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私と貴方

「ねえ、今日ちょっといい?」

私が彼のスマホに送ったメッセージは、それだけだった。すぐに既読がつく。。

《いいよ。どうした?》

いつも通りの返事。それが、なんだか少しだけ怖かった。

《会いたい……》

必要な言葉を短く打って送る。

少しだけ間があいてから、

《今から行く》

そう返ってきた。

部屋を軽く片付ける。テーブルの上に置きっぱなしになっている雑誌を重ねて、カップを流しに持っていく。意味があるのかはわからない。でも、じっとしていられなかった。

部屋の時計を見るとあと二十分くらい。

その時間が、妙に長く感じる。なかなか進まない。

ソファに座る。すぐに立ち上がる。また座る。落ち着かない。

——どう言う?

頭の中で、何度もシミュレーションしてみる。

でも、どれも違う気がした。正解なんてない。

わかっているのに考えてしまう。

インターホンが鳴った。心臓が大きく跳ねた。

深く息を吸って吐く。

玄関へ向かう。ドアを開けると、そこに彼がいた。



ドアが開いた瞬間、違和感が確信に変わった。

彼女のいつも通りの顔。

いつも通りの「おかえり」みたいな表情。

でも、何かが違う。

「……どうした?」

思ったより低い声が出た。

彼女は、少しだけ笑った。

「早く上がりなよ」

それだけ言って、背中を向ける。

彼女の部屋に入る。見慣れた空間。

いつもだったら少し物が散らかっているのに片付いている気がする。空気が張りつめている。ソファに座ると彼女は向かいに座った。

距離は、いつもと同じくらい。

高校の頃から、ずっと一緒にいた人。くだらないことで笑って、喧嘩して、また戻って。気づけば、当たり前みたいに隣にいた人。

その人に——

言わなくちゃいけない。言いたくない……けど自分の口から。

「……あのさ」

声が、少しだけかすれた。

「なに?」

太一は、まっすぐこっちを見ている。

逃げられない。逃げたくない。

「私さ、検査、行ったじゃん」

そこまで言って、一度息を止める。

言葉が、喉に引っかかる。

でも、飲み込まない。

そのまま、吐き出す。「……がん、だって」

部屋の空気が、止まった気がした。

太一が不思議そうな顔をしていた。

まるで何を言われているかわからないような表情……

でも、太一が私の顔を見て言葉を発した。

「……どこ?」

「膵臓」

その一言で、彼は目を見開いて、出た言葉は——

「治るんだよな?」

ほとんど反射だった。

その言葉に、少しだけ胸が痛んだ。

でも、首を横に振る。

「……難しいって」

静かに言う。

その瞬間、太一の視線が落ちた。

拳が、ぎゅっと握られる。

ふざけるな、と思った。

怒りが込み上げる。

「なんで。なんでこいつなんだ。なんで、よりによって……」頭の中で何度も問いかける。

「……なんで言わなかった」

絞り出すように言った。

彼女は少しだけ困ったように笑う。

「言うタイミングなかったし……」

軽く言ったつもりだった。

でも——

「は?」

低い声が返ってくる。

顔を上げると、怒っていた。

本気で。「ふざけんなよ」

その言葉に、少しだけ胸が揺れる。

「どれだけ一緒にいたと思ってんだよ」

「そんなの、一番に言うだろ普通」

感情が、ぶつかってくる。

——ああ。

この人、ちゃんと私を見て怒ってくれるんだ。

そのことが、少しだけ嬉しかった。

「ごめん」素直に言う。

その一言で、太一の表情が揺れた。

謝られると思ってなかった。

それで、怒りの行き場がなくなった。

「……ごめんじゃねえよ」

声が、少し弱くなる。

沈黙と重い空気。

少しだけ、前に身を乗り出す。

「ねえ」

太一が顔を上げる。

「一緒に、ちゃんと終わろうよ」

自分でも、変な言い方だと思った。

でも、これが一番しっくりきた。

その言葉を聞いた瞬間、胸が締め付けられる。

終わる?

何を言ってるんだ。

終わらせるなよ。

そう言いたかった。

でも——

彼女の顔を見て、何も言えなかった。

もう、覚悟している顔だった。

「最後までさ、ちゃんと笑ってたい」

そう言うと、少しだけ視界が揺れてみえた。

初めてだった。

ここで、少しだけ——

怖くなった。

その瞬間。

太一が、強く抱きしめてきた。

「……バカ」

耳元で、かすれた声。

「一人で決めんなよ」

その腕の強さに、息が詰まる。

でも、嫌じゃなかった。

むしろ——嬉しかった。

少しだけ、力が抜けた。

「……一緒にいてよ」

小さく、呟く。それは、初めてもらす弱音だった。

太一の腕が、さらに強くなる。

「当たり前だろ」

迷いのない声が嬉しい……

その一言で——

やっと、少しだけ泣けた。

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