり、走りこむしかないっスね。ああ、せっかく鍛えたのに、また鍛えるしかないんスか……。
「木村さん」
隅の方でリューセーの考えていた鬼メニューを思い出していると、三人組の女子が来た。その中の強気な子が言う。
「今日の昼休み始まったらすぐ、第一体育館に来てちょうだい」「え、告白?」
敢えてすっとぼけた回答を口にする。だって、こういう子って、揶揄すると面白いんスよ。あ、軽くっスよ? 私はゲスい人じゃ無いッス。そこんとこはき違えないでね!?
「そんなのある訳無いでしょう!! じゃあ、確かに伝えたから」
それだけ言ってまたグランドに戻っていった。揶揄しただけなのに酷いっスね。ま、面白みの無いだろう呼び出しには行ってあげるっスけど。絶対「あんたなんかマネに相応しくないわ」だの、「皆の優しさに甘えないでちょうだい」しか言わないだろう。
……面倒っス。
「涼。いつまで考えてんだよ。授業終わったぜ」「え、嘘!?」「本当だよ」
考え込んでいると、周りなんて気にしなくなる悪い癖が出たみたいだ。前を見ると、解散したのであろう生徒達がこちら(校舎)に向かってきている。外周やらされて、元気とか、どんだけテニス大好きなんだ、こいつら。まあ、基礎体力は、あるに越したことは無いんスけどね。やっぱ、負けたくもないし。それなら”オレ”も同類か。
「どうした?」月影や赤沢に続き、村田もこちらに来た。
「いーや。なんでもないっス」「じゃあ、戻ろうか」
三人に急かされ、校舎に戻っていった。途中で昼休みのことを話す。
「昼は先に食べといてね。用事あるから」「分かった。放課後は?」
「ちょっと遅れるかも」
女子の呼び出しとか言ったら、面倒臭いことになる。マリっちの時がいい例っス。まあ、”オレ”も率先して、文句言いに行ってたんスけど。
「今日はミーティングだから、急いでね」「OKっス」
次の授業で午前は終わる。数学とか面倒だ。光定より、桜凛のほうが授業の進み具合は速い。更に、桜凛は、高一で高二の内容にも触れているからつまんないっス。
速く終わらないかな~と考えると余計に長く感じた。
「赤沢! ちょっと出るっス」「いってらっしゃい。あと、勝ね」
「帰りにお茶買って来いよ」「イヤっスよ!!」
チャイムが鳴ってすぐ私は教室から出て行き、走って体育館裏に向かった。女の子を待たせると言うのも癪だったからっスだけど。
体育館裏に着くと、すでに先程の三人組は待っていた。チャイム鳴ってすぐに出たと思ったんだけど、速くないっスか?
「遅かったわね。待ちくたびれたわ」
いや、君達が速すぎるんスよ。チャイムから三分とたってない。
「もう分かっていそうだけれど、呼び出したのはマネージャーを辞めろと言うためよ」
普通だけど、なんか引っかかる言い方だ。ついでに、先程と同じ勝気そうな子しか話さない。他の二人がいる必要はないっスよね、これ。
「嫌っスね。私、頼まれたことはやり通す主義なんスよ」
そう告げると鼻で笑われた。え、これって結構重要なことっスよね。人間関係を円滑にする一個の方法っスよ?
「でしょうね。だから、早くけりをつけるためにも、内容かハンデを決めなさい」「は?」
いきなり言われても何がしたいか伝わらないっスよ。大体分かるけどさ。ま、勿論”オレ”の答えは一つに決まっている。
「つまり、あんたが対決の内容を決めれば私達がハンデを、逆なら、「じゃあバスケで!」ちょっと!! 遮らないでちょうだい!!」
いや、話の内容は分かってたからッスよ!? 逆に遮った事で怒られるとは思ってないっス。
「それでハンデの希望は?」「何でもいいっスよ? 相手が女バスでも一対三でも」
お、意外と優しいな。希望を聞いてくれるあたり。私の言葉を聴き、三人はにやっとした。私が負けるとか、ありえないっス。全中三連覇した、超名門海王バスケ部レギュラーをなめないで欲しいっスね。
「今日の放課後。この第一体育館で試合よ。ルールはこちらで決めておくわ」
任せておこう。変に難癖付けられたら嫌だし、第三者がルールを決めてくれた方が楽だ。
「じゃあまた」「覚悟しておきなさい」
こっちの科白っスわ。
教室に戻ると三人に怪しまれた。まあ、放課後に、バスケができるってだけで嬉しくなるとか、もう末期だ。相手はまあ、弱いかもしれないけど楽しみで仕方ない。
月影の「オレのお茶は?」と言う声は無視した。食堂とか遠いし、行く気にもならなかったんス。
早く放課後にならないかな。五・六限の授業はワクワクして仕方ない。何を決めよう、何で抜こう。相手は、どんな面白い技を仕掛けてくるのか。期待はしないけど(だって、どう考えても男バスの方が凄い)楽しませて欲しいと切実に思うんス。だって、私も一人のバスケ馬鹿っスから。
一人で黙々練習するのは辛いものがある。タクみたいにずっとシュート練は絶対に無理だ。集中力そんなにもたない。考えていると授業は飛ぶように過ぎていった。
ようやく待ちに待った放課後。私はアップがてら走って体育館に向かう。けど、すでに三人は集まっていた。早すぎるっスよ。鞄を壁に向かって放り投げ、一応先に着替えさせてもらう。といっても、下にズボン穿いてるから、スカートを脱ぐだけっスね。上? ブレザー脱ぐだけでいいよ。女子のトップレベルって言ったって、有名な海王の七宝(海王のレギュラーとマリっち)に敵う訳ない。男子の実力見せてやるっス。
「いいかしら?ルールは「っちょっと待って! 話は聞くからボール貸して欲しいっス」また! まあいいわ。ボール渡してやって!!」
またもや勝気な子が話す。溜息混じりに、ボールを渡すように言ってくれた。意外といい子っス。投げつけるように飛んできたボールを軽くいなす。
……ユウのパスを受けたときの方が痛い。ユウのパスは、正確に手元に飛んでくるし、相手に取られないように、素早くパスを回すから勢いがついて、取る時に凄く痛い目にあうんスよね……。貰ったボールをドリブルしていると、説明が入る。
「今回は何処から打っても1点で、5点先取で勝ちよ。使うゴールは一つ。相手は女バス三人に頼んだわ」
予想よりも普通な試合(?) 内容にちょっと驚く。いや、当たり前なんだけどさ。ま、難癖のつけにくい内容なので、やりやすいことは否定しないッス。1on1とか、いつもこのルールだったし。
「分かった。なら、そっちの準備が出来るまで練習してるね」
床につくのをやめて、人差し指の上でボールを回す。家でボールをよく弄るが、回数は減った為に一、二回は打っておきたい。何を決めようかな、変に警戒されても困るし。
……よし。
説明してくれた女の子を軽いドリブルで抜いてレイアップ。……ん、決まった。
落ちてくるボールを拾い、フリースローラインまでドリブルしながら行って打つ。ボールは、ゴールと板にぶつかってガタガタしながら決まる。
うーん、今日はあんまり調子良くないっス……。口を尖らせながらボールを拾うと、柔軟を終了させた女の子達が近付いてくる。
「待たせたかな? 準備できたよ」「オッケー。OFは?」「そっちからでいいって」
余裕綽々で女の子達(面倒だから女の子ABCで分けよう)は、ディフェンスするために散らばった。ま、一対三だからしかないかな。でも、自信満々な相手に、余裕綽々で対峙するのはどうかと思うんスけどね……。
クラスの女子からの情報によると、ベスト8だから、ちょっとは楽しめると思う。ま、女子だから期待はさほどしてないッスけど。私は、フリースローラインとコートの真ん中ラインの中間辺りに立ち、腰を屈めてボールを床につく。久し振りに体育館で聞く、大好きな音に心を弾ませて、すっと息を吸い込んだ。
さあ、海王の七宝が一人、’模倣の王様の実力を見せてあげよう。
「じゃ、行くっスよ!」
一先ず、様子見ということで、そこまでスピードは出さずにドリブルする。1人目のマークを右から左へ行くフェイントをして振りきれば、ゴールまであっという間で、先程練習で決めたレイアップをした。女の子B、Cは油断していたからか、一歩も動けていない。んー、ちょっと拍子抜けだ。まあ、次は本気でくるでしょ。
「油断しない方がいいと思うっスよ。……はい、ボール」
落ちてきたボールをキャッチし投げる。
「ハ、ハンデをあげたの!」
近くにいた女の子Bにチェストパスの要領で投げると、軽く睨まれ、怒鳴りながらく言われた。……ハンデってこれで? そんなの無くても勝てるのに。負けたら、相田先輩とかリューセーに申し訳ない。
……いや、申し訳ないじゃない。殺される (主に精神的に)。
取り敢えず、口答えはせずに、ディフェンスに回る。私が始めた所から、女の子Bが軽くボールをついて感触を確かめつつ、周りのAとCを見る。
マークにつくと、女の子Bは目線を右に逸らし、パスしようとする。タイミングを見計らって
……今だ!
予想通り。フェイントも入れず(相手が一人だからって油断しすぎだ)右にパスするのを把握すると、あとは腕を出すだけ。そうすれば、宙に放たれたボールは”オレ”の手のひらに衝突し、跳ねたボールを掴む。そのままドリブルで離れて、シュート。ボールは先程とは違い、綺麗なループを描いて、ゴールネットに触れず、吸い込まれるように通り抜けた。フォームがタクなのは仕方ない。今まで見た中で、一番無駄が無くて綺麗なフォームなのだから。
振り向けば、悔しそうに歪む三人の表情が見える。いつの間にか、体育館で部活をする人達以外も集まり、ギャラリーが出来ていた。いつものこと(名門校ばかりにいたので偵察とか結構多かった)なので無視するけど………。
初めて会った時のルーやんより弱い!!物足りないっスよっ!
目線を宙に泳がせて、何かいい方法が無いか考えた。そして、一つだけ浮かんだ方法を実践しようと口を開く。
「二点目っスね!」「……っ!」
女子三人とも、悔しそうに顔を歪める。仕方ないかな、一人相手に、三人もいるのに手が出せないのだから。実質、女子三対男子一だから当たり前かもしれないけど。
「んー、もうちょっとやってくれると思ったんスけど……。もしかして、久し振りの授業で疲れてたんスか? ……そうならあと二人入れても良いっスよ? 私、疲れてないんで」
にっこり笑って女の子たちに言う。女子相手に大人げないとかなしっスよ?
「…………分かったわ」
悔しそうに表情を崩していた女の子Aがにやり、と笑うのが見えた。大方、調子こいた私を潰す為に、人数を増やして大笑いするつもりなのだろう。でも、残念だったね。相手はこの”オレ”だ。負けるはずがない。
いつの間にか集まった二人(女の子DEとするけど)も女バスの子らしく、三人と親しげに話して、作戦を練っていた。
次が攻撃の私は、最初のラインにつく。……ボックスワンとか、葉誠の人たちと初めてした時以来じゃないかな?うわ、懐かしいッスね。自然と笑みがこぼれる。
「じゃ、本気で行くっスよ!」
タッキーが得意とするチェンジオブペースをその場でやり、一気にドリブルで切り抜けた。3Pのラインから、I.H.の決勝リーグで”オレ”の前でタッキーがしたみたいに、ボールをブン投げる。周りから、何自棄になってんだよ、入る訳ねーじゃん、だの色々聞えるけど、これで入るのを何回も見てきた"オレ"からすれば、このループで、落ちる方がおかしい。万が一にも外れた場合を考えて、ゴール下に向かったけど、心配は要らなかったみたいっスね。スパッ、という心地よい音を立ててゴールに決まった。
次の攻撃は、女バスからなのだけれど、先程同様、不意をついてあっさりボールを奪った。そのままドリブルで離れて、普通にシュートしようとしたけど、女の子Cが腕を伸ばしてきたから、フックシュートにチェンジ、ループが高くて取れないだろう。いい感じっス。私は、案外自分が楽しんでいるのに気付いた。
<Side俊>
ミーティングの前。僕は毎日やらないと意味がないので、走りこみに行っていた。きっと遅刻した罰だろう、今日に限って大輝もついてきた。勝ならやりそうなことだ。
――そろそろ行かないとミーティングに遅れるな。僕達は部室に歩いていく事にした。部室は体育館の近くのため、体育館前を通りかかると、男女ともにギャラリーが出来ていた。こんな時期に、どこの部活も練習試合は組まないはずだが…。
近くに行けば、予想以上に人が多い。その理由が知りたくなったオレは、偶然そこにいた、少し仲のいい奴に話し掛けた。
「これ何の騒ぎだ?」話しかければ、そいつは目を丸くして答えた。
「村田じゃん。見たこと無い美少女と、女バスの人達が対決してんだよ」
「女バスは去年確か……全国8位まで行ったはずだな」
「そうそう。今出てるの、女バスレギュラーなんだ」
「どっちが勝ってる?」「それが、美少女の方が圧倒的に強ェんだよ」
少し気になり、様子を見に中に入る。と、木村がボールを放つ所だった。
―――あの、ふにゃふにゃした木村が?
美少女とは、昨日知り合ったばかりの木村だった。木村は、口角を上げてボールを床についている。発端の理由は何だと思案していると、周りから「これ、勝った方が負けた方の言うこと聞くらしいよ」と言うものや「女バス側の人達は、勝ったらあの子に男テニのマネ辞めさせるんだって」という話し声が聞こえてくる。
――――そういう事か。相手が5人もいるのにそれを感じさせず、終始木村が圧倒している。純粋にこいつは凄い奴かもしれないと思った。我ながら、思考が幼いことに呆れる。大輝は横で目を輝かせていたが。
―――――風が吹いた気がした。気付くと木村は、ドリブルで中央を突破していて、再びジャンプした。女子とは思えない、先程とは比べ物にならない高さまで飛び上がり、そのままゴールにボールを叩き込む。ガっシャン!!と言う音とともに、ゴールから離れた木村はすっと着地した。その動作は何千回、何万回もやったのだろうか、見とれるほど滑らかで綺麗だった。俗にいうダンクシュート。野次馬の誰かが「五点目!」と声を発したのが聞こえた。
「残念、無念、またライシュー!!……ぶっ! ふざけてるんスかっ、これ! 皆に言ったら、どやされるの間違いないじゃないっスかぁ! あーもうお腹痛い」
体育館中が静まりかえる中、唯一呆けていなかった木村は、意味の分からないことを言って自分で爆笑していた。
<Side End.>
楽しかった~。まだ物足りないけど、相手がいたからよかった。終わると、凄い人数になったギャラリーを掻き分けたのか、如月と円堂がいた。わざわざ来たならお疲れ様っスね。
「涼センパイ! 格好よかったっす!」
「そうっスか~? どうもっス。……じゃ、私に、もう口出ししないでね」
最後に、三人組の方を向いて要望を言った。苦虫を噛んだようにして、頷く勝気な女の子。ま、勝たれたら文句は言えまい。
入ったときに、壁に放り投げた鞄を拾って入り口に向かう。あ、スカートは上から履くだけだから、別に見られてもいいんで、隅っこではいたっスよ。
今からミーティングとか、つまんないなあ。早く家の近くのストバスに行きたい。3人仲よくかは分からないけど、如月と円堂と、並んで部室に向かった。