最終話 「おかえり、おもちくん」
夜の門が、まぶしく光っていました。
おもちくんが助けた小鳥は、月の光の中でうれしそうに羽を広げています。
空を覆っていた黒いもやも、少しずつほどけるように消えていきました。
くらやみぐもは苦しそうに揺れています。
――なぜだ……。
低い声が、夜空に響きました。
――どうして消えない。
月うさぎは静かに答えます。
「やさしい気持ちは、闇に飲み込めないからだよ」
くらやみぐもの赤い目が、ぎらりと光りました。
――そんなもの……。
でも、その声は前よりずっと弱くなっています。
ホタルくんが前へ飛び出しました。
「おもちくんの勇気、すごかったもん!」
モークじいさんも、にっこり笑います。
「小さな光でも、集まれば夜を照らせるんじゃよ」
ルークは静かに空を見上げました。
「……ようやく思い出した」
「え?」
「守るっていうのは、強いだけじゃない」
金色の目が、やさしく細められます。
「誰かを大切に思うことなんだな」
おもちくんは、なんだか胸がぽかぽかしました。
そのときです。
ぱああっ!
夜の門から、大きな光が広がったのです。
月の湖。
こもりうたの森。
よるまち。
星くずクッキーのお店。
今まで旅してきた場所が、空の中にきらきら浮かび上がります。
「わあ……!」
おもちくんは目を丸くしました。
すると夜の門の真ん中に、銀色の道が現れます。
その道は、どこか遠くへ続いていました。
月うさぎが静かに言います。
「帰る時間だよ」
おもちくんは、はっとしました。
「……おうち?」
「うん」
空を見ると、夜明けが近づいています。
東の空が、ほんのりピンク色になっていました。
「そっか……」
おもちくんは少しさみしくなりました。
長い冒険だった気がします。
でも、本当はたった一晩。
不思議で、楽しくて、ちょっぴり怖かった夜。
ホタルくんが、しゅんと羽を下げます。
「もうお別れ?」
「また会えるよ!」
おもちくんは笑いました。
「きっと!」
ホタルくんは、ぱっと明るく光ります。
「うん!」
クロロも、モークじいさんも、ねぼすけフクロウもやって来ました。
「またクッキー食べに来るにゃ〜」
「今度は寝坊せんようにするよぉ」
みんなが笑います。
ルークは少し離れた場所に立っていました。
おもちくんが近づくと、ルークは静かに言います。
「……ありがとう」
「え?」
「お前のおかげで、また前を向けそうだ」
おもちくんは照れくさくなりました。
「えへへ」
すると月うさぎが、銀色の道を指さします。
「さあ、行こう」
二人は光の道を歩き始めました。
道のまわりには、流れ星がふわふわ飛んでいます。
風はやさしく、どこからかこもりうたの森の歌も聞こえてきました。
♪ おやすみ
♪ またあした
おもちくんは、ふと月うさぎを見上げます。
「ねえ」
「ん?」
「ぼく、また夜の世界に来られるかな」
月うさぎは、にっこり笑いました。
「もちろん」
「ほんと?」
「だって君は、夜の友達になったんだから」
おもちくんの胸が、じんわりあたたかくなります。
やがて道の先に、小さな窓が見えてきました。
見覚えのある窓です。
「あっ!」
おもちくんのお部屋の窓でした。
カーテンが朝の風に揺れています。
「帰ってきた……」
月うさぎは立ち止まりました。
「ここでお別れだ」
おもちくんは、急に胸がきゅっとなりました。
「……さみしいな」
「ふふっ」
月うさぎは、やさしく笑います。
「夜空を見上げれば、いつでも会えるよ」
そして、小さな銀の鈴をおもちくんへ渡しました。
ちりん。
「困ったときは鳴らして」
おもちくんは大事そうに受け取ります。
「ありがとう!」
月うさぎは最後にぴょこんと跳ねると、月明かりの中へ消えていきました。
おもちくんは窓から部屋へ戻ります。
ふかふかのベッド。
いつもの机。
お気に入りのぬいぐるみ。
全部、ちゃんとありました。
「……ただいま」
その瞬間。
チュンチュン。
外で鳥が鳴きました。
朝です。
おもちくんはベッドへころんと倒れ込みます。
すると、ポケットの中で小さな音がしました。
ちりん。
「あ……」
銀の鈴です。
夢じゃなかったんだ。
おもちくんは目を細めました。
窓の外には、朝の空。
でも、まだほんの少しだけ月が見えています。
「また会おうね」
そうつぶやくと、急に眠気がやってきました。
おもちくんは毛布をぎゅっと抱きしめます。
ふわり。
どこかで、やさしい声が聞こえた気がしました。
――おかえり、おもちくん。
おもちくんは安心したように笑って、今度こそ、ぐっすり夢の中へ落ちていったのでした。




